牢獄の邂逅
この村は救いようがない。村の人間の、誰もがそんな話をするようになっていた。それが、村一番の剣の使い手であり、自警団として働くシーロには堪え切れないほどに不服であった。
シーロの手には幼少期から今までいつも剣があった。領地の村々による武闘会においては常勝で有名であった。
「今だに信じられない……」
彼は数ヶ月前、ある女に敗北を期した。タマミと名乗ったその女は武闘会で不可思議な力を使い、シーロの剣を静止させたうえで勝利してみせた。それを見つけた領主に気に入られ、数週間もしないうちに、あろうことか親族でもない女が次期領主へと任命されたのだ。
そして現在、領主が謎の失踪を遂げたためによそ者であるタマミが領主となってしまった。
そんな数々の波乱が起きて数ヶ月、領主への献上品の増加要請と移住の禁止が言い渡された。もしそれらを破った場合、私兵団に捕まり、牢獄に一ヶ月もの間閉じ込められるのである。まさにタマミによる圧政に苦しむ、貧困の領地となってしまった。
シーロは、牢獄の石壁を弱々しく殴りつけた。もしあの時、自分が勝っていればこんなことにはならなかったのかもしれない。そんな行き場のない後悔と怒りを感じていた。シーロはそんな圧政に屈せず、何度も領主邸に足を運び、献上品を減らすよう呼びかけ続けたが、先ほど、とうとう投獄されてしまったところであった。
「どうしたら、良いのだろう……」
「本当に、どうしたら良いのか」
シーロは飛び跳ねながら、振り向いた。牢獄の隅に、何やら人が縮こまって座っているようである。桃色と川の色を掛け合わせたような、奇術師のような格好の男だ。ただ衣服が体の大きさに合っていないのか、肌がはみ出てしまっている。よほど悪い仕立て屋に当たってしまったのだろう。シーロは哀れみの目を向けた。
「転移した日本人が、まさかこんなことをしているとは。同じ国出身として、悲しいことだ」
男は意味不明な言葉を呟いたが、シーロは"同じ国"という言葉に眉を僅かに上げた。
「そこの方、まさかタマミと同郷なのか」
男は反応されるとは思ってもみなかったように体を跳ねさせ、こちらを見返してきた。
「ええ、その通りです。私は野口といいます。どうやら私は日本という異国から来た者が、酷いことをしていないか、審判しなければならないようなのです」
「まさか剣を空中で止めてみせた、あの奇術をあなたも知っているのか!」
シーロは興奮気味に駆け寄った。改めて見ると異様な衣服を身にまとっていると感じた。そういえばタマミもこの国ではあまり見ない服を身に纏っていた。このノグチという男も、奇術の使い手なのだろうか。
ノグチは静かに首を横に振った。
「そんな奇術……日本では手に入らない。転移の影響なのか」
「そうか……。成す術なし、か」
シーロがうなだれながら腰掛けたところで、看守二人が牢屋の前にまで歩いてきた。こちらに向き直すと「出ろ」とだけ命令し、牢屋の鍵を開けた。