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13.甦る神話

「きゃー! きゃー! キャアアアアアアアアアアアアアッ!」


「GYAOOOOOOOOOOOOOOO!」


 沖合から海坊主が海水の大砲を撃ち続けてくる。

 それを捌いているのは賀茂美森。最近になって名前が知られるようになった天才陰陽師である。


「私一人に任せるとか馬鹿なの!? 馬鹿よね!!」


「GYAOOOOOOOOOOOOOOO!」


「キャアアアアアアアアアアアアアッ!」


 水圧によるレーザーを結界で防ぎ、逃げ回っては避けている美森の傍には、着物を身にまとった静の姿がある。


「コンッ!」


 しかし、奇妙な鳴き声を漏らすその静は本物ではない。

 美森が使役している式神の一つ。狐の式神である『(アカ)』と呼ばれる存在だった。

 美森は狐と狸の式神をそれぞれ使役しているのだが、狐の『赫』は女性に、タヌキの『(みどり)』は男性にそれぞれ化けるのを得意としている。


 海坊主が狙っているのが静であることに気がついた恭一は『赫』を静に化けさせて、美森に海坊主を引き付けるように命じた。


 美森が囮になっているうちに、恭一が海坊主を浅瀬に引きつける準備をしているそうだが……ハッキリ言って、荷が重すぎる。

 次々と海水を浴びせられ、一瞬でも油断をしたら死んでしまいそうな状態だった。


「アイツ……死んだら絶対に恨んでやるんだからね! アイツの買ったばかりのマンションを呪いで事故物件にしてやるんだからあああああああああああっ!」


「GYAOOOOOOOOOOOOOOO!」


 叫びながら逃げ回る美森に、そんなことは知らんとばかりに海坊主が強烈な水鉄砲を浴びせかける。


 そうやって美森が叫んでいる一方。

 浜辺から姿を消した恭一と静はというと、由比ヶ浜の沿岸を走り回って海坊主を罠に嵌めるためのポイントを探していた。


「お、ちょうど良い岩があるな。あそこにしよう」


 浅瀬にちょうど良い大きさの岩を発見した。

 静を岩まで連れていって、浜辺に落ちていたロープを使って拘束する。


「んっ……こんなことで、本当に海坊主をおびき寄せることができるのでしょうか?」


「間違いない。俺を信じろ」


 グラマラスな体格の静にロープを巻きつけると、胸やら腰やらが強調されてかなり扇情的な姿になった。

 こんな状況でなかったのなら、夜食としていただいていたところである。


「お前は妖怪やモンスターがどうやって生まれるか知っているか?」


 作業をしながら、恭一が尋ねる。


「存じませんが……私や船幽霊がそうであるように死人の魂が化けて成るのではないでしょうか?」


「それもある。だが……妖怪の中には伝説や伝承などの思念から生まれる場合がある」


「思念……ですか?」


「ああ」


 恭一は縄を岩に巻きつけながら頷いた。


「この世界には霊力や魔力、妖力といった力が満ちている。そういった力が人間の思念によって形を与えられ、人ならざるものとして器を得るんだ」


 たとえば、川で溺れ死んだ人に対する同情や悲しみ、水への恐怖が『河童』などの妖怪を生み出す。

 台風などの災害に対する恐怖が『目々連』などの妖怪を生み出して。

 都市伝説などから妖怪が生まれることも、近年では確認済み。

 口裂け女や人面犬、八尺様などの作り話が実在化する事象も起こっている。


「そういった思念から生まれる人外の中でもっとも厄介なのは神話の怪物だ」


 神話は都市伝説とは年季が違う。

 何百年、何千年と受け継がれている人間の想念の集合体なのだから。


「もしかして……あの海坊主もそうであると?」


「その通りだ。ただし、日本の神話ではなく海外産だけどな」


 女性の身体を岩にくくりつけて、恭一は満足そうな顔になった。

 あえて胸を強調するような巻き方を選んでいるのは完全な趣味である。


「神話などの伝承から生まれた魔物には特徴があってな、奴らは出来る限り、自分が生まれた元となる伝承を忠実になぞろうとする」


「…………」


「海坊主が鎌倉の町に現れた理由もそうだ。間と状況が悪かった。俺とアンタが一つの土地に存在していたんだからな」


「それはどういう意味でしょう?」


 問われて、恭一はわずかに気まずそうな顔になる。


「アンタは元からここに住んでいるから良いとして……俺が来たのがまずかったな。かつて神話の世界で奴を討ち滅ぼした存在と近い属性を有した俺がやって来て、海に捧げられた姫であるアンタと居合わせちまったわけだから。これで出てこなかったら、神話をルーツとするアイツは自分のアイデンティティを保てない」


