14.報酬獲得。ただし違法
巨大な怪物が炭化しており、浜辺に横たわっていく。
神力を使って引き潮を起こしていた静が術を解くと、途端にその身体が海水に浸される。
海水に触れたら生き返るのではと懸念するが……そんな最悪な事態が起こることはなく、怪物は完全に絶命しているようだった。
「終わったな。ロープを切るから動くな」
「申し訳ありません、よろしくお願いします」
恭一はロープを引きちぎって、岩に縛られた静を解放する。
そんな姿をぼんやりと眺めながら……霊力を使い果たして、浜辺に座り込んでいた美森が口を開く。
「結局さ、コイツって何だったわけ?」
斃れた怪物の死骸に視線を移して、美森が怪訝に問いかける。
「これってシロナガスクジラよね? 海坊主の正体ってクジラだったわけ?」
その死骸は地球最大の哺乳類と呼ばれるシロナガスクジラのものだった。
ただし、本来は白くあるべき姿が黒く染まっているのは明らかな以上であるが。
「皮だけだな。内側に古代の神獣が宿っていたようだ」
美森の疑問に気怠そうな顔で恭一が答える。
『扉』を開いて強力な雷を放ったおかげで、かなり精神力を消耗していた。
今すぐにでもベッドに飛び込んで、そのまま昼過ぎまで寝こけたい気分である。
「国産じゃなかったみたいだけどな。何らかの条件が整ったことにより、海外の神獣が出てきちまったようだ」
「何らかの条件って……つまり、どういうこと? 何が条件だったのよ」
「さあ、知らんけどな。死んでいるコイツに聞いてみろよ」
本当は目星はついていたが、あえて美森に話すことはしない。
美森に知らせようものなら、この怪物が出てきた原因がここに恭一がいたことであると退魔師協会にバラされてしまうかもしれないからだ。
この神獣は『ケートス』という名前の怪物であり、ヨーロッパの神話に登場する存在だった。
ケートスは海神の怒りを買ったことで生贄となった乙女を喰い殺そうとしたところを、神の血を引く人間……『半神半人』によって討たれることになる。
ケートスが故郷から遠く離れた日本の鎌倉に現れたのは、この地に二つの条件が整ったから。
一つ目は、海に捧げられた乙女の存在。
静は源義経の妻である静御前が産み落とした存在が海に流され、竜神によって魂が救い出されたことで誕生した。
歴史上では男児とされているが、静の場合は女児だった。
見方によっては……海の神に捧げられた生贄であるようにも受け取られる。
二つ目は、神の血を引く男の存在。
恭一は日本人の母とヨーロッパの神である父の間に生まれた『半神半人』。
かつてその怪物を打ち倒した英雄と限りなく近い存在だった。
神に捧げられた乙女と半神半人。
ケートスが現れる条件が整ったことにより、鎌倉の由比ヶ浜に現れたのである。
「星の巡りとか色々と条件があるんだろうな。神や魔物の考えに人の知恵は及ばない。考えるだけ無駄だろう?」
「…………」
しらばっくれる恭一を横目に睨んでいた美森であったが、やがて諦めた様子で首を振った。
「それよりも……さっきの雷はすごかったわね。本当に、貴方ってば何者なの?」
「生憎と、素性を話すのはベッドの中だけって決めてるんだ。俺のことを知りたいのであれば夜這いでもかけてこいよ」
「…………考えておくわ」
「あ?」
思わぬ返事をされた気がして、恭一が美森の顔を見やる。
美森は恭一の方を見ることはなく、拗ねたようにそっぽを向いていた。
「何でもないわよ……さっさと退魔師協会に連絡しましょう。今日は疲れちゃったから旅館で寝たいわ」
「それは大いに賛成だ。コンビニで夜食でも買っていきたいところだけど、避難しているから閉まってるか……もういっそのこと、商品を勝手にもってっちまうか?」
「……それやったら怒るからね」
徐々に空が白くなっていく。どうやら、夜明けが近いようである。
鎌倉の地を海に沈めかけた巨大な災厄との戦いは、こうして幕を下ろしたのである。
〇 〇 〇
神話の怪物を撃退して鎌倉を救った恭一であったが、退魔師協会によって神魔撃退が確認されて、十分な額の報酬が振り込まれることになった。
その金額は5千万円。事前にふっかけていた金額である。
美森は呆れ返っていたが、彼女にも同額が支払われることになっているので文句は言わせない。
一つの町を救ったことを考えると報酬が安すぎるような気もするが……海坊主、その正体ケートスという名前の神獣は正体不明の魔物であり、正確な危険度の等級を付けられない存在のため、その金額に抑えられたのである。
「それでは、拙の方からも報酬を支払わせていただきます」
今回の仕事の依頼主である竜神……静が楚々として言った。
場所は恭一と美森が宿泊している旅館である。
町を救ったことでたっぷりと歓待を受けて、落ち着いた頃合いを見計らって報酬の話になったのだ。
「おお、待ってたぞ!」
退魔師協会からは出し渋られてしまったが、こうやって二重で報酬を受け取れるのであれば悪い仕事ではないだろう。
相手は鎌倉時代から生きている(?)竜神である。
さぞやたんまりと頂戴できるだろうと、恭一はホクホク顔だった。
「まったく……そういうことだったのね。やけにやる気だと思ったら……」
