怪奇現象は突然に
初投稿です。
拙い文章ですが、温かい目で見ていただければ幸いです。
ジリジリジリと目覚まし時計が鳴り、俺は目を覚ます。
「はぁ…。今日もまた憂鬱な1日が始まるのか…。」
そう口にして、溜め息を1つ。
俺、市ノ瀬海人はどこにでもいる普通の高校2年生。将来に向けて勉強に勤しんでいる訳ではないし、部活動に励んでいる訳でもない。
友人だって少なく、彼女を持つのなんて夢のまた夢。
朝になれば学校に行って授業を受けて、学校が終われば帰宅する。そんな日々を繰り返している。
そして、今日もまたいつもと何ら変わらない1日を送るのだろうと、そう思っていた…。
起床して直ぐ、俺はあることに違和感を覚える。
聞こえないのだ。
そう、俺はいつも起床した後に様々な音を聴いている。
登校中の学生の話声であったり、通行中の車や自転車の音であったり…。
しかし今日に限っては、それらが一切聴こえてこない。
当然俺は起きるときに目覚まし時計の音を聴いている為、俺の聴覚に障害が起こったとかそういうことはなさそうだ。
そして俺はカレンダーを見る。今日が休日や祝日ではなく、普通の日であることを再確認した。
「珍しいこともあるもんだなぁ…。」
俺はそう言い残して、下へ向かう。時刻は7時半。いつもなら妹の琴葉が家族と朝食をとっている時間だ。
琴葉は俺と3つ歳の離れた妹で、俺が通っていたのと同じ中学に通っている。
勉強でも運動でも常に学校一二を争うくらいの成績を維持し続けていて、正に文武両道という感じ。
将来は声優志望だとかなんとか言ってて、今は声の練習をしているそう。近いうちにオーディションも受けて、本格的に活動を始めたいとも語っていた。
まったく…兄の俺が何も考えていないというのにあいつはもうしっかりと自分の将来について考えていやがる。
つくづく俺の妹とは思えない奴だ。
「おはよー。」
いつものように挨拶しながら俺はドアを開けてリビングへと入っていく。
しかし、いつもなら確かに存在するはずの光景がそこにはなかった――――――。
父さんが会社に行って、琴葉が学校に行ったというのは考えられなくはない(まぁそれにしても時間が早すぎるんだが)が、母さんが家を空けることなんて滅多にない。早朝なら尚更だろう。
なら、俺以外のメンバーで外出でもしたのでは?とも考えたのだが、それこそあり得ない話だ。うちの真面目な両親が登校前の娘を連れ出すわけがないし、寧ろそんな場合なら俺に連絡くらいするだろう。生憎、俺の元に連絡があった痕跡は見られない。
謎は深まるばかりだ。
俺は父さん、母さん、琴葉の部屋をそれぞれ調べてはみたものの、姿はなかったし、手掛かりらしきものも得られなかった。
「あれ…これ、ひょっとしてまずいのでは…?」
大切な家族を突然奪われたような気がして、いつもは冷静な俺も内心少し焦っていた。
これで帰ってきた時に皆がいて、取り越し苦労になったならそれはそれでいい。
しかし俺には、この件に関しては深い闇が存在している気がしてならない。
俺の家族が消えてしまった…。
いや、朝の雰囲気からして近所の人達だって既に消えている可能性がある。
俺の家族や周りの人々を消えなければならない理由―――――。
そんな理由がもし本当に存在するとしたら、一体何なのだろうか…?
