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▲第三章▼△なむさ――――ん!▽

「ねぇ、ネムっち、郵便受けにこんなものが入ってたんだけど」

 プッシードールズに今日は仕事も無く、のんびりとアパートに籠っていた。

 ガキ、ネム、エチの三人は、たまの休日をいかにだらけて過ごすかに全力を注ぐ。

「なにそれぇ?」

 ソファーの肘かけから首だけを放り出して髪が逆立ったエチがガキへ手で催促する。

「なんだろ。なんか真っ黒な封筒に入ってて中は見えないや」

 天井から提げられたアンティーク調のシャンデリアに封筒を透かして見るも、中身は透けず、ガキが指で封筒を弾く。

 シュルルルと音を鳴らしてエチの半開きになった口へと封筒が弧を描く。

「あむ、ホント、真っ黒ねぇ」

 口から封筒を手に持ち替えて、ガキと同じようにシャンデリアへと透かして見るもやはり中身は見えない。

「ねぇ、ネムちゃん、これ開けてもいい~?」

 エチが封筒を人差し指と中指の間に挟んでひらひらと振って見せた。

「あ? なんだそれ。いいぞ開けちゃって」

 回転するデスクチェアに逆向きに跨りながらテレビを見ていたネムが封筒を見もせず許可を出す。

「ガキちゃん、お金だったら山分けね?」

「うん。でも食券だったらアタシに頂戴? もし、ホテルの割引チケットだったらエチにあげる」

 封筒の糊付けされた面を整えられたネイルでピピっと切り開くエチ。

 何が出るかとワクワクした様子でガキが腰を動かし服の尻尾を振る。

 封を切ってエチが封筒を開く。

 くぱぁっと封筒の入り口を指で開いてみると、中には一枚の紙が入っていた。

「……? 手紙?」

 折り畳まれた紙を広げて見れば、可愛らしい便箋に丸々とした文字が綴られていた。

「もしかして、旅行券でも当たった? やったね。アタシ久しぶりに隣の都市にショッピングに行きたかったんだよね!」

 早とちりしたガキが音符マークを浮かべて上機嫌に言う。

「なになにぃ……?」

 手紙の内容を読み上げるエチ。


 ――拝啓

 ――穏やかな蒸気日和が続いております。

 ――プッシードールズの皆様は増々御盛況のことと存じます。

 ――この度は私、マッドボマー・ユナの挑戦状をお受け取り頂き光栄の至りでございます。

 ――つきましては、私の粋狂な『戯れ』にお付き合い頂けないかとお手紙を送付させていただいた次第です。

 ――是非一度、私の作り上げた舞台での一戦へと赴いて頂きたく思います。

 ――筆末となりますが、今一度テレビなどをご覧になってその様をお確かめください。

 ――敬具

 ――マッドボマー・ユナ


「ですって」

「ふーん。お金でも食券でもないならいらないや。エチそれ片しといて。アタシお休みを謳歌するのに忙しいし、めんどくさいからパスね」

 エチと逆側の肘掛けに足をかけて、床に寝そべるようにガキが転がる。

「ねぇ、ネムちゃん? なんかこんなの来たんだけどぉ」

「聞いてたよ。ちょっと貸してみ?」

 壁を蹴ってネムがデスクチェアと共にグルグル回りながらエチの持つ手紙を受け取る。

「戯れねぇ……。それって、今ニュースでやってるこれじゃね?」

 握りこぶしの親指だけ立てて、ネムがテレビを指差す。

『――現場は今も騒然としており! 港での船の運航は一時停止しているようです! 幸い怪我人はいないようですが! 新たな情報が入り次第、随時お伝えしていきたいと思います!』

 リポーターが切羽詰った様子で炎上する港のコンテナを指差してリポートを続ける。

「あ、ここ、この前にネムっちがニーナたちと一戦交えたとこじゃん」

「あらぁ、ホントねぇ。ネムちゃんが今頃ここにいたら危なかったわねぇ」

「一戦交えたってのはそんないやらし意味じゃねえけどな。てか、そう言えばそうだな。いやぁ、あん時思い立って依頼の解決に行ってよかったぜ。本当だったら今日がその日だったからな。オレが怪我人第一号になるとこだった」

 そんな冗談を言いながら三人で談笑してニュースの話題を追う。

 だらけきった三人が虚ろな目でテレビを流し見ている。


「で、なんだっけ、これ。挑戦状?」

「うん。挑戦状」

 ガキが目線だけ移動させて喋る。

「てことは、このコンテナの爆破ってオレたちに向けてやってんの?」

「みたいねぇ」

「……ふーん」

 さして興味のない様子でネムがデスクチェアに顎をつく。

「あ、そうだ。腹減らない? 休みだしなんか作るのめんどくせぇから外に食いに行かね?」

 二言目にはもう爆弾魔の挑戦状は無い物とされた。

「えー、外行くのめんどくさいー」

 仰向けになっていたガキがソファーに足を乗せたままうつ伏せに転がる。

「じゃぁ、お前来なくていいぞ」

 便箋を折りたたんで封筒に入れながらネム。

「やだー、いくー。でもめんどくさいー」

「ガキちゃんのがめんどくさいわねぇ」

「そんなこと言わないでよエチ~」

 ソファーへ乗り上げてエチへと擦り寄るガキ。

「隣の都市まで行くか……」

 重たそうに腰を上げて、ネムが仕度を始める。

「隣の都市!? やったね! 久々の遠出だ!」

 ガキがソファーから飛び降りてルンルンと跳ねまわる。

「ホント、単純だなお前」

「ねぇ、ネムちゃんはメイクしないのぉ?」

「あ、この前の歌舞伎のやつもう一回やる?」

 ガキが悪い顔でネムへと言う。

「お前、あの時のやつは裸で外へ放り出してやろうかと思ったからな」

 ネムがキッとガキを睨みつける。

「ふぇぇ……ごめんよぉ……でもインク落ちて良かったじゃん……」

「あぁ、そうだな。お前が『油性』と『湯性』を読み間違えなければもっとよかったけどな」


 ――あの時ネムの顔へと書かれた落書きは、お湯で落とせるタイプのインクで出来ていた。そのため、最初に顔を洗う段階でお湯を使っていればあの日も仕事へ繰り出すことが出来たのだが、あの日のドタバタでそんなことを確認する暇もなく、アホなガキが字を読み間違えたことにも気づけず、色々な要素が被って悲劇が生まれてしまったのだった。

「ねぇ、そんなことよりネムちゃんはお出かけなのに作業着なのぉ?」

 エチが化粧台でメイクをしながらネムへと問う。

「動きやすいからな。これでいいだろ別に」

「せっかく隣の都市まで行くんだからお洒落しましょうよぉ」

 エチがお洒落を推す理由としては、男を釣ることしか考えてないのだが。

「スカートとか、フリフリとか苦手なんだよ。それに、お前の服じゃ胸元がガバガバなんだよ。なんだその乳。舐めてんのか」

 ネムがエチの服を着ない理由は今挙げた二つだ。

 特に胸元のガバガバ具合は酷い物で、ネムとエチのトップバストの胸囲差は三〇センチにもなる。

「別に舐めてないわよぉ? 先っぽ舐めようと思えば余裕で届くけどぉ……」

「あ、じゃぁ、ネムっち、アタシの服を貸そうか?」

 善意でガキがネムにそう告げるが、

「いや、お前の服はなんか食べ物臭い。あと……」

 言わずもがな、控え目な胸を持つガキの服ですらネムにとってみれば胸元が、緩い。

「ネムっち……」

 ガキがポンとネムの肩を叩く。

「まだ、希望があるよ!」

 最高の笑顔でガキが両手でグッジョブをする。

「うるせぇボケェ!」

 ベチンッと息継ぎする間もなくガキの胸をガチなビンタで弾く。

「いたぁ!」

「これか!? これがお前らのアピールポイントなのか!? あぁ!?」

 ガキの後ろへ回って胸を鷲掴みにしてネムが揉みしだく。

「あ、ちょ、ネムっち、くすぐった、あっはっはっははは」

「くそぉ! どんどんデカくなりやがって! オレにもよこせ! ったく!」

「ちょっと、待ってあはは、あ、そこ、ダメ……あんっ。ネムっち……やめ……」

 徐々に顔が紅潮してきて嬌声を漏らすガキ。

「そこ、弱いか……らぁっ」

「いや、オレ、もう触ってねぇけど……」

 そう言われて胸元を見て見れば、胸を触っているのはネムではなく、

「エチ! なにしてんの!!」

 執拗にガキの胸を弄り続けるエチにガキが後退する。

「ガキちゃんはホント可愛いわねぇ」

 ――「ほほほ」と笑いながらエチが嬉しそうな顔をする。

「アンタのが大きいでしょうが! 自分の揉んでおきなさい!」

「自分の……」

 ガキが恥ずかしさで顔を赤くする。

「ん……はぁ……」

 エチが何やらごそごそし始めたが、一切視界に入れずネムの脱線した話を戻す。

「で、ネムっちはその服なのね」

「おう、仕度できたならさっさと行くぞ」

「はーい。あ、ところでさ、切符はあるの?」


 ――切符。

 彼女たち、及び、その他の住人が各都市を行き来する手段は蒸気機関車か、蒸気船しかない。蒸気機関車は都市内を昇降して運行しており、隣都市を繋ぐ線路は中空に環状に作られ、長い長い旅路を渡り乗り継いでいけばやがてはここに戻って来ることが出来る。

