平場と花と気になるあの子
────大次郎はまどろみを感じながら、小さな家に座っていた。視線は床に近く、遠くにはエプロンをかけた女性の後ろ姿が見えた。
心なしか安心するような、そんな空気感のある空間であった。そんな状況を誰からも説明されることはなかった。しかしながら、大次郎が幼少期に住んでいた家であったこと、そして、奥に立つ女性が"義母"であることは理解できた。
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「朝だぞ、ユメカワ」
大次郎は明瞭に聞こえる男の声に、喉の奥を鳴らし、声にもならない呻き声を上げながら瞼を開けた。シーロが顔を覗き込んできていたので「あ、ぁあ、ウ、ヴンッ!!」と絡まった痰を飲み込んでから「おはよう、シーロくん」と手を上げてみせた。
大次郎は、一泊だけシーロの村に留まっていた。村の自警団の一員でもあり、腕の立つ剣士でもあったシーロは、村での信頼も厚く、その人物に畏敬の対象とされる大次郎もまた、村での待遇も厚かった。
窓から差し込む日が高い。既に昼頃まで寝てしまっていたようだった。
シーロが笑みを浮かべながら窓の外を指差しているので、窓を開けてみると、村の広場の鉢にタマミが花を植えていた。
女の子らがタマミの洋服に目を輝かせ、男の子らが花の植え方にケチをつけていた。村人らがそれを微笑ましく見守っている。そんな光景があった。
「ひとまず、僕のやったことは間違っていなさそうだ」
「ああ、そのようだ。転移者らは人の命を弄ぶ者が多いと聞くが、力さえ制限されてしまえば、こんなものなのだろう」
「ん? 力の制限はかけていないよ。僕がかけたのは善行と羞恥の刑だけだ」
シーロは目を丸くし、改めてタマミを凝視した。
タマミはこれから植えるであろう花々を宙に固定し、それらを手早く次々に植えていっていた。
「自己防衛の手段は残してあげないと。ただ、見る限り悪いことには使っていなさそうだ」
「なぜそんなことを? また悪さをするのではないか?」
「彼女は良くも悪くも直情的。それに、まだその価値観は一般人から逸脱していない。つまり"普通"へ引き戻してあげて、そこに少しの喜びを与えれば、強い反発はしないということさ。この環境に慣れていけば、"普通"が普通になる」
「だが……何もしないという確約はできないだろう」
「そこから先は僕の力、"審判の力"の領分。そうならない刑が頭に浮かび上がるんだ。羞恥の刑も、善行の刑も適当に言ったわけじゃないということ。便利なものさ」
そういう力なら、ということでシーロは閉口したが、何か思い出したようにポケットから何かを取り出した。
「そういえば、こんなものを拾ったんだ」
シーロの取り出したものは、漆で黒く塗り固めたような、小さな羽根であった。
「タマミの部屋から、何故かノグチに引き寄せられるようにずっと飛んでいたんだ。ほら」
それに触れた瞬間、自分の内にどろりとした何かが流れ込んでくる感覚に陥った。