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21.二次試験は人形遊び

 午後一時。

 退魔師2級昇格試験、二次試験が開始する時間がやってきた。


「それでは、二次試験について説明させていただきます」


 試験官の小野が入ってきて、午後の試験の説明を始める。


「二次試験は実技試験になります。午前の試験では妖怪から身を守る能力を試しましたが、午後は妖怪を倒す力を測らせていただきます」


「実技試験……?」


 それにしては、試験会場は屋内。

 下手な術を使えば、建物がえらいことになるだろう。


(いや、部屋は結界で守ってあるみたいだし、問題はないのか?)


 一次試験では室内で発砲している女もいたが、壁や天井に銃弾がめり込んだ跡はない。

 一見するとただの会議室のように見える部屋だが、事前に何らかの術によって防備を張っているのだろう。


「それでは、場所を移動します」


 小野がパチリと指を鳴らすと、周囲の景色が一変する。

 屋内の会議室から、急に屋外。グラウンドのような場所に変わってしまった。

 突然の移動に昇格候補者からもざわつきが生じる。


「これは……!」


「転移したのでしょうか、主様」


 隣の静も驚いた様子で訊ねてくる。


「いや……それはないな」


 他者の同意なく、強制的に転移させるのは簡単ではない。

 これだけの人数……いずれも優秀な退魔師である者達を強制的に転移させるなど、不可能である。


「転移じゃない。この空間そのものが変化したんだ」


 などと恭一がつぶやくと同時に、隣から発砲音。

 横の席に座っていたロゼッタ・ジャンヌがあらぬ方角に拳銃を撃ったのだ。


「貴方の言う通りのようですわね。特殊な結界術によって屋外に出たように見せかけただけ。空間の広さは半径百メートルというところでしょうか?」


「……急に撃つなよ。耳がキンキンするだろうが」


「失礼いたしました。つい」


 ロゼッタは聖女のような慈母的な笑みを浮かべながら、拳銃をしまった。

 どうやら、弾丸によってこの空間の広さを測ったようだ。

 他にやり方がなかったのだろうかと問い詰めたくなるやり方である。

 試験官の小野も眉をひそめて、やんわりと注意する。


「……ジャンヌさん、無断で発砲はしないでください。次は失格にしますよ」


「失礼いたしました。以後、気を付けますわ」


「そうしていただきたい……それでは、あちらを見てください」


 小野がグラウンドの奥を指差した。

 二十メートルほどの距離をあけて、そこには人型の人形のようなものが立っている。

 顔もない、服も着ていない人形は、まるで車の衝突実験に使うダミー人形のようだった。


「これから、順番にあの人形を攻撃していただきます。できるだけ強力なやり方で。人形を破壊することができたら二次試験合格。三次試験に進むことができます」


 小野が懐から御札を取り出して、人形に投擲した。

 札は空中で青白い炎を放ち、人形に命中して火柱を上げる。

 火が消えた後には、焼け焦げて壊れた人形の残骸が残っていた。


「あの人形は2級妖怪と同程度の防御力を有しています。つまり、アレを破壊できないのであれば2級妖怪にも勝てないということです。三次試験は後日になりますから、あえて余力を残す必要はありません。全力で攻撃することをお勧めいたします」


 人形を破壊できれば2級妖怪を倒せる。

 しかし、ここにいるメンバーは午前中の試験で霊力を消耗している。

 三時間程度では回復できる量もたかが知れており、なかなか意地の悪い試験内容だ。


「それでは、さっそく試験を開始いたします」


 アシスタントの退魔師が新しい人形を用意した。

 試験は一人ずつ順番に行われるようで、小野が昇格候補者の名前を呼ぶ。


「最初は三善清正さん」


「は、はい!」


 名前を呼ばれた退魔師が前に進み出る。

 三十代ほどの男性退魔師はやや緊張した面持ちで、札を指に挟んで構えた。


「ナウマクサマンダバザラダンカン……燃えろ、爆砕!」


 男性退魔師が札を投げると、今度は赤い火柱が上がった。

 派手な火の粉を撒き散らしながら燃えさかる炎であったが……炎が消えた後、人形が何事もなかったかのように立っていた。


「はい、不合格です。ありがとうございました、お帰りください」


「あ……」


 男性退魔師が何かを口にしようとするが、その姿が消えた。

 おそらく、この空間の外にはじき出されたのだろう。


「それでは、次の方……弓削千鳥さん」


 順番に退魔師の名前が呼ばれて、人形に向かって攻撃していく。

 半分ほどが不合格の烙印を押されて、グラウンドから消えていった。


「次は……賀茂美森さん」


「はい」


 候補者の半分が試験を終えたあたりで、美森の名前が呼ばれる。

 美森は真剣な顔で前に進み出て、式神を喚び出した。


(アカ)(ミドリ)


