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第3話

MBSラジオドラマ短編小説賞用に書きました。僭越ながら、語り部は諏訪部順一さん、相方に内田彩さんの声を脳内変換してお楽しみください(笑)。



 005


 時刻は12時前。

 シンデレラならそろそろ時計の針が気になり始める時間だな。


 プレイヤーなら歩いているだろう場所を巡り、ヒイラギの言動に注意を払っていたが、記憶が戻る兆候はなく、代わりに俺の頭が痛くなるばかりだ。

 残された時間は一時間。

 そろそろ記憶を取り戻せなかった時の事を考えておかないといけない。

 ヒイラギのふわふわした頭の中ではここが現実だと考えている節があるが、いつまでもゲームにダイブの状態を続ける事はできないから、その時は覚悟を決めてもらわないとな。


「人が増えてきましたね、タケルさん。もう日付も変わるというのに皆さんお元気なのですね」


 フィールドに狩に出かけていたプレイヤーが戻り増えていく光景にヒイラギは目を丸くしていた。


「うはあ、こんなにたくさん名前が出ると目がチカチカしますね」


 カーソルを合わせて名前を眺めていたらしい。

 見覚えのある名前でも見つかればいいんだがな。


「こうしてみると皆さんグローバルなお名前でございますね」


 キャラクターネームは公序良俗に反しない限り自由だからな。


「あそこにおられる方はいわゆる顔文字と見受けられるお名前なのですが、役所の方の苦労が偲ばれます……」


 現実ではまず通らないだろうな。


「ところで、タケルさんのお名前はヤマトタケルとなっていますが、私のような若輩で記憶半分の半端者がファーストネームを許していただいてよろしかったのですか?」


 いきなりまた自分を卑下してきたな。

 ヤマトタケルというキャラ名は別に氏名というわけではない。

 ひとつの名前だが長くて不便なので略して伝えただけだ。

 もちろん本名というわけでもない。


 ああ、そうか。

 ちんまい女子に「ヤマトさん」と呼ばれるのは最近付いた傷を抉るから無意識にタケルと呼ばせているのかもしれない。


「構わないさ。別にファーストネームと意識した事はないが、そうだな、俺をタケルと呼ぶのはヒイラギだけだ」

「ふふふ、女子に名前で呼んでもらうのを嬉しがるとは、タケルさんは意外とウブなのですね」

「経験値0の女に言われてもな」

「ウフフ、本当に通報しますよ?」


 俺達が睨み合っている間にもプレイヤーは歩いている。

 ゲーム初心者と推測できるヒイラギが街を隅々まで探索しているとは思えない。

 歩いて思い出すついでに、ヒイラギという見た目少女を知っているプレイヤーに見つけてもらうという方法も有効だな。


 ああ、でもこれは迷子の子供の親を探し出す手法に良く似ている。

 状況的にも嵌り過ぎて今にも吹き出しそうになる。


「少しお腹がすきましたね、タケルさん……おや、どうして笑っているんですか?」

「ヒイラギ、肩車でもしてやろうか?」

「……私を迷子扱いですか、なるほどなるほど。ええ、では肩車をお願いします、はたしてタケルさんは少女を肩車する姿を公衆の面前にさらけ出すという恥辱にどの程度耐えることができるのか大変楽しみですね、ウフフ」

「冗談だ、おい、こら、体をよじ登るな」

「そこに山がある限り!」


 二人でもみ合ったあと、息を整える。


「運動したらよけいにお腹がすきました」

「あまりお勧めはしないが」


 指を咥えて屋台を眺めるヒイラギにため息をつく。

 巷に転がるVRMMOの中には、グルメも頷く味覚重視の専用サーバーを用意している物もあるが希な例だ。

 食べ物の味はしないわけではない。

 屋台に並ぶ焼き鳥のような串をヒイラギにわたすとさっそくかぶり付いていた。


「……なんですかこれ? ずいぶんと味が単調です」


 そうだ。甘い辛い酸っぱいを掛け合わせたような味と匂い。

 もうひとつ重要なことは。


「変ですね、食べたのにお腹が満足してくれません」


 事故を防止するために現実で感じている空腹感はゲーム内で満たされることはない。


「こんな所まで記憶喪失なのですね」


 しゅんと俯くヒイラギの前向き思考が羨ましいね。


「ヒイラギ、そろそろ12時だ」

「もうそんな時間ですか、お風呂に入らないと行けませんね」


 この時間から風呂に入る習慣があるのか?

