第1話
MBSラジオドラマ短編小説賞用に書きました。僭越ながら、語り部は諏訪部順一さん、相方に内田彩さんの声を脳内変換してお楽しみください(笑)。
001
ヒイラギはVRMMOゲームプレイ中に記憶喪失を患った煩わしい少女である。
現実世界でも発症すれば混乱の極みに違いない記憶障害であるというのに、ブレインマシンインターフェイスを利用した完全没入型仮想現実にログイン中、記憶をなくしてしまったヒイラギの慌てっぷりはそれはもう煩わしいものだった。
「タケルさん、それはちょっとひどい扱いではないでしょうか? 記憶喪失に陥ってしまった薄幸な女に対して煩わしいという表現はいかがなものでしょう。いくら温厚な性格らしい私でも少しオイコラと思ってしまいますよ?」
もうその台詞を聞くだけで煩わしさがじわじわと伝わってきている。
腰に両手を当ててほっぺをぷっと膨らませた顔を見せた後、ポンと手を打ち鳴らして、えへへと笑う。
「ふむふむ、言葉使いは丁寧ですが無遠慮で、性格はおっとりとした世間知らずなお嬢様。どうやら私の思い出せないパーソナリティーを要約するとそんな感じだと思っていただいて問題はないようです」
そんな願望が入り混じった推測で大丈夫なのか?
知的であるのかバカなのか判断に迷う。
あまり医学用語に詳しいわけではないが、逆行性の部分健忘というやつだ。
ある時点から前は、思い出せる記憶とそうではない記憶が混在している状態。
具体的には、ゲームにログインする前のヒイラギ自身に関する記憶がどうしても思い出すことが出来ないらしい。
よほど自分のことで忘れてしまいたいことでもあったのだろう。
「気付いたらこの街に立っていたんですよ」
ヒイラギは首を振りよく動く大きな瞳で街を見回す。
何か記憶を思い出せるきっかけでも見つからないかと探している。
フルダイブ型のVRだ。多少の違和感はあっても現実世界と乖離した時代設定ではないゲーム内容だから風景に齟齬はない。
マニュアルを読まずにログインして、ゲームの遊び方を説明してくれるチュートリアルもすっ飛ばし、始まりの街に立たされれば現実と思い込めなくもないクオリティ程度はある。
記憶を失ってからログインした訳ではないのだから、何か棘程度にでも見つかればいい。
そんな俺の淡い期待にヒイラギのポンコツの脳みそは応えてくれなかったらしい。
「んー、さっぱり見覚えはありませんね。さあ、次に参りましょう、タケルさん」
元気よく片手を上げて飛び跳ねるように歩き始めるヒイラギの姿を眺めて、もう馬鹿馬鹿しくなって何度目か数えるのもやめた溜息を盛大につく。
ヒイラギは、おそらく人類で初めて頭痛で人を殺せるような逸材だった。
どうしてこんな女に関わってしまったのか。
どれだけ思い返しても、別に神の悪戯も女神の祝福も想起させるような事柄は何もないごく平凡な特に代わり映えのしない、いつも通りの日常だったはずだ。
002
仕事を終えて帰宅していつものようにログインすると街は妙に慌ただしかった。
正直な所、少しゲームからは遠ざかろうかと思い悩む節もあったが、習慣というのは恐ろしい。
気が付けばログインしている行動に自嘲気味だ。
「申し訳ありません、警察か病院に連絡をしたいのですが、スマホがないので公衆電話の場所を教えていただけないでしょうか?」
一人の少女がざわめく人込みに向かって懸命に訴えかけている声に耳を傾けてしまった自分を過去に戻って引き止めたい。いやむしろ称賛を送りたいの間違いか。
勿論、誰一人としてまともに取り合う者はいなかった。
それもそのはずだ。何せここはVRゲームの世界。
ゲーム内で何かあったのなら、まずは運営に、ゲームマスターにコールすればいい。
現実世界で何かあったのならログアウトして連絡でも何でもすればいい。
ゲーム内に留まって現実世界の話を声高に叫ぶなどマナー違反も甚だしい。
集まっているプレイヤーも野次馬程度の対応しかしていない。
いつもなら無視して通り過ぎていた。
足の動きが一歩遅れたのは必死になって訴えかけた後の少女の仕草が気になったからだ。
うつむき加減でショートボブの髪を指でくるくると巻いた後、前に垂らして目を隠す。
考え事をしている事を気付かれて照れ隠しに目を隠す仕草をする同僚が会社にひとりいる。
別に珍しい癖というほどでもないが良く似ていた。
だからだろう、目が合っても逸らせなかった。
「あの、そこの背の高いお兄さん」
まっすぐに少女は俺に突進してきた。
合わせたカーソルに反応して浮かぶ名前はヒイラギ。外見は中学生くらいの少女だ。
髪の色は黒で、あどけない顔には勿論見覚えはないし、同僚とも似ても似つかない。
外見は、アバターだから弄り放題なので判断材料にはならないのだがな。
習慣という奴だ。
「ぜひ、私のお話を聞いていただきたいのです」
真剣な顔つきで下から覗き込んでくる。
また背が低いアバターだな。
女子は小柄の方が受けがいい。
嫌な言葉が脳裏をよぎる。
「誰だ、お前」
「はあ、私はいったい誰なのでしょうか?」
予想外の質問に面食らう。
「知らん。俺に聞くな。どうして俺に聞く?」
どういうことだ?
これは何かゲーム内で有志が考案したドッキリ企画なのか?