「コン」


「ポン」


 愛嬌のある姿の式神……狐の『赫』と狸の『翆』だ。


「そういえば……アイツらって戦えるのか?」


 少し離れた場所で試験を見学しながら、恭一がぼんやりとつぶやく。


 高尾山、由比ヶ浜でそれぞれ美森が式神を喚び出しているのを見たが……戦闘能力は今ひとつだった覚えがある。

 狐の『赫』の変化は見事だったが、それだけ。

 高尾山での鬼との戦いでもさほど強いという印象はない。


「霊力充填……式神融合……」


「「クオンッ」」


 二匹の式神が混じり合って、一つに融合する。

 狐と狸が一つになって……そのフォルムはまるで狼。

 どういう理屈で、そんな形になるのだろうか。

 美森は合体した式神に時間をかけて、タップリと霊力を注ぎ込んでいく。


「フウ……」


 美森の額に汗の玉が浮かぶ。

 身体の芯から霊力を搾りだして、限界近くまで式神を強化している。

 二次試験はあくまでも人形を破壊するだけ。ルール上、時間制限は設けられていない。

 いくらでも時間をかけて霊力を練り上げることができるのだ。

 もちろん、小野による裁量の限度もあるだろうが。


「多重式神術……『黄色獣』」


「クオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 高々と吠えて、融合した式神が人形に向けて突進する。

 黄金色の光を纏った狼が人形の頭部に喰らいつき、噛み砕いた。


「合格。おめでとうございます」


「ありがとうございました……」


 礼を言うと同時に、美森が膝をつく。

 霊力を搾りだしたことで限界が来たのだろう。


「仕方がないな……」


「あ……」


 恭一は溜息をついて、美森を抱えてグラウンドの端へと運んでいく。


「ちょっと……変なところ、触らないでよね」


「変なとこってどこだよ、ここか?」


「ひゃあっ! そ、それをやめろって言ってるの!」


 尻を掴まれた美森が悲鳴を上げて暴れるが、恭一は構わず運搬する。


「蘆屋恭一さん」


「あ、俺だ」


 美森をグラウンドの端に座らせたところで、恭一の名前が呼ばれた。

 恭一は特に気負った様子もなく前に進み出る。


(さて……どうしたものかね)


 ヒモらしくここも静に任せてしまっても良いが……彼女はあまり攻撃が得意ではない。

 水を動かしたり、波を操作したりすることができるのだが、水辺以外での戦闘は不向きだった。


(多分、条件不十分な状態でも人形を壊すくらいはできそうだが……万一、失敗したら引きずりそうだよな)


 律義な性格の女である。

 もしも自分のせいで恭一が不合格になろうものなら、静は深く責任を感じることだろう。

 となれば……ここは恭一がやるしかない。

 成功にせよ失敗にせよ、自分でやってしまえば少なくとも静の重荷にはならないのだから。


(といっても……全力出すのも怠いな)


「これってさ、遠距離攻撃じゃなくちゃダメなのか?」


「いえ……近接戦闘が得意なようでしたら、人形に近づいて直接攻撃しても構いませんよ。ただし、攻撃できるのは一度だけですから気をつけてください」


「ああ、やっぱりそうなんだな」


 小野の言葉に恭一は頷く。

 そうでなければ、刀や槍などで妖怪と戦っている退魔師が不利である。

 人形に近づいていき……拳を振りかぶる。


「よっと」


 少しだけ気合を入れて……人形の胸部を殴りつける。

 殴った勢いで人形が倒れるが、そのまま地面に叩きつけてさらに拳を押し込んだ。


「…………!」


 ズドン、と大きな音が鳴って地面が揺れる。

 呪術によって生み出された空間に一瞬だけ大きなノイズが走るが……すぐに揺らぎが消えて再び安定した。


「お、壊れたな」


 壊れた。

 人形も地面も。

 人形の胸部がバキバキに砕けており、その下の地面も割れていた。

 地面には大きなヒビが入っていたが、別に人が落下するような大きさの亀裂ではない。

 放っておいても危険はあるまい。


「終わったぞ。合格で良いよな」


「…………」


 恭一が告げると、小野が顔を引きつらせている。


「どうした? 何か問題あったか?」


「いえ……合格です」


 小野がずれたメガネを直しながら、恭一の二次試験突破を告げる。


「地面を割るなんて……凄まじいパワー」


「嘘だろ? どんな術を使ったんだよ」


「人間とは違う気……異教の神の力ですか……」


「あー、しんど。やれやれだったな」


 他の昇格候補者が畏怖や対抗心の視線を向けてくるが、どこ吹く風とばかりに恭一はグラウンドの端に戻っていった。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

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