美森が呆れ返ったように肩を落とす。
恭一が怠惰な性格であることは短い付き合いながら知っている。
それなのに積極的に鎌倉を救おうとしていたので不審に思っていたのだが……退魔師協会と静とで二重契約をしていたようだ。
「はい、どうぞお納めくださいませ」
「お?」
静が虚空に手を入れて、どこからか風呂敷包みを取り出した。
上質な織物の布を畳に置いて開くと、中から電灯の明かりを反射して煌めく宝玉がこぼれ落ちる。
「これは……真珠か?」
恭一は風呂敷に包まれていた大量の珠玉に目を瞬かせた。
それは真珠、あるいはパールと呼ばれる宝石だった。別名で「人魚の涙」、「月の雫」などとも呼ばれている。
アコヤ貝をはじめとした貝の体内で形成されるカルシウムを主成分としたもので、ダイヤモンドなどと比べると輝きは劣るものの、冠婚葬祭に使える便利な宝石だった。
「確かに、これは高く売れるだろうな……」
宝石は呪術の触媒などに使うことができるため、この世界において非常に価値が高い。
たとえば、守りの呪いをかけた宝石を持ち歩くだけでも、悪霊などに憑りつかれるリスクは半減する。夜道で妖怪に襲われる確率も減ることだろう。
攻撃系統の呪術を込めたのであれば、妖怪やモンスターにぶつけてダメージを与える兵器として使われる。
そのため、宝石の需要は世界中で高く、産出国は自国の宝石を奪われないように独占しようとする傾向があった。
「真珠は日本で採れる数少ない宝石だが……」
「……あのさ、これってやけに形が揃ってるんだけど、もしかして養殖のものじゃないの?」
美森が恐る恐る言う。
詳しくはないが、三浦半島でも真珠の養殖は行われていたはず。
退魔師協会が高値で買い取ってくれるので、それはもう盛んなはずである。
「海にあるものは誰の所有物でもありませんが?」
静が不思議そうに首を傾げた。
元・人間とはいえ、人外の竜である静にとってはそういうものなのだろう。
養殖だろうが天然だろうが知ったことではない。海産物を勝手に持っていくことが犯罪であるという発想がなかった。
「これって、密漁になるわよね……きっと」
「……知らん。俺は何も見ていない」
恭一が手早く風呂敷包みを元通りにして、静に突き返した。
「気持ちは嬉しいが、これは受け取るわけにはいかない。人間社会は色々と面倒だからな……」
「はあ? そうなのですか?」
「そうなのですよ……やれやれだな」
恭一は金が大好きだが守銭奴というわけではない。
法を犯してまで欲しいとは思わないし、手元にある金は平然とバラまいて湯水のように使う。
「そうですか……残念です。せっかく助力していただいたのに感謝を示すことができないだなんて」
静が端正に整った顔を曇らせる。
神と呼ばれる存在はわりと人間を軽んじていることが多いのだが、静は変に律義なところがあるようだ。
「まあ、気を落とすな。協会からの5千万はあるからな。徒労というわけじゃないから許してやらんでもない」
「……アンタって無駄に偉そうよね。相手は神様なんだけど?」
美森が横からツッコむが、恭一はどこ吹く風である。
そんな二人に静はしばし考えこんでいたが……やがて両手を「パン」と合わせた。
「でしたら、拙がこれから恭一様にお仕えするというのは如何でしょう?」
「あ?」
「恭一様には町を守っていただいた恩義があります。『報酬を支払う』と約束した以上、それに背くわけには参りませんから。報酬はこの身をもってお支払いいたします」
高位の陰陽師や修験者の中には、鬼神などの人外を式神として従える者がいる。
かの有名な修験者である役小角は『前鬼・後鬼』という二体の鬼神を使役していたし、最強の陰陽師である安倍晴明は『十二天将』という神霊を式神にしていた。
「おいおい……俺は構わないが、本当にそれで良いのか? 俺は結構、本気でこき使うぞ?」
「拙は千年近くも生きていますし、五十年か百年、他者に使役されたとしても何ら問題はありません。どうぞ好きなように扱ってくださいませ」
「……そうか」
恭一はふと思い出す。
怪物クジラに襲われ、救い出された乙女は命の恩人である英雄の妻となり、添いとげるのことになるのだ。
あるいは、英雄と乙女が結ばれるまでが神話の再現であるのかもしれない。
「よし、とりあえず布団に行くか」
「畏まりました。どうぞ可愛がってくださいませ」
静は無表情で三つ指をついた。
斜め上に突き進んでいく展開に、美森が顔を真っ赤にして声を上げる。
「いや、私もここにいるんだけど何の話をしているわけ!? こら、布団を敷くな! 枕を並べるな!」
「わかったわかった……枕は三つ置いてやるから、お前も混ざっとけ」
「混ざるわけないでしょうが! 調子に乗るな! それと貴女も少しは抵抗しなさい!」
ギャアギャアと騒ぐ美森の声が廊下にまで響きわたる。
恭一は金が好きだが、女も好きだ。
鎌倉の海に平安をもたらした報酬として、見目麗しき竜神の娘を手に入れることに成功したのである。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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