アピアランス
夢であったのだろうか。
大次郎は契約件数報告会で皆の前に立っていた。契約ノルマを大きく下回るグラフを自らの背後に掲げながら、皆に内容を報告していた。
年下上司の寺島はいっそう眉間にしわを寄せ、腕組み足組みの横柄な態度のまま、睨みつけるようにして大次郎の報告を聞いていた。
だが違和感があった。確かに大次郎が話しているはずだが、何も考えずに皆を傍観している感覚に近かった。ふと視線を落とすと、自らの生の腹がまず目に入った。ギョッとして腹の向こうを眺め見たが、己が生まれたままの姿であることに気がついた。
「う、うわっ……も、申し訳ありません! これは何かの間違いで。やけになったとかではなく! セ、セクハラ……ん?」
大次郎の焦りをよそに、報告は続けられていた。横を見ると、ひどくやつれた様子の大次郎の姿がそこにあった。
そして悟った。夢の続きかは定かではないが、報告内容、状況を見る限り、これは先週の報告会であり、それを自分は何故か素っ裸で見ているのだと。
「こんなにも、やつれていたのか、僕は」
この後、寺島に怒鳴りつけられ土下座をしたのを覚えていた。大次郎は唇を真一文字に結び、俯いて土下座する自分を見下ろした。スーツの腰部分からワイシャツがはみ出ている上、地肌まで露出していた。
なんと情けない姿なのだろう。見兼ねて顔を上げてみると、寺島やその他の社員らは嘲笑ともとれる笑みを口元に携えていた。
「笑ってる……」
報告会の後、逃げるように退社していく自分を見送った。それを見ていた社員らはポツリポツリと呟いた。
「あの人、営業の才能もないのになんでまだいんだよ」
「マジでお荷物だよなぁ」
「結婚もしてないらしいぜ。ま、あんなハゲデブの中年じゃ仕方ないわな」
裸の大次郎は「はは、好き勝手言うじゃないか……」と力なく笑った。
────突如として、居場所が移り変わった。
女性社員らから、夢想堂のチラシを受け取っている大次郎がそこにはいた。女性社員らは足早に立ち去ると、給湯室に入り込んだ。試しに大次郎がついていくと、皆腹を抱えて下品に笑っていた。
「夢想堂ってアンタ本当よく思いついたね! 面白すぎてヤバい」
「ゆめかわの店でしょ? 野口のやつが入って行ったらなんて顔すんだろうね!」
「騙したのバレても、まあ野口だし、どうにでもなるっしょ」
「あ、野口といえば、知ってた? あいつの進めた契約、他の人が途中で引き継ぎ受けたとか言って、横取りしてるらしいよ?」
「サイテー! でも気づかないほうも悪いよねー。自分のお客さんなのに」
大次郎の鼻息が乱れた。胸のあたりが苦しくなり、呼吸がまばらになる。
「邪悪だ。みんな、どうして、どうしてそんなことができる……」
『────君ならば、彼らをどうする?』
唐突に聞こえてくる穏やかな声に、大次郎は暫し返答せずにいた。声の主を詮索するでもなく、自然と受け入れられた。
やがて、その口を開いた。
「普通なら、懲らしめたい。そう思うだろう。でも僕は、僕が辞めたあとや、社外でもそう、また彼らの標的にされる人を可哀想に思う。出来るのであれば、そんな悲しい世の中が良くなれば良いと思うよ」
『例えば、君に彼らを自由に操る力が与えられたとしてもか?』
「そんなこと言われても……まあ、懲らしめるとしてもちょっと転んでもらうとか、物を失くすくらいかなっ、はは」
大次郎はぎこちなく笑った。嘘ではない、本心から出た感想であった。夢物語であっても、例え本当に力を与えられても、酷いことに使う気はなかった。
それが生まれ持った彼の性質であり、あらゆる成長過程における環境の変化にも、耐え得るものであった。
『君に、審判の力を与えよう』