 髪を乾かす時間を考えると遅すぎないか?

 夜の遅い仕事なんだろうか?


「いえいえ、お風呂というワードでタケルさんがどのような妄想するのか試しただけです」


 にへらとヒイラギは笑う。

 本当にいちいち煩わしい女だな。


「……言っておくが、この世界に風呂はないぞ」


 新陳代謝もない体が汚れるわけではないからな。


「わかってますわかってます、ここで私が取り乱したあとに、本当にお風呂がないという事を証明するためにお風呂がある場所に誘導するんですよね? 少し運動して汗もかきましたし。つまり、さっきの肩車の件から一連の作戦だったと言うわけです!」


 ヒイラギは、俺を指差して証明終了ですと意味不明の言葉を吐いた。

 用意周到な罠だったと言いたいらしい。

 名探偵もビックリだ。


 ついでに言うとトイレもない。出す必要がないからな。

 街には化粧室の名残のようなものがあるのがご愛嬌だ。


 ライトアップされた街の憩い、公園に着いて足を止める。

 プレイヤーがそれなりにベンチに腰かけている。

 俺たちに気付いても、ヒイラギという個人に目を向けるものはいない。

 人がよく集まる場所はあと1ヶ所だ。

 残り時間も考慮すると手詰まり感がじわじわとにじり寄ってくる感が半端ない。


「いっそ、運営に相談してみるのも手だな」

「運営さんですか?」

「困ったときのお助けコールだ、俺は知らないが、もしかするとヒイラギのような症状を発症しているやつが他にもいて対処方法を教えてくれるかもしれない」

「はあ、お医者様ですか?」

「医者ではないな」


 だが、なんて伝える?

 知り合いがゲーム中に記憶喪失になってしまったので困っています。どう対処すればいいですか?

 そんなもの、回答は決まっている。

 ログアウトして、専門の医療機関に向かえ、だろう。

 下手すると悪戯だと判断されて最悪アカウントの凍結だな。ダメだ。


 寝落ちや現実世界の身体的な異常を感知してインターフェースは自動切断を行う機能が搭載されているが、今回のような特殊なトラブルというものが、やはり存在する。

 だが運営スタッフの取れる手段など限られている。

 プレイヤーからの申告で、運営スタッフが判断してゲームからの強制切断はできるだろうが、ヒイラギの記憶が戻る保証はない。


 だけど、試す価値はある。

 一度ログアウトして症状に変化がなければすぐに戻ればいい。

 あるいは、誰か家族でも同居していれば事情を話せばいい。

 ゲームで発行されるクエストの感覚でヒイラギに付き合っていたが、所詮素人の生兵法。

 事態を悪化させない対応が本来取るべき行動のはずだ。

 どうせ時間切れになれば訪れる確定された未来。


「なんですか、難しいお顔をされて」

「さっき、ステータスを見たのと反対側にも同じマークがあるよな?」

「あ、はい、ありますね」

「そこを押すとメニユーが開く」

「出ましたね」

「一番下にあるログアウトボタンを押せば、お前は現実世界に帰還できる」


 ヒイラギの手は固まる。

 まだそんな世迷い言をという顔を作ろうとして失敗した、泣きそうな顔だった。

 ほけっとした態度であっても、記憶をなくしてすり減らした精神状態は決して平穏という訳ではなかったらしい。


「私を――私をこんな目に合わせた神様も、タケルさんも意地悪です」

「待て待て。お前の陥っている状態に対して俺の過失はないと思うぞ」

「この世界がゲームだとか、目の前にいるタケルさんが虚構だとか、どうして私に試練を与えるんですか? 私は今、こんなに楽しくて! 幸せなのに!」

「落ち着けヒイラギ」

「わかってます、わかっているんです! このログアウトボタン押せば、少なくともタケルさんが仰る様にここが仮想現実のゲームだということが判明するということは!」


 憩いの公園利用者から向けられる視線が痛くなったので手を引いて移動する。


「でもですよ、タケルさん! もし、あなたが暮らす現実世界で目の前にログアウトボタンがあったとしたら、押せますか? 今現在自分が現実だと思っている世界が実は仮想現実の世界でしたという証明になってしまうボタンなんですよ?」


