拾って欲しい想い
光織さんの小説『昔の自分を捨てたくて』のアンサーのようなものです。
と、言っても連動していなさすぎるのでこれだけ読んでも問題はないでしょう。
ディオも出て来ますがあまり絡んでないです。ごめんね、ディオ君。
彼の人称が変わったのは何時だったか。
確か、何時ぞやの祝勝会の夜だったろうか。
ふと、執務室で彼を見て、そんなことを考える。
「……そう言えば、ヴェール。」
「なあに、ししょー?」
「いつの間に一人称が変わったの?」
自分の目の前で書類とにらめっこしている彼に尋ねた。
「つい、この前まで僕って言ってたけど……」
彼の手がほんの、一瞬止まったことに俺は気づかなかった。
「子供っぽいからって、変えたとか?気にしなくてよかったのになぁ…」
初めて彼と親友が会った時、これでもかというほど、口悪く噛みついていたのに人称が『僕』でそのアンバランスさが微笑ましくなったのをいまだに覚えている。
俺は彼が自分のことを『僕』と呼称するのがたまらなく好きだったのだ。
ちょっと残念、俺がそう苦笑したところで初めて彼が顔を上げた。
「何言ってんのさ、師匠。俺は昔から『俺』のままだよ?」
そう言った彼は綺麗に笑った。
どこか既視感のあるソレは、見ていて胸がギュ、となるような感覚を与えた。
***
彼が俺に似ているところは、自分から見てもたくさんある。
狙撃前に目を閉じること。
左側の的が不得手なこと。
引き金を引いた後に、短く息を吐くこと。
嘘をつくときに、
いつもより綺麗に笑うところ。
これは、親友から聞いた話だが、嘘をつくときに、俺は必ず笑うらしい。
意識したことなんてなかったけど、確かにそうかもしれない、と納得してしまった。
彼も、笑うのだ。
綺麗に。
10も離れている彼に不覚にもどき、としてしまうくらいに。
似て欲しくないものが似てしまった。
そう思った。
***
「今日は非番なんだ。」
久しぶりに俺の部屋で飲みたい。
そう言ったのは、彼だった。
「いい?師匠?」
「もちろん、大丈夫だよ?」
断る理由など、どこにもない。
大好きな、大事な弟子の、家族の誘いを断る理由なんて。
いつもみたいに、ご飯を食べて、お酒を飲んで。
「……ヴェー、ル?」
どれ程経っただろうか?
気づくと、ベッドに押し倒されていて、
気づくと、彼の顔が自分の狭い視界に入る。
「ねえ、師匠。」
何時もよりも低く声が聞こえる。
「な、に、」
「ディオ兄のこと好き?」
「え……」
好き、というのは恋慕の意味だろう。
改めて聞かれると、何と答えていいのかわからなかった。
彼にこんなことを聞かれる、とも思っていなかった。
「……好き、だよ。」
色んなことがあった。
自分自身も、環境も変わってしまった。
それでも、隣に居たいと思ったし、居ていいと言ってくれた。
相変わらず綺麗な感情とは言い難いけど、独占欲に近い恋慕なのだと思う。
「……おかしい、かな?」
「ううん。全然。」
彼は首を横に振った。
「ちゃんと、聞けて良かった。」
そう言って、彼は、
綺麗に笑った。
俺は目を見開いて、俺の上から咄嗟に退こうとした彼の腕を掴んだ。
掴んで、はっとする。
まるで、これではーーーー
「……なあに、師匠?」
彼は今度は妖艶に笑った。
「え……と、」
引き止めたのは紛れも無く自分なわけだが、何と言っていいのかわからなかった。
それでも、何か言わなくては、と思った。
「…隠さないでよ。」
「っ……」
今度は彼が目を見開いた。
「ちゃんと……俺に、教えて?」
そのまま黙っている、と。
突然ぎゅう、と抱きしめられた。
「ししょ……イル、さん……」
久しぶりに名前を呼ばれた。
低く紡がれたそれに、どきりとする。
「ぼくのこと……好き、って言ってくれません……?」
「ヴェール…?」
突然のお願いを、俺はすぐに飲み込めなかった。
「そしたら、ぼく、あきらめられるから……」
その言葉で、彼が隠したいものが何なのかがわからないほど疎くはなかった。
そっか。
彼が抱えていたものは、俺が紐解いたとしても、今の俺にはどうしようもできなくて。
泣きたいのは彼の筈なのに、俺の視界が滲む。
俺に泣く資格なんてないのに。
「ヴェール……すき、大好き。」
嘘じゃない。
本心だ。
でも。
彼の『好き』とは違うのが明白で。
