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20.乳揉んだ御礼に食わせてやる

 一次試験が終了して、しばしの休憩時間となった。

 試験官の小野がパチリと指を鳴らすと、部屋に散らばっていた悪霊がツボの中に吸い込まれる。


「それでは、残っている方々は二次試験に進んでいただきます。これから三時間の休憩時間を取りますので、午後二時に改めてこちらの部屋に集まってください」


 小野が横のアシスタントを連れて、試験会場から出ていった。

 三時間とは昼食休憩にしては長めである。

 だが……試験会場に残っている三十人ほどの昇格候補者の多くは長時間の結界使用により消耗しており、中には、グッタリと長テーブルに突っ伏している者もいた。

 消耗した霊力を思えば、三時間程度の休憩では足りないくらいである。


「ま……俺には関係ないがな」


「食事にいたしましょう。主様」


「ああ、そうだな」


 静がどこからか大きな包みを取り出した。

 布を解くと、中から重箱が現れる。


「もしかして、わざわざお弁当作ってきたの?」


 前の席に座っていた美森が振り返る。

 美森は額にわずかに汗がにじんでおり、さほど酷くはないが消耗しているのがわかった。


「はい。『異界』に保存していたので鮮度も問題ありません」


「マメなのね……すっかり若奥様じゃない」


 鎌倉での一件により恭一の式神になった静であったが、かなり献身的な性格のようだ。

 女に頼りきり。ヒモ気質の恭一とは、ある意味ではお似合いなのかもしれない。


「多めに作ってきましたから、美森様も如何でしょうか?」


「いいの? それは助かるけど……」


「構いませんよね、主様?」


「問題ない。好きにしろよ」


 恭一がそっけない口調で許可を出す。

 美森は頷いて、椅子の向きを変えて両手を合わせた。


「それじゃあ、ごちそうになろうかしら」


「はい、お召し上がりください」


 開いた重箱には魚料理が中心に入っている。

 焼き魚、煮魚、刺身、昆布巻き、マス寿司……特殊な保存をしていたため、刺身や寿司などの鮮度は問題なかったが、かなり偏りがあった。


「何というか……栄養が偏りそうなお弁当ね」


「コイツ、魚料理しか作れないんだよ」


 恭一がマス寿司をつまんで、口に放り込む。


「住処が海だったからな。そもそも、人間じゃなくて竜だから無理もない。飯の作り方を知っているだけでも奇跡だよな」


「申し訳ございません……勉強はしているのですが、肉の捌き方は難しくて……」


「ああ……そうなの。でも、美味しいわよ。この煮魚。すごく味が染みていて」


 美森が箸で料理をつついて、フォローを入れる。

 人ならざる竜神である静はあまり料理が得意ではないようだが、それでも口に運んだ魚料理はそれなりに美味だった。


「ムウ……」


 そうやって食事をしている恭一達を、美森の隣の席にいる渡辺華憐が睨んでくる。

 こちらはコンビニで買ったと思われるおにぎりを食べており、どこか羨ましそうな目をしていた。


「……お前も食うか?」


 視線が鬱陶しくなったのか、恭一が尋ねた。


「な、何よっ! 別に羨ましくなんてないもんっ!」


「誰もそんなこと言ってねえだろうが。さっきの侘びだから、さっさと食え」


「……しょうがないから食べてあげる。でも、許したわけじゃないからね!」


 華凛が無遠慮にマス寿司を手でつまみ、口に放る。

 モグモグと噛んで……やがて幸せそうに頬を緩ませた。


「美味しい……お姉さん、お料理上手だね」


「恐縮です。まだ修行中なのですが」


「そうなんだ。お姉さんって人間じゃないよね? 何の妖怪なの?」


「竜です。生まれは鎌倉です」


「あ、本当!? 私も鎌倉なんだ、同郷じゃん!」


 華凛が嬉しそうに笑いながら、静に話しかけて地元トークに花を咲かせている。


「お前も食って良いぞ。侘びだからな」


 ついでとばかりに、同じく斜め前の席にいる上杉信女も誘ってみる。


「いりませんわ。他人の施しは受けません」


 しかし、返ってきたのは素っ気ない言葉と冷たい視線である。


「遠慮するなよ。美味いぞ、コイツの魚料理は」


「仏門に降った身ですから、魚と肉は食べません。放っておいてください」


 信女は大きなおむすびを取り出し、パクパクと齧っている。

 水筒から水を注いで、口を付けて飲み干した。


「あ、酒じゃねえか」


 しかし、すぐに恭一は気がつく。

 信女が飲んでいる透明な液体の正体は日本酒だった。

 まだ試験の最中だというのに、よりにもよって飲酒を始めたのだ。


「フウ……美味しい……」


「……魚を食わんとか言っておいて、堂々と酒飲みかよ。とんだ生臭じゃねえか」


「勘違いしないでください。これは『智慧の水』です。酒ではありません」


 信女がつまみなのか梅干しを齧りつつ、水筒の酒をグイグイと飲む。


「物は言いようだな……クソ、見せつけやがって」


 目の前で人がたらふく酒を飲んでいるところを見ると、恭一も飲みたくなってきてしまった。

 もちろん、酒はこんなところに持ってきていない。


「あげませんよ。これは私のです」


「……頼んでねえよ。性格の悪い女め」


 恭一は舌打ちを一つして、マス寿司を口に放る。


 先ほどまで悪霊が跳梁跋扈していた部屋で、和やかな昼食が行われた。

 さほど疲れてはいなかったが……恭一は十分に英気を養って、午後の試験に臨むのである。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

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