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15.退魔師協会定期会合


 東京永田町にあるとある建物にて。

 その日、退魔師協会の定期会合が開かれることになっていた。


 退魔師協会は半官半民の組織である。

 所属している人間の大部分は民間人であったが、妖怪退治の報酬などは国の税金を財源として支払われていた。

 協会の上層部には退魔師を管理・監督している理事会がある。

 古参の退魔師の家系の代表者、地方ごとの代表者が理事に就任しており、退魔師協会の方針と予算の利用について定期的に話し合っていた。


「おや? 僕が最後でしたか。これはお待たせしてしまって申し訳ありません」


 その日、会合にやってきたスーツにメガネの男性が首を傾げた。

 彼の名前は小野冬馬(おののとうま)

 退魔師協会設立に深く関わっている五つの家の一つ、小野家の代表者である。

 小野家は協会の常任理事を務めており、退魔師業界における重鎮中の重鎮であった。


 小野家の系譜を遡ると平安貴族である『小野篁』へと通じている。

 篁は小倉百人一首にも詩歌を載せている歌人であったが、同時にいくつもの不可思議な逸話を持った人物でもあった。

 その最たるものが自宅にあった井戸を通じて冥界に赴き、閻魔大王の秘書官をしていたというもの。


 その逸話が事実であったかは不明だが……子孫である冬馬も若くして高い霊能力を発現しており、2級退魔師の資格を有していた。


「まだ時間前ですから問題ありませんよ。お席にどうぞ」


 柔和な口調で冬馬に答えたのは今回の会合の議長を務めている人物。

 小野家と同じく常任理事を務めている家系の人間で、藤原という男性だった。


「それでは、少し早いですが会合を始めさせていただきましょうか。まずは各地域の代表者から定期報告をお願いします」


「えー、ではまず北海道から報告をさせていただきます。申し遅れましたが、今期より北海道の代表理事を務めさせていただきます白石です。それでは、お手元の資料の5ページを参照していただいて……」


