情報推理
夕焼けが次第に暗くなってくる頃。繁華街で一際目立つ建物に明かりが灯る。
重厚で厳かな空気を放つ建物。しかし、窓から見えるは淫美な男と女が一夜限りの春を売る空間。
高級娼館フルハウスの外観はまさに貴族の屋敷と言ったところか。いや、元は本当に貴族の屋敷だったものを改造した、といったところか。
俺は
俺が門のところまで来ると、門の前に立っていた傭兵が剣を向けてくる。敵意や殺意は感じず、ただ仕事のためにやっていると見て取れる。
「招待状はありますか」
「ない。……バーバリン男爵家次期当主であるジョアーノ・バーバリアン様の依頼により、失踪したレンリー嬢の調査を受けたものです」
「そんな話は聞いていない」
だろうな。何せ、こっちは非合法だからな。
騒ぎを起こすのを避けるために一度傭兵たちから距離を取り、人混みの中に隠れる。
朱玄塔での情報収集が予想していた以上にすんなりといったから忘れてたが、この仕事は非合法のものだった。正規の方法で入るのは難しそうだ。普通なら精神に干渉する魔法を使うところだが……対策はされているだろうし、元々俺は精神に干渉する魔法が使えない。適性の問題だな。
それは兎も角、この場合は娼婦として潜入するのがベストだが……時間がかかりすぎる。今回は諦めた方が良さそうだ。
脇道に入り、夜鷹を踏み台にして跳躍、屋根の上に着地する。上体を屈め、疾走する。建物と建物の間を兎の如くピョンピョンと跳ねながら移動していく。
この依頼において必要とされるのは適切な情報だ。確実にレンリーを探し出す事が目的である以上、無理をして捜査する必要はない。何せ、生死は問われていないのだからな。
だが、どうにも嫌な予感がする。時間をかければかけるほど、藻掻けば藻掻くほど絡みつくような蜘蛛糸の罠に嵌っているような、そんな忌々しく不愉快な感覚だ。それが俺を焦らせる。
ちっ……10年間で殺した連中から奪っていた金をこんな事に使うなんて予想外もいいところだが、これを基にしてイズモに情報屋と仲介してもらおうか。
30分ほどかけて王都の西側につく。勢いよく人混みの中に着地すると周囲の人間は驚くが、関わりたくないのか気にしないようにする。
ま、誰だって面倒事に巻き込まれたくないだろうからな。とりあえず、適当な男を捕まえるか。
俺は周囲を見回し、たまたま近くを歩いていた『ノーマルラビット』の男に話しかける。
「すまない。少し聞きたいことがあるのだが、良いか?」
「構いませんが……」
「喫茶店ピアーズはどこにあるかしらないか?」
「え、ええっと……すぐそこにありますが……」
そういって男が指を差した方向に顔を向けると、言われた通りの看板が立て掛けられた喫茶店があった。
顔を戻し、礼をすると男はそそくさと立ち去っていく。その姿に違和感を覚えるが、すぐに納得する。
あー、そういえば『ノーマルラビット』の男は成長してもショタ程度の身長にならない特性があったな。そういうこともあって、同族に対して多かれ少なかれ劣等感のようなものを感じている、と種族に関連する本に書いてあったな。
まぁ、そんな事はどうでも良いけどね。
俺は喫茶店ピアーズの店の扉を開けて入る。
紅茶の良い匂いとシックな室内が明かりの魔道具で照らされ、通常でも良い雰囲気の店内がより醸し出している。また、客層も少しお高いのか客席は満席なのに騒がしさはなく、上品な空気を漂わせている。
「あ、ルナちゃんこっちこっちー!」
その上品な空気をぶち壊すような子供の声が店内に響く。
俺を含め、全員の視線が白衣の幼女に向くがすぐに自分たちの話や自身の仕事に戻る。
なるほど、ここの客たちは誰もが自分の事以外に興味を持たない。だからこそ、俺たちの会話が聞かれても誰も記憶に残らない。下手に隠れた場所よりも情報の機密性は保たれる、ということか。
メルシアが座る窓際の席とは反対、対面の席に座ると店員がメニュー表を持ってやってくる。
