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図書館の君

図書館の君

作者: ひこうき

 真っ黒なショートカット。裸眼で問題のない真っ黒な瞳。ぽってり気味の唇に。先の丸い鼻。赤くなりやすい頬。

 自分の顔を説明するのに苦労する典型的な日本人顔で、身長157㎝の中肉中背のこれまた平凡な外見。

 


 特に苦労することなく高校まで進学し、友達とおしゃべりしたり趣味である読書をして過ごすことが何より楽しい。

 それまではそんな毎日がなにより幸せに満ちた生活だと思っていた。

 

 


 私は昼休み、友達にお弁当を託すと本をいくつか抱えて図書館へ向かっていた。

 放課後はすぐに部活へ向かうため、お昼休みに図書館へ返却を済ませ、待ち望んでいた予約本を借りておきたかった。

 

 友達を待たせているので、小走りに図書館へ駆け込み、カウンターに立っていた線の細い男子学生に予約の本について尋ねた。

 彼は慣れたようにパソコンを操作してしばらく画面をを覗き込むと、書庫から取ってきたら声を掛けるから待っててほしいと言った。

 

 私は了承し、カウンターを離れた。

 いつもならまっすぐ小説コーナーを回るのだが、ついついたくさん借りたくなってしまうので、少し奥まった場所にある百科事典コーナーでも回ってみようか、と図書館の奥へと足を向けた。


 私の通う学校は一般的な学校よりも図書室が非常に広く、辞典コーナーは一般的な国語辞典や広辞苑から名字辞典、園芸植物百科事典など、マイナーなものまでそろえられている。しかし、その使用頻度の少なさから少し奥まった場所にひっそりと並んでいるのだ。

 

