人として死ねること
夕方、俺は森から村に何も知らない体で戻る。
村全体がどんよりとした、悲しみに暮れた様相を見せている。その中で、ミリスの姿を探す。
「ルナちゃん、どこに行ってたの?」
「良かった、無事でいて良かったぁ……」
村の顔見知りのおじさんやおばさんたちが俺の側に寄ってきてボロボロと安堵の涙を零す。
「う、うん。森の中に居てってお姉ちゃんが昨日言ってたの。だから、森の中にいたけど……」
「そう……不幸中の幸いだったわ。貴女も巻き込まれずに済んだのだから」
「ああ……今日はお家にお帰り、ルナ」
「う、うん。分かった」
流石に、この状況を説明するのは難しいか。
おじさん、おばさんたちに促されるままに家に帰るふりをして、他の家々を回る。
あのような所業を受け、呆然と絶望に染まっている女性、部屋の片隅で夫が近づこうとしても物を投げつけている妻。息子と夫を殺されて嘆き悲しむ未亡人。家々も酷く荒らされ、物の多くが壊され、奪われている。
これだけの有様……もはや、犯し奪うことが目的となり、税の取り立てが手段となってしまっている。手段と目的が反転することは力に溺れた者にはよくあることだが、いつ見ても不愉快なことだ。
他の家々を回ったあと、自分の家の戸を開けて中に入る。
家の中は酷く荒らされており、椅子やテーブルは脚の部分から折れ、棚は倒れ、父親の狩りの道具は壊されている。自室のベッドを見ても、羽毛が切り口から飛び散っている。
部屋の端の方で体育座りしているミリスに近づくと、俺に気づいたミリスが抱きついてくる。
「どうかしたの、お姉ちゃん」
「……お父さん、死んじゃった。お母さん、連れ去られちゃった」
ああ、見てたよ。最初から最後まで、全て。
そして、それはミリスも同じ。聡いとは言っても、精神年齢的にも肉親との別れは精神的なショックにもなるだろう。
「お姉ちゃん……」
「ルナ、もう貴女だけなの。貴女だけが、私の心の支えなの。だから、もう私の側から居なくならないで……私の手の中から零れ落ちないで……」
そう言って、ミリスは泣きじゃくり始める。
心の支え、ねぇ……。それは生きるための柱なのか、もしくは自分の善性が悪性に塗り変わらないようにするための、最後のストッパーなのか、そのどちらもか。
その柱、折ってみたい。ボキボキに折ったら、ミリスはどんな行動に出るのか。それはそれで、楽しみだ。
30分ほど涙を流した後、ミリスは泣きつかれたのか眠り始める。
窓の外を見れば、既に日は落ちている。3つの月が全て出ておらず、辺りは非常に暗い。
今から行動に移しても良いけど……まぁ、現状の動きがよく分からないし、そこらへんを見てからにした方が良さそうだな。
村の広場の方を見てみれば、まだ心の整理が出来てる大人たちが焚き木を囲んでいる。話し声は、少しだけだが。向こうも小声で話しているようだ。
『この村を捨てる、ということか?』
『はい……』
村を捨てる、ねぇ。
男の涙声にも聞こえる声に、耳を傾ける。
『この村には、もう食べる物も、それらを作る農地も、狩りの道具もありません。明日、葬儀を行ったら一日でも早く、代官様たちの屋敷に出向き、小作人になる。そうする以外に生きる道は無いのです』
『だが、代官様たちの屋敷に出向くということは……』
『ああ。……奴隷に身を落とすしかない、ということです。しかし、そうしなければ私達は死んでしまう』
『うむ……確かにそうだが……』
ふむ……どうやら、あのクソ代官の奴隷に落ちる事で話が纏まりつつあるな。
家の壁に背を預け、床に座る。窓から見える星空を遠目で見上げ、深く息を吐く。
愚か、とは流石に言い切れないな。この時代、食べ物が無くなれば待っているのは飢え死にだけだ。それなら、首輪を嵌められ、馬車馬のように働かされても生きる事ができる道に縋るしかない。
理解はできるが、納得はできない。あのクソ代官たちに媚びへつらうなんて死んでも耐えられない。
本来なら、納得のいく形で共同体を抜け出したかったが……今すぐにでも出なければ意味はない、か。
それなら、少し遊んでいっても良いかな。
ベッドの下からナイフを取り出し、扉を開けて家の外に出る。広場までゆっくりとした歩調で歩いて近づいていく。
「おや、ルナちゃん。どうかしたのかい?」
俺の接近に気がついた女性が近づいてくる。夕方あたりに俺に話しかけてきた女性だ。
俺の間合いに何の警戒もなく入りこんでくる。
おいおい、殺気を感じ取る事もできないのか。それはいけないな。何故なら、
「……えっ?」
俺に簡単に殺されてしまうのだから。
女性の腹にナイフを突き立てる。女の口から血が吐かれ、簡単に地面に倒れる。
「ルナ、ちゃん……?」
「奴隷として死ぬなんて許さない。人は人して死ぬべきだ」
俺は殺人鬼。人を殺す鬼。逆に言えば、人から落ちてしまった者たちは殺さない。ただ生かされて搾取される人生なんて、そんなの家畜でしかない。それなら、俺が殺してやる。
これは道楽であると同時に、紛れもない本心だ。
「はは……。人は人として死ぬべき……か。確かに、その通りだ。俺たちは家畜じゃない、人間なんだ。なら、人間として死ぬべきだ」
「……ルナちゃん。すまないね」
笑う若い男の腹を裂き、老いた男の頸動脈に突き立てる。
男たちはそのまま地面に倒れる。赤い液体が滴るナイフと、血に濡れた俺の体が焚き火に照らされる。
俺の言葉に納得してしまった、か。やはり、奴隷になってまで生きるよりも、人として死んだ方がマシなのか。いや、それを選択せざるをえない状態になってしまうほど、彼らは追い詰められていたのか。
まぁ、どっちでも構わないか。……ミリスへの置き土産として、思う存分に殺させてもらうとしよう。無論、少しばかり手を変えて、ね。




