17.両手に乳(ただし未成年あり)
退魔師は特に審査なども必要なく、なろうと思えば誰にだってなることができる。
未成年者であろうと不法滞在中の外国人だろうと関係ない。
実際、高校生がアルバイトで退魔師の資格を取り、小鬼や悪霊と戦っているのも珍しくなかった。
ただし……登録は簡単でも、上の階級にいけるかどうかの話は別。
退魔師が上の階級に上がるためには実力と功績が必須である。
そして、退魔師にとっての大きな壁が2級だった。
魔術や呪術を修得していれば3級までは上がれるだろう。だが、2級以上にはなかなか上がれない。
2級退魔師は強力な妖怪に集団で立ち向かう際に部隊長を任されることもあり、選ばれた才能と経験が必要なのだ。
陰陽師の大家に生まれた人間でも、3級で終わってしまう人間が多いのが現状である。
「今年の2級昇格試験、候補者は五十名。そのうち十名が二十歳前後の若者ですか……」
「当たり年ですね、小野さん!」
試験会場の入口、理事みずから受付として立っている小野冬馬にアシスタントの女性退魔師が話しかけてくる。
「たまにありますよねー。こういう年が。少ないときは若い昇格候補者が一人もいないときもあるのに」
「流れ……あるいは運命でしょうか? そういう年には決まって大きな霊災も起こるんですけどね」
「もー、小野さんってば心配し過ぎですよ。素直に若者の活躍を喜びましょうよー」
アシスタントは気楽な様子だったが、今回の昇格試験の責任者に任命されている冬馬としては心中、穏やかではない。
今回の試験には何人もの曲者が参加する予定なのだ。
若く実力のある退魔師には自分勝手で、他を顧みない者が多い。
過去の試験では、そういった退魔師の暴走によって死人が出たこともある。
(妖怪との戦いならばまだしも、試験ごときで死人を出していたら終わりですよ……)
そして、そうなった場合に責任を取らされるのは冬馬なのだ。
冬馬の年齢は三十五歳。
理事の中では最年少だったために厄介な役目を押しつけられたが、頭が痛いことである。
(……無理に合格者を増やす必要はありません。実力不十分な人間を昇格させても、命の危険にさらすだけ。何事もなく終われば、それで良い)
「あ、おはようございます。受験票の提示をお願いします」
試験会場に続々と昇格候補者達が集まってきた。
アシスタントが受付として応対して、彼らを会場に誘導する。
冬馬は受付として立つフリをして、集まってくる候補者を観察した。
今回の試験会場に選ばれたのは静岡県某所にあるビルだった。
どうして静岡県なのかというと、試験会場は静岡や愛知、岐阜などの中部地方で行われるのが慣例だからである。
日本の退魔師は東京と京都の二カ所に集中していた。
両方とも古くから政治の中心にあり、怨霊や鬼神が発生しやすかったからである。
東京と京都の退魔師の間には昔からライバル意識があり、どちらの地域が退魔師業界の中心なのかを競っていた。
関東で試験を行えば関西の術者が抗議をして、関西で試験を行えば関東の術者が文句を言う。
そんな派閥抗争の結果として、中部地方で試験が行われるようになったのである。
(派閥抗争には興味がありませんし、悪しき風習ですが……まあ、真ん中でやった方が交通の便は良いですね)
静岡には東海道線が通っており、関東からも関西からも集まりやすい。
この世界では妖怪による被害のせいで空路、海路は危険が多いのだ。
長距離の移動といえば新幹線が一般的。飛行機や船はあまり使われない。
飛行機の百本に一本が妖怪やモンスターが原因で事故を起こすため、よほど自分の幸運に自身のある人間しか乗らないのである。
先日も東京から北海道に向かっていた飛行機が空を飛んでいた龍と接触事故を起こし、仙台に不時着していた。
(いくら退魔師が飛行機に乗っていても、時速800キロで空を飛んでいる中での妖怪との接触に対処するのは難しい。より安全かつ素早い移動システムが整えば……)
「ん?」
明後日の方向へと考えを飛ばしていた冬馬であったが、集まってきた候補者の中に気になる人物を見つけた。
会場にはすでに多くの退魔師が集まっている。
彼らの格好は様々。魔法使いのようなローブを着ている者もいれば、狩衣に烏帽子を付けている陰陽師、袈裟を羽織った坊主、僧服を着た神父などなど。
しかし、その人物が着ているのはセーラー服。常識的過ぎてかえって浮いている服装をしていたのだ。
「セーラー服。それに腰の刀……あれが当代の鬼斬り役ですか」
『鬼斬り役』渡辺華憐
今回の試験に参加する問題児の一人。
中学生でありながら3級退魔師に上り詰めた、最年少の女性。
かつて源頼光と一緒に酒吞童子という鬼を打ち倒した四天王……渡辺綱の直系であり、鬼殺しの魔剣である『安綱』の継承者だ。
