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異世界転生物語  作者: 佐原恵太
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第一章 6


 薄暗い洞窟内に大人の男が泣きじゃくる声が響いている。

 泣いているのは革紐で手足まで縛られ、手近の岩に括りつけられて座らされたカール・ロッシジャーニだ。

 その向かいには、ゆったりとした余裕の様相で岩に腰かける真の勇者・アゼルがいる。

 ヒルダはその様子を呆けたように突っ立って眺めている。

 この『場』は私が主体ではないのか。分けても私は『攫われたお姫様』だ。私が攫われた理由。それを究明し、探索していくことにより、この誘拐事件が大いなる厄災の前触れ。一端であると判明し、世界を救うべく立ち上がり、その結果いい感じに私の悩みも払拭されるのではないか。そんな期待すら抱かされる出来事だったのに、まるで私の誘拐騒動は、あってもなくてもいい枝葉の出来事(サブイベント)で、今、目の前で起きている出来事こそが主体の出来事(メインイベント)であるかのようだった。

 革紐で括られたカールが涙ながらに訴えている。

「俺だって必死にやってるんだ。確かに俺は弱い。だがそれをギルドの連中に揶揄されるゆえんがどこにある。「お前にはこの程度のクエストが丁度いい」じゃなくて、「次はこれくらいのクエストに挑んでみないかい?」と啓発するのが連中の役目だろう。なのに奴らときたら!」

「あー、まあお前さんの言うことは最もだな。それはいけ好かないギルドの受付が悪い」

「加えて奴らは俺の力量を故意に過小評価し、報酬金を出し渋る。不正行為だ!」

「不正は淘汰すべきだ。それこそ、そこのお姫様に報告すべきなんじゃないか?」

 アゼルが岩に座り込み、熱心にカールの話を聞いている。

 ギルドはエルザードの各拠点に配置されたクエスト管理組織だ。

 国からの依頼や、国民からの依頼。またはギルドで定めたミッションを冒険者──つまりは『勇者』たちに斡旋するのが役目となる。クエストを達成した勇者には規定の報酬が支払われる。その報酬は依頼元がギルドに支払い、達成者に再分配される仕組みだ。

 だが依頼者が全員裕福ではない。しかし困り果ててギルドに依頼してくる。

 そのためギルドへの依頼金額は一定ではない。

 国家からのクエスト依頼補助金も含めて、バランスよく報酬を再分配している。

 しかし、補助金や依頼金の分配は不透明であり、不当に報酬を減らし、私欲を肥やすギルドの噂も絶えない。国家ぐるみで共謀し、暴利を貪っているギルドもあると聞く。

 ギルドにとって勇者は単なる手駒とも言える。安く使い倒すため、勇者のレベルに応じた報酬の設定を低めに見積もることもあるという。高レベルほど報酬も高くなる。レベルはギルドの認定式。そういうことも横行している。

 クエストで勇者が傷を負ったり、装備品を破損させた場合、ギルドが何割かを保証する仕組みがあるが何だかんだと難癖を突けて出し渋ることも多いようだ。

 そういう諸々を嫌い、ギルドを通さず依頼を受ける、いわゆる『闇勇者』もいると聞く。

 ヒルダは時期女王として、城内の人々の噂にはそれなりに耳を傾けている。

 そういうことがあると知識では知っていった。

 だがそれにより、大の男が忸怩たる思いに悔し涙を浮かべるほどの事案とは思わなかった。

 泣いたり悲しんだりすることは、自分のような女子供がすることである。そう思い込んでいたが、全然そうじゃなかった。

 そしてカールが抱えたその歪みが、当の自分自身の誘拐事件へ発展するとも──。

「聞いたかロサ・マルチフローラの時期女王さんよ。見た所不正や横暴を看過するようにも見えない。そういう市井の闇がお前さんの誘拐事件に繋がったのだとしたらどうする?」