 静かな図書館では、ほんの少しの物音でも立てることが憚られる。

 学校指定のスリッパの音をたてないよう、辞典コーナーへ近づいていくと、かすかに物音が聞こえた。

 このコーナー使ってる人いるんだなあ、とぼんやり考えながら先に来ている人の邪魔にならないようにそろそろと近づくと、複数の人が話をしているようだった。


 邪魔じゃないかな、と一層ゆっくり近づくとそこは。



「何してるんですか?」

「――!」

 耳元で囁かれる低い声に肩を飛び上がらせて振り返ると、書庫に本を取りに行ってくれていた図書委員の男子生徒だった。


 予想外に近くにあった顔と、今まで見てしまっていた光景に声も上げられずにいると、私が止める間もなく彼はひょいっと本棚の陰から私が見ていた方向を覗く。


「あー……」

 彼の視線の先には2人の男女。

 隠れて抱き合い今まさにキスの真っ最中に出くわしてしまっていたのだった。


 私の赤い顔の理由に納得した彼は私の方をみてくすりと笑った。

 今まで気にかけていなかった図書委員の男子生徒が思ったよりも顔が整っていることに気付いた瞬間、まじまじと顔の造作を観察してしまう。



 陶器のように白い肌。すこし神経質そうな細い鼻筋。

 銀フレームの眼鏡の奥には黒い睫毛にふちどられた二重の目。

 真っ黒な髪は校則ぎりぎりの長さだが、短く整えれば爽やかな印象にになるだろう。 


 まじまじと見とれてしまう私に彼はふっと笑みを引っ込めて真剣な表情に変わる。

 そしてそのまま今もなおいちゃつくカップルに向かって息を吸い込んだ。


「こちらが辞典コーナーです。奥まってて行きにくいですよねえ」

 ちょっと白々しい声で彼が言うと、カップルは夢が覚めたように体を離し、棚の陰に立つ私たちに気づくことなくもつれあうように辞典コーナーの棚から去っていった。


 ほう、と息をつくと、彼はまたゆるりと表情を緩めた。

「えと、ありがとうございました」

「いいえ、佐倉さん、苦手そうですもんね」


 ほんの少しからかいを含んだ言葉に、私は疑問を覚える。

「名前…どうして」

「なんでって、本を借りるとき、学生証借りるから」

「なるほど……物覚え良いですね」


 生徒全員が図書室を利用するわけではないだろうが、ここは一般的な学校よりも図書館が広く蔵書数も多い。そのため、多くの生徒や教員が利用しているのだ。

 そんななか、平凡女子を覚えているなんて、目の前の彼の記憶力は相当なものだ。


「いや、そういうわけじゃないんだけど…まあいいか」

 彼は眉尻を下げると、ぽりぽりと頬を掻いた。


「名前教えてもらえませんか?」

「え、俺?」

「あなたは私の名前知ってるのに……なんかずるいじゃないですか」


 少しむっとした声で言うと、彼はきょとんとした後、ほんのりと頬を赤らめ、顔を背けられた。

 そんなに名乗るのが恥ずかしいのだろうか。


「……一宮」

 たっぷり30秒は経った後、顔を背けられたまま、小さな声で名前が紡がれた。


「いちのみや?」

「数字の1に、宮城県の宮で、一宮」

「名前は?」

「……」彼は難しい表情を浮かべた。

「一宮くーん?」

「ひらがなではるき、です」彼は難しい表情のまま頬を赤らめた。彼は肌が白いから非常によく映える。


「一宮はるきくん、ね。学年は?」

「……2年」彼はさらに顔を赤らめ、絞り出すように言った。

「わお、同じ学年。敬語使ってなかったからよかった」

 そうだね、と答える彼――もとい、一宮はるきくんはなんだかお疲れ顔だった。



「……そろそろ戻ろっか」

「あ、書庫の本取ってきて、私居なくて探してくれたんだよね、ごめんね、こんな奥まったとこに居て」

「ああ、大丈夫。佐倉さんとこうして話せてよかったし」


「それってどういう……」

 こと? と繋げようとする私の言葉を彼が遮った。

「佐倉さんいっつもにこにこしながら本借りてるから、すごい印象的だった」


 それは好きな本借りれるから、口元が緩んじゃうから。

 そう告げようとする前に、さらに彼は言葉を続ける。

「嬉しそうで、借りるときにありがとうございます、って言ってくれるの、ふつーに嬉しくってさ」


 ――かわいいって思ってたんだよね。


 最後の言葉は囁くように、熱い吐息交じりで。

 熱のこもる声に、血が逆流するように指先までじんじんと熱を持ち。頬がほてった。


 彼は目を細めて私の姿に満足げに笑うと、本当に戻ろっか、と言ってさっさとカウンターの方へ歩き出した。

 

 


――私がこのあと、実はすでに外堀が埋まっていて、困惑させられながら甘い言葉で雁字搦めにされてしまうのは、また次のお話。

  

【登場人物設定】

佐倉

 見た目はほとんど文中通り。

 女子の中間をゆくTHE平凡。勉強も運動も上の中くらいで、そこそこスペック高め。

 さらに常に笑顔で礼儀正しいので、たまに男子の話題に上がったりする。

 が、それを一宮の耳に入ると面倒なので、佐倉に下心を持って話しかける男子は皆無(そのお陰で自分はまったく恋愛沙汰に無縁だよなあ、興味ないけどね、とぼんやり思ってる)。


一宮はるき

 顔は整っており容量はかなりいい方だが、めんどくさいことも多いからなあ、という理由からいつも銀フレームのメガネをかけている。

 決してクラスの中心ではないが、物静かで知的な雰囲気(めんどくさくて黙っているだけ)から、一部の女子に人気があるが、好きな人(佐倉)が周りにばれているため、近づく女子はいない。

 佐倉のことについてのみ、ブリザードを吹かせることができる。

  

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― 新着の感想 ―
[良い点] 作品の中での恋の雰囲気が伝わってきますね……いいですね。 [一言] この二人の話をもっと読んでみたいな、と個人的に思いました。 縁作りの図書館ですね~。
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