千鶴とカステラ
「でけえ。」
誠は、無事退院し、千鶴が渡してくれたメモに書かれた住所に来ていた。
誠の前には塀に囲まれた馬鹿でかい平屋建ての日本家屋が建っていた。
土地だって、かなり広い。
塀で中まで見ることはできないが、かなりすごい家なんだろう。
門のところまでいくと、これがまた威厳があるといいますか、歴史を感じる門で、時代劇とかでみるような門だ。
「あの人、ここに住んでいるのか…。金持ちなんだな…。」
とりあえず、中に入りたくてもインターホンもない。
こんだけ広いと、ノックしても気付かれないんじゃないかね。
誠はそう思いながらも門をノックしようとしたところ、急に門が開き出した。
「え?」
誠が固まっていると、門の中には見たことのある女性が立っていた。
「来たか。」
千鶴である。
着物姿で腕組みしながら仁王立ちでいる姿は、なかなか異様な姿であった。
「あ、鬼界…、千鶴さん…。
葛城誠と言います。
先日は、対処法を教えていただきありがとうございました。」
誠は、そういいながら小遣いで買った、カステラを差し出した。
誠としては、ありがとうといただいて、このまま本題に入るものと思っていたが、そうはいかなかった。
千鶴がカステラに食いついたのだ。
「誠、これはブンブク堂のカステラか?」
ブンブク堂は、カステラの名店である。
文福茶釜とブンブク堂、カステラ好きにはブンブク堂、はい、ブンブクドゥ!
といった訳の分からないCMソングが有名であるが、それ以外にもカステラのふっくら感、きめ細かい生地、一級品と呼ばれるものであった。
そのブンブク堂のカステラに千鶴が食いついたのだが、食いつき方が異常だ。
「ほう、ほう、ほう。
いやいやいや。
これはまた、いいものを。」
千鶴はカステラを見つめうっとりしている。
千鶴は、誠が見る限り美人である。
年齢も二十代前半くらいか。
身長も高いし、黒髪ロングヘアーで切長の目はモデルと言っても差し支えなかった。
その女性が、カステラの箱を手に取り恍惚の表情を浮かべている。
「美人も形なしだ…。」
誠が思わず口にしたセリフに、千鶴も流石に我に返って、若干顔を赤らめ、
「中に入りなさい。」
それだけ言うと、屋敷の方に踵を返した。
誠は、千鶴がカステラにほおづりしている姿を見ると、自分のお土産チョイスが認められて嬉しい反面、この人は大丈夫かと不安に思ってしまった。
屋敷に入ると客間に通され、そこには先ほど持ってきたブンブク堂のカステラがお茶と一緒に出されていた。
「美味じゃのう!まだまだ日の本には美味いものがいくらでもある。
こういうのがあるかぎり、この世の中も捨てたもんじゃないのう。」
誠のことをそっちのけでカステラをほおばる千鶴。
誠はおいてけぼりである。
もきょもきょいいながら食べる千鶴に、誠が恐る恐る口火を切った。
そう、本日誠がここに来た理由である。
「千鶴さん…。
今日、俺が来た理由なんですが…。」
千鶴の誠を見る目が変わった。
まだカステラを頬張ってはいるが、目は鋭かった。
「そうだねえ。じゃあ、話すとするかね。」
と言いながら千鶴は、カステラに手を伸ばしてきたので、誠がカステラの皿を千鶴から遠ざけるのである。
「本題を。」
千鶴が若干半ベソに見える。