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19.試験開始だが元ヒモなので女にやらせる

「それでは、これより退魔師2級昇格試験を執り行います。名乗り遅れましたが……私は今回の試験の運営責任者を務めさせていただきます小野冬馬と申します」


「「「「「…………!」」」」」


 メガネをかけた試験官の自己紹介に、長テーブルに座っている昇格候補者から小さなざわつきが生じた。

 小野というのは恭一でさえ知っている退魔師の名家である。

 この場にいる人間であれば、誰しも彼について知っているのだろう。


「最初に試験の概要について説明させていただきますが、試験は三次試験まで行います。一次試験、二次試験でそれぞれ上位の退魔師として必要な最低限の能力を試して、三次試験で総合的な戦闘能力を検査します。一次、二次のいずれかで合格ラインに達しなかった方々はその時点で試験終了。三次試験を受けることはできませんのでそのつもりで」


 小野が会場を見回す。

 長テーブルに着いた昇格候補者から質問はない。小野は説明を続けた。


「一次試験の試験内容は『自分の身を守ること』です。自分自身すら守れない人間に妖怪を倒して人を助けろというのは酷ですからね。これから試験終了までの一時間、何があっても(・・・・・・)椅子から立ち上がることなく座り続けてください」


(何があっても……?)


 恭一が眉をひそめる。

 いったい、何があるというのだろう。

 怪訝に思っていると、小野が手のひらに収まるほどの大きさのツボを取り出した。


「『解』」


 短くつぶやくと、密封されたツボが開いて中身が溢れ出す。

 黒い靄のようなそれは明らかに人間の身体に悪そうな『ナニカ』だった。


「このツボに封印しておいた悪霊を解放しました。これから一時間、貴方達は人間に害をもたらす悪霊で満ちた部屋の中で過ごしてもらいます」


 あの小さなツボにどれだけの量が入っていたのだろう。

 数百、数千の悪霊が部屋中に拡散する。

 部屋から出ようとするものもいたが、壁や窓をすり抜けることができずにぶつかっている。

 おそらく、結界でも張っているのだろう。


「自衛のために悪霊を攻撃するのは構いませんが、他の候補者に怪我を負わせた場合には失格です。あくまでも防御に徹するようにしてください……それでは、試験開始です」


 小野が淡々とした説明を終えて、試験の始まりを宣言した。

 部屋中に満ちた悪霊がそこにいる候補者へと牙を剥く。


「ああ……そういうことね」


 自分自身の身を守れとはそういうことか。

 恭一は溜息を吐きつつ、自分に向かってくる悪霊の一匹を指で弾いた。


『ギャッ……』


「一匹一匹は大した事ねえな。4級以下の雑魚ってところか」


 あっさりと消滅した悪霊に皮肉そうに笑う。

 これは上位の退魔師として、本当に最低ラインを測るための試験なのだ。

 この程度の悪霊に纏わりつかれてやられてしまうようでは、2級昇格の資格はない。


「面倒臭そうだ……静、頼む」


「承知いたしました」


 命じられて、静が頷いた。

 着物を身にまとったたおやかな美女が手をかざすと、恭一と静の周囲にだけ螺旋を描く渦潮のような『気』の流れが生じる。

 竜神である静が展開した結界が悪霊の接近を阻む。


「これで問題ありません」


「サンキュ、後はただの時間潰しだな」


 自分の周りに結界を張り、試験終了まで維持すること。

 これがこの試験の模範解答である。

 見れば、ほとんどの昇格候補者が同じようなことをしている。


(まあ、この程度もできないっていうのなら昇格の資格はないってことか)