 ただ、難点としては一度の乗車の料金がそこそこの値段を張るといった点だ。

 よって、隣都市に向かう際に一番ネックとなるのが、隣都市へ向かう「そこそこ値段の張る」乗車切符がいるということだ。


「切符なんてものは無い。ついでに金もない」

 ネムがキッパリと言い切る。

「え、じゃあどうすんの? ていうか、なんでお金ないの?」

 切符がないこともお金がないことも、疑問に思ったのかガキが首を傾げた。

「なんで金がないか。色々言いたいことはあるが、例えば一つはお前のその靴だ」

 それは、つい先日ガキが買おうと言っていた新しい靴。

 オーダーメイドで作られ、ネコの耳が履き口にあしらわれており、鉄パイプなどを滑りやすいよう厚底の形が一か所凹んで金属が仕込まれている。

 そんな都市内を走りやすい加工がされたかっこいい靴。

「靴はべつにいいじゃんか! 見てよアタシの靴! あんなにボロボロになって!」

 そう言ってガキが指さした靴は元が靴なのかすら怪しい、擦り切れたサンダルのような無残な姿をしていた。よくもこんなもので都市内を走り回っていたものだ。

 その靴を見てネムは口角を引き攣らせ、改めてもう一つの例えを挙げた。

「よし、じゃあ、百歩譲って靴を新調したのはいいとしよう。一番の問題はそっちだ」

 ネムが指差した先には大量の食器と、食品を包んでいた個包装。他にも紙パックや弁当の容器などが散乱していた。

「一日に! お前は! どれだけの量を食えば気が済むんだ!」

 ネムが泣きそうな顔でガキの肩を掴み訴えかける。

「お腹空いちゃって」

「お前はこれだけ食べて、他にもかなりの量を釣った男に奢ってもらってるだろ! どんだけ食うんだよ! そのくせスタイルはいいって、嫌味か! おい!」

 

 ――日々の家事を割り振った役割分担で、主に料理を作るのはガキであり栄養バランスに関しては彼女に一任してあるが、それを踏まえてネムは十分な睡眠時間と、お肌の手入れを欠かさない。

 ずぼらそうに見える彼女が一番の綺麗好きなのだ。


「ご飯を作るのは楽しいよ。ゲームみたいで面白い。ただ片づけるのは面倒だから」

 ある素材を最大限に活かしてより完成度の高いものを作り上げるのが得意なガキ。それが彼女のスキル向上に一役買っていた。

「……あと、ついでに言うならエチだ」

 ソファーの上で未だに身悶えするエチを指差して、額に手を当てるネム。

「あいつのホテル代が馬鹿にならん……」

「困ったもんだね」

「お 前 も だ よ !!」

「テヘヘ」

 と舌を出してガキがウィンクする。

 それにイラッとしたネムだったが、そこは敢えて何も追求せず黙っておいた。

「つーわけで、今の残金はこちら」

 ガマグチの財布をくぱぁとしてひっくり返すと、硬貨が一枚机の上に転がった。

「わぁ、アタシの一食分」

 ガキの一食分と言えばおおよそ普通の人の一日分の食費なのだが、これでは全くもって足りない。

「切符は……買えないね」

 しょんぼりとした顔でガキが机の縁に目線を合わせて言う。

「そんなわけで、今から『ウテルスパンク』行くぞ」

「またおっさんとこかぁ……遠いなぁ……」

 困ったときはあの人だ。ネムと何か癒着があるのか、他の理由があるのか。

 アホなガキにはわからないが困った時には彼女たちの力になってくれる。

「よし、じゃぁ、休日のプッシードールズ! 出動!」

 アパートの玄関を勢いよく開けて、ネムとガキが飛び出す。

「あ……まってぇ!」

 その勢いを殺すようにエチが呼び止める。

「も、ちょっとで……あっ……ぁぁぁんっ!」

 扉を全開で無駄に大きな嬌声が近隣の住宅の壁で反響してしまう。

「はい、おまたせぇ」

 その反響も止まぬうちにエチが何事も無かったようにガキたちの元へ駆けて来た。

「じゃ、行こうか……」

「……おう」

 エチのこのマイペース加減には慣れたものだが、やはり時と場所は選んでほしいと思う二人なのであった。


         ▲▼         ▲▼         ▲▼         


 標高二〇〇メートル地点。

 ホテル『ウテルスパンク』前。

 まだ朝の早い時間に三人が店へと到着する。

 店の開業は夕方から早朝までなので、店内には明かりが灯っていない。

 不用心に鍵の開いた入り口を入って行くと、ネムが呼びかけた。

「おっさん、生きてるかー」

 ドンドンと事務所の扉を足蹴にして、いつものように中からおっさんが出てくるのを待つ。

 ガチリと鍵が開く音がして、顔を覗かせるおっさん――ではなく、見知らぬ男性。

「あ、どうも」

 と、一言残して頭をぺこぺこ下げながらそのまま店を出て行った。

「ねぇ、ネムちゃん?」

 エチが怪訝な顔でネムに耳打ちをした。

「ワタシ、ずっと思ってたんだけど、おじ様ってホ……」

「おう、ビッチ娘共か。どうした? 仕事は休みか?」

 エチが言い終わる前にのっしのっしとその巨躯を起こしたおっさんがドアから顔を覗かせた。

「う、くさ……」

 ガキが思わず鼻をつまむ。

「ワリィな。今さっきまで色々とあったからな」

 それが何かとは言わないが。

「で、どうした。ここに来るってことは困りごとだろ? 俺に出来ることならなんでもするぞ。あぁ。なんでもだ」

 おっさんが事務所の机を片しながら三人に問う。

「じゃぁ、金くれ」

「ネムっちめっちゃ直球じゃん!」

 躊躇なくネムが言い放つ。

「いくらだ?」

「おっさんも渡すのかい!」

 何も怪しまず金額を聞くおっさん。

「オレたち、隣の都市に行くのに蒸気機関車使いたいんだよ。だからそれと向こうで使うだろうって分くらい見繕ってくれ」

「現金なビッチだなオイ。人にもの頼むときゃ、言い方ってもんがあるだろ?」

 サングラスをずらして僅かな隙間越しにおっさんがネムを睨む。

 その眼光の力に恐れる素振りも見せずネムが続けた。

「あ、そうだ、この間いいもん見つけたんだけど、ここに働きに出せねぇかな? それも、そいつは住み込みで。まぁ、無理っていうんなら諦めるけどよ?」

 ガキとエチは何のことだかわかっていないようで、頭にハテナマークを浮かべていた。


 ネムを数秒見つめておっさんが口を開く。

「よし。いいだろう」

「え!? なに今の!? アタシ怖いんだけど!!」

 不穏なやり取りにガキが不安そうな表情を見せる。

「ねぇ、ネムちゃんやっぱりおっさんってホ……」

「っしゃ! ありがとなおっさん!」

 またエチが言い終わる前に、ネムはおっさんから封筒をひったくる。

 ネムが懐に不穏なやり取りの報酬をしまうと、おっさんはハッハッハと、謎な笑いを浮かべた。


         ▲▼         ▲▼         ▲▼         


 標高二〇〇メートル地点。

『プービック駅』一番ホーム。蒸気機関車「H‐六九」待ち。

 ウテルスパンクから数分歩いて存在する大きな駅だ。そのホームで各々が蒸気機関車が来るのをだらけきって待っていた。

「アタシお腹空いたなぁ。ねぇ、ネムっち、お腹減らない?」

 ガキが腕を組んでネムへと意見を仰ぐ。

「汽車なんて久しぶりねぇ、あ、ネムちゃん~。あの人ナンパしてきてもいいかしらぁ?」

 ガキと同じく、腕を組んでエチがネムへ問う。

「今から飯を食いに行こうって言うのに『何か』食べようとするんじゃない。お前らは一度はぐれるとしばらく戻って来ないからな。探すこっちの身にもなってくれ」

 ネムが、腕組みをする彼女たちの背後にある時刻表を確認しながら言う。

「ネムっちのドケチー、オケチー、オケツー」

「ケチでもオケツでも構わねぇから大人しく待っとけ」

「…………貧乳」

 小さく呟くエチ。

「おい! 聞こえてんぞ、エチ!」

「わざとよぉ?」

「あぁ!? 尚更立ち悪いわ! お前のその綺麗で下品な乳をぶっ飛ばしてやる!」

 振り向きざまにネムがエチ目がけ容赦ないグーパンチを繰り出す。

 そのパンチを軽々と避けるエチ。

 その勢いのまま、避けられた拳がガキに当たりそうになるも、ガキもヒョイとそのパンチを避ける。

 わずか一秒での攻防。避けるだけならまだよかったのだが……。

 この時、ガキとエチは腕を組んでいた。

 それも自分自身で腕を組んでいた訳ではなく、エチとガキとで腕を組み合っていたわけでも無い。二人の間に一人の人物を挟んで、だ。

 サイドから挟まれて両腕の身動きを止められていた人物がいた。

 当然のことながら、両サイドで腕を組んでいる片側が避ければ、振り子の原理でもう片側が前に振り出され、そのもう片方も退いたとなれば、中央に残るのは振り子の軸となった者……。