慌てて周囲を見回しても皆苦笑を返してくるばかりでまるで反応は薄い。
ご愁傷様という態度だ。
「はあ、そう言われればそうですね……何故かお兄さんの面影にどこか私の失われてしまった記憶に響くものがあるのです」
迷惑な。
「しかしこれも何かの縁です。よろしければ私のなくしてしまった記憶を探すお手伝いをしていただけないでしょうか?」
「記憶喪失なのか?」
「ええ、まあ。そのようです」
「病院行け、病院」
「行きたいのは山々ですが……でも、お兄さんと出会えましたので、病院は後にしますね」
どんな理屈だ?
記憶喪失を自称するくせにやけに落ち着いた態度と馴れ馴れしさだった。
「記憶をなくした者に知己はいないから偏見かもしれないが、普通もう少しこう不安や焦燥に駆られるものじゃないのか?」
「そうですね、自分でも不思議です。もう少しこう、記憶喪失ってパニックになるものだと思っていたのですが、意外と落ち着いている自分に逆にびっくりでパニックになりそうです」
ヒイラギはにっこりと笑うと悪戯っぽく上目遣いを送ってくる。
「案外、お兄さんと一緒だという安心感からかもしれませんよ?」
なんだその殺し文句は。
現実世界で言われたのなら見た目の年齢はさておき少し舞い上がっていたかもしれない。
だがここはVRゲームという虚構の世界だ。
姿も声も性別すら変えることが出来る。
最悪、俺よりも年上のおっさんが内心ニヤつきながらからかっている可能性もある。
つい最近嫌というほど思い知らされたからな。
思い出すのも腹立たしい。
「お前、歳はいくつだ?」
「ええと……わかりかねます」
ポロッとボロをだしたりはしないか。
だが、意識がある程度表にあらわれてしまうフルダイブ環境では女のふりをするというのは至難の技なのだ。仕草に男らしさや女らしさがどうしても出てしまう。
その意味ではこいつは女か男なら女を自称する輩だろう。
「男なのか? 女なのか?」
「失礼な質問ですね、どうみても女だと思いますが?」
「ここはゲーム内だ、外見などアバターでどうとでもなる」
「私が記憶を失っている間に世界はそこまで進歩したのですか。あれですか、世界はゲームみたいなものだ、みたいな?」
俺を痛い奴だという目で見るな。
「正真正銘ゲームなんだよこの世界は」
だから俺を可愛そうな奴だという目で見るな。
あと、どうして俺の頭を撫でようとする?
ダメだ、俺の台詞がこの少女の前では痛くなってしまう。
「だが、ひとつ自分の事を思い出すことが出来たな、お前の性別は女だ」
ヒイラギは目を丸くする。
「本当です! 凄いです、お兄さん!」
「あとそのお兄さんと呼ぶのはやめろ」
「私は女だったんですね、なるほどなるほど。あ、すいません何か仰られましたか?」
「……俺の名前はタケルだ」
「これはご丁寧に、私は……」
ヒイラギは頭痛を噛み締めるように顔を歪める。
「ダメですね、思い出せません」
「お前の名前はヒイラギだ」
「タケルさんは、私のお父さんでしょうか?」
なんでだよ!
「背が高くて安心感があって、私の知らない私を知っている所がマイファーザーっぽくて」
さっきから気になっていた部分だな。
「ヒイラギ、少しいいか?」
「あ、仮の名前はヒイラギで定着したのですね?」
ゲーム内では視線を合わせると名前が表示される。少なくともこの少女は――まあ少女は、名前をヒイラギと定めてログインしているのだ。
「俺の身長だが、お世辞にも高いとはいえない」
アバターの設定でもちろん身長も自由自在だ。
だが実際の身長より大幅に変更して慣れてしまうと実生活に支障が出るのだ。
短時間ならともかくな。
「こんなにお高いのに」
「ヒイラギ、お前の身長はどれくらいなんだ?」
「そうですね……ダメですね、思い出せませんが成人女性として標準的なものであると思います」
少しコツが掴めて来たかもしれない。
「なるほどな、だが、今のお前はちんちくりんだ」
「はい?」
「俺の身長は170だ」
高いとも胸を張れないが低いと嘆くほどでもない。
ヒイラギはポカンと口を開けて俺を見上げる。
「どう見ても2メートル級ですけど?」
「それはお前がちんまいだけだ、相対的にな」
ヒイラギは自分の体をぺたぺたと触る。
「なんということでしょうかタケルさん……胸が……縮んでいます」
「今問題にしているのは身長だ」
「そうでした、申し訳ございません、あまりの衝撃に自分が誰だかわからなくなるほどの衝撃を受けてしまいました」
実際に誰だかわからなくなっているんだけどな。
いや別に俺はこの頭のおかしな奴の言うことを信用したわけではないさ。
「つまり、今の私は……」
「目測で140程度だな」
「つまり、今の私は……」
「見た目は中学生だ」
ヒイラギはくらくらとよろけるとそのまま蹲ってしまう。
記憶はなくとも無意識の内に体が馴染んだ行動が表れてしまう反射行動。
ここが現実世界なら判断できる内容もゲーム内ならではの一苦労という奴だな。
「少なくともヒイラギは身長が170前後の成人女性に近い年齢だということだ」
「おそらくではありますが、モデル並みのナイスバディの持ち主であったと推測できます」
そこまで体型に拘っているという事は、コンプレックスとまではいかなくとも願望があったということなのかもしれないな。立派にしろ貧相にしろ。
「しかし、私の目に狂いはなかったようです!」
見た目はちんまい少女は立ち上がると得意気な顔でふふんと鼻を鳴らす。
「タケルさん、もっともっと私を暴いていってください、その先にきっと見つかるはずです」
「何がだ?」
「私の記憶です!」
読んでいただきましてありがとうございます。
楽しんでいただけましたら幸いです。
では、失礼しまして。
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