 藤原に促されて、それぞれの地域を代表する理事が報告を始める。

 会合が開かれるのは三ヵ月に一度。

 その期間内に管轄地域内で起こった事件と被害状況について、新規退魔師の加入人数、任務中に亡くなった退魔師の人数などを説明していく。


「……以上で報告を終わります」


「はい、ありがとうございました……それにしても、今期は随分と多くの退魔師が亡くなったようですな」


「……3級退魔師が三十八名。2級が五名。1級が一名ですか」


 冬馬が資料に目を通しながらつぶやく。

 今期は妖怪による被害……霊災が多く生じており、あちこちで大きな被害をもたらしていた。

 それにより、名のある術者達が何人も落命している。


「特に1級の減少は痛いですね。いや、彼の場合は殉職ではなく加齢に伴った病死ですから、仕方がないといえば仕方がないのですが……」


 冬馬が溜息をつくと、同じように会議室のあちこちから落胆の気配が生じた。


 強い退魔師の人数はそのまま国防力にもつながっており、退魔師が減れば減るほどに国力が低下してしまう。

 自衛隊なども妖怪退治には当たっているが、彼らは危険地域の封鎖と国外からの妖怪の侵入に立ち向かうので精いっぱい。

 日本国内における霊災対策の主役はやはり退魔師であった。


 この世界において、人間の敵は妖怪やモンスターである。

 邪悪な怪物に立ち向かうのがやっとなため、反対に人間同士での戦争はあまり起こらない。

『あまり』と付け加えたのは皆無ではないという意味。

 モンスターによって住居や農地を失ってしまった国が国力回復のため、他国に攻め入ることはまれにある。

 また、一世紀前には、邪悪な魔術師によって支配された国があちこちの国に戦争を仕掛けるという事態も起こっていた。


「しかし、悪いことばかりではないでしょう! 今期は大きな成果もあったではありませんか!」


 理事の一人が場の空気を変えようと明るい声を発した。

 九州代表の理事であり、身長二メートルを超える大男である。


「高尾山の解放ですな」


「高尾山には随分と悩まされましたからな。天狗共が「早く山を取り戻せ」と毎年のように抗議をしていましたから。まったく、だったら手を貸せば良いものを……」


「薬師如来の加護がある高尾山が戻ってくれば、東京の霊的防衛力も増すことでしょう。すでに八王子近辺から鬼や悪霊が消えているとか」


「高尾山を解放したのは賀茂分家の3級退魔師ですか。名前は『賀茂美森』。まだ高校生なのに大したものです」


 理事達の視線が一人の男に集中した。

 常任理事の一つ、賀茂本家の代表者である。


「まあ、彼女は未熟ではありますが賀茂の血を引く術者ですからな! これくらいは当然でしょう!」


 一同からの称賛の視線を浴びて、賀茂の代表者である七十代ほどの男性が鼻高々と言う。

 賀茂家は日本中に分家がある退魔師の大家である。

 その当主である男は、大勢いる分家筋の一人でしかない美森のことなど名前も覚えていなかったのだが……そのくせ、彼女の働きを自分のことのように自慢していた。


「彼女は鎌倉の由比ヶ浜防衛の手柄もありますからね。例の神話生物の解析はどうなっているんですか?」


 藤原が尋ねると、白衣姿の女性が立ち上がる。

 顔立ちは整っているが目の下に色濃い隈を作っており、寝不足がうかがえる女だった。


「回収したシロナガスクジラの死骸を解体・解析したところ、最低でも2級以上の霊魂が宿っていたことがわかってます。どこかの神話に登場する怪物であるという話は眉唾ではないようですよー」


「神話ですか……占い師の見立て通りですね」


 退魔師協会には占術士だけで構成された部署があり、日本国内で発生する霊災の事前予知を行っていた。

 とはいえ……これが必ずしも頼りにできるわけではなく、鎌倉由比ヶ浜に巨大な神話生物が来訪することも事件発生の数時間前に明らかになったことである。

 たまたま該当地域に派遣されていた退魔師が対処できたが、一歩間違えれば何もできずに鎌倉の町に大きな被害が生じていた。


「その神話生物の正体はわかっているのですか?」


「解析しましたけど、データにはなかったからー。おそらく、海外産ですねー」


「『渡来神』ですか。海上自衛隊が見逃したようですね」


「海は広いですからねー。深海に潜って来られたら、自衛隊の潜水艇の網にも引っかからないでしょう」


「それで……回収した『器』の所有権はどうなるのかね? 神話の怪物の依り代になっていたということは、それなりの価値があると思うのだが?」


 ニヤニヤと笑いながら、賀茂本家の代表者が尋ねてくる。

 神話の怪物の魂が入っていたとなれば、そのシロナガスクジラの遺骸は聖遺物といってもいい。

 呪術の触媒や神器製作の材料としてうってつけであり、莫大な値がつくことだろう。

 分家の術者が倒したのだから、自分達に所有権がある……賀茂本家の代表者はそう言いたいのだろう。


 藤原はがめつい老人に溜息をついて、事務的な口調で説明をする。


「今回はかなり特殊な事例ですから、まずは退魔師協会による調査が行われます。その後は討伐した人間に返却されることになりますが……残念ながら、賀茂氏のところにはいきませんよ」


「何だと? どういう意味だ?」


「言葉の通りです。今回、由比ヶ浜防衛の中心人物になったのは賀茂美森という術者ですが……彼女一人の功績というわけではありません。鎌倉にある寺院が勝利祈願を行うことで、結界の力などを強化したことで成されたことです。また、由比ヶ浜防衛には近くの神社で祀られている竜神も力を貸しています」


 事前に特別な取り決めを結んでいなければ、妖怪退治による報酬は協力者全員に均等に分配されるのが慣例である。

 今回の場合、聖遺物となったシロナガスクジラの遺骸はバラバラにされて、協力してくれた寺社仏閣に奉納されることになるだろう。


「なっ……そんな馬鹿な! 倒したのはウチの術者だぞ!?」


「賀茂美森さん、それと彼女の補助をした5級退魔師の青年にはそれぞれ5千万円ずつ報酬を支払っています。彼女達の取り分としては妥当でしょう」


「ぐううっ……」


「きちんと報酬を支払っておかないと寺院の協力が得られなくなりますから、これは必要な事ですよ。もちろん、鎌倉以上に多くの寺社仏閣を抱えている京都の術者にこんなことを説明するのは釈迦に説法だとは思いますが」


「…………」


 賀茂本家の代表が黙り込み、不機嫌そうにふんぞり返る。

 不承不承ではあるものの……一応は納得してくれたようだった。


(本当にがめついな……この老人は)


 冬馬が苦々しい顔をする。

 賀茂家は退魔師業界において非常に大きな力を持っており、日本最大の鬼門である京都の守護役をしていた。

 府知事や市町村長なども頭が上がらないような権力を持っているため、それ故に傲慢な人間も少なくはない。

 あの老人もその代表的な一人であり、賀茂家以外の術者をあからさまに見下していた。


(若い頃は最前線で活躍した一線級の術者だったようですが……今となっては、ただの老害ですね)