源頼光四天王の中でも筆頭格……知名度においては金太郎こと坂田金時に劣っているが、渡辺綱の子孫である彼女は纏っている霊力だけで鬼を追い払うとまで言われている。
「……海外に出ていると聞きましたけど、戻ってきてたんですね」
アシスタントがわずかに緊張した様子でつぶやく。
「鎌倉の危機を聞いて戻ってきたのか、それとも昇格試験のために帰ってきたのか……問題を起こさないと良いんですけどね」
などと話している冬馬の視線の先、受付に向かって華憐がズンズンと歩いてきた。
「あ……」
しかし、彼女は途中で隣を歩いていた別の候補者とぶつかってしまった。
二人がジロリと睨み合う。
「何ですか?」
「それはこちらのセリフだが?」
ぶつかったのは尼のような服を着た女性であり、年齢は二十歳ほど。
その右手には黒い槍が握られており、鋭い切っ先が天に向けて伸びていた。
「不味い……!」
冬馬が焦りに表情を歪ませる。
華憐とぶつかったのもまた、今回の試験において問題児と目される人物だったのだ。
『毘沙門天の子』上杉信女
かの上杉謙信の子孫……とはいっても、謙信には子供がいないので養子の子孫だが。
自分自身を毘沙門天の子であると称しており、高い武術の才能と神通力によって若くして3級に上ってきた天才退魔師。
武芸者でありながら法術の達人でもある人物だった。
「私の方が年上だ。道を譲りなさい」
「年齢で物を主張する人って、それしか自慢できるものがない人ですよね。年を取るだけなら馬鹿でもできるのに」
「……仏の顔も三度まで。ぶつかったのと併せて、これが三度目だ。道を譲れ」
「嫌ですけど?」
同年代の二人はまだ試験が始まってもいないというのに、至近距離からバチバチと火花を散らしている。
どうして、こうも予想通りのトラブルを予想外に起こしてくれるのだ。
冬馬が争いの仲裁をするべく、彼女達に駆け寄ろうとする。
「お?」
「ひゃっ!?」
「ヒッ……!」
しかし、そこでさらなる予想外が発生する。
後方から歩いてきた一人の男性が華憐と信女の間を通ろうとして、二人にぶつかってしまったのだ。
おまけに……どうやったらそうなるのか、ぶつかった際に男の両手が華憐と信女、二人の胸に添えられて鷲掴みにしている。
「コイツは失敬。だが……こんなところで立ち止まってるアンタらも悪いから、お互い様だな」
「なっ……ななっ……!」
「お、男っ……!?」
「そういうわけで退いてくれ。ケンカだったら人通りのない他所でやってくれよな」
「「ひゃうっ!」」
男が二人の胸を強く掴んで後ろに追いやり、そのままスタスタとこちらに向けて歩いてくる。
その傍らには式神と思われる着物姿の美女が同行していた。
「アレだな、早めに終わったら伊豆とか遊びに行きたいよな。どこか行きたい場所はあるか?」
「関東圏から出るのは初めてなので、どこでも構いません。主様にお任せします」
「ああ、そうかよ。静岡ってあんまり観光地のイメージがないんだが……名所って何があるんだろうな。コンビニでガイドブックでも買ってみるかな」
金髪青目。どう見ても日本人とは思えない男性はシャツにジーンズというラフな格好であり、胸にはシルバーのアクセサリーをさげている。
退魔師というよりも観光中の外国人という風貌だった。
男性は隣の美女と話しながら、受付にまっすぐ歩いてくる。
胸を男に掴まれて呆然としている背後の女性二人を無視して。
「ゆ、許せない……痴漢断罪!」
「男ごときがこの私の胸を……死になさい!」
華憐が刀を抜いて、信女が槍を振りかぶる。
二人はまるで息の合ったパートナーのように、男性の背中に襲いかかった。
「あぶな……」
アシスタントの女性退魔師が思わず声を上げるが……次の瞬間、バチリと雷光が閃いた。
「…………!」
光が止んだ時には、華憐と信女が揃って地面に倒れて昏倒している。
何が起こったのか、その場にいた大半の人間にはわかるまい。
「雷術だと……」
唯一人、状況を理解した冬馬が眉をひそめる。
雷を操る術。それにあの気配は霊力というよりも神気だった。
(雷をぶつける術はいくつか知っているが……この男の技は次元が違うな)
建御雷、あるいはインドラの加護でも授かっているのだろうか?
「受付、ここであってるよな?」
「……ええ、問題ありませんよ」
背後に倒れる二人を無視して、男性が受付にやってきた。
名前と写真が入った受験票をこちらに差し出してくる。
「蘆屋恭一……」
そこに書かれていたのは、定例会でも議論を起こした5級退魔師の名前だった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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