悪化する2人の関係
色々なことが起こりすぎて疲労困憊。直ぐにでも家に帰って休みたいと思った俺だが、まだやり残していることがある。
今日唯一俺と会話した人物、乙姫夏凪。
俺は彼女のことがどうしても気掛かりだったので、帰りに彼女の家を伺ってみることにした。
夏凪とは今朝別れて以降会ってないし、電波の供給が途絶えてしまっているため連絡することも出来ない。言葉は悪いかもしれないが、音信不通の状態と言っていい。これでもし家にいなかったりしたら、もう2度と会えなくなるかもしれないな…。
そんな、一抹の不安さえ覚えている。
そんな俺だって、根拠もなしに夏凪を心配しているわけではない。あいつは、今日の起こったことを1人で抱えられる程強い人間じゃない。
俺にはそう言い切れるだけの自身と確証を持っている。
実際、あいつは俺以外の友達には悩みを打ち明けているし、困った時には助けだって求めている。
俺はそういうあいつの姿を何度も見てきた。
無論、俺を頼ってきたことは一度もないのだが。
だから、今朝見せた姿はとても貴重だったいえる。
普段なら俺には絶対見せることのない、不安や戸惑いが満ちたあいつの顔。
それは、今でもはっきりと俺の脳裏に焼き付いている。
とにかく、俺に対してあんな表情を見せなければならないほど、あいつは思い悩んでいる。
あの時あいつは、普段ならプライドが絶対に許さないような領域を無意識に飛び超えてしまっていた。
あの後、自分でそのことに気が付いたのか、直ぐに態度を改めていたが、その素振りもどこかおかしかった。
「ちゃんと家にいるのかあいつ…。」
焦燥に駆られた俺は、自然と歩くペースを上げていた。
学校から歩くこと約30分。俺は夏凪の家の前に来ていた。
前述した通り、俺と夏凪は仲がいいとは言えない。
しかし付き合いが家族ぐるみであったため、お互いに家は知り合っている。
今でこそしなくなったが、昔はよく一緒に遊んだりもした。
何をしても俺が弱すぎて一方的に負けてたし、稀に勝てた時ですら理不尽に覆され、俺としてはちっとも楽しくなかった。
そんな俺の気持ちなんていざ知らず、隣の部屋からはいつも楽しそうに会話する親の声が聞こえてきた。
親同士で仲がいいというのも難儀なものである。
電波が提供されてないのは確認済みだが、俺はインターホンを押してみる。やはり音はしない。
どうやらここでも電気は止まっているらしい。
まぁ、あまり期待してはいなかったが…。
「夏凪いるか?俺だ 海人だ。」
俺はそう呼び掛けたが、返事はない。
「夏凪いないのか?いるなら返事をしてくれ!」
「……………うるさい。」
音量は決して大きくはないが、2回目のコールで返事をしてくれた。
どうやら最悪のケースには至らなかったようで、取り敢えずは一安心だ。
「夏凪、開けてくれ。話があるんだ。」
鍵は内側から掛けられているため、こちらから入ることは不可能。
「何しに来たの。」
玄関ごしに返事が返ってくる。
「お前を心配して来たんだ。」
俺は短く、本心を伝える。
「帰って…。」
精一杯強がってはいるが、その声には弱々しさを感じる。
やはり、相当思い詰めているようだ。
「帰って!」
俺が返す言葉を模索している内に、今度は強く言い放ってきた。
「いいや、帰れない!」
日付を跨げば事態が悪化してしまう可能性だって捨てきれない。
次に会うことが保証されてない以上、このチャンスを逃すことは許されない。
「いいから帰って!!」
拒絶の反応。今はどうしても会いたくないようだ。
まぁ、あいつが俺に会いたい時なんてあるのかといのは甚だ疑問ではあるが。
「分かった。お前がそのつもりならなら今日のところは引き返す。但し、この後何かあっても俺は知らないからな。」
俺はそう返事をして、渋々帰宅することにする。