「それでは、次の議題に移りましょう。2級退魔師の推薦についてです」


 藤原が話題を切り替えた。

 2級退魔師……退魔師協会の主戦力である術者の資格についてである。


「念のために確認をしておきますが……退魔師の資格は1~5階級までに分かれており、3級までの資格は各支部の裁量によって与えることができます。しかし、2級以上の資格を得るためには、いずれかの理事の推薦を受けた上で試験に合格する必要があります」


 藤原が説明をする。

 それはこの場にいる人間にとっては周知の内容だった。


「さて……お手元の資料に名前が記載されているのが、今回、理事から推薦を得た退魔師です。いずれも各支部において十分な功績を上げています」


「待ちたまえ。関東地域からの候補者に5級退魔師が混じっているが、これはどういうことかね?」


 理事の一人が挙手をした。

 冬馬が資料に目を通していくと……確かに、関東の理事推薦に5級退魔師が入っていた。


「蘆屋恭一。東京第二支部に登録……ですか」


 聞かない名前である。

 だが……『蘆屋』という名前にだけはもちろん、心当たりがある。


「蘆屋ということは……道満の子孫か?」


 同じ事に思い至ったのか、年配の理事がつぶやいた。


 蘆屋道満。

 平安時代、播磨の国に生まれた呪術師である。

 かの安倍晴明の宿敵であるとされており、かつて隆盛を誇っていた藤原道長に呪いをかけて暗殺しようとした逸話で知られる人物だった。

 陰陽師の界隈ではあまり良い評価を受けていないが、それでも彼の子孫の中には退魔師として功績を挙げている人物もいた。


 理事達の疑問を受けて、関東代表の理事……東郷という名前の中年男性が立ち上がる。


「えー……その人物、蘆屋恭一は賀茂美森と共に高尾山解放に参加。由比ヶ浜防衛にも参戦しています。まだ退魔師協会に入会していて日が浅いので5級となっていますが、最低でも3級以上の実力があることはわかっています」


「ならば、ひとまず3級に上げてから様子を見て、改めて2級に昇格させては如何ですか? いきなり5級から2級昇格は早計だと思いますが?」


 藤原が控えめな口調で提案する。

 東郷は厳めしい顔のシワを深めて、淡々と続ける。


「同じく2級推薦を受けている賀茂美森3級退魔師から『蘆屋恭一は自分よりも強いから、彼が推薦を受けないのであれば自分も受けない』などと声明が返ってきています。ゆえに、今回の推薦枠に入れさせていただきました」


「ムウ……」


 話を聞いていた賀茂が顔を顰める。

 分家の術者が格下であるはずの蘆屋家の術者を称賛したことが、お気に召さなかったのだろう。


「私としましても、優秀な退魔師は形式に拘らずに上に行かせても問題はないと考えております。ゆえに推薦を撤回するつもりはありません……以上」


「なるほど……東郷理事の考えはわかりました」


 藤原がゆっくりと会議室に居並ぶ面々を見やる。


「もしも蘆屋5級退魔師が実力不十分であれば、試験の結果でそれもわかるでしょう。特に異議が無いようであれば、彼も昇格試験に参加させても問題ないと思いますが?」


「…………」


 不服そうにしている者はいたが、特に反対意見は上がらない。


 退魔師の業界は実力主義だ。

 家格を重んじる者は多いが、最終的には実力で全てが決まるのだから。


「それでは、こちらに挙がっている候補者全員の参加を認めて、2級昇格試験の実施を行います。試験は慣例に従って東京と京都で交互に行われるので、今回の実施は静岡になります。日時と場所が決まり次第、改めて連絡いたしますので候補者への通達をよろしくお願いします」


 話がまとまった。

 このまま今期の会合は終わりになるだろう。


(丸く収まったのは良いが……本当に大丈夫でしょうか?)


 冬馬は資料に羅列されている名前に目を通して、目を細める。

 5級退魔師の蘆屋恭一が槍玉に挙げられて注目を受けていたが、他の候補者の中にも問題がありそうな人物が何人もいた。


『鬼斬り役』――渡辺華憐


人形(ヒンナ)憑き』――山田彰吾


『戦争聖女』――ロゼッタ・ジャンヌ


『即身仏』――久世用安


『毘沙門天の子』――上杉信女


『土蜘蛛』――黒木煉獄丸


 いずれも最近になって頭角を現してきたばかりの若い退魔師である。


(最近、退魔師の質が上がっていますね……)


 それは良いことのように見えるが……とても安心はできない。

 強くなっているのは味方だけではない。

 妖怪の質も向上している。由比ヶ浜に現れた海外の神獣も含めて。


(何か、水面下で大きな力の流れが起きているような気がするのは僕だけでしょうか……?)


 冬馬は言い知れない不安を感じて、ずれたメガネの縁を押し上げた。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

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