終わりの始まり
「これから君は、善行をし続けなければならない。毎日、一時間に一度必ず、その格好で。これを破ると元の世界へ強制的に帰ることになる」
「なっ……そんな、勝手な!」
「もし本当にこの世界が好きなら、少し我慢するんだ。そのほうがこの世界にも、君自身にとっても良いと思うんだよ」
大次郎はステッキを腰に携え、鼻を鳴らして大きく頷いた。タマミは力なく座り込み、シーロは複雑そうな面持ちで大次郎を見上げた。
"不条理を、理不尽に審判する力"
ノキアライズの言葉の意味を、力の意義を、大次郎はその身で感じていた。転移者がこの世界の人々より強く、力を身勝手に振りかざしているのなら、その転移者の力を凌駕する力で変えていけばいい。
ノキアライズは行使せよとしか言わなかったが、あの口振りからは、この世界の転移者どうにかしてほしいという願いがあったのだろう。そう大次郎は解釈した。
こんな自分でも、より良い世界にできるならと、大次郎はその場を後にしようとしたが、タマミの看守らが戸惑いながらも眼前に立ちはだかった。
「もうやめにしよう。あなた達もこんな姿にはなりたくないでしょうに」
看守らはタマミと大次郎の姿を数度見比べた後、素直に剣を納め、どこかへと去っていった。
「ノグチさん、あなたは他の転移者達を倒しに行かれるのか!」
「はい、そのつもりです。どうやらそれが私の使命で、私自身、それがどうにもイヤじゃないようで」
シーロは駆け寄った。
「ならば、このシーロ・スノウデンもお供させていただきたく!」
「お供……ついてくるってことですか?」
「そのとおり。タマミのような悪の存在がこの世界には跋扈している。あなたのような正しき心と力を兼ね備えた人が、世の中には必要だ。ここの領地と同じような苦しみがまだあるなら、俺はそこへ行き、何かひとつでも力になりたい」
まるで台本でもあるみたいだ、と大次郎は感心しながらシーロの真っ直ぐな眼差しを見つめ返した。彼のことはよく知らないが、悪い人ではなさそうだし、ひとまずこの世界を旅する上で都合が良いと判断した。そして何より、こんな異世界孤独行脚の寂しさは薄らぐだろう。
「わかった。一緒に来てくれるかい」
大次郎は敬語をやめて、若干汗ばんだ手を差し出した。シーロは爽やかに笑いながら、その手を握り返した。