 ――グシャアッと容赦ない拳が何も訳のわかっていないテミスの頬を華麗に抉る。

 テミス自身には一秒間が、数十秒間の出来事のようにスローモーションで流れて見えた。


「いたいよぉ、いたいよぉ」

 目に涙を浮かべてテミスがその場へ座り込む。

「ネムっちってばヒドーイっ! こんな可愛い子を殴るなんて!」

「不可抗力だろ! お前も男ならメソメソするんじゃねぇよ!」

 理不尽に殴られたテミスに対して尚も理不尽な罵声を浴びせるネム。

「もー、ネムっちは怖いねー? 大丈夫? ここが痛いの?」

 ガキがテミスの頭を撫でて慰める。痛そうに擦っている頬の手をどかして心配そうに顔をのぞき込んだ。

「あぁ、ほっぺが真っ赤になっちゃって。ここ? よしよし……ん~」

 テミスの頭を撫でながらガキが、

「チュ」

 ――キスをして舌先で頬を舐める。

「え、あ……」

 痛がっていたのが嘘のようにテミスが硬直して、何が起きているのか把握しようと困惑する。

「おいおい、ガキ……」

「なによ? こんな赤くなって可哀想に。ネムっちもちゃんと謝り……」

 その行動を無意識に行っていたのか、ガキが――ハッと我に返る。

「にゃぁっ?! あ、ちが、ごめん! これは! そう! 不可抗力なの!」

「不可抗力の意味ちゃんと調べて来い」

 好き放題に男を食い散らかす彼女でも、無意識の行為を指摘されて虚を突かれたのだろう。顔を赤らめて両手でわちゃわちゃと一連の行為を否定する。

「あ……あの、可愛い子を見るとつい……ね? 特に泣き顔なんていろんなとこにキュンキュンきちゃうから……さ……」

「や〜ん。ガキちゃんばっかりズルぃ~、ワタシもぉ~」

 エチがそう言ったかと思うと、先程殴られた所とは全く関係のないテミスの耳たぶをかぷりと咥えた。

「ひっ!」

 驚きと恐怖の入り混じったような声でテミスが小さく悲鳴を上げた。

 身をよじってエチから離れようとするも、エチはガッシリとテミスの肩を抱いて「じるじる」と音を立てて耳を吸い始めた。

「く、くすぐった……ひぃ……」

 こそばゆさから出る笑いを堪えようとするテミスの腕がエチの胸へ深く飲み込まれていた。

「こらっ公共の場でそんなことをするんじゃないっ」

「公共の場じゃないもの。恥ずかしがらずに出ておいでぇ? 誰よりもプライベートな空間から♡」

 耳を吸いながら骨盤、大腿、股間へと手を這わせる。

「……あら? 全然硬くない……」

「いい加減にしろっ」

「あんっ♡」

 ぴしっとエチへチョップし、テミスの脇へ腕を通すと、グイッと上へ体を引き寄せてエチから引き剥がした。

 立ち上がるテミスの股間がエチの目の前まで来た辺りで、エチがズボンに喰らいつこうとするのを回避させる。

「油断も隙もあったもんじゃねぇ……」

「……あら、避けられたぁ」

 しょぼーんとした、エチが自分の唇の周りに指を這わせた。


「……ところでさ」

 これだけ色々なことをしておきながら、今更になってガキがその疑問を口にした。

「なんでペニーがここにいるの?」

 本当に今更感満載のセリフ。

「テミスだよ!」

「わざとだよ!」

 すっかりテンプレと化した押し問答を交わす。

「あ、もしかして非常食かしらぁ? ワタシたちの欲求解消のためのぉ?」

 ――「あらぁ」と嬉しそうなエチ。

「ちっげーよ! この間のコンテナに閉じ込められた一件でコイツには迷惑をかけちまったからな。今回はその罪滅ぼしに誘ったんだよ」

 それを聞いてニマニマとし始めたガキ。

「え? ホントにそんだけ? 一緒にご飯食べたいが為にわざわざ隣の都市にまで行こうって言いだしたんじゃないの? ねぇ、ねぇ? ネムっち、実はそうなんじゃないの?」

「あ、そういうことぉ? ネムちゃんもデートしたかったのねぇ。もしかしてワタシたちお邪魔だったかしらぁ?」

 ――「やーん」と二人揃ってニマニマを加速させて目が『へ』の字になる。

「ううううるせぇ! 罪滅ぼしだって言ってるだろうが! 元はと言えばお前らがニーナと余計なことをしてくれたからあんな目に遭ったんだろ! 本来だったらお前らが謝罪するんだぞ! 無関係な一市民を巻き込みやがって! わかってんのか!」

 ウガーッとネムが唸ってガキたちを追い回そうとした丁度その時。

 ネムの声に合わせるようにホームへ汽車が到着するアナウンスが流れる。

 ――《足元お気をつけてご乗車ください》

「ほら、汽車が来たよ! いえーい! アタシ一番先頭ーっ! びゅいーん!」


 プシュゥウゥウゥゥウ チンチンチンーーと。

 熱せられた鉄が冷める音と、扉の開閉音を鳴らして汽車の扉が開く。

 それと同時にガキが勢いよく車内へと駆けこんだ。

 ――《駆け込み乗車はおやめください》

 おそらく、扉が開いて一番乗りで駆け込み乗車を注意されるのは彼女くらいだろう。

「はい! 隊長! 指定された席を確保しましたーッ! んで、こことここがアタシー、ここネムっち、ここエチね。で、ペニーは余ってるからこっちの棚ねっ」

 ポインポインと座席の上で楽しそうに跳ねながら荷物棚を小突く。

「僕の席もあるじゃないか! なんで荷物棚なのさ!」

 ネムの作業着の裾を摘みながらテミスが抗議する。

「そっかぁ、不満かぁ。じゃぁ、ペニーはみんなの真ん中ねっ!」

 ぺふぺふと座席を叩いてガキが誘導する。

 エチはその間、乗客を見渡していい男がいないかのチェックをしていた。

「……あら」

 ――その中に一人。エチの品定めセンサーに引っかかる小さな女の子がいた。

 幼女に対して反応してしまったことに少し顔を強張らせるも、どことなく覚えた違和感にエチは首をかしげた。

 ……が、すぐに前を通った男性に目移りして、フラフラとその男性の後ろをついてどこかへ行ってしまった。


「はー、やっと落ち着けるぜ。あとはのんびりと座っていれば目的地か……」

 ネムが座席に腰掛けて一息つく。

 ――そう。逆に言えば、一息しかつけないのだ。

「ねぇ、ペニー。アタシと競争しよ! 先に一番後ろの車両に到着した方の勝ちね!」

 座席の背もたれに屈んで、ガキが走り出すポーズをする。

「そんな、駄目だよガキ。静かに座ってないと……」

 テミスの制止など聞くはずもなく、ガキが続ける。

「発車のコールでスタートね! 勝った方が負けた方の言うことを な ん で も 聞くってことで!」

 ニマァっと笑みを浮かべて汽車の発車を待つ。

「おい。オレの安息を奪うんじゃない。人の話を聞け。いいか、絶対迷惑をかけるな。他の乗客同様に大人しく座って到着するのを待て――」

 ――ジリリリリリリ!

 ネムの言葉などお構い無しに発射のベルが鳴ったと同時、スタートダッシュにすべてを賭けていたガキが通路に向かって飛び出す。

 ――はずだった。

 そのベルが列車の発車する合図などではなく、駅に仕掛けられた時限爆弾の着火の合図だとは誰も知り得なかった。


 次の瞬間、轟音を立てて駅のホームを爆風が包み込んだ。

 砕けたコンクリートとひしゃげた鉄骨がむき出しになって瓦礫が宙を舞う。

 強烈な風と散った破片が車体を煽り、機関車が左右に揺れる。

 車内はベルの鳴り終りに合わせ、ほんの一瞬の沈黙の後に騒然となり阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。

 焦燥に駆られた一乗客が車外へ出ようと非常コックを引いて扉を開けるが、粉砕されたホームには降り立つ足場も無く、汽車のレールが駅から離れ、目下に見える海の遥か上空に浮いているだけとなってしまっていた。

 ここは水面から二〇〇メートル。

 落下すれば――一抹の生存に賭けるか死あるのみだ。

 怒号と泣き声の飛び交う中、一つ、いやに甲高い声がどこからか響く。

「いーっひゃっひゃ! 早く発進させないと二発目が来ますよ! さぁ、早く!」

 その車内を突いた煽りに対して、乗客の焦りが加速する。

『はやく汽車を出してくれ!』

『また爆発するぞ!』

 そんな声が漏れ始める。

「発車していいんですね!? 良いと仰いましたね!? それでは発射いたしま~す!!」

 その声に釣られるように誰の判断か、ブシュゥゥゥゥと、蒸気を噴出する音を立てて汽車が前方へ進み始めた。

 いち早く冷静さを取り戻した係員が必死に乗客の落ち着きを図ろうとするも、その地獄絵図は収まる兆しが無い。

「おーおー、なんかすごいことになっちまったな」

 周りが叫び回る中、いやに落ち着いた様子で先頭車両の一番前の座席に座るネムが車窓から吹き飛んだ駅を眺める。

 幸いにも、ホームで待っていた乗客全員が乗り込んだ後のようで、崩れたホームには野次馬を残すのみで怪我人はいないようだ。

「ねねね、ねぇ、ネ、ネム……? こ、これって」

「うーん。爆弾魔か……」

 怯えきったテミスと呆れかえった様子のネム。

「あ? そういや、ガキどこいった?」

 発進の直前まで自分たちの座席の背もたれの上にいたガキの姿がない。

『爆発の原因は何だ! 爆弾なのか!? まさかこの列車には仕掛けられてないよな!!』

『また爆発するんじゃないでしょうね!?』

 車内の乗客が係員へと詰め寄ってひたすらに現状確認をしている中、またあの甲高い声が響く。

「いっひゃっひゃ! 本日は気持ちの良い晴天の中、蒸気機関車『H‐六九』にご乗車頂き、誠にありがとうございます! 皆様お察しの通りです! 現在! この蒸気機関車には、爆弾が複数個仕掛けられておりまーす!」

