8. 有期限の別れ
「スタスタスタスタ」
意識しなくても早歩きになる。
まだ実柚がいるかもしれない。
そう考えると、歩調の事に意識を回してる暇はなかった。
玄関から温室までは遠くはないが、近くもない。
早く行かなきゃ帰ってしまうかもしれない。
温室の中がぼんやりと見える距離まで来た。
人影がある。
確かにあるが・・・・・
二人?
いやな予感がする。
こんな予感ほど当たってしまうけど・・・・
ドアの前まで行く。
実柚はまだいた。
でも・・・・
音無もいた。
確かに実柚はいた。
音無の腕の中に。
そこからはよく覚えていない。
見つからないようにとすぐに立ち去ったのだけは覚えている。
気がつけば俺は家の前にいた。
いつからか、雨が降っていた。
傘もささず、俺は家の前に立っていた。
こんな所にいたら風邪をひく。
そう思って家に入った。
「どうしたの!そんなびしょ濡れで!」
言われるとは思ったが、やはり母さんに聞かれた。
「雨が降ってるのに気付かなかった」なんて言えねぇよな。
「傘・・・忘れてったんだ」
「もぉ・・・ちゃんと拭いて着替えなさいよ」
「はいはい」
適当な返事で部屋に入る。
その日は、一睡もしなかった。
できる訳なかった。
目の前であんなシーンを見せられて。
実柚に会って、普通にいられるかが心配だった。
いっそ聞いてみようか。
「昨日、音無と何かあった?」って。
「おはようございます!」
「あぁ・・・おはよう」
今日は快晴。
燦々と太陽が降り注いでいる。
晴れだからか、実柚も元気が良かった。
いつも俺の前では静かではなかったが。
「優先輩?」
「んっ!あ・・・何?」
「何かあったんですか?」
何かあった?
むしろ俺が聞きたいよ。
「いや、実柚さ・・・」
「?何です?」
「音無と何かあった?」
「え・・・・・・」
時間が止まった。
実柚は黙りこくってしまった。
俺は・・・返ってくる答えについて身構えていた。
「何も・・・・・」
何も?
嘘だ。
俺は見た。
音無の腕の中にいる実柚を。
なのに・・・・
何も?
「どうして・・・・嘘つくんだよ」
「えっ?」
「昨日、温室に行った。
実柚がまだいるかと思って。
そしたら、実柚が音無の腕の中にいた」
俺は自分が見たことを説明した。
実柚・・・・俺の見間違いなら言ってくれ・・・・!
「そう・・・ですね」
・・・・・・・・・・・
「確かに・・・音無先輩に抱きしめられました」
「何で?」
「それは・・・・言えません」
「言えないことなの?」
「・・・・はい」
「隠さなきゃいけないことなんだ・・・」
「違います!・・・ただ・・・・・信じてください」
「何を?」
「えっ?・・・・・」
「俺に何を信じろっていうの?」
「・・・・・・・」
「信じたいけど・・・・信じられない」
「そうですか・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「でも!じゃあ優先輩は私に隠してること無いですか?」
「俺は・・・・・」
「手紙のことだって!私に説明してくれなかったじゃないですか!」
「それは・・・・」
「自分だけが不安だと思わないでください!私だって・・・・・私だって不安です!」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「優先輩?」
「・・・わかった。ごめん。一回離れよう」
「え?・・・・」
「ごめん。俺のわがままなんだけど、頭を冷やす時間を俺にくれ」
「・・・わかりました。どうせ明後日からゴールデンウィークです」
「そうだな。落ち着いたら・・・・また話そう」
「じゃあ、また一週間後に逢いましょう」
「ああ。またな」
「はい」
「枯れさせはしない」なんて言っておいて、
自分で枯らそうとしている。
俺、何やってんだろう。
「またな」は再会の約束。
きっとまた、遠い日にも逢う事があるだろう。
永遠の別れじゃない限り、俺は「またね」と言おう。
必ず帰ってくる証として。
この花のそばにいた証として。