フルハウス
暗い夜、光と闇が蠢き混ざる繁華街で俺はフルハウスの塀を飛び越えて中に入る。
着地と一緒に一気に疾走し玄関の扉を開ける。ホテルのロビーを想起させる白く荘厳なエントランスを歩き、受付の禿に話しかける。
「招待状はありますか」
「ええ、ありますよ」
そういって【アイテムボックス】から赤い手紙を取り出して禿に渡す。
禿は少し慌てた様子で店の奥に行ってしまう。
まぁ、グレイスに用意させたのはこの娼館の招待状。完全予約制の娼館であるフルハウスに入るには、これしか方法がない。
まぁ、女の春を買う場所に女が来ることは予想外もいいところだろうからな。
それにしても、まあ……違和感が凄いな。ニ階建ての屋敷かと思ったら三十階建ての内装だとは。外観に見合わない天井の高さと部屋数だな。
「驚きましたか、麗しい『ムーンラビット』のレディ」
天井を見上げていると、若い男に話しかけられる。貴公子然とした金髪の優男だ。
「ここの空間は空間魔法によって2階ごとに別の場所にある建物と繋がっているのですよ。つまり、2階ごとに別の店の雰囲気を味わえる。そんな娼館こそフルハウスなんです」
「なるほど……それは、凄いですね」
是非とも、この魔法の魔法陣を見てみたい。完全に模倣して悪用してみせよう。
「ええ、とても凄い魔法ですよ。それにしても、女性の方がこの娼館に一人で来るなんて珍しいですね。誰か好みほ男衆がいましたか?」
「いえ、仕事半分と言ったところでしょうか。無論、女は買いますが」
「えぇ……男性が嫌いなんですか?」
「嫌いではありませんよ。ただ、子供の頃からそう言った視線に晒される事が多々ありまして」
これは完全な出任せだが、完全な嘘ではない。実際、この街に来てから何度もそういった視線を向けられた。
俺の適当な言葉に優男は少し納得した表情を浮かべる。いや、納得するなよ。
「まぁ、貴女はとても美しいですからね。男なら貴方を押し倒したくなる気持ちは理解できないわけではありませんから」
「全くですよ、本当に」
そんな話をしていると、奥からしわくちゃの老婆が出てくる。この店のやり手婆か。
やり手婆は俺の姿を軽く見たあと、フッと笑う。
「こんな別嬪さんが女の春を売る場所に何の用だい」
「レンリーという娼婦の捜査をしている傭兵だ。彼女の部屋を確認したい」
少し冷たい声音でやり手婆に伝えるとやり手婆は納得した表情を浮かべる。
「あの小娘は失踪して一ヶ月も経っておる。何かしらの情報を見つけておくれ。ここの稼ぎ頭の一人だからな」
「分かっております」
「それと、一応ながらお主は客。故に、捜査の後は買うように。その際は209号室に来るのだぞ。儂が娼婦を手配してやろう」
「分かりました」
流石やり手婆、がめついな。だが、そのくらいで丁度いい。趣味とは言わないまでも、芸を売る娼婦とやらに出会ってみたいからな。
やり手婆が店の奥に下がると、あの優男が駆け寄ってくる。
「まさか、レンリーさんの捜査が仕事の内容だったとは。では、先程禿に渡した招待状は?」
「伝手のあるとある貴族から貰いました。もっとも、ここまで早く来ることが出来たのは良い誤算でしたが」
俺自身、グレイスの伝手ですぐに予約できたのは予想していた以上の結果だ。
優男は面白そうに笑い、俺の目を覗き込んでくる。
「傭兵の伝手がある貴族かぁ……それはまた、かなり特殊な人物ですね」
「ええ、そうですね。……つまらないことですが、貴方のお名前はなんでしょうか」
「僕の名前?そうだなぁ……ここは、普通に話すか」
その瞬間、男の笑みが冷たいものに変わる。男の胸辺りに水色の光の魔法陣が展開される。
すぐに間合いを肉薄し優男の腹を殴りつける。男は大きく吹き飛ぶがすぐに着地する。
優男は腹を軽く擦り、面白そうに笑う。
「へぇ……君はとても優秀な傭兵のようだね。いいね、とても良いよ。少なくとも、本気だったらかなりヤバかった」
「流石に殺すつもりで殴りませんよ。……尤も、確実に仕留めれるとは思ってませんし」
「はっはっはっ!それは謙遜じゃないかな?」
「袖の内側に暗器を仕込んでいる時点で貴方は何が飛び出すか分からないびっくり箱なんですから」
「へぇ……よく気づけたね」
「仕事柄、暗器には詳しい方が良いので」
この男は最初から袖や襟、足元といった場所にナイフを仕込んでいる。それも、魔法由来の毒を塗っている。
しかも、魔法陣の展開速度の速さは人族にしては非常に速い。極めて熟練した暗殺者だ。
「それで、暗殺者が何故攻撃をしかけてきましたか?」
「いやいや、同族の匂いがしたからね。少し試したくなったのさ。それじゃあ、僕はそろそろ仕事の時間だから去らせてもらうよ」
そう言って話の途中で男は消え去る。男が立っていた場所には一つの紙切れが落ちている。
俺はそれを拾い上げ、そこに書かれている名前を読みあげ、口角をつり上げる。
「……なるほどな。なら、納得はしてやるよ、クソッタレ。だが、次に合うときは敵対しないでくれよ。本気で殺してしまう」