 その一言が車内のパニックを助長して、叫び、暴れ回る者が出て来た。

「そう慌てないでください! どうぞご安心ください! 爆弾と言っても、そう簡単には爆発致しませんので! そんなことよりも!」

 上ずった声は一息置いた後、声のトーンを落として、

「そんなことよりも。皆様落ち着いて一度席へお座りください。座って頂けないのなら……命の安全は保障しかねますよ?」

 と、告げた。

 その声に、慌てふためけば爆弾を着火されると悟った車内の乗客が、まばらながら、怯えた様子で座席に座り始める。

「さて、自己紹介が事後紹介となってしまいましたが、私マッドボマー・ユナと申します。以後お見知りおきを」

 どこから聞こえるか定かではないその声は、自らをマッドボマー・ユナと名乗る。

「これ、本当にオレたち宛だったんだな」

 ネムが懐から今朝の黒い封筒を取り出してひらひらとチラつかせた。

「な、なんだいそれ?」

 他の乗客同様ビビリ倒した様子のテミスがピッタリとネムにくっついて聞く。

「爆弾魔の挑戦状っ……? っていうのか?」

「えぇ!?」

「あまり大声を出すな」

 驚くテミスの口を片手で押し伏せ、ネムが続ける。

「しっかり俺たちにことを調べ上げた上でストーキングされてたってことか」

 ――チッと舌打ちをして車内を一瞥する。

 その直後、またあの声が乗客へと語りかける。

「今回、私は一つのゲームを提案させて頂き、ある方々に対して挑戦状として送り付けました。敢えて、その名前は公にはしませんが。ご存知ですよね? クソビッチ共」

「癪に障る呼び方だな」

「ゲーム! ゲームだってよ! ネムっち!」

 姿の見えなかったガキが、座席の下から転がり出て来て目を輝かせながらネムの横に飛び乗る。

 正確にはテミスの膝の上へ。

「そんなとこに転がってたのか。ていうかお前、今のこの状況わかってんのか?」

「うん! ゲームってことはアタシたちと遊びたいんだよ! ね! ね!」

 そうではないのだが、とネムはため息をつく。

「勿論さ、ゲームってなったらルールがあるんだよ! ほら聞いてて!」

 ガキが両手でフードの耳に手をかざして、声がよく聞こえるように耳を澄ませた。

 その動きを知ってか知らずか、マッドボマー・ユナは先程のトークに続ける。

「ゲームの内容を説明しますね?」

――まず一つ。この汽車は止まってはいけません。どこの駅にもですよ。止まった時点で全ての爆弾が爆発します。

――次に二つ。燃料切れになった時点でも爆発します。つまりはとにかく止まってはいけないということをご理解ください。

――そして最後、三つ。このゲームの勝敗について。この車内に仕掛けられた爆弾を全部止めることが出来れば私と引き分けです。爆弾が爆発すればそちらの負け。私を捕えるところまで出来たのならそちらの勝ちとしましょう。いかがです?

 そう提案された。

「爆弾解除しても引き分けだって」

「せこいな」

「むしろ縛りプレイで興奮するね」

 ゲームとなってしまった以上、ガキに対する理不尽な命題は全てハンデということになってしまう。その辺りだけ見れば彼女のマゾ精神は面倒臭がりという面を除いて非常に前向きだ。

「いかがと聞いたところで、あなた方に拒否権なんてものは存在しません。それでは早速始めましょうか」

「いっひゃっひゃ。どうぞ御武運を! ゲーム スタートです!』

 ブツンと車内放送のノイズを残して、声は聞こえなくなった。

「ね、ねぇ、二人とも、まさか今のゲームに乗るんじゃないよね?」

 テミスは、そんなことをするはずがないだろうという考えと、反面でこの二人は意気揚々とやりかねないという二つの考えを交えて問いかける。

「え? ゲームでしょ? それならやるっきゃないでしょう!」

 伸びをしてガキがガッツポーズをする。

 それに、と続けるガキ。


「ご飯に遅れちゃうからね。せっかくのネムっちとペニーのデートだから。ぶち壊させたりしないよ」

 そう優しく声をかけるとニッと笑ってみせた。


 ――蒸気を吹きだしながら空中に敷かれたレールを環状線に走り続ける蒸気機関車『H‐六九』

 その中で、彼女たちが見せる――本当のプッシードールズを。

「じゃぁ、ネムっち、ゲームのスターターやって?」

「おう、任せろ。じゃ、ペニー、すぐに終わるからお前はここで大人しく待っとけよ」

 先程までの呆けた顔を、ゲームに輝く瞳を、仕事モードへと据えてネムとガキが顔を上げた。

「……ゲームスタートだ。プッシードールズ」

「出動っ!」


         ▲▼         ▲▼         ▲▼         


 ――蒸気機関車『H‐六九』は十二両編成。

 各都市間を繋ぐその車内は、広々とした空間を設けたクルーズトレイン。

 寝台車、レストラン、小規模なプールまでを完備した動くホテルだ。

 一車両の面積は六〇平方メートル――学校の教室とほぼ同じ大きさだ。

 蒸気をモチーフとしたアンティーク調で飾られた車内は、いかにもな高級感を漂わせている。


 仕事用手袋を装着したネムと、深めに被った猫耳フードのガキ。

 その二人がスタートの合図とともに車内をパルクールで走る。

 ほとんどの乗客は爆弾の恐怖に怯え、車内に設けられた座席か、あらかじめ予約されていた自室に閉じ籠ったままなので心置きなく走ることが出来る。

「しかし、爆弾魔とやらはオレたちに何の恨みがあってこんなことをしてるんだ?」

「さぁ? アタシには全然心当たりがないけど、でも、爆弾魔は少なくともアタシたちのことを知ってるってことだよね」

 天井に張り巡らされた装飾用のダミーのパイプを掴んで、車内に残る少数の乗客を避けていく。

「…………?」

「どしたの? ネムっち」

「いや、後で言うわ。なんかおかしいぞ。この車内……」

 二人は車内に設けられた数段だけの階段をフリップで飛び降りる。

「というか……オレたち二人に恨まれるような心当たりがないのなら」

「エチ……だよねぇ。まったく、いっつもトラブルばっかり起こしてさー」

「お前も大概だけどな」

 そんなこんなの雑談を交えて車内を走りきって最後尾の車両まで到達してしまう。

「おい、エチがどこにもいねぇぞ!」

 ここまで走ってきた主な理由。

 メインはエチの捜索と、道中の爆弾探しだったのだが、そのどちらも見当たらない。

 爆弾の着火までの猶予は燃料次第で割と長い時間があるだろうと踏んだので、多少の遠回りをしてでもエチを見つけ出すのが先決だと思ったのだが。

「あいつ、あれだけ大人しくしとけって言ったのによ!」

 一番野放しにしてはいけない奴を放置してたことに腹が立ち、頭を掻いてネムが眉を寄せた。

「大方、どっかの客室でご馳走になってるんでしょ。寝台車なんて格好のカモだもん」

 ガキが大きくため息をつく。

「爆弾に関しちゃもう既に乗務員が見てるだろうが……。一応、プールの中調べてみるか?」 

「アタシ、嫌」

 ネムの質問に対して食い気味に即答し、嫌悪感全開で自分を抱きしめるようなポーズを取った。

「はいはい。おーい、エチよぉー」

 そんなガキを軽くあしらってネムはプールへと足を踏み込んで行った。


 ネムがプールへと入って行ってから数分、先頭車両の機関車が吐いた煙が最後尾まで靡いているのを窓から流し見るガキ。

「あれ? これ、おかしくない?」

 その煙を見ていてふと疑問が浮かんだと同時、ネムがプールから出てきた。

「これはどうしたもんか……」

「おかえりー。どう? エチいた?」

「いや……」

 と、歯切れの悪い返事をするネム。

「エチどころか人っ子一人いなかった。……けど、こいつがあった」

「うわぁ、黒くて大きくて固くて光っていて強そうだねー」

 その手には、赤と青のコードが切ってくれと言わんばかりにむき出しになっており、括りつけられたタイマーがカウントアップし続ける……あからさまな見た目をした『爆弾』が握られていた。

「って、ネムっち!? なんてもの持って来てんの!?」

 珍しくノリツッコミに回るガキだったが、『それ』は流石のアホでも命の危機を感じる代物のようで、恐怖に身を震わせた。

「タイマーがカウントダウンじゃないところを見ると、タイムアタックでもしてるつもりなんじゃねぇのか? 見る限りじゃとりあえずはコードのどっちかを切れってことだろうな」

