第4話または舞台裏(ヒイラギ視点)
ヒイラギ視点です。
007
人と話すときに俯いてしまう自分が嫌いだ。
男の人と目線があってしまう背の高さが嫌いだ。
男の人にじろじろと見られる大きな胸が嫌いだ。
考え事をする時に髪をいじってしまう癖が嫌いだ。
こんなことばかり考えている自分が嫌いだ。
そんな大嫌いな私が奮起して、起こしてしまった騒動の顛末を詳らかにして懺悔したいと思います。
何卒何卒、ご容赦くださいタケルさん。できればカットをお願いします。
きっかけは気になるあの人の口から出たゲームの名前だった。
ゲームなんて詳しくもない、興味もない私だったけど、ひとつだけ思いついた。
思いついてしまったんです。
現実世界だと恥ずかしくてまともに顔も見られずに話も出来ない私だけど、ゲームの中ならあの人と話くらい出来るんじゃないだろうか。
話どころか一緒にゲームを楽しむことが出来るんじゃないだろうか。
そんな妄想めいた、つまらない期待を。
一生懸命調べて、苦労して、手に入れたブレインマシンインターフェイスの設置と設定だけで三日もかかってしまった。
同居している両親に見つかりたくなくて、全部自分でしようとした結果だ。
結局弟に見つかってしまって、手伝ってもらう代わりに私がいないときに貸してあげる事になった。
勉強もちゃんとするんだよ。
まったく要領が悪い自分が嫌いだ。
ゲームにログインして私の考えの足りない現実に直面してしまった。
そこには見も知らないたくさんのプレイヤーがいたのだ。
別に自分が注目されているわけでもないのに緊張してしまう。
この中から、あの人を見つけ出すなんて不可能に近い。
ゲームログインの前に決めた外見と名前。
これは現実世界とは違う別人になるための儀式だった。
体型を弄ることができたので、真っ先に胸を小さくした。
身長を変えることが出来たので出来るだけ小さくした。
つまり同じようにあの人の姿も名前も変わっている。
そんな当たり前のことにも気付かない。
多分、10分もせずに私はログアウトした。
いつも同じ会社にいるからゲームの世界でも同じ場所にいるだなんてつまらない錯覚だった。
二週間ほどたったある日、あの人のゲーム内での名前を偶然知ることが出来た。
ヤマトタケル。
中々古風で強そうなお名前ですね。
私はその日の夜に、あれから一度も電源を入れていなかったゲームを起動させた。
内気な私でもカーソルを合わせるだけで名前を見ることが出来るゲームに大感謝だ。
仕事が終わってから毎晩ログインしているという話だったからその内見つかるだろうって、街の広さを舐めていた。
彼の好むゲームは街がひとつしかないためか、とにかく広いのだ。
ネットで調べると同時接続者数は数千人。
これでも標準よりは少ない部類だというから驚いた。
調べてみると、私の住む街と同じくらい広い。
闇雲に探して見つかる可能性なんてゼロに近い。
勝手に期待して希望は打ち砕かれる。
私の人生はその繰り返しだった。
一言、会社で顔を合わせた時に一緒のゲームを始めたので案内してくれませんかと声を掛けられればいいのに。
うろうろと歩いていればもしかすると運命的な出会いがあるかもしれないなんて。
一週間ほど、毎晩一時間ほど歩いたけどやっぱり徒労に終わった。
転機は、ゲームの事が説明されたサイトで見かけた初心者の歩き方、という記事がきっかけだった。
プレイヤーが良く集まる場所、必ず訪れる場所。
そんな場所があるらしい。
ヤマトタケルさんもおそらく訪れる。
網を張って待ち伏せという奴だ。
徐々に自分の行動がストーカーめいてきて苦笑してしまう。
その日のうちにあの人を見つけることが出来て僥倖でした。
名前を見るまでもなく、驚いたことに外見がそれほど変わっていなかったのですぐに気付けたのです。
見つけましたよヤマトタケルさん。
嬉しく嬉しくて少し涙ぐんでしまったくらいだ。
見つからないように最初は遠目に眺めるだけ。
彼が買い物をしたり、誰かと話したり、街を出て行ったりするのを見ていた。
いつも大体同じ時間に現れて、終える時間はマチマチだ。
行動が把握できて、随分詳しくなった頃には1月もたっていた。
勝手に座っているけど店員さんが現れたことがない私の指定席。
それなりに愛着を感じてしまう。
いつも近くを通る人に挨拶程度には声をかけられる。
でも、気付く。
気付いてしまう。
私、何をしているんだろ?