 退魔師は時として人外魔境の巣窟に足を踏み入れなければいけない場面がある。

 強力な妖怪が棲みついている場所は悪しき霊力により、環境そのものが変化している場合も少なくはない。

 そういった場面でも、結界で自分自身を守ることは必要である。


「試されるのは防御力、それに持久力ってところか。ある程度の実力者には退屈なだけだな」


 暇つぶしに周りを見回してみると、周囲の退魔師は危なげなく悪霊の影響を防いでいた。


「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前……結界よ、我が身を護れ。急々如律令」


 美森は普通に結界を展開して自分を守っている。

 よどみのない綺麗な気の流れ。必要以上に力を込めているわけでもなく、長時間の展開をきちんと想定していた。


「毘沙門天よ、我を守り給え……オンベイシラマンダヤソワカ」


 その右隣に座っている上杉信女もまた、同じように結界を張っている。

 美森の結界は防御だけに集中したものだが、信女のそれはやけに刺々しくて攻撃的だった。


「フン……悪霊とか超ウザい」


 美森の左隣、渡辺華憐は何もせずにふんぞり返っている。

 結界を展開しているわけでもないのに、何故か華凛の周囲を悪霊が避けて通っていた。


「たかが悪霊相手に術を張らないといけないって、超大変だよね。それで退魔師が務まるのー?」


「クッ……中学生のくせに調子に乗って……!」


 煽る言葉は、試験前に一悶着あった信女に向けられたもののようだ。

 信女は悔しそうに、美森を隔てて左側に座っている華凛を睨みつけている。


「…………」


「あ?」


 華凛が斜め後ろに座る恭一にも、意味ありげな目を向けてきた。

 どうやら、煽りの対象に恭一も含まれていたようだが……こちらはまるで気にした様子はない。


 自分では何もせずに式神の静に守ってもらっている状況だが、式神の力は退魔師の力。ルール違反ではない。

 ましてや、恭一はヒモなのだ。

 自分は何もせず女性に働かせることを、恥だとは少しも思わなかった。


「フン……」


 恭一が平然としていると、華凛が不満そうに目を逸らした。


「ああ、大変だよ。ミユキちゃん、周りが悪霊でいっぱいだ」


 また、恭一の右隣では人形を抱きしめた痩せ男……山田彰吾が気弱な声を上げている。


「『私が付いているから心配いらない。怖くないよ』……そうだね、ミユキちゃん。一緒だったら怖い物なんて何もないよね」


 アニメのフィギュアを抱きしめた男は結界を張るでもなく、無抵抗で悪霊にまとわりつかれている。

 しかし、特に悪霊からの攻撃の影響を受けることなく、平然として人形を愛で続けていた。

 怨念や呪いに対する耐性が人よりも強いのだろうか。


(へえ……なかなか面白い連中が揃っているようだな。このメンツだったら、高尾山の鬼神だって倒せたんじゃないか?)


 恭一が感心していると、すぐ横から「パンッ!」と火薬が弾ける音が聞こえた。


「ッ……!」


 驚いて視線を向けると、修道服のシスター……ロゼッタ・ジャンヌが右手の拳銃を天井に向けている。


(ファッキン)な悪霊ごときが、この私に触れることは許しません……次は神の加護を込めた弾丸をケツの穴にぶち込みますよ?」


「「「「「…………!」」」」」


 物理攻撃が通用しないはずの悪霊が怯えて、ロゼッタから距離を取っている。

 天使のような笑顔を浮かべる赤髪のシスターだったが……彼女の背中からは鬼も泣いて逃げ出すような怒りのオーラが発されていた。


「怖……」


 なまじ顔が整っている分だけ、その笑顔は恐ろしいものである。

 この女を怒らせてはいけないと、わずか数秒の間に理解させられた。


「うわあっ!」


「ちょ……集中が……!」


 ロゼッタの発砲に驚いたのは恭一だけではなかった。

 集中を乱してしまった昇格候補者の何人かが結界を解除してしまい、悪霊に生身をさらしてしまう。

 すぐに立て直した者は良いが、そうでない者は呪いを浴びてしまったのか椅子から転げ落ちて悶絶する。


「ぐう……うううう……」


「はい、そちらの方は失格です」


 失格となった候補者に試験官が御札を貼る。

 札の効力なのか憑りついた悪霊が剥がれていくが……もはや試験に復帰はできない。


 結局、五十人いた昇格候補者の三分の一が一時間を待たずして結界を解いてしまい、悪霊に憑かれてリタイアとなるのであった。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

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