「でも、確率は二分の一だよ? もし失敗したら死んじゃうよ」

 ガキが少し距離を置いて、プールの入り口脇に置かれた観葉植物に身を隠しながらネムに言う。

 じっと爆弾を見ていたネムが、徐に口を開く。

「見る限りではな。でもよ、こんなブツがこんな簡単に見つかるか? まるでわざと置いてあったかのような。もしかしてこれ、偽物なんじゃねぇかな?」

「罠ってこと?」

「そ。だからそれも踏まえて思ったことがあるんだがよ。……このプールの中さ。エチどころか、誰もいなかったんだよな」

「…………うん?」

 唐突に人がいなかったことをもう一度告げるネムに、ガキは困った顔をした。

 ――プールに誰もいないとなんだと言うのか。

 その意味を察した瞬間、ガキはネムを止めに入る。

「いやいやいやいや、それは流石にまずいって! アタシたちじゃ弁償できないって! 駄目だよネムっち!」

 ガクガクとネムの肩を揺するが、無表情でネムが爆弾を肩より高い位置へと持っていく。

「金の心配よりも命の心配をしろってこった。仮にこいつが本物だとしてもよ、水ん中放りこみゃ多少は規模も抑えられるだろ」

「ひぇー! なむさ――――ん!」

 ガキが慌てて一つ前の車両に走り込むと同時、ネムがプールの入口上部、換気用に開けられたプール内部に直通する通風孔にへ向かって思いっきり爆弾を投擲する。

 ――ボッ

 と、音がして唸るような閃光と水飛沫をあげながら、燻る黒煙を吐き出して最後尾の列車が連結部分を歪ませ吹き飛ぶ。

 その爆風でガキがボールの如く床を転がっていく。

 衝撃で跳ねあがったプールの列車はレールから外れ、炎に包まれながら海へと落下していった。

「ネムっちぃいいぃぃぃぃぃっ!」

 転がったガキが大急ぎで連結部の扉へと走るが、吹き飛んで風晒しになった扉の先に、ネムの姿は無い。

「そんな、ネムっち……」

 扉から先には何も無くなって、汽車が吐いた煙が遥か遠くに見えるステムパンクと重なって情緒ある景色が映るだけだった。

「…………っ」

 そんなガキの耳に微かにネムの声が聞こえた気がする。

「ネムっち、死ぬ前に何か伝えたいことがあるんだね! 何? アタシ、ネムっちのためなら何でもするよ!」

 誰もいない空間に叫ぶガキ。

 そのガキの足元、歪んだ連結部と扉の縁の間にガシリと手が掛かる。

「ヒィッ!」

 思わず跳ねてしまうガキと同じように必死に何かを掴もうとビタンビタンと床を跳ねる手。

「あ、あわわわわ。ナムサンナムサン! ネムっちどうか成仏してください!」

 跳ね回った手が黒く焦げた扉の枠を掴んで、ズルリとその本体が上がって来る。

「……っつぅ。おい! おまえなぁ!? 助けろよ馬鹿! 死ぬかと思ったじゃねぇか!!」

 亡霊とはならずとも灰で黒く染まったネムがゼェハァと息を切らして床に転がった。


 爆弾を投擲した後すぐに車両を移ろうとしたのだが、打ちどころが悪かったのか、ネムの計算ミスだったのか、思ったよりも爆弾が強力だった。

 爆発すると同時、すぐさま連結部から飛び降り手袋の掌の部分にある隠し爪で、ガキが逃げ込んだ車両下にあるパイプへと身を投げて引っかけていたネム。空中で宙ぶらりんになったとこまでは良かったのだが、列車の下側で鼠返しのようになった車内へ戻るには一苦労だったという訳だ。

「あー、びっくりした。アタシ、ネムっちが死んじゃったかと思ったよ」

 ホッと旨を撫で下ろすガキの頭を叩き下ろしてネムが言う。

「お前、なんなんだ! 死に物狂いのやつにナムサンじゃねぇだろ! 緊張感持てよ!」

 汽車の車輪から発せられる火花に当てられたネムの作業着は少し焦げてしまっていた。


 作業着の炭を払いながらネムが一息つく。

「まぁ、助かったからいいとして、とりあえず一個目の処理が終わったな。一個わかったのは爆弾は思ったよりも強力だ」

「うん。でももうあんなことはしないでね? 命がいくつあっても足りないよ」

 一個目とは言ったが、あと何個の爆弾が仕掛けられているか分からない。

 そこへまたあの声が響く。

「一個目の爆弾処理お疲れ様です! まさか、列車ごと吹き飛ばすなんて思いませんでしたが……。さて、ここでヒントです。残る爆弾は後三つ。すべて解除しても引き分けですから、どうぞ奮ってお探しください! では!」

 そう言ってまた声は途絶えた。

「あぁ!? 三つだと? ちょっと多くねぇか!?」

「ゲームだからね。一個だけじゃ面白くないよね」

 そりゃぁそうだと自己完結するガキ。

「闇雲に探すのも手だが……、何か、知恵がないとな」

「知恵と言えば、エチも探さなきゃね。まぁ、エチに知恵なんてものは無いだろうけど」

「そうだ! それだよ! あいつ先に見つけるほうが重要だ! とりあえずエチを捜しながら先頭まで一旦戻るぞ!」

「はーい」

 爆発で駆けつけた乗務員が一人、無くなった最後尾の車両後を見てあんぐりと口を開けて呆けていた。


 十一両となった蒸気機関車『H‐六九』は、一つ列車を失ったことでまたちょっとした騒動になっていた。が、何故か車内に注意を喚起する声は掛からず、吹き飛んだ列車分だけ速度が上がっていた。

「しっかしまぁ、爆弾魔は一体どこにいるんだ。ここまで来るのにそれらしい影は一つも無かったぞ?」

 人混みを上手く躱しながら一直線に先頭車両を目指す。

「そりゃぁ、爆弾魔が乗客に紛れてたらわかんないよね。木の葉を隠すなら森の中って言うし。あ、色気を隠すならどうすればいいんだろうね」

「隠す様なものか? 色気なんて言う大そうな物は大っぴらでいいんだよ」

「それもそっか」

「と言うかだな、爆弾魔の居場所もそうなんだが、なんでアイツは俺たちの行動が分かるんだろうな?」

「あ、たしかに。案外すぐ近くで見てたりしてね」

 ガキが後ろを振り返るがそのような人物はいない。

「いる訳ないか。そもそもアタシたちについて来られるの何てステムパンクではエチか、自称お嬢様たちくらいの物でしょ? これだけ走ってるのについてこられるなんて到底思えないんだけど」