これだと会社と同じだな。
話しかけたり一緒にゲームができるかもと期待していたのに。
ゲームでも現実とそれほど変わらない。
行動力のない者はゲーム内でも行動力なんて発揮はできない。
でもまあ、それもいいかなと。
勝手に一方的にだけど、時間を共有できていることに少し心が暖かいし。
これはこれで幸せなのかもしれない。
毎晩彼を見て、私は想像する。どんな女性が好みなのかな?
言葉使いは丁寧だけど無遠慮で、性格はおっとりとした世間知らずなお嬢様。
いつのまにかそんな私が彼を振り回す想像を毎日していた。
ゲームって凄い。
私じゃない私になれる。現実世界では髪型一つ変えるにも勇気がいるのに、そんなことが簡単に出来てしまう気がする。
少しだけ、勇気を出すだけで、彼と話も出来てしまう。
想像の中だけなんだけどね。
そんな幸せは、唐突に崩れ去る。
彼が結婚するという話を耳にしたから。
あんなに毎晩ゲームに夢中だったのに、いつの間に?
会社でもさりげなく観察していたけど特に仲の良い女子などいなかったのに?
頭は真っ白で、でも機械的に日課になったゲームにログインして、彼を眺める辛い日が続き、ある日、私は自分が誰だかわからなくなった。
(中略)
いつもの席で、いつものようにぼんやりと彼を眺めている時、おかしいなと思った。
彼が私を見ているのだ。
ヤマトタケルさんが。
ふふ、可愛らしい。
同伴した私を気にしながらお友達とお話を続ける弟のようだ。
でも少し辛いのは、彼が女の人とお話をしているからかもしれない。
ああ、なるほどね。
結婚するお相手なんていつの間にと思っていた疑問が解ける。
ゲーム内でやりとりしていたのかもって。
またこっちを見ましたね。
うん、勘違いじゃないな。
タケルさんが私に気付いて私を見る事なんてないはずなのに。
おっと、あれ? 今のは何か矛盾していますよ?
タケルさん?
私はいつの間に彼をそんな風に親しげに馴れ馴れしく呼ぶようになったんだっけ?
おかしいなと思ったら、その日の三時間の出来事が頭の中で整理されていった。
え? あれ? ちょっと待って。
ちょっと待って待って。
私、この三時間、なにしてたんだっけ?
物凄い体験をした後に、私はキャラクターをすぐに消し去った。
記憶喪失というよりも、記憶と願望の入り交じった混乱というのが正しい表現だと思う。
あまりに唐突に思い出した記憶。
夢うつつの中で体験していた出来事が実は仮想現実という虚構だけど現実でしたごめんねだなんて、神様ってかなり意地悪じゃないですか?
恥ずかしすぎて申し訳なくて、あと、女の人と話している彼の姿を見るのが悲しくて、言伝てだけが精一杯で直接お礼も言えなかった。
しっかり届けてくれたかな、あのヒゲの人。ご迷惑をお掛けしました。
なってしまったのは仕方がないけれど、これだけは文句を言いたい。
せめて、記憶混乱中の別人格を演じてしまったピエロな私の記憶を消して欲しかった。
恥ずかしくて死にそうだから。
うう。
明日顔を会わすことがあったら冷静でいられる自信がない。
私はまた髪を弄り始めた。
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