「ここのチーズケーキは絶品だから食べた方が良いよ」
「そうか。なら、チーズケーキ一つとコーヒーを一杯」
「畏まりました」
店員は俺の注文を受け取ると厨房の方に戻っていく。
スタッフオンリーの扉が完全に閉まったところで肘をつきながらチーズケーキを食べているメルシアが頬を緩ませ、しかし目は鋭く狂気を宿しながら口を開く。
「それじゃあ、調べてきた情報を交換しようか」
「わかった」
魔法種族が狙われて失踪していること。
数ヶ月の間に娼婦が失踪していること。
俺が持ってきた情報を包み隠さず話すとメルシアは納得したような恍惚な表情を浮かばせる。
「どうしたんだ、媚薬を飲んだ高給娼婦のような顔になっているぞ」
「うーん、元はそっちになるために育てられていたから間違いじゃないかもしれないけど、気にすることじゃないから気にしなくていいよ。それと、こっちも手に入れた情報を出さないとね!」
そう言ってメルシアは手に入れた資料と共に情報を開示する。
夜鷹を含めて30人以上の人間が失踪している点。
共通する特性を持った薬を買っている点。
この2つの点がメルシアが手に入れた情報か。なるほど、
「どう考えても詰んでる臭いよな」
「だよねー」
店員が持ってきてくれたチーズケーキにフォークを刺して食べながら答えると、メルシアも机に突っ伏して答える。
少なくとも30人以上、しかも魔法種族が狙われている時点で異形……この世界に存在する普通の生物からかけ離れた外れた怪物……の母体として攫われたのはほぼ確定。薬のほうは母体としての調整のために過剰摂取するためと見て間違いなし。
どんな異形を産み落とすか分からないが、ろくな事にならない。特に、虫を孕ませた場合のパターンは孕ませたものにもよるが、最悪中の最悪だ。黒夜教団で儀式に使われていたが、悪趣味極まりないから好きだったが、それはあくまで被害を与える側の立場での話だ、被害を受ける側に立つのは御免だ。
コーヒーを啜り、ソーサーの上に置いて大きなため息をつく。
「そっちの見解としてはどうなんだ。俺としては全力で関わりたくないどころか、さっさとこの街から出たいレベルの案件なんだが」
「うーん、メルとしてはとても楽しそうな事だよ思うよ。美しい薔薇が無残に散らかされるのを見ていてゾクゾクしない?」
「それはわかる」
「だと思った」
クスクスと笑いあい、ケーキを頬張る。
楽しめそうな玩具ではあるが、最悪のパターンを想定するとなれば必ず術者がこの街に潜んでいる可能性が高い。それも、俺と同じくらい悪趣味なやつが。会ってみたい気もするが……ま、会わないほうが堅実か。会って孕み袋になるのは面倒だしな。
「でも、なんでこんなリスキーな事をしてるんだろう」
「ん?」
チーズケーキのおかわりを注文して待つメルシアの呟きに反応し、耳をピンと伸ばす。
「だってさ、人を攫って、孕み袋にしたとしても産まれるのは街に入れる程度の大きさの異形。非合法の手段を使ったとしても強い異形を都市に入れるのは難しいよ。それに、ここには帝国最強の一角である執行官の一人がいる。大規模なテロをしようとしても意味を成さないはず。メリットが無さすぎる。異形の目的は増やすことじゃないのかもしれないかも」
「あり得る話だな」
まあ、今回の依頼上関係のない話だが。
しかし、これで提示された場所は消えてしまったな。どうしたものか……。うん、ここは方向性を変えて探す方法に変えるか。
「メルシアは非合法の連中について詳しいか?」
「うん!よく依頼が来るから貧民街の方だと顔は知られてる方だよ」
勢いよく頭を縦に振られるのも困るのだが……。ま、構わない。そっちの方が都合が良い。
「この街に来たばかりの俺よりもお前の方が貧民街には詳しい筈だ。向こうで異形を仕入れた人間を探してくれ」
「りょうかーい。ルナちゃんはどうするの?」
「俺は貴族の伝手を使う。根深く広がった情報網を使ってな」