 仕事柄、普段から飛び回っている彼女たちだからこそ出来るパルクールなのだ。

 普通の人ならばどこかでこけて真っ逆さまになってもおかしくない。

「てことは何か? この爆弾魔は俺たちについて来られる人物。……つまりはエチってことなんじゃねぇか?」

「あはは、まさかぁー」

 冗談っぽく言うネムに対して、冗談めいた返答をするガキだったが軽く考え込んだ。

「……いや、まさかぁ、でもなぁ」

「どうした?」

「今朝の封筒もそうだけど、なんでうちに届いてたんだろうねって思って」

「そりゃ、爆弾魔がオレたちのことを知って……」

 ――「あ」と、ネム。

「そうなんだよ。アタシたちのことを知っているからこそ、先日の港も爆破できたし、自演だったら封筒を用意することもできるよね」

「それでいて、今、姿が見えない。と」

「まさかとは思うけど、エチが犯人なんじゃないか……って」

 あまり考えたくはないが、その線が今もっとも有力となってしまう。

 となれば、エチを見つけることはこの事件の解決へと繋がるのではないだろうか。

「おいおい……。エチ……」

 不安を孕んだ顔をしてネムが確信を持つ。

「こりゃちょっと、マジでやばいやつかもしれないな」


 ――二人が列車の中間、両サイドに複数のトイレが並ぶ車両まで来たときだった。

 片方に寄って走るネム側のトイレの扉が開く。

「あ、ネムっち! 前!」

「あ? うぉっ」

 扉が開いたことに気づかなかったネムは、出て来た人物にぶつかる寸前のところで扉の端を掴み、そこを支点にして前方へと体を投げ出した。

 ゴロゴロと受け身を取って事なきを得たが、危うく一般客に衝突するところだった。

「危っねぇー、オレとしたことがエチのことばかりに気を取られてた。他人様に怪我を負わせたとなっちゃヒーロー失格だぜ」

 片膝をついて「ふぅ」と息を漏らすネム。

「ワタシがどうかしたのぉ?」

「あぁ!? おま……っ!」

 なぜか、そこにはエチの姿があった。

「さっきからすごい音がしているみたいだけど、二人とも大丈夫~?」

 マイペースに話す彼女は、今現在の混乱を全く意に介さない様子でスカートの向きを整える。対して二人は、先ほどの疑念を拭えずにエチを警戒の目で見ていた。

「お前こそ、ここで何してんだよ。ていうかそこ、男子トイレだぞ」

 彼女が出てきたトイレが男性用のお手洗いだったことも疑問に思う。

「え、ちょっと、用事がねぇ?」

 ――「ふふ~っ」と話をはぐらかそうと微笑みながらエチは言った。

「用事って何? エチ何か隠してない?」

「何も隠してないわよぉ? ちょっとお手洗いを間違えちゃっただけでぇ」

「じゃぁ、ちょっと、今出てきた所を確認させろ」

 明らかに、何かを庇うような素振りを見せるエチにネムが迫る。

「あ、待ってぇ」

 慌ててネムを止めようとするエチだったが、ネムが問答無用で扉を蹴り開けた。

 そこには、死んでいるのかぐったりと生気のない顔で壁にもたれる乗務員の姿があった。

「なんてこった! エチ! やりやがったな!」

「どうしたの! ネムっち!」

「こいつ、爆弾魔であることを乗務員に嗅ぎつけられたからって殺しちまったんだ!」

「えぇ!? そんな!? うわ! ホントだヤバイ!!」

「ネムちゃん怒ってるぅ?」

「怒ってるも何もお前! こんなことが許されると思ってんのか!」

「う~、ごめんねぇ? ネムちゃんが食べちゃダメって言ってたけど我慢できなくて……。抜け駆けしてヤりすぎちゃった……」

 すごすごとエチが上目づかいでネムを見る。

「抜け駆けってオレたちは殺人に手を貸した覚えは……って何? ヤりすぎただぁ?」

「やっぱり怒ってる~……」

 ウルウルと瞳に涙を浮かべてぶたれるのを覚悟している様子のエチ。

「いやいや、ちょっと待て。エチ今起きてること理解してるか?」

「だからぁ、二人よりも先に男の人を捕まえちゃったことを怒ってるんでしょぉ?」

「ちっげぇよ! 率直に聞くけど、お前が爆弾魔なのか!?」

「なんでワタシが爆弾魔なのよぉ。失礼しちゃうっ」

 ぷりぷりと腕を組んでエチが怒りマークを飛ばす。

 その拍子に、エチの足元にゴトリと音がして黒い物が落ちた。

「エチ、何か落としたよ?」

「あらぁ? ちょうどいい大きさだったから栓にしていたのだけれど……」

 その落ちた物が、例の「黒くて大きくて固くて光っていて強そうなアレ」だと気づくのにガキは数秒を要した。

「エチ、それ!?」

「トイレの手洗い場にあるラックに置いてあったの~。いい感じのプラグもあるなんてやっぱり高級な乗り物のアメニティはすごいわねぇ」

「お前それ、爆弾じゃねぇか!!」

 ネムが先程蹴り開けた扉をバリケードにして身を隠し、ガキがネムの後ろに隠れてさらに安全を図る。

「やっぱりお前そうなのか!? そんなに殺したいほど俺たちのことを恨んでたのか!?」

「何言ってるのよぉ。……これが爆弾? そう言われてみればなんかそれっぽいわねぇ……」

 身近な者に殺害予告を受けてしまった二人は恐れ戦いた様子でエチを睨む。そんな二人を意に介さず、体液に塗れた爆弾を拾い上げたエチは全体をマジマジと眺めていた。

「でもこれ、動いてないわよぉ?」

「へ? 動いてない……?」

 プールへと投げ込んで爆破の規模を抑えたにもかかわらず、車両を一代丸々吹き飛ばしたソレは、エチのお粗末な使い方によって機能を停止していた。

「そんなことを言ってお前はオレたちを油断させて爆破するつもりなんだろ!」」

 ベットベトになったソレを見せびらかしてこちらに駆けて来ながらエチが言う。

「だーかーらーワタシは爆弾魔じゃないってばぁ。ほらぁ、見てぇ? 動いてないでしょ。やっぱりこれアソコに挿しておくプラグなんじゃ……」

「こっちくんなぁ!! もし仮にお前が爆弾魔じゃないにしても、ちゃんと処理をしろ!」

「処理って言ったって、ちゃんと毛の処理は完璧なのにぃ……」

「いいから早く処分してよエチぃ! アタシ、爆弾魔云々よりも爆弾を持ってそんなにマイペースなアンタの方が怖いよ!」

 機能は止まっているが、体液に塗れたところで爆発しないとは限らない。エチが爆弾魔でないというのならすぐさま片づけてくれるはずだが、未だ悠長に爆弾を手にしている。

 尚もバリケードの裏から抗議し続ける二人に対し、エチはまた怒りマークを飛ばした。

「もぅ~。全然信じてくれないじゃない~。ほら、これでいいんでしょっ」

 そう言って、トイレの窓から爆弾を放り投げた。

 高所から海のど真ん中へと捨てられた爆弾は、汽車が通り過ぎた後に着水して、爆発することなく小さな波紋を残しただけだった。

「はいっ。捨てたわよ。これで分かってくれたでしょ~」

 プンスコと頬を膨らませるエチ。

 そんないつも通りの彼女を見て二人は安堵のため息を吐いた。

「なんだよ……心配して損した。ごめんなエチ」

「わかってくれたなら許してあげる~。ほら、ちゃんと爆弾も処理したのだから、頭撫でてぇ?」

「はいはい。ごめん、ごめん」

 上目づかいで二人に催促するエチの頭をこれでもかと撫で繰り回す。

「結局、エチはいつものエチだったわけね……。あ、ところでさ、ネムっち」

 一息の安堵を得て、ガキがネムへと問いかける。

「さっきさ、もしかしてなんだけど、プールの車両をぶっ飛ばさなくてもさ……」

「それ以上言うな。いいか。オレは爆弾の処理をしたんじゃなくて、爆発の規模を最小限に抑えた。そうだな?」

「でもネムっち……エチみたいに窓から……」

「ネムちゃんよくわからないけど……自首しましょう?」

「……お前ら、車両を弁償するのにいくらかかるか知ってるか? 今日の飯、いや、今後数年の飯を抜きにされたいのか?」

「はい。爆弾処理終わり! さ、次行ってみよーっ!」

 ネムが命を張って守ったことに変わりはないが列車の弁償などできるはずもなく、自分の食事が危機に晒されてると悟ったガキはすぐさま態度を変えた。

「何はともあれこれで二個目の処理が完了したな」


 三人合流して、エチが手を洗い直している中、今一度状況を整理する。

「……で、爆弾は後いくつなのぉ?」

「あと二つ。トイレにまで仕掛けてあったとは予想外だぜ。というか、エチが男子トイレに入らなかったら見つけることすらできなかったかもな」

「男子トイレに仕掛けるなんて卑怯だね。探索ゲーだったら侵入不可領域に隠しアイテムなんてズルズルのズルだよ」

 気を利かせたガキがハンカチをエチに手渡そうとするが、先にネムが取り出した方を優先して受け取る。

「…………」

「あと、二つねぇ。一個目は最後尾のプールにあったんでしょぉ? で、二個目は中間のここぉ。じゃあもう一つはー……」

 エチが言い終わる前にガキが食い気味に言う。

「わかった! 先頭だ!」

「さすがガキちゃん、よくできましたぁ」

 パチパチと手を叩いてエチがガキを褒める。

「珍しくエチが冴えてるねネムっち!」

「いや、先頭ってお前、そんな単純な話か? オレたちは最初に先頭車両にいたんだぞ? どうやって俺たちの目を盗んで一番前の車両に仕掛けるんだよ。あらかじめ仕掛けてあったなんておかしな話だろ。いくら相手が俺たちの跡をつけてたって乗る列車や時間帯何てキップを買った時点で決まるわけだし、ホームで待ったのなんて精々十分程度だぞ」

「ん~、どうやったのかまではわかんないわねぇ。でも、前まで行って、目で見て調べる価値はあるんじゃないかしらぁ? どうせ戻るんでしょぉ?」

 エチがネムへハンカチを返す。そのハンカチは右から左へ横流しにガキへと渡された。

「…………」

「んじゃぁ、ダメ元で先頭まで戻ってみるかー?」


         ▲▼         ▲▼         ▲▼         


 蒸気機関車『H‐六九』一車両目。三人は、元居た座席の所まで戻ってきた。

「お、ペニー。ちゃんと待ってられたな。えらいぞ」

「あ、三人とも、おかえり。さっきすごい揺れがあったけど、ば、爆弾はどうなったの?」

 テミスを含め、車内の乗客のほとんどが今の絶望的な状況に意気消沈している。

 乗客に聞こえぬように小さな声でテミスが尋ねて来た。

「ネムちゃんとガキちゃんがいくつか片づけてくれたらしいから、残りは二つらしいわよぉ?」

「まだ二つもあるの!? というか、いくつかは処理したんだね……」

 ――「すごいや」と力なくテミスが言う。

「むぅ、アタシまだ一個も処理してない……。スコアアタックだと最下位じゃん。ショック……」

 ガキがしょぼくれた顔で座席に座る。

 そんな問答を聞いていたネムは、今の会話に違和感を覚えた。

「なぁ、さっきの声の正体はどこから聞こえてたんだ? ペニーが爆弾の数を知らないってことはさっきのユナの台詞はオレたちだけに聞こえてたのか? んでも、車内放送だったら完璧に俺たちのいる列車だけ特定して放送を流してことになるぞ? そうなるとやっぱり犯人が俺たちの近くにいるってことになるが……」

 後ろを振り返って乗客を確認するも、皆、一様に絶望に満ちた顔をしており、天に願い続ける者もいた。

「わかんねぇな……」

「あのさ、ネムっち。アタシ、ネムッっちが爆弾で車両をおじゃんにした時に思ってたことがあるんだけどさ。一か所まだ見てないとこがあるよ。一番広くて、一番後ろの車両に行くだけならとても速いのに、誰も見るはずがない場所がさ。でも、前に戻るのは後ろへ行くより時間がかかるだろうね」

 最初の発進時のアナウンス。そして、自分たちの至近距離にいるとされるその人物。最後尾まで走っても目撃することはなかったが、逐一近況を伝えて来た。しかし、二個目の爆弾処理の際と、今に至るまでに何もアナウンスがなかった。

 それらの情報から、声の主がいる場所の選択肢は格段に限られてきていた。

「ねぇ、ガキちゃんワタシわかったかも」

「お、エチいいねぇ。ネムっちもわかった?」

「わかったけども。なぁんで、そんな大事なことを言い忘れるかな……」

「ごめんね。ネムっちが吹き飛んで、アタシの記憶も吹き飛んでたみたい」

「つーか、そんなことないとは思いたかったんだがな。三人とも同じ意見っぽいし……」

 三人の意見が一つに纏まる。

「爆弾そのものを探すよりも、爆弾魔を捕まえる方が難易度高いか?」

「かなぁ。勝利条件に『確保しろ』って項目もあるしさ。爆弾魔に残りのアレの場所を吐かせちゃおうよ」

「ワタシは髪が乱れるから行きたくないけどぉ、どうしても行くのぉ?」

「当たり前だろ。本腰入れていくぞ。ここから中ボス戦だ」

 三人が立ち上がって、それぞれの服装を正す。

「じゃあいっちょ行きますかねっ」

 爆弾魔がいるとすればそこしかない。

「汽車の『上』だ」

 自分たちのパルクールについて最後尾まで追って来られたのにも、アップダウンのある車内で走るよりも、直線で走れる屋根の上の方が理に叶っている。逆に先頭に戻る際は風の抵抗と汽車の進行方向における相対速度で前へ来るのは困難になると考えれば納得がいく。