「…………?」


「わからないならそれでいい。正直、自分の予想が正解なのか知らんからな」


「理解できかねますが……つまり、拙が原因ということでしょうか?」


「お前と俺がだよ……退魔師協会には黙っとけよ? バレたら報酬を取り下げられかねないからな」


 ちゃんと口止めをしておいて……準備が整った。

 あとは海坊主をこちらに呼び寄せるだけである。


「蒼雷」


 恭一は頭上に向かって雷を放って、今も逃げ回っているであろう美森に合図を出した。



     〇     〇     〇



 空に雷が撃ちあがり、大きく爆ぜる。

 夜空を照らして染めていく雷を見て、美森はようやく準備が整ったことを悟った。


「ああ、もう! ようやく準備ができたの!?」


 合図が上がったのを確認して、美森は安堵から力が抜けそうになる。

 しかし、ここで脱力するわけにはいかない。ここで倒れてしまえば、それこそ怪物の餌食になってしまうだろう。


「『赫』!」


「コオンッ!」


「GYA!?」


 式神が変化を解いて、狐の姿になる。

 自分が狙っていたのが偽物だったことに気がついて、海坊主が驚きの声を上げる。


「さあ、こっちよ! 本物を襲いたいのならこっちに来なさい!」


「コオオオオオオオオンッ!」


 赫が高々と鳴いて、馬ほどの大きさまで肥大化する。

 別の生き物のように大きくなった狐が美森のことを背中に乗せて、砂を蹴りながら浜辺をまっすぐ駆け抜けていく。


「GYAO!」


 海坊主が怒りながら、狐の背に乗って走る美森に海水の大砲を撃ちつける。

 怒りに任せて攻撃をするが、横に移動する的を狙撃するのは容易ではなく、大狐は軽々と躱していった。

 敵の攻撃を捌きながら逃げていると……恭一が合図を打ち上げたポイントに到着する。

 そこには大岩にくくりつけられた静と、その傍らに立つ恭一の姿があった。


「よお、遅かったな。死んだかと思ったぞ」


「『遅かった』はこっちのセリフよ! アンタのせいで死にかけたじゃない!」


 合流した恭一に美森が怒りの声を吐く。

 美森が到着した先では、浅瀬にある大きな岩に静が身体を縛られていた。


「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」


 拘束された静の姿を見て、海坊主が歓喜の叫びを上げた。

 そんな海坊主の様子に恭一は自分の考えが正しかったことを悟る。


「さあ、神話の再現だ。生贄を用意してやったぞ……女好きの神獣よ!」


 恭一がしてやったりの笑みを浮かべる視線の先、海坊主が水鉄砲を止めて浅瀬まで上がってこようとしていた。



     〇     〇     〇



 岩にくくりつけられた美女を見て、海坊主は歓喜する。

 自分が生まれた理由。神話の再現がそこにあったからだ。


「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」


 あの岩に拘束された娘を喰わなければならない。

 それが海坊主が生まれた理由であり、彼の者を構成している神話そのものなのだから。


「アレって……クジラ!?」


 岩から少し離れた場所にいる娘が叫ぶが、海坊主にとってそんなことはどうでも良い。

 生け贄の娘以外は目に入らない。アレを喰って、愚かな人間に裁きを与えなければいけないのだから。


「よし、かかったな……やれ、静」


「承知いたしました」


「GYA?」


 海坊主が大きな首を傾げると同時に、生け贄の娘から力の波動が放たれる。

 途端に海水が引いていき、それまで浅瀬であったはずの海坊主がいた場所が浜の一部に変わってしまう。


「GYA! GYA!」


 異常な出来事に海坊主が困惑の鳴き声を上げた。

 これまで海水に隠れていた巨大な体躯が丸見えになっており、黒い巨体はもはや隠しようがない。

 海坊主……否、クジラと酷似した怪物が砂浜に打ち上げられた状況となってしまった。


「こうなってしまうと……もはや、まな板の上の魚だな」


「GYAOOOO?」


 乙女が拘束されていた岩陰から男が出てきた。


 怪物にとっては忌まわしい存在。

 自分の宿敵である『それ』と同じ気配、同じ神力をまとっている青年である。


 忌まわしい。

 憎らしい憎らしい。

 恨めしい恨めしい恨めしい。


「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」


 怪物が絶叫を上げて、宿敵である青年に襲いかかろうとする。


「悪いな……この結末も神話の再現の一部だ」


 青年の身体から膨大な神力が放たれる。

 圧倒的なエネルギーが蒼い雷に変わっていく。


「GYAO?」


 これは知らない。

 こんな力を『奴』は使わなかったはず。

 こんな結末は……自分の神話に含まれていない。


「蒼雷」


「GYEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!?」


 青年の身体から撃ち放たれた雷撃が怪物の身体を包み込む。

 圧倒的な雷が巨体を包み込み、全身を余すところなく焼き尽くしていった。

 海水から出てしまった怪物に電気を拡散する手段はない。抵抗もできず、ひたすら雷に身を焼かれていく。


 末路こそ違ったものの、これもまた神話の再現。

 その怪物は乙女を喰おうとして、英雄の手によって倒されるのがあるべき形の運命なのだから。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

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