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18.曲者、集う

 退魔師2級昇格試験は始まる前から不穏、険悪極まりないムードとなってしまった。

 いきなり騒動を起こした挙句、気絶してしまった渡辺華憐と上杉信女は医務室に運ばれた。

 試験開始前に目を覚ましたのであれば普通に試験を受けられるが、そうでなければ今回の試験は失格ということになるだろう。

 可哀そうだが……二人ともまだ若く、才能もある。

 今回がダメでも、次回の試験で良い結果を出せるはず。


 もう一人の騒動の当事者である蘆屋恭一についてはお咎めなし。

 痴漢をしたという点では問題だが、本人は事故を主張しているし、退魔師協会は警察ではない。

 武器を抜いて襲いかかった女性二人に問題があったということで、そのまま試験会場に案内された。


 会場はごく普通の会議室。

 長テーブルが部屋の前後に並べられており、席は決まっていないため、昇格候補者が好きなように座っている。


「お、伊豆にジオパークっていうのがあるっぽいぞ。温泉だけじゃないんだな」


「自然公園のようなものですか……妖怪が棲みついてそうですけど、その辺りはどうなっているのでしょう?」


 部屋の最後列のテーブルに、恭一と式神の静が並んで座っていた。

 恭一はスマホで静岡県内の観光地を検索しており、静も隣から覗き込んでいる。


 美男美女。

 親しげな距離感だけ見ると似合いの恋人同士のように見えるが……恭一がシャツとジーンズ、静が着物姿のため、酷くミスマッチな二人である。


 ちなみに、恭一達の周囲の席は綺麗に空いている。

 ごく常識的な退魔師は受付前で起こった騒動に眉をひそめ、問題児と関わらないように距離を取っているのだ。


「ああ、やっぱり来てたのね」


 そんな空いている席、恭一の前に座ってきた人間がいた。

 陰陽師としては一般的な服装……狩衣に身を包んだ少女、賀茂美森である。


「あ? お前も来てたのか?」


「お前もというか……貴方を2級に推薦したのは私なんだけど?」


「ああ、そうかい。ありがとうと言った方が良いか?」


「別に礼はいらないわよ……私が試験を受けて、貴方が受けないのはおかしいと思っただけだから」


 美森はそっけなく言いながら、目礼で静と挨拶を交わした。


「そういえば、お前はやけに遅かったな。もう開始時間ギリギリだぞ?」


 恭一が時計を見やり、どうでも良さそうに言う。


 現在は試験開始時刻の十分前。わりと際どい時間である。

 恭一の勝手なイメージであるが……美森は待ち合わせなどに早めに来る優等生タイプのように思っていた。


「……ちょっと本家のご当主に呼ばれててね」


 美森が疲れたように溜息を吐く。

 まだ試験は始まってもいないというのに、どうして疲弊しているのだろう。


「激励というか説教というか……賀茂家の人間として、絶対に受かるようにって念押しされちゃったのよ。それはもう、長々とね」


「老人の長話に付き合わされたってわけか。そりゃあ、災難なことだな」


「まあ、ね。あの人は賀茂家至上主義者だから」


 賀茂家は日本最大の陰陽師の家系。

 それだけプライドが高く、一族の人間が他家の人間に後れを取ることが許せないのだろう。


「あの……すいません……ここ、空いてますか……」


「ん?」


「え?」


 二人が話していると、横から見知らぬ男が声をかけてきた。

 年齢は大学生くらい。若いが妙に生命力に乏しく、頬が瘦せこけた男である。


「構わないぜ。俺の席ってわけじゃねえし、勝手に座れよ」


「ありがと……ございます」


 陰鬱な雰囲気の青年が恭一のいるテーブルの端に座った。

 恭一がふと会場を見回す。いつの間にか、恭一の周り以外の席はあらかた埋まっている。試験開始直前だから不自然ではないが。


「フフ……今日の試験、頑張ろうね。ミユキちゃん」


「あ?」


「『彰吾君だったら絶対に合格できるよ?』……照れるな。そんなこと言われると」


「…………」


 一人でブツブツと話している痩せ男に恭一が眉をひそめる。

 正確には一人ではない。その男はカバンから取り出した人形に話しかけていた。

 瘦せ男の手に握られているのは、アニメのキャラクターと思われるフィギュアである。


「いくら僕達が最強のコンビだからって、油断しちゃダメだよね……『私が付いているから大丈夫』だって? ああ……ミユキちゃんってば、本当に頼りになるなあ! 惚れ直しちゃったよ!」


「ちょっと……」


「話しかけるな。目を合わせるな」


 顔を引きつらせている美森に、恭一はさりげなく言いながら痩せ男から目を逸らした。

 二人は知らなかったが……男の名前は山田彰吾。

 退魔師業界では『人形憑き』という二つ名で呼ばれている凄腕の術者だった。


「ああ、こちらの席が空いていましたか。良かった」


「ん?」


 恭一が座っている長テーブルの反対側。

 修道服を着たシスター風の女性が座ってきた。

 こちらも年齢は二十代前半。燃えるような長い赤髪が印象的な美女だった。


「……へえ、良い女じゃねえか」


「……主様」


「……アンタね」


 思わずつぶやいた恭一に女性二人が睨んでくる。

 正確には……睨んでいるのは美森だけで、静は感情の読めない無表情だったが。


「いや……一般論だぞ? 別におかしな意味じゃなくて」


「ああ……遅れてしまって、時間がありませんわ。最後にメンテナンスをしておかないと……」


 横で不穏な空気が生じているのに気づいているのかいないのか……赤髪のシスターは試験前に装備のチェックを始める。


「へ……?」


 美森が唖然とした顔になる。

 金髪シスターは修道服の中に手を入れて、どんどん武器を取り出してテーブルに並べていった。

 デリンジャー。マグナム。グロック。ベレッタ。ショットガン。ライフル。サブマシンガン。


 それはありとあらゆる銃火器だった。

 彼女の修道服は四次元空間にでもなっているのか……修道服の内側から大量の鉄の塊を取り出している。

 彼女の名前はロゼッタ・ジャンヌ。

 キリスト教系の術者であり、『戦争聖女』と呼ばれているシスターだった。


「ハア、ハア……間に合った……」


「クッ……この私としたことが……」


 そして、試験開始時刻の一分前。

 慌てた様子で息を切らせながら、ギリギリで教室に駆け込んできた二人がいた。


 恭一に気絶させられた女子二人……渡辺華憐と上杉信女である。


「ああっ!」


「ッ……!」


 二人は恭一に気がついて、燃えるような怒りの視線を向けてくる。

 しかし……他に席が空いていないことを見るや、恭一の前列のテーブル……美森の両サイドに座ってきた。


「……何というか、濃ゆい連中ばっかりだな」


「……アンタもね」


 恭一のつぶやきに美森が呆れ顔になる。

 同時に試験開始時刻となった。スーツ姿の男性と女性が部屋に入ってきた。


「それでは、これより2級昇格試験を開始します」


 男性……小野の宣言により、2級退魔師昇格試験が開始となった。


 恭一が座っているテーブルには『人形憑き』山田彰吾、『戦争聖女』ロゼッタ・ジャンヌ。

 前列のテーブルには賀茂美森、『鬼斬り役』渡辺華憐、『毘沙門天の子』上杉信女。


 恭一が言うとおり、濃ゆい曲者ばかりに囲まれて試験がスタートしたのであった。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

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