「屋根の上!? そんなところに犯人はいるの!? 三人とも気を付けてね? くれぐれも足を滑らせて落ちたりしないように……」

「もぉ~ペニーはホントに可愛いなぁ。アタシたちの心配してくれるの? よしよし大丈夫だよ~」

「なぁに、ちょっくら上にいる阿保をとっちめてやるだけだ。すぐ戻って来るから大人しくしとけよ」

「じゃぁワタシもペニーと一緒に待って……」

「許すわけないだろ行くぞ。……じゃ、改めて」

「ちぇ~、プッシードールズ~」

「出っ動~っ!」

 非常コックを引いて扉を開けると、三人が汽車から身を乗り出して車外の壁を軽々と登っていった。


         ▲▼         ▲▼         ▲▼         


 ――蒸気機関車『H‐六九』二両目。屋根。

 蒸気機関であるこの汽車はコール(石炭)の他に、電気を通して走ることも出来るのだが、ステムパンク外にある都市で運行する路面電車と違い、電気は線路のレールから供給される。そのため屋根の上は開けており、障害物は何もない。

 湾曲した屋根の上で少しでも足を滑らせれば真っ逆さまだ。

「上はやっぱり、風が強ぇな」

「はぁ……ただ、ご飯を食べるためになんでここまで苦労しないといけないのさー。これがゲームじゃなかったらアタシも今頃エチと一緒で抜け駆けして可愛い子を頂いてたのに」

「ほらぁ、やっぱり髪が乱れちゃうじゃないの~。もぅ~早く戻りましょ~?」

 三人が車外の感想を想い想いに述べた後、前方で悠長に佇む人物へと話のベクトルを向けた。

「風に煽られてこの寒い中ご苦労なことだな。わざわざ俺たちの動向を探るために車両を前後にまで走ってもらっちゃって」

 その人物は口元から覗くギザギザの歯をチラつかせ、口角を上げた。

「いっひゃっっひゃっひゃっひゃ! いやぁ、まさか先に私を捕えに来るとは予想外でした! もう少し爆弾に慌てふためく姿を様子見していたかったのですが、しょうがない!」

 立っていたのはまだ年端も行かない小さな女の子。キンキンと耳障りなほどに高い声で不敵な笑みを振りまき腹を抱える。

 その相手こそが今回の事件の犯人――マッドボマー・ユナなる人物だ。

「まぁ、お前には聞きたいことが山ほどあるんだが、どうせ素直に教えてはくれないんだろ?」

「えぇ! 勿論、何のためのゲームだと思ってるんです? 何をするゲームかルールは理解できてます? さぁ、クリアしてみてくださいよ!」

 ――「ンベェ」とギザギザの歯の間から舌を覗かせて、ユナが中指を立てた。

 刹那、ユナがその台詞を言い終わった直後にエチが踏み込んでいた。

「ワタシたちになんの怨みがあるのか知らないけど、お昼ご飯を食べてからでないとネムちゃんがナンパしちゃダメって言うからぁ、大人しくしててくれない~?」

 ユナのサイドに走りこんでキュッとエチの靴がブレーキをかける。

 腿と地面とが鋭角になるまで腰を落として、掬い上げる様に拳を握り込んだ。

 いきなりのエチの不意打ちにも驚くことなく、笑って腹を抱えたままのユナが背後へと屈して、その胸の前方を拳が空を切っていった。

「いきなり殴りかかってる来るなんてビッチらしく肉弾戦のが得意なご様子で! こりゃ一本取られましたね! いっひゃっひゃ!」

 ユナが背中から地面に伏すと、床を擦って片脚でエチの足を払った。

「ぐっ!」

 重心を崩したエチが肩から落下し、慣性と風の力で後方へと吹き飛ばされた。

 エチへと意識が言ったその隙を逃すまいと、伏したユナに対してガキが跳躍して半身を捻じって膝からユナの腹へと降下する。

「アタシたちのことあんまり舐めないでくれる? これでも毎日動いてるんだから」

「舐めてなんていませんよ。寧ろあなた方は舐めるほうのくせにね!」

 ユナはガキと接触する寸前で首を使って跳ね起きることでガキを避け、起きた反動で後方のエチへとドロップキックをお見舞いする。

 体勢を立て直していたエチの元へユナの蹴りが入りそうになるも、エチは腕をクロスして蹴りのダメージを最小限に抑えた。

「いったいじゃないの!」

 自らの腕を犠牲にして止めたユナの片脚を、掴み取り、車両の外へ向かって放り投げる。

 焦ることもなく地面へと手をついて、ユナが受け身を取って立ち上がった。

「ふぅ、危ない危ない。思ったよりも動きますねぇ? なんです? 日ごろの運動って淫らな行為のことですか? その動きからしてこんな状況下でもシちゃうくらい外ではお盛んなんですかねぇ? いっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ!!」

 そう喋りながら、追い討ちを与えるために走り寄って来ていたガキとネムの蹴り、殴りを避ける。

「二人もいるのに碌にダメージも入らないなんて、もっとしっかり運動をなさったらどうです? 例えば、手足もがれても腰振り続けられる運動とか! 体が粉々になっても抱き締める執着心とかさぁ!」

 ユナが腰元のフリルをピラリと捲り、そこを狙って打ったガキのフックがユナのボディを抉ろうとした寸前でピタリと止まった。

 その瞬間を見逃さず、ユナが真っ黒なヒールでガキの顎を蹴り上げた。

 バギィ! と痛々しい音がして、唇を切ったガキが受け身を取って床に転がった。

「なんで殴っちゃわなかったのよ、ガキちゃん!」

「っつ~、アタシ見えちゃったんだよねぇ……。あれじゃ手が出せないよ。攻撃したら道連れにしてくるタイプのボスと一緒だー」

 攻撃に走らず一連の動きを見て身構えていたネムがユナの腰元を睨んで言う。

「やっぱそうか。仕掛けられてる爆弾の内の一個はお前が持ってるな」

 ――「おぉ」とユナが感嘆の声を上げた。

「ご名答です。いっひゃっひゃ、よくわかりましたね?」

 先ほどチラつかせた腰のフリルを再度捲って、ユナがニヤァと口角を上げた。

「そうです。本当は他の爆弾を処理して、私とのラストバトルでこの一個を盾にしてビッチたちを絶望に誘おうと思っていたのですが、どうにもビッチたちはとんでもない早漏らしい。だからこそ、まさか先に私を捕まえに来るとは、と思った次第ですよ」

 その腰にはこれまでの二つよりも二周りくらい大きな爆弾が括られていた。

「私を捕まえた後、最後の最後に二者択一。私諸共爆破か、私を見逃すか。はたまた第三の選択肢なんて物を見せつけてくれるのか。どんなクリアの解法を見せてくれるのか。とても興奮するでしょ? いっひゃっひゃ!」

「その選択肢からして、お前が爆弾を括ってる限り俺たちに勝ちは無いってか?」

「選択次第では勝ちも無けりゃ、私を捕まえる価値もないってね! まぁ、この場で私を捕まえて爆弾を解除出来た所で、残る一つの爆弾はどの道ドカン! でしょうけど」

 自分の爆弾がこのゲームのキーになることを望んでいたのか、爆弾がまだ一つ残っていることに不機嫌そうな顔でユナが告げる。


「なるほどな、そりゃぁ、ゲーマーからすればすげぇ熱い展開で面白いな。ウチのガキちゃんがさぞかし喜びそうだ。あ、そうだ。ガキと言えばお前、顎は大丈夫か? さっきものすごい勢いで蹴られたけども」

「うん! 大丈夫! ちょっと唇の端が切れて痛いくらい! 口の中まで切っちゃったらこの後のご飯がおいしくなくなっちゃうからね。それさえないならオールオッケーだよ!」

「それとエチー、お前、栓してるの前だけじゃねぇな?」

「あらぁ、ばれちゃってたぁ? やっぱり動きに出ちゃうものねぇ」

 そう言ってエチが立ち上がり、お尻の当たりをもぞもぞと弄る。

「だろうと思った。そんなおちょくってちゃぁ、オレたちを本気でりに来てくれている相手にも失礼だろ?」

 ユナは勝ちを確信して三人に誇らし気な顔を見せていた。

 だがそれに反して、ネム、ガキ、エチがさも余裕があるかのように会話を交わす。

 そのふざけた会話の内容にユナが顔を歪めた。

「『俺』が有利なこの状況で、何を悠長に話してるんですか!?」

 先ほどまでの甲高い耳障りな声が、突然ハスキーな声色になった。

 三人はそれに驚く素振りもなく、それどころかガキの顔には歓喜の表情が伺える。

「あらぁ、やっぱり貴方、男の子だったのねぇ。可愛らしい恰好をしているものだから女の子だと思った。汽車に乗った時にワタシの好みにビビっときたからおかしいとは思ってたのよねぇ~」

「エチ、知ってたの? アタシもさっきスカートの中から香しい匂いがすると思ってたんだよね。んっふっふー♪ しかもだよ、アレ男の子は男の子でも『男の娘』(おとこのむすめ)だよ! すごくレアだよレアっ! やっぱり近づいて確認しておいてよかったぁ!」

「よかったわねぇ。ガキちゃん」

 ユナと戦闘を繰り広げていた二人。

 その二人の目的は最初からユナを拘束することではなく、性別がどちらなのか確認したかっただけなのだ。そして、いざ性別が男だと確信した瞬間、急に目を輝かせてキャッキャと跳ねて両手を恋人繋ぎの様に組み合う。