窓硝子を割ったりして無理矢理侵入することも出来たが、敢えてそうはしなかった。
そんなことをしても何の意味もないことは明白だった。
それに、これ以上関係を悪化させるのは賢明じゃない。
***
どうしてあんな態度を取ってしまったのだろう。
あいつが去ったのを確認した後、私は直ぐに後悔した。
あいつの前ではついつい強がってしまったけれど、本当は怖かった。恐ろしかった。
怪奇現象に巻き込まれたことも、その真実を知ることも、あいつに自分の気持ちを知られてしまうことも、何もかも全て。
私だって、今のままでいいなんてこれぽっちも思ってない。家族や友達、戻ってきて欲しい人達だって沢山いる。
でも、行動出来なかった―――。
明日になれば解決するだろうっていう限りなくゼロに近い確率を勝手に信じて、向き合うことから逃げてしまった。最低だ。
あいつはちゃんと向き合おうしてるのに…。
こんな別れ方をしてしまったし、もうあいつは寄ってこないだろう。
何があっても自分の力で何とかするしかない。
自分の力で、奪われた人達を取り戻す――。
私は、そう決心した。
***
ぐぅ…。
帰宅するなり、俺の腹が鳴る。
そういえば、今日は朝から何も食べてないな。
色んなことが起こりすぎて、そんなことですら忘れてしまっていた。
俺はテーブルの上に放置されていたご飯を食べることにする。本来ならば、俺が朝食べるはずだったものだ。
「ご馳走様でした。」
一日中何も食してなかったからか、直ぐに食べ終わってしまった。冷めてしまってはいたものの、十分美味しく頂けたと思う。
そして俺は食器を洗おうと流し台へ。
しかし蛇口をいくら捻っても、水は流れてこない。
どうやら電気だけではなく、水道も止められているようだ。そしてこの分だと、恐らくガスも使えない。
俺は冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して、それで食器を洗う。ついでに、歯磨きも済ませておいた。
さて、今度は風呂だ。当然沸かすことは出来ない。
いつもなら1日くらい風呂に入らなくても大丈夫なのだが、今日は汗だく。絶対に入っておきたい。
俺は箱買いしていたミネラルウォーターを箱ごと風呂場へ持っていく。
緊急用にと家族で買っておいたやつだが、今がその緊急時だ。遠慮なく使わせてもらうことにする。
「風呂の水ってこんなに使うんだな。」
箱一杯にあったはずのミネラルウォーターを、俺は全部使いきってしまっていた。
こんな生活が今日で終わればいいのだが、明日以降も続くようなら使う量も考えなければいけない。
時刻は夜10時。
俺は寝る前に、今日のことを記録しておくことにした。
物置からランプを持ってきて点灯。まさかこんな時代遅れのものを自分から進んで使う日が来るなんて思ってもみなかった。
そして俺はノートに1つ1つ記入していく。
・人がいなくなった
(現在確認できたのは俺と夏凪だけだが、まだ
何処かに誰かがいるかもしれない)
・人がいなくなっただけで、その他特に目立った
変化はなし
(家・学校から何かが消えたような跡はない)
・電気と水道が止まっている
(恐らくガスも止まっている)
・原因、期間等は未だ不明
ざっとこんなところだろうか。
1日使っても謎解明の糸口どころか情報1つ掴めていないのは俺の無力さの表れかもしれない。
でも、俺にやれるだけのことはやれたと思う。
そこには自信を持っていい気がする。
今日は本当に疲れた。
明日には元通りになってくれてるといいんだけどな。切実にそう願っておく。
その場合は今日の努力が全て水の泡と化すのだが、普段のバチが当たったと捉えればいいだろう。
「おやすみ。」
誰もいない寝室で静かに呟き、俺は深い眠りへと落ちていく――――――――――――――。