そんなことを考えているうちに、時間は8時半を回ってしまった。
「ヤベッ!!」
俺は急いで制服に着替えて、外に出る。
学校に行けば何か分かるかもしれない。
そんな淡い期待を抱きながら、俺は慣れた通学路を猛ダッシュで駆けていく――――――――――。
俺の通う高校は、ホームルームが始まるのは朝の9時だ。一般的な高校と比べるとやや遅い気もするが、その分夕方6時くらいまで授業があるから学習時間自体にあまり大差はないだろう。
8時58分、ホームルーム開始ギリギリの時間に俺は校門前に着いた。全力疾走してきただけに汗だくな上、息も随分上がってしまった。
すると、校門前に1人の少女が立っているのが見えた。
「げっ!」
俺を見るなり露骨に嫌そうな態度を見せた少女は、俺のクラスメイトだった。
乙姫夏凪。その麗しい名前は去ることながら、容姿端麗ということもあって男子からの人気は高い。学校では「かなぎたん」という愛称が付けられていて、殆どの生徒からその名前で呼ばれている。
「お前何してるんだ?教室に入らないのか?」
もうホームルームが始まってしまう。こんな所にいるのは明らかに不自然だ。
「フン!あんたには関係ないでしょ!ていうかあんたなに普通に遅刻して来てんの?キモッ!」
会って速攻で罵られてしまった。
俺と夏凪は小学校からの付き合いで、俗にいう幼馴染みと呼ばれる関係である。
しかし一般的な幼馴染みとは違って、俺達はお世辞にも仲がいいとは言えない。
一応誤解を招かないように言っておくが、俺は夏凪のことを嫌ってはいない。
向こうから一方的に嫌われてしまっているのだ。
原因は不明だが、昔から夏凪は俺に対してだけはやたらと当たりが強い。
俺が何かを話掛けても、今のように軽くあしらわれて終わってしまう。
そんなやり取りはいつものことなのだが、さっきの返事はどこかいつもの夏凪らしくない。俺はそう感じた。
勿論喋ってる言葉自体はいつも通りなのだが、どこか見栄を張ったような、そんな印象を受けた。
あくまでも直感でしかないが…。
「相変わらず当たりは強いのな。もうお前のそれは一生治らないんじゃないか?」
「当たり前でしょ!?私あんたのことなんて嫌いなんだから。」
「まぁお前が俺を嫌ってるのはいいとして、俺としては今お前に会えてホッとしてるんだぜ。」
これは別に上部だけのものではなく、ただただ本心だった。
「はぁ?何でよ あんた別に私のこと好きじゃないでしょ!?そもそも私達クラスメイトで毎日会ってるんだし、そんなの嘘に決まってるじゃない。」
「本当だ。だって俺は今日、お前以外の人間を誰1人として見ていないからな。」
朝起きてから学校に着くまで、本当に人間というものを見なかった。いつもなら人で溢れ返っているはずの通学路も、もぬけの殻だった。
その台詞を聞いた夏凪の肩が、ビクッと反応する。
「学校に行けば何か手掛かりが見つかるんじゃないかと思って来たんだ。だから取り敢えずはお前に会えて良かった。俺は1人ぼっちじゃない。それが分かっただけでも十分な収穫だ。」
それから俺は、先に教室に行くと伝えて校舎へと入った。大分遅刻してしまっているが行かないよりはマシだろう。
と、その時、俺の話を黙って聞いていた夏凪が後ろから呼び止めてきた。
「教室に行っても無駄よ。」
「え、何でだよ?」
「誰もいないから………。」
夏凪は短くそう告げてきた。
そして俺が聞き返すよりも先に、
「私もあんたと同じ。朝起きたら皆いなくなってて…学校に来たら何か分かるかもって…。でも学校に来ても誰もいなかった。それでも私信じられなくて…誰か来るかもって信じて校門で待ってたの。そしたら……」
「俺が来たってことか。」
俺が付け加えたことに対して夏凪は首肯する。
その様子はどこか不安そうで、何かに怯えている。そんな風に見てとれた。
少なくとも俺が今まで見てきた夏凪、俺に今まで見せてきた夏凪の面影はそこにはなかった。
しかし、そんな不安に駆られながらも俺といつも通りに接しようと努力したことは、素直に立派だと思う。多分プライドが許さないだけなのだろうけど。
「あんたじゃなければ良かったのにね。」
小声で何かを言われた気がするが、聞かなかったことにしておく。
ていうかこいつ、どんだけ俺のこと嫌いなんだよ…。
さて、奇跡的?にも夏凪と巡り会えたことで、俺が1人きりじゃないのは分かった。
しかし事態が好転した訳ではない。
1人じゃないにしてもあと何人くらい存在しているのか・何処にいるのか・そもそもこの現象俺の周りにおいてだけなのか・いつまで続くのか・・・。
疑問は絶えない。