「どこまでもふざけたことを……っ! わかってるんですか!? 俺の腰には爆弾があるんですよ! これ一個でこの列車諸共木っ端微塵にすることだって可能なんですよ!」

 ユナは自身のポケットから爆弾の起爆スイッチのようなものを取り出し三人を脅す。

「そんなぁ! 死んじゃダメだよぉ! せっかくの男の娘なんだからさぁ!! せめて味見だけでもさせてよ!」

 ものすごく残念そうな顔でガキが叫んだ。

「どこまでもふざけた態度を取りますねぇ!! ぐ、ぐぐぐ……お前ら纏めて地獄送りだ!」

 スイッチを握り込み、起爆させようとする。

「っく……!」

 流石の爆弾魔も自分に仕掛けた爆弾がゼロ距離で爆発することには躊躇いがあるようで、一瞬の迷いを見せた。

「なんだ。やっぱり爆弾魔と言ってもそういうことかよ」

 意味深な一言の後、バゴンッと汽車の屋根を蹴ってネムがユナの元へと急接近する。

 相対速度もあってその加速具合はかなりもので、近づいたネムの顔に目を丸くしたユナ。

 その手からスイッチだけをピンポイントで狙って蹴り上げる。

「痛ぅっ!」

「ユナ。お前はさっきオレたちがふざけてると言ったな。いいか? オレたちはこんな馬鹿げたゲームにも本気で挑んでるんだ。もし、お前にオレたちがふざけてるように見えたんなら、お前はまだまだ青い、未成熟で旨味もないチェリーボーイだ。オレたちは生きるってことに生半可な気持ちで生きてない」

 そう言ってネムがユナの腕を掴んで足元へと滑り込んだ。

 股下に腕を引かれたユナが、バランスを崩して顔面を地面に打つ。

 鼠蹊部の間を抜けて背中に回ったネムは、転倒して尻を突き出す体勢になったユナの背中へ全体重を掛けて乗り上げた。

「オレたちは『生きていたい』んだ。そりゃ危ない橋を渡ることだってあるし、その結果で死ぬことは怖い。だが、だからと言って何にも挑戦しないなんて人生はつまらねぇ」

 蹴り上げて宙を舞った起爆スイッチは慣性を得てまた同じ手元に落下して来た。

「だからオレたちは欲望のままに生きる。楽しいこと、辛いこと、すべてひっくるめて欲望に忠実にだ。いいか。覚えておけよ。オレたちはクソビッチじゃない。このふざけた世界で欲求のままに生きる合歓、餓鬼、愛知の三人で『プッシードールズ』だ」

「こうなってしまっては手も足も出ないですね……。良いお仕事をなさるじゃないですか」

 風が強く吹く蒸気機関車『H‐六九』の屋根の上、三人の少女の活躍によって、爆弾魔マッドボマー・ユナが起こした爆弾魔事件は静かに終わりを告げた。


 ――ように思われたが。


「ぐ……ただね、ゲームはまだ終わっちゃいませんよ。お忘れでしょうが爆弾はまだあと一つ残ってますから! お前らがその爆弾を見つけない限り、この汽車はじきに爆発するんですよ!」

「……だってさ」

 落ち着いた様子でガキとエチへと語りかけるネム。

「ふーん。そんなことよりさ、ネムっちアタシ、この子欲しい」

 爆弾のことなど構いもせずガキが言った。

「そんなこと!? あなたたちはこの汽車が爆発してもいいって言うんですか!」

「ゲームの話でしょ。忘れてないよ。アタシ は 爆弾を君の一個しか処理出来ないから結局このゲームは他の二人のうちどっちかがクリアするのかな。でもまぁ、結果的にゲームをクリアするよりも満足のいく報酬が『食べられる』ならそれでいいや」

 そう告げながらガキはポケットからロープを取り出してユナの手足を縛りあげ、スカートを脱がして爆弾の括られたベルトを外し、汽車の上から投げ捨てる。

 一瞬で爆弾の処理は完了し、あっという間に下着一枚となったユナをガッチリとホールドして耳元で囁いた。

「じゃぁ、男の子で男の娘な君に、君の言うビッチな女の子ってやつの良さを教えてあ・げ・るっ――いただきまーす」

「ちょっとお待ちくださいよ。いっひゃっひゃ……もしかして、もしかしてもしかして! いやだイヤだ嫌だ! こんなビッチに! 俺が!」

 ガキは獲物を狩る様な笑顔を見せユナの頭を撫でた。

「あっれぇ? 君もしかして初めてかな? 大丈夫だよぉ〜アタシがちゃんと手解きしてあげるから。アタシ、こんなに開放的なとこでヤるのなんて初めてだなぁ! いーっぱい楽しいことシようね!」

 その肉欲に従順で理性の吹っ飛んだ顔に、ユナは言葉にならない言葉でパクパクと口だけが動く。覆い被さる女性の恵体にゆっくりとユナの視界が暗転していき、彼の操は儚く終わりを迎えていくのだった。


「……はぁー疲れた。そろそろ眠気が襲ってくる頃だぜ。戻ろうぜエチ」

「勿体ないけれどあの子はガキちゃんにあげることにするわ。その代わりワタシも早く違う子が食べたいな~。ね? ネムちゃんもでしょ?」

「いや、お前さっき既にトイレで……まぁ、いいや。これで課題の一つは終わったな」

 二人の耳には快楽と恐怖に満ちた悲痛な叫び声が聞こえてきたが、一切そちらを気にすることなく車内へと戻っていった。


         ▲▼         ▲▼         ▲▼         


 車内は未だに絶望的な様子だったが、そんな乗客などさして気にもせず、自分たちの座席に座り直したネムとエチ。

「……で、あと一個の爆弾はどうしたもんかな」

「なんでユナを捉えた段階で聞かなかったのぉ?」

 爆弾魔のユナを捕まえて吐かせるのが目的だったのではと、エチが疑問に思う。

「ちょっと考えてみろよ」

「わかんない~」

 言われて二秒後にエチは考えもせずに諦めた。

 その反応が帰って来るのをわかっていたと言わんばかりにネムが続けた。

「仮にあいつが、最初の混乱に乗じて屋根に登ったとする。そしてそれ以降はずっとオレとガキのことを屋根伝いに追って来ていた。あいつの身のこなしからして逐一内部を確認してたんだろう。だけど、それだけじゃおかしくねぇか?」

「……ん〜おかしいわねぇ」

 ネムの言いたいことがわかったようで、エチが相槌を打つ。

「ユナが乗車していたのをエチが見ていて、その後にホームを爆破したのがユナだとする。これは余談だが恐らく爆弾は全て遠隔操作で爆発させることが出来るはずだ。その証拠にユナからくすねたスイッチはここにある五つだけだった」

 その手に広げたスイッチは、先程ユナの上に馬乗りになった際にネムがシレッと盗み出していたものだった。

「あらぁ、ネムちゃん鮮やか……テクニシャンね」

「まぁな。つってもオレの手先の器用さはこんなことするためのもんじゃないがな」

 ――「で」とネムが続ける。

「この内機能してるスイッチはラスト一個だけ。使えない奴は処理し終わった爆弾の数と一致する。駅のホーム。最後尾の車両。中間のトイレ。ユナ本人が装着していたもの。そして残る一つ。おかしいよな。ユナが常にオレたちを監視し続けたのであれば……じゃぁ」


 ――爆弾を仕掛けたのは誰か。


「オレたちは今朝におっさんからチケットをもらって今ここにいる。爆弾魔はこの列車にオレたちが乗ることを分かっていて、尚且つオレたちの動向から爆弾を有効的に設置出来なきゃ意味がない。そうでないと今回の事件が『ゲーム』として盛り上がらないからだ」

「じゃあネムちゃんの見解では、爆弾魔は……二人いるってわけぇ?」

「そういうこと。そして爆弾を仕掛けたのはもう一人の方だろう、着火役のユナと設置役の二人で、わざわざ『捕獲』を課題の一つにしたのはユナを捕えることで爆弾の数を知ることが出来て格段にゲームクリアがイージーモードになるからだ。ただし、ユナが口を割ったところで犯人が二人とわかるまで。爆弾の場所まではわかんねぇって訳だよ」

「なるほどぉ、ネムちゃん頭いいのねぇ。名探偵ネムネム誕生じゃないのぉ~」

「実際はユナと対峙するまでわかんなかったがな。ゲームが始まった時点で引っかかりはしてたんだよ」

「名探偵ネムネムにはつっこみがないのねぇ。……あら?」

 会話が終わって訪れた沈黙に、二人は何かおかしいと思った。

 そもそも、爆弾が残っているのだから悠長に座っていること自体おかしいのだが、そこではなく、いつもだったらここでガキが何かしらのボケを入れるところだ。

 でも、そのガキは今いない。にしても静かな二人だけの会話。

 改めて確認したネムの座席、エチの座席。ガキの座席。そして、あと一つ。

「……あぁ!? ペニーがいねぇ!」

「ホントねぇ? お手洗いじゃないのぉ?」

「あの怖がりのビビり虫が爆弾の設置された車内をふらふら動くと思うか!?」

「たしかに、彼ならその場で漏らしそうねぇ」

 流石のテミスでもそこまで根性がない訳ではないと思うが、もしかしたらやりかねないのではと思ってしまうネム。

「やられたな。何がイージーモードだ。爆弾魔が二人いるっていう話が出て、この状況でペニーがいないってことは、これはもう完全に――」

「――連れて行かれたわねぇ」

 もう少し深く考えておけばよかったとネムは後悔した。

 ゲームの開始からアクティブに動く自分とガキを監視するように動いていたのがユナだとしたら、もう片方の犯人が最初に警戒する人物はエチとなる。

 そして、エチ