第5話というかオチ
MBSラジオドラマ短編小説賞用に書きました。僭越ながら、語り部は諏訪部順一さん、相方に内田彩さんの声を脳内変換してお楽しみください(笑)。
008
あれから一週間、俺はヒイラギが消えた場所に通っている。
ほぼ毎日顔を会わすヒイラギの言伝てを受け取ってくれたヒゲ面の親父は呆れ顔だ。
「そんなに大事な女だったのか?」
「そうでもない」
更にこれ以上つける薬もないなという顔をされる。
自分でも、どうしてここまで意地になっているのか不思議なくらいだ。
本当にそんな人物がいたのかも怪しい、オカルトチックな気分に浸りつつも待ち続けた。
一言文句を言ってやりたかったからだ。
記憶が戻ったのなら、慌ててログアウトする必要もないだろう、と。
どこの誰かなんて関係ない。
謝罪とかお礼とかそんなものもどうでもいい。
良かったなって言いたかっただけだ。
そのまま、ゲームを続けるのか、また、宛もなくこの場所で街の行く末でも見付けるのか、そんなどうでもいい事を聞いてみたかった。
振り回されて頭痛で死ぬとか、呆れて眉間のシワが取れなくなるとかバカみたいなことを心配したかった。
たった三時間のしょうもない経験に俺は打ちのめされていたんだと思う。
「あの、大丈夫ですか?」
会社の休憩室で、昼食もとらずにテーブルに突っ伏して寝不足を解消していたら、おずおずとした気の弱そうな声がかけられて、夢うつつから覚醒する。
寝ぼけ眼で顔をあげると扉近くで佇んでいた女性が目を丸くして、入れ違いのように目をそらす。
「何かお疲れなのでしょうか?」
名前は確か、平井だったな。
経理関係で事務の業務についている子だ。
もしかすると休憩室を使用しに来たのかもしれない。手には弁当らしき包みがある。
俺は慌てて体を起こす。
「ああ、少し寝不足で」
意地になって毎晩三時頃まで接続しているからな。
おかげさまで睡眠時間はガリガリ削られている。
目の下の隈が我ながら凄いんだろう。
顔を見てすぐに目を逸らされる程度には。
平井は俺の顔を見て呆れているような心配しているような弟を見る目を向けては逸らすというのを繰り返していた。
「ゲームですか?」
平井からかけられた言葉に少しだけ驚く。
どうしてわかった?
俺はこの目の前の女と話した記憶など数える程だぞ?
入社して二年か三年か、年齢はそれくらいだ。
バリバリのキャリアウーマンというタイプではなく、どちらかというと地味な陰に咲くユリのような佇まいだな。
指輪もしていないし、そんな話も聞かないから独身だろう。
不躾に見られたからか、平井は困ったような顔になった。
いけないな。女性を見ると探してしまう。
「あ、昼飯か? 悪い、すぐに空ける」
「いえ、おかまいなく」
口にしてから変だと自分で気付いたのか、平井は照れたように赤面した。
手が伸びて、短めのショートボブの前髪を弄り始めた。
ああ、この癖の子か。
「あの、遅くなりましたけど、ご結婚おめでとうございます」
「は?」
思わず目の前の平井の顔を見つめてしまった。
いやいや、どうして知っている?
「あ……その、噂で」
疑問が顔に出たのだろう、言い訳をするようにか細い声で付け足してきた。
噂? ああ、なるほど。
色々と合点がいく。
「平井さんもあのゲームをやっていたのか」
「え?」
驚くことでもないだろう。俺の結婚話と言えばゲーム内の出来事なのだから。
前髪をくるくると指で弄りはじめた。
身長が俺と同じくらいで、なんというか胸が立派だ。
まさか会社で俺の災難を知るものがいるとはね。
変な噂にならない内に説明しておかないとな。
「細かいことは胸くそが悪いから言わないけど、誤解は解いておきたい。俺の結婚話は白紙撤回になった。お祝いの言葉までもらったのに申し訳ないな」
目を丸くしている。そうだろうな。
「相手にな、少し問題があったんだ」
具体的には男だったんだ。くそ。
低い身長でよく笑う可愛らしい顔を思い出してため息が漏れる。ホンの少し前ならテーブルを蹴っ飛ばすくらい感情的になってしまっていたというのに俺も大人になったものだ。
そいつはネットで良くあるなりすましだった。
その筋では有名だったそうだ。
性別を偽って、近付き気を持たせる。
大体は仲間内に流して笑いの種になる。
酷いのになると金品を貢がせる。
キャラのレベルを上げるのを手伝わせたり、クエストの手伝いをさせたりと、多種多様だ。
結婚という制度も対象となる。
別にゲームの中で結婚したからって現実の世界でどうこうなるわけじゃないが、騙されたと知った時の精神的なショックは計り知れない。
「そそそ、そうだったんですね、こちらこそ知らずに申し訳ないです、はい」
ペコペコと頭を下げる動作がコミカルなやつだ。
「あーでも、会社であのゲームをしてる人がいるなんてちょっと嬉しいな」
平井は、くるくると指で巻いていた髪を前に持ってきて目を隠した。
その動きが、一週間前とぴったりと重なる。
ヒイラギとは、話し方も性格もまるで違うのに、その仕草だけは同じだった。
おいおい。まさかな。
だが、ネットでは人格が変わる奴なんてごまんといる。
外見はアバターで変更できる。
今となっては記憶喪失というのが本当なのか嘘なのかわからない。
どうでもいいし、どっちでもいい。
どれだけ変装しても、癖までは隠せないか。
「……いえ、私は、それほど……」
困ったように目を泳がす。目を伏せる。
名前は平井。ヒライ。ヒイラギ。似ているな。本名をもじったハンドルなのか。
「噂で聞いたってことは、ああ、案外知り合いだったりするかもな、名前は?」
だからカマをかける。
「あ、私、行きますね。あまり無理はしないでしっかり寝てください」
弁当を食べに来たんじゃないのか?
平井は逃げるように振り返って休憩室のドアノブに手をかける。
「お前、ヒイラギか?」
俺の言葉に平井は動きを止めた。
「何をいってるんですか? 誰ですかそれ? タケルさんの彼女さんですか?」
振り返った平井は首を傾げて、不審なくらいに目を泳がせていた。
もうあれだ、怪しいというレベルではない。真っ黒な反応だった。
だってな、ゲームの中で俺の事をファーストネームで呼ぶのは一人だけだと教えたはずだろ、ヒイラギ。
「彼女、ではないな。探し人ではあるがな」
「みみみ、見つかるといいですね」
汗拭け汗。
「ああ、まったくだ」
平井はてんぱった困惑の表情が可愛らしい。
「そそそ、そうですか、では、私はこれで失礼をば」
ドアを開ける。
「記憶、もどって良かったな」
ようやく言えた一言に、平井は体をひくりと震わせたが、次は止まらなかった。
009
さて、長々と語ってしまって申し訳ない。
しかしヒイラギ、別にこれが回想録というわけではないが、約束が果たせず申し訳ないな。
だけどセクハラで訴訟を起こすのは勘弁してくれよ。
まあ以上がこっぱずかしいが、俺と妻になったヒイラギの馴れ初めだ。
読んでいただきましてありがとうございます。
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ブクマと評価、ありがとうございます。滾ります。
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