「なぁ夏凪、ちょっと俺の頬っぺたをつねってみてくれないか?」
そもそもこんな考え自体が馬鹿らしいと思ったが、それでも1つの可能性を消しておくべきだと思った俺は、夏凪にそんなことを頼んでみる。
「はぁ?いいけど。」
どこか嬉しそうな表情をする夏凪。
嫌な予感しかしない……。
直後、夏凪が俺の頬を思いっきりつねってくる。
「イダダダダダ!お前、誰がそんな強くやれって言ったんだよ!?」
自分で頼んだこととはいえ、ここまで痛い思いをすると逆に後悔してしまう。
「アハハハハ日頃の恨みよ。」
してやったりという感じで、満足そうな顔をして笑う夏凪。
俺は一体こいつに何をしたっていうんだよ…。心当たりが無いぶん、余計に怖い。
「でも、分かったことが1つあるぞ。」
「へぇ。あんたでもたまには役に立つこともあるのね。今ので何が分かったっていうの?」
夏凪は、珍しく俺に関心の目を向けてきた。
「いいか、夏凪?」
「う、うん。」
夏凪もゴクりと息を飲み、真剣な表情になる。
いつもこういう顔をしてたら、もっと可愛げがあるのにな…。
そして、俺は真面目な顔でこう告げた。
「これは、夢じゃない!現実だ!」
そう言った途端、一瞬にしてその場が凍りついた。
うん。ごめんなさい。一瞬でもこれは夢なんじゃないかって思った自分が猛烈に恥ずかしい。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
少しでも期待した俺が馬鹿でしたー。
だってさ、こんなに奇怪なことばかりに遭遇したら誰だって夢だって疑いたくなるじゃん!?ワンチャンかけてみたくなるじゃん!?
まぁそんなことがないのは始めから分かってましたけども。
実は夢オチでしたーなんてことがあったらそれこそ夢オチだっつーの。
あ、ごめんなさい。ちょっと自分でも何言ってる分かってません…。
夏凪からは、汚物を見るような目で睨まれたた。馴れているとはいっても、これはこれで結構キツいものがある。
「じゃあ、私帰るから!」
唐突に夏凪がそんなことを言ってくる。
「ま、待て!帰るって何でだ?何処にだ?ていうか頼むから今の状態で俺を1人にしないでくれ!」
「学校ないから・家・嫌だ」
おっふぅぅぅぅぅ。メンタルがズタズタになってる所に更に追い討ちを掛けてくるとは流石夏凪だ。ていうかこいつさっきはちょっと弱ってたのにもうすっかり立ち直ってやがるし。その辺は昔と変わらないんだな。
あぁー今ここに唯でもいれば、俺を優しく慰めてくれるんだろうけど……ってそんな場合じゃねぇ、夏凪を追い掛けないと!
「夏凪、待ってくれ!!」
「何?もうあんたに用なんかないんだけど!ていうか元々あんたに用なんて無かったし。」
「お前には無くても俺にはあるんだよ。」
「まだ何かあるの?あるなら手短にね。あと、面倒臭そうだったら断るから。」
「今日のことについて調べるから手伝って欲しい。まだ他に誰かいるかもしれないし……」
「却下!! じゃあね~。」
話終わる前に俺の要件はあっさり断られ、夏凪は足早に立ち去っていってしまう。
「お、お前本気か!?もしこのまま誰も戻ってこなくなってもいいのかよ!?」
少なくとも俺は嫌だ。夏凪だって、ずっとこのままなのは嫌なはずだ。だから例え嫌いな者同士(向こうが一方的に嫌ってるだけだが)でも協力して一刻も早く事を収めるべきだと俺は思う。故にこう提案したし、今も必死に呼び止めている。
しかし、彼女から返ってきた言葉はこうだ。
「具体的に何をどう調べるかも明確に決まってないのに大口叩かないでよね。しかもどうせ明日になったら全部元通りなんだろうし、何もする必要ないじゃん。ていうか、そうじゃないとやってられないし…。」
随分楽観的に考えてるんだなと思った。しかし、最後の一言がどうも引っ掛かる。
「あ、そうか、怖いのか…。」
俺は夏凪が見えなくなってからそう呟いた。
夏凪が俺に見せたあの表情はきっと本心だ。
俺が相手だったからその後は妙に強がった態度を取っていただけで、もし相手が俺以外の誰かなら、ずっとあの状態のままだったのかもしれない。
あいつは、今起きている奇怪な現象に首を突っ込みたくない。そう考えているのかもな。
明日になったら全部終わってて元通り。あいつはそれを心から願っているのだろう。
それを分かってしまった以上、無理強いは出来ない。本当は手伝って欲しかったけれど、俺は1人で調べることにする。といっても校門前では何も出来ないので、当然場所は変える。
そういえばあいつ…あんなに怖い思いをしてるのに1人で夜を越すことなんて出来るんだろうか…?