「……ギルドに纏わる噂は聞き及んでいます。私が女王となった暁に、そうした不満が解消されるよう、全霊を尽くすことを約束します」

 ヒルダがそう答えると、括られたカールは俯いた。

 涙顔を見られたくない。そういう素振りのように見えた。

 誘拐の下手人に対し、誘拐された者が配慮するなど、前代未聞のような気がするけど……。

 アゼルがドヤ顔で「俺にかかればこんなもんよ」と無言で訴えてくる。ヒルダは顔をそむけ頷く。

 カールを革紐で縛り付けたアゼルがやった尋問──それは、カールがどうして魔王教の悪意に染められたのかを徹底して追及することだった。

 尋問とはつまり追求である。そのための非道な手段に拷問というのがあるが、アゼルはとった手段はその真逆。

 徹底して言葉と誠意を尽くし、カールの相談に乗ってやったのだった。

 一対一で同じ目線で向かい合い、対話の限りを尽くした。

 カールとしてもそれ以外に出来ることはない。岩に括りつけられ手も足も出ない。

 その状態でアゼルがカールを切り捨てることは簡単だが、アゼルはそうしなかった。

 あくまでカールと同じ立場に立った。つまり目の前の相手と対話する。ただそれだけのことだ。

 カールははじめアゼルの対応を鼻で笑ったが、やがてそうするより対話した方が価値があると判断したらしい。なぜ誘拐などという凶行に至ったのか語り始めた。そこにはギルドの横暴が大いに影響していた。

 よくよく話を聞くと、ヒルダ誘拐はカールにとって枝葉であったことも判明した。

「……俺は強くなり認められたかっただけだ。そのためには闘技大会で優勝すればいい。そのための力を授けてやると魔王教の連中にそそのかされた。対価としてヒルダ王女を誘拐しろと指示されたが、了承した振りをして突っぱねるつもりだった。だが」

 そこでカールは区切り、固唾を飲んで続ける。

「あなた方も目にしたはずだ。あの『魔の力』が発動すると、自我が消失する。欲や本能との境目が曖昧になる感じだ。たぶん王女誘拐を形だけでも受けたため脳に刷り込まれた。魔の力の発動状態では、抗うことは出来なかった」

 カールは力なくそう締め括った。

 城内から脱出したカールは、夜分の城下から馬を強奪し、ヒルダを抱え夜道をひた駆けた。

 魔の力の支配下にある時でも自意識はあるらしいが、意識があるだけで、支配下状態での凶行を歯止めをかけるための思考は出来ないらしい。ただ見ているだけに近いらしい。

 しかし魔の力も波があり、支配が途切れることもある。

 自我を取り戻したカールは、すでに城下から遠く離れた場所にいた。

 時刻は夜。

 城に戻れば極刑は避けられない。

 とはいえ現状維持したままでは、再び魔の力に支配されてしまう。

 ヒルダを抱え進退窮まったカールは、がむしゃらに馬を走らせ、身を隠せる場所を探した。

 それが炎竜の洞窟だったという経緯を伝えた。

 ヒルダは気になったことを伝えた。

 誘拐の下手人と被害者という閾はとうに失せていた。

「よくは知らないが、一国の姫君をさらい、魔王教の旗頭として仕立て上げるとか言っていた。それだけが真意かは不明だ」

「その『魔の力』とやらで傀儡に仕立て上げるつもりか」

「すまない。そこまでは知らないんだ。だが概ね間違いじゃなさそうだ」

 カールとアゼルのやりとりの最中、ヒルダは黙り込む。

 嘔吐感は解消している。

 だがヒルダの身体には、『魔の力』が入り込んでいる。

 ごくごく僅かではあるが、確実に──。

「どうした姫さんよ」

「……なんでもありません。つまり私が狙われたのは影響ある立場だからで、ただそれだけということですね」

「ああ。安心してくれ。ヒルダ王女自身が誰かに恨まれているとか、そういうのはないと思う。俺が言うのもヘンな話ではあるが」

 カールにそう答えるが、ヒルダは内心で複雑だった。

 結局は次期女王という立場が重要であり、ヒルダ・マルチフィローリアという個人はどうでもいい。立場により婚姻を強要されたり、誘拐されたりする。そこに私個人のパーソナリティは一切関与しない。まったくお笑い草だ。

「ふッ、ふふふふふふッ……!」

 こらえ切れず自嘲の笑いをこぼすヒルダを、アゼルとカールが不思議そうに眺めていた。



 相変わらずの洞窟内。ヒルダとアゼルは作戦会議をしている。今後の方針についてだ。

 ヒルダは毅然としてこう言った。

「私は一刻も早くロサ・マルチフローラの城に帰還せねばなりません。可能ならばカールの身柄を抑えたまま。ここで得た情報を元に魔王教を調査します。アゼルには──真の勇者アゼルには、その手助けをして欲しい」