こんな言葉しか返せない自分を心底恨む。
ほろり、と溜まっていた水が零れた。
「愛してる……イルさん……」
言われたことのないその言葉は、あまりにも切なく響いた。
***
「電気もつけずに、どうした?」
親友がそう尋ねてきたのは彼が帰ってきて少し経ってからだった。
ベッドにうつぶせになったまま俺は首を横に振った。
「……イル。どうした?」
具合でも悪いのだろうかと彼が俺のベッドの淵に腰かけて心配そうに尋ねた。
「……ディオ。」
「ん?」
「…ヴェールが、一人称変えたの気づいてた?」
俺の中での仮説はあくまで仮説にしか過ぎなくて確証はどこにもない。
でも、誰かに吐露しないと俺は彼に顔を合わせられないような気がした。
「……ああ、」
親友は少し間を開けて答えた。
「…どうして、変わったのかも、わかる?」
「なんとなく、な。」
俺は初めて親友の顔を見た。
親友は珍しく眉を下げて困ったように笑った。
「泣いたのか、お前。」
「泣きたいのは、おれじゃないのにっ……」
泣きたいのは、苦しいのは、彼の方なのに。
「じゃあ、泣くな。」
親友は俺の目元を指の腹で拭った。
「ヴェールのことを思うなら、泣くな。普通に接してやれ。お前が引け目を感じるな。」
言っている言葉は厳しいのに声の色は優しい。
「ヴェールは餓鬼だが馬鹿じゃない。何を言われたのか知らんが、ヴェールはお前を泣かせたかったわけじゃないことくらいわかるだろう?」
彼は俺を困らせたかったわけじゃない。
だから、お前は困るな。
普通にしていろ。
そう言いたいのだろう。
「……俺、最低だ。」
「……お前が最低なら、俺も同じくらい最低な男だよ。」
親友が頭を撫でて腰を上げた。
「目、腫れるぞ。風呂行こう。」
彼は俺の気持ちを多分嫌というほど理解している。
親友は何が在ったのかなんて一切聞かない。
2人の優しさに甘えている自分に、
心底嫌気がさした。
***
「しーしょう!書類、持ってきたよ。」
次の日の夜、彼はいつも通り執務室に来た。
「あ、ああ。有難う。確認するからちょっと待ってて。」
何事もなかったかのようにいつも通りにソファに腰を下ろす。
「……ねえ、師匠。」
「ん?」
「昨日のあれは、気にしないでね。」
まさか、彼の方から振ってくると思わなくて、書類の手が止まった。
「俺は、師匠のことどうにかしたいわけじゃないから。ディオ兄のことも大好きだし、大切だから。」
だから、気にしないでね?
彼は真顔でそう言った。
「……ヴェールは、大事な家族だから。昨日の言葉に嘘は、ない、からね?」
軽薄な嘘だと思われたくなかったゆえの発言は言い訳じみていて、こんな言葉しかはけない自分に心の中で舌打ちを打った。
「勿論。わかってるよ。」
彼が持ってきた書類にサインを記す。
「はい、どーぞ。」
「ありがとう。あ、そうそう。」
書類を受け取ってソファから腰を上げた彼が思い出したかのように口を開いた。
「ベッドの上で腕掴んじゃうとかそう言う無防備で可愛いことはディオ兄以外にはやっちゃだめだからね?」
彼がにやりと笑った。
「うっ……かわいいとか、言うな……。」
「ディオ兄には言わないでよ?俺殴られちゃうから。」
じゃあね、そう言って彼は執務室を出て行った。
「……ごめん。」
こんな俺を師匠だなんて。
君の言葉には何一つ返してあげられないのに。
でも。
願ってもいいなら。
俺が、この俺が望んでもいいなら。
どうか。
「彼がこれ以上、想いを捨てませんように。」
イルがすごく嫌な男に見えて仕方がありません。ごめんなさい。
三角関係と呼ぶには安易な気がします。イルはディオとヴェールを選べません。違うベクトルで大事なので。
でも、多分ですがディオやヴェールから見るとそうじゃないんだと思います。
書いてて、苦しくなりました。
これでよかったのだろうかと思ってなりません。
イルとディオがくっつく世界と、イルとヴェールがくっつく世界と、ディオとヴェールがくっつく世界(あるのか?)とあればいいのにとか思ってなりません。
個人的な願望としてはこの前後でヴェールとディオが会話をしていればいいなあと思いながら書きました。
言うだけタダです。www
次は何を書こうかなあと思っている次第です。何かあれば言ってください。