そんなことをふと思いながら、俺は校舎内へと入っていく――――――――――――――。
夏凪が言っていた通り、学校には本当に誰もいなかった。生徒や先生は勿論、清掃員、食堂のおばちゃんでさえもだ。
とにかく何でもいいから情報が欲しかった俺は、ポケットからスマートフォンを取り出す。
朝起きてから今現在・実に正午を少し過ぎるくらいまで一切スマホに手を付けないのは、今時の高校生にしては珍しいのではないだろうか?全くもって現代人らしくない。
先程のどこにでもいる普段の高校生というのは、訂正する必要があるかもしれない。
「今はこれ1つあるだけでどんな情報でも手に入れられるし、ホント便利な世の中だよな。」
そんなことを言いながら、俺はスマホの画面に目をやる。
「あ、あれ…?」
スマートフォンが起動しない。
俺は電源ボタンを押したり画面をタップしてみたりと試行錯誤してみるが、起動する気配は一切ない。
因みに、充電切れという可能性は100%ない。
何故なら俺は毎晩寝る前にスマホを充電する習慣をつけているからだ。当然、昨日の夜だってそれを怠ってはいない。
「参ったな…。」
スマートフォンが起動してくれなくては、情報を得る手段が激減してしまう。いかに現代人がスマホに頼って生きているのかというのを、俺は身をもって知った気がした。
スマホが駄目なら…と、次に思い付いたのはテレビだった。
俺は、テレビのある部屋へと向かうことにする。
テレビが設けられてある教室は校長室・職員室・応接室・理科室の4つ。
先生がいないとはいっても他の3ヶ所に行くのは少し気が引けたので、俺は理科室へ向かった。
普段、生徒が無断でテレビを観る行為は禁じられている。しかし今は緊急事態だ。これくらいは許されるだろう。そして万が一誰かに目撃されていた場合は、素直に謝ろう。
俺はそう決心してプラグを差し込み、リモコンを操作。
これで漸く情報が得られる――――。
ということはなく、テレビもスマホと全く同じで、俺の指示を頑なに聞き入れてくれない。
これ以上居座る理由も無かったので、俺は仕方なく理科室を後にした。
スマホが駄目、テレビも駄目。ここから俺が導き出した結論は、電波の供給が止まっているというものだ。そしてそれは、恐らく当たっている。
一応確認の為に、俺は通りがかった廊下のスイッチを押してみた。
しかし案の定蛍光灯が点くことはなく、それは確信へと変わった。
電子機器が使えないとなると、情報を得る方法は一気に狭くなる。
それでも俺は諦めることなく、図書室へと向かうことにした。電気が使えないのなら、文字を読めばいい。今の俺は、他の何よりも情報が欲しかった。
俺は職員室に寄って鍵を取ってから、図書室へと浸入した。
図書室に入った後は、めぼしい本をひたすら読み漁った。中でも一際目を引いたのは超常現象について書かれた本で、人が消える内容についても触れられていた。
俺はそれを手に取って読んでみたはいいものの、僅か数分でその本を閉じてしまった。
「わっけわかんねぇ。」思わず口にした。
そう、本当に書いてることが理解不可能だったのだ。こんなの、オカルトとかの類いによっぽど興味のあるやつじゃないと分からないだろ。
加えて、俺は頭も悪いしな。
そんなこんなで、結局殆ど手掛かりを見付けられないまま夕方を迎えてしまった。
俺は図書室を後にして、学校から出る。
校門の鍵なんかは当然生徒が持っているはずもないため、そのままにしておく。無用心極まりないが、致し方ない。
そういえば、何で今朝は校門の鍵が開いてたんだろうな。
中に人気がないのに開いていたのは今考えれば不自然だし、昨日から施錠してないなんてことはないだろう。
もしかして、俺達がここに来ることを予測して、何者かが校門を開けていたってことか…?
そんな考えが脳裏を過ったが、まぁそんなことはないだろうと直ぐに頭を切り替える。
さっさと帰ってしまわないと。
電気が使えない以上、日が暮れてしまっては無事帰られるかどうかすら危ういかもしれない。
俺は踵を返して、自宅へ向かって歩きだしていく――――――。