「嫌だね」

「どうしてッ……!?」

 開口一番に拒否されてヒルダは狼狽した。アゼルはさも詰まらなそうにこう言った。

「さっきも言ったろう。調査を他人に任せるなんてどうかしてる。お前の身が狙われたんだぞ。ならお前がそれを解決しないで誰がやる。自分のために働けるのは外ならぬ自分自身だ。お前自身が事態解決に乗り出すしかないんだよ。そのための助力は惜しまない。だが他人任せにするための助力するつもりはねーよ」

「狙われたのは私ではなく、()()()()()()()()()()()()()()()でしょう?」

「同じことだろう。全くカールといいお前といい、この国の連中はウジウジ考える奴ばっかりだな」

「真の勇者殿ほど()()()()に物事を捉えたいものです」

「単純で大いに結構。やりたいことを徹底して追及する。それが俺のモットーだ」

「これでも私は次期女王。それだけではままならないのです」

 アゼルはやれやれという風に肩をすくめる。

 ヒルダとしても意固地になりすぎている自覚はあったが、間違った判断をしているとも思わない。

 私がやりたいこと──そんなものはとうに諦めている。

 諦めているからこそ、諦め続けなければならない。

 今更、生き方など変えられないのだから。

 二人はカールを岩に括りつけたまま、離れた場所で話している。

 あのカールがいつまた魔の力の支配下に置かれるか分からないし、そもそも支配下外にある振りをしているかも知れない。相談事を聞かせるのは悪手だ。

 結局、折れたのはアゼルだった。

「仕方ねえ。ま、縁がなかったとして諦めるしかないが、チャンスってのはそうそうない。自分が変われる機会ってのは、待ち望んでも中々やってきてくれないんだぜ」

「チャンスは自分で掴み取ります。それこそ他人任せにはしない──!」

 我ながら意固地が過ぎるとヒルダは呆れる。

 だが、そうしなければこれまでの人生が否定されてしまう。

 カールと同じという揶揄は否定できないが、その弱さに負けたくはない。

 そういう反骨心がヒルダに声を荒げさせた。

 ところが──。


 ズズウウウゥゥゥ……ン!!


 ヒルダの叫びに呼応するようなタイミングで再び地鳴りが発生した。

 しかも先刻のものに比べ、規模が大きくその波が収まる気配も全くない。

 アゼルが思い出したように駆ける。向かう先は、今は体力を消耗させ眠っているカールのところだ。洞窟内の同じフロア内の奥まったところである。アゼルはそこに向かい、そしてすぐに戻って来た。

「念のため革紐を解いてやった。俺たちも脱出するぞ」

「ええ」

 ヒルダは頷く。地鳴りは止むことが無い。立っているのもままならないという程度だ。

 このフロアには上層への階段がある。カールを寝かせてある近くだ。

 早く来いと言わんばかりにアゼルはヒルダの手を取る。

 ロサ・マルチフローラの女は勇者と婚姻を結ぶ。

 アゼルは国が定めた勇者ではないし、そういう雰囲気でもないが、忌避感は沸いた。

 だがそういうことを気にしている場合でもないので黙って従った。

 しかし、その時のことだ。


 ズガガガガガガッ──!!


 もはや地鳴りという程度では済まない。

 地響きがやがて強烈な地震となり、地面が波打ち、洞窟自体が崩落していく音が響いていく。

 ヒルダは足をもつれさせた。転倒しなかったのはアゼルに手を掴まれていたからだ。

「くッ、手を離すな。走れ!」

「うん!」

 地震により足場が崩壊していく。

 一秒前に立っていた場所は崩落しがらんどうになっている。

 背後から崩落の音が迫り、普段は超然としたアゼルも、割と醒めたところのあるヒルダも、必死の形相で上層への出口を目指していく。

 しかし──。


 ガラララッ!!


「うっ、うわわあああ!」

「きゃああああ……!」

 二人の全力ダッシュはあと一歩及ばなかった。

 地面が崩落し、二人の足元から()()()()()()()()()

 手を繋いだまま、悲鳴とともに二人は奈落の底へと落下していった──。

 

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