冥府魔道の扉
葛城誠は、至って普通の少年であった。
年齢は16歳の高校一年生。
髪は黒髪短髪、身長は175センチ、中肉。
成績は上の中、品行方正。
運動は得意じゃないが、それなりに出来る。
ちょっと、頑張っているが、それを除けば別に何か特殊能力があるわけでもない、普通の少年なのだ。
そんな少年の人生が一転する出来事が起きた。
数日前に事故にあったのだ。
トラックに跳ねられたのである。
事故の原因は、完全にトラックの赤信号無視。
トラックは、横断歩道を青信号で渡っていた誠を跳ねてしまったのだ。
現場を見ていた、3丁目の柳田さんは、
「完全に死んだと思いました。」
そう語っている。
そのせいなのか、しばらく誠は目を覚さなかった。
意識不明の状態が続いたのである。
そんななか、誠が目を覚ましたのは、事故から5日後であった。
誠の復活は、奇跡と言われ、家族はもとより、病院関係者も喜んでいた。
誠も意外に軽傷だったらしく幸いなことに後遺症も残らないということであった。
しかし、誠はこの時から不思議なことを経験する。
最初は、夜中にトイレに行こうとしてトイレの戸を開けようとした時であった。
手をかけてドアノブを捻り、手前に引いたところ、禍々しい気配を感じた。
誠は、その気配を今まで感じたことのないものであったが、それが禍々しいものと本能的に感じた。
「なんだ?」
すぐにドアノブを外すと、その禍々しい気配もなりを潜めたのか、特に何も起こらなかった。
「なんだったんだ?今のは。」
誠は、自分の状況がわからなかったのである。
その日から不思議なことが起こった。
誠がドアを開けようとすると、禍々しい気配がするのである。
さすがに誠も気味が悪くなってきた。
しかし、何かが見えているわけではない。
気配だけなのだ。
これが、一層誠を不安にした。
しかし、何か解決できるわけでもない。
ただ、不安だけが募っていた。
そんな誠が最初に禍々しさを感じてから3日目のことであった。
誠が、夜中に目が覚めた。
物凄い悪寒を感じたのである。
「なんだ?」
その悪寒の元と言っていいのだろうか。
そいつはゆっくりと近づいている。
看護士の見回りとは違う。
本能的に誠は感じた。
言うなれば、自分がドアを開ける際に感じる禍々しい奴だ。
ここは個室で、誰も近くにいない。
軽傷とはいえ、身体を動かすには若干の支障がある。
どうする。
誠が恐怖を感じているうちに、その元は誠の部屋のドアの前まで来たようだ。
誠の恐怖は最高潮に達していた。
助けを呼ぶにしても声が出ない。
自分はここで死ぬのか。
そう思っていたときである。
ドアが開いた。
暗闇で目が慣れていたせいなのか、そのドアを開けたもの、すなわち悪寒の元の姿形ははっきりわかった。
長身で、着物を着た黒髪のロングヘアーの女性。
雰囲気は凛としたという形容を使うのがふさわしかった。
こんな夜中に、なぜこんな人が自分の部屋の前にいるのか?
誠がそんな疑問を持ったと同時に女性の方から話しかけてきた。
「あんたかい?あたしの仕事を増やしているのは?」
その女性は誠の方まで歩いてくると、まじまじと誠の顔を覗き出した。
切長の目で美人である。
誠が次の言葉を出そうとすると、女性は自分から話し始めた。
「あんたのせいで、冥府魔道への扉が開き出して、悪鬼羅刹が現世に行ったり来たりしているんだ。
大分塞いだとはいえ、現世と冥府魔道の扉を開けてしまったら話にならない。
どうしてくれるんだい?」
女性は訳の分からないことをまくし立ててくる。
誠がわたわたしていると、女性は何かに気づいたらしく、誠の口を塞ぎ考え始めた。
「そうか…。あんた、一回行ってきたんだね。冥府魔道に。」
誠にはさっぱりわからなかった。
行くも何も、自分は入院してどこも行けないのだ。
何を言っているかさっぱりわからなかった。
ただ、この女性が自分を騙そうとしたり、嘘をついたりしている気はしなかった。
「まあ、いい。あんたしばらく、ドアを開けたりするんじゃない。
あんたは信じられないかもしれないが、あんたがドアを開けようとする仕草をすると、冥府魔道…、あんたがたには地獄と言った方がわかりやすいかな?
その扉が開いてしまうんだ。
あんた、一回死にかけただろ?」
女性の言葉に誠はいち早く反応した。
「やはりかい。そのおかげであんたは、変な力を持って戻ってきたみたいだね。
扉を開けるときは棒かなんかを使って開けな。あんたが扉を開ける仕草をすると、冥府魔道の扉が開いてしまうからね。」
だからか。
誠は納得した。
自分が扉を開いた際に感じた禍々しさが、冥府魔道のすなわち地獄の扉を開いたものであると。
こんな荒唐無稽な話、信じられるはずもないのだが、扉を開ける際の禍禍しさを経験した後ならば、理解するのに時間はかからなかった。
「理解してくれたようだね。もし、あんたがこの話を信じるならここに来な。
あたしが詳しく教えてやるよ。」
女性はメモ紙を誠に手渡すと、そのまま何もなかったように部屋から出て行った。
病院とはいえ、看護士がいるなかで堂々とこんな夜中に入ってきて、訳の分からないことを言って帰っていく。
そんな女性、普段であれば怪しいことこの上なく、誠もほっておくのだが、自分が経験した不思議な出来事と彼女の話した内容が絡み合っているように感じた。