 想像すれば、それは押せないかもしれない。


「私には押せません。だって私にとってはここが現実なんです。例えば逃げ出したいくらい辛い状況だったら押したかもしれません、でも、いま、私はこんなに嬉しいんです! ここがゲームの中だとしても、例え記憶がなかったとしても!」


 ヒイラギは本当に嬉しそうにえへへと笑う。


「だからこそ、ひとつの懸念があります」


 俺の手をぎゅっと握り締める。

 不安そうな顔になる。

 なんというか感情の幅が広くてコロコロと変わる奴だ。


「ログアウトボタンを押した後のお話です。何も覚えていない場所で目が覚めるわけですよね? そこにタケルさんはいらっしゃらないのですよね? たぶん私そこでパニックになります。自信あります」


 ヒイラギは、ない胸を張る。


「自信満々な顔でいう台詞じゃないな」

「ゲームだとか、現実だとか、どうでもいいんです、ひとつだけ約束さえしてくれたら私はいくらでもこのボタンを押しますよ、タケルさん」


 そして、下から真剣な目で見つめてくる。


「タケルさんの仰る現実の世界とやらに戻ったら、あなたは側にいるんですか?」


 感情表現のひとつとして、涙が流れるなら間違いなくヒイラギは号泣していた。

 涙ぐんだ瞳がゆらゆらと揺れる。


 答えはノーだ。

 当然、ログアウトしてしまえば俺はヒイラギの横にはいない。

 そもそもどこにいる誰なのかも知らない。

 ヒイラギにとってはたった一本の藁。

 それが俺なのだ。

 たった二時間の付き合いだというのに。

 あと一時間の付き合いだというのに。

 名前も素性も知らないというのにな。


「わかったわかった。もう言わない。悪かったな。約束まで、あと一時間ある。次の場所に行こう」

「いえいえ、私の方こそ年甲斐もなく熱く語ってしまったようでお恥ずかしい限りです。あ、もしタケルさんが回想録とかお書きになる場合は今の所はカットしてください。お約束していただければ、セクハラの件は水に流すことにします」


 ヒイラギは熱しやすくて冷めやすいバカだった。


 006


 移動していた足を止める。


「ここが次の場所ですか?」


 時間帯は混雑のピークとも言える。


「ああ、ここはそうだな、クエスト……いや、ギルド……いや、仕事斡旋……ハローワークだ」

「最近のハローワークは遅い時間まで業務を続けているのですね。あの、このたくさんの人だかりはつまり日雇い労働者の方が集まっているのですか?」


 似たようなものだな。

 ゲーム初心者のヒイラギには説明してもどうせ理解されないと先回りしたは失敗だったか。

 しかし実在しない場所を例えに出してもわかるまで説明続けなければならない。

 実在するものは、この世界が現実だと信じて疑わないヒイラギを納得させる。

 冒険者ギルドのクエスト受付所には、本日の成果を金やアイテムに変えるプレイヤーが集まっていた。


「この世界に来たのなら一度は立ち寄る場所だ、見覚えはないか?」


 経験値が0のヒイラギが冒険者ギルド本部を訪れた可能性は極めて低い。

 だが闇雲に街を歩き回るよりは、可能性は高いはずだ。


 ぼんやりと周囲を眺めるヒイラギは何処か嬉しそうに笑っていた。

 だけど、どこか寂しそうに腕を抱いていた。

 良い思い出と悪い思い出が同時にある場所。

 そんな追憶に囚われた一枚の絵のように。


「何か心に刺さるものがあります。私は、ここを知っている気がします」


 ヒイラギの目は爛々と輝いていた。

 フラフラと何かに誘われるようにヒイラギは歩き始める。

 ビンゴか。いや、まだだ。

 ヒイラギが冒険者ギルドの斜め前にあるオープンテラスになった店に置かれた椅子に腰掛ける。

 慣れた動きだ。

 無意識に座り慣れた席に座る、そんな流れるような動きだった。


「おお、ちっこいの、また来たのか?」


 おそらくその場所をたまり場にしているチームでもあるのだろう、ヒゲ面のアバターの親父がヒイラギに気さくに声を掛けた。


「私はよくここに来ていたのでしょうか?」


 ヒイラギは椅子に座ったまま身を乗り出して親父に顔を向ける。


「あん? どういうこった」


 同伴していた俺に説明を求めるように親父が眉を顰める。


「詳しい事は言えないが、リアルで相当辛い事があったらしくてな、少し記憶が混乱しているんだ、すまんが話を合わせてやってくれないか?」


 小声で耳に入れる。

 大体あっているから問題はないだろう。


「ん、おう、そうか。ああ、ちっこいの、お前さんは毎日欠かさずここに来て、その席に座っていた」

「この席ですか、なるほど、言われてみればそんな気もします」


 ヒイラギは椅子に座ったり感触を確かめたり景色を見たりと忙しい。

 あわよくば知り合いが声を掛けてくるかと思ったが、予想以上の目撃者がいたな。

 この小さいアバターで初期装備の女子だ、目立たないはずがない。

 今日いきなりログインだったらお手上げだったが、ツキはある。

 このままヒイラギの知り合いが現れれば一件落着だ。

 ヒゲの親父に聞いてみたが、挨拶程度はする事はあっても話をするほどではなかったらしい。


「私がここに座っていたのは、いつ頃の話ですか?」

「俺が気付いた時からだから一月は経ってるな」

「一月ですか……それはまた気が長い話ですね」


 なんだと?

 一月もログインしていて経験値が0って、本当にチャット感覚という事か。

 安くない接続料を払っているというのに。

 まあ、VRゲームをどう使うかは人それぞれだが。

 いや、誰かとここで話をしていたという可能性がある。

 自然と頬に笑みが浮かんでくる。

 解決の時は近いのかもしれない。


「私はここに座って何をしていたのでしょう?」

「んん? いや、ただ座ってたな。座って街を眺めていた」

「それだけですか?」

「ああ、それだけだ」


 また、振り出しか。


 飽きもせずにヒイラギは人が増え減っていく光景を眺めている。

 平日の夜、健全なプレイヤーはゲームを終えて次々と落ちていく。

 また、明日というやつだ。


 ヒイラギの傍らに立っていた俺に一人のプレイヤーが気付いて手を挙げる。


「タケルさん、お知り合いですか?」

「ああ」

「私はもう少しだけ、ここで頑張りますので、どうぞ、お気になさらず行ってください」


 約束の時間まで15分というところだ。

 別に一時間くらい寝るのが遅れても構わない。

 そんな風に思うほどにはヒイラギの事が心配だった。

 だから、たまに一緒に狩りをする女の話も上の空だった。

 俺に対して気を使っているのが見え見えだったというのもあるけどな。

 だけど、不思議なことに、あれほど腹立たしかった胸の奥に巣くうムカムカも感じていなかった。


 あのバカの相手をしている内に、記憶喪失が感染でもしたかのように、怒りとか寂しさとか不信感とか、どうでもよくなっていた。


 ふと、振り返ると、ヒイラギは何ともいえない暖かな眼差しで俺を見て微笑んでいる。

 胸の奥が痛くなるような悲しげな笑みだった。


 その後に起こった事は、後でひげ面の親父に聞いた話だ。


 俺を見ていたヒイラギは、突然辺りをキョロキョロと見回しはじめた。

 まるで、自分がどうして、何処にいるのか確認するように。

 それから俺を見て目を丸くして、寂しそうに笑ったそうだ。

 その後、すぅっと消えたらしい。

 ログアウトしたらしい。


 俺が女と別れて振り返った時に、消えたヒイラギの場所に光のエフェクトだけが残っていた。

 ヒゲ面の親父が近付いて、呆然と立ち竦んでいた俺の肩を叩く。


「ちっこいのから、言伝てだ」


 記憶、戻りました。

 ご迷惑をお掛けして申しわけありませんでした。

 ありがとうございました。


 それっきり、ヒイラギに会うことはなかった。



読んでいただきましてありがとうございます。

楽しんでいただけましたら幸いです。

ブクマと評価、ありがとうございます。滾ります。

では、失礼しまして。

もし、気に入っていただけたり、続きを読んでみたいと思われましたら、ブックマークとこの下にあります評価の入力をお願いします。(評価感想欄は最新話にしかないそうです)

感想もお待ちしております。続きを書く励みになります。

よろしくお願いします。

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