花の都
日が傾き、当りの景色が赤っぽくなる頃。
王都に入り停車した馬車の荷台、その中に置かれていた樽の中から出てくる。
王都『グリウス』。グリウス王国の経済と政治の中心であり、帝国の執行官の一人が駐在する都。別名『花の都』と呼ばれた通り、家々や町並みの中に花が咲き誇っている。
それにしても……。
「あー……流石に樽の中に長時間隠れて入るのはキツイな」
凝った肩や腰をぐるぐると回転させ、【アイテムボックス】から黒いローブを取り出す。
王都と言うこともあって門の場所で守衛がいたから、適当な商人がトイレに行った隙を突いて樽の中に潜入して守衛の検査をスルーする事ができた。
どうにも、邪神と共にダイスを振って決めた敏捷性というのは柔軟性も複合しているらしく、自分でも予想していた以上に体を折り畳めた。関節を自由に外す事も簡単にできた。俺は昭和の脱獄王かな?
ま、そんな事はさておき。さっさと宿を手に入れるか。
馬車の荷台から降り、俺は街の中を歩き始める。
ヨーロッパ風の建物が軒を連ね、洗濯物や窓の奥にある小物から生活感が漂う。大きな通りには屋台が軒を連ね、平民たちは屋台の商品を買って舌積みを打っている。子どもたちは鳥のおもちゃで遊び、溢れんばかりの笑顔がそこにはある。
さらに、尖った耳が特徴の種族『エルフ』や黒褐色の肌と黒白目が特徴の『魔人』が親しく話し、目についた商会では犬系の人獣――獣人のよりも獣としての特徴を持つ系統――の少年が見習いとして修行に励んでいる。
平等、とは言わないが比較的差別はない街だな。実際、俺が街の中を堂々と歩いてもそこまで視線に嫌な視線に晒されてないのがいい例だ。
「なぁ、あそこに歩いている兎の女……すげぇ美人だよな」
「ああ。物語とかに出てくる月の精霊だとか、花の精とか、神秘的な雰囲気を纏っているよな」
「しかも、あのローブでハッキリとは分からないけど胸も中々……」
「お近づきになって押し倒してぇ……」
ま、ああいう不埒な話が聞こえてくるのは少し不愉快だが。
それに、この人混みの中だと傭兵ギルドを探すのも難しい。そもそも、どこにあるかも分からない。仕方がない、誰かに聞くか。
俺は辺りを見回し、ピンク色の髪の『ナインフォックス』の女性が歩いているのと見つける。
ここらへんでは珍しい服装をした女だ。赤い袴に白い道着、胸には胸当てを着けている。弓を持っていれば弓道をやっていそうな凛とした佇まいだ。
「すいません、少し聞きたい事があるのですが」
俺は女の背後に回り込み、対外的な丁寧な話し方で話しかける。
「何奴!!」
驚いたからか、女は反転しながら左手に持っている刀を勢いよく引き抜き水平に振るう。
意識を切り替え、鈍化した世界の中で後ろに軽く跳んで振るわれる刀を躱し、【マジックアイテム】からナイフを取り出しざまに投げつける。
女は刀の切っ先で刀の軌道を逸し、地面に落とすと一足で刀の間合いに俺を入れる。
「な、なんだなんだ!?喧嘩か!?」
「ち、近づくな。あの『ナインフォックス』、『鮮血姫』だぞ!?巻き込まれたら問答無用で切り飛ばされる!」
周囲の民衆が俺たちの喧嘩に巻き込まれないよう慌てて距離をとる。ま、当然だよな。いきなり殺し合いを始めた訳だからな。
『鮮血姫』と呼ばれた女は刀を構える。俺の一挙手一投足に目を配らせながら。
「無音の歩法、凪のような気配、咄嗟に私の命を狙う判断能力。傭兵の中でも暗殺や諜報を得意としているな。依頼者は誰だ」
「言うと思いますか?」
「……まあ、そうだろうな。依頼者の秘匿はポピュラーな部類だ」
女は僅かに視線を逸らす。それに釣られて視線を逸した瞬間、女が間合いを詰める。
ま、読めていたが。
女が間合いに入った瞬間、足元に魔法陣が花が開くように展開される。
「っ!?」
顔が逼迫したものに変わると同時に女は後ろに跳ぶ。その瞬間、魔法陣から火柱が吹き出す。火柱の縁を通り、女に肉薄し手刀を顔目掛けて突きだす。
視線の誘導程度で俺を欺けると思ったか。そんなの、俺が前世で武芸者たちを攫う際によくやっていた手だ。
女は顔を傾けて手刀を躱し、肩目掛けて蹴り上げる。キックが当たり、傾く体を利用して体を捻り、空中を回転しながら女の頬を鞭のように蹴り飛ばす。
「ぐうっ!?」
地面を転がり、立ち上がると女も立ち上がる。女は赤くなった頬を擦り、切れた唇から垂れる血を腕で拭う。
中々に強いな。少なくとも、俺ほどではないが、ついてこれるだけの速度を持っているのだろう。
「手加減するつもりはなかったのですが……強いですね」
「こちらも、手加減しているつもり無かったが、こうも容易く返されると厄介だ」
無造作に魔法陣からナイフを取り出して投げるが、容易く間合いを詰められる。振り下ろされる鋭い斬撃を身を翻して躱し、女の脇腹に肘鉄を叩き込む。女が横に跳ぶと【アイテムボックス】からロングソードを取り出し横に薙ぐ。女は刀でロングソードを防ぎ、着地し刀を持たない左手に持った鞘を向ける。
鞘の尖端に魔力が溜まるのを感じ取ると魔法陣が展開される。
「【炎蛇】!」
女の強い声と共に魔法陣から炎の蛇が飛び出て空中をうねりながら俺に迫る。好戦的に笑い、銃のように蛇たち指を差し魔法陣を開く。
魔法陣から一斉に放たれる雷の鏃に蛇たちは貫かれ霧散する。その刹那、振り抜かれる刃を体を反らして躱す。
「今のを躱すか……!」
続けざまに3発、雷の鏃を放つが女をそれを刀で全て切り落とし、間合いを開ける。
「がっ!?」
その瞬間、俺の体を形のない刃が切り裂く。
何が……!?
「シッ!!」
短い呼気と共に振り抜かれる刀の腹を力任せに蹴り飛ばす。刀は女の手を離れ、地面に滑るように女から離れる。
「傷つきながら攻撃するか……!ここまでの強者は久方ぶりだ」
「ええ、そうですね。……死んでもしりませんよ」
女は鞘を捨てて指をポキポキと鳴らし、俺は魔法で傷を癒やし女を睨みつける。
素手……いや、拳か。この女はかなり強い。刀よりも無手の方が気配がより濃くなる。
「私はイズモ。貴女の名前は」
「私はルナ。潰してやりますか」
互いに名乗るとそれぞれ構える。イズモはボクシングのファイテングポーズ、俺は獣のように爪を立て指に力を籠めながらよつん這いになる。。それそれの戦い方に合った形をとる。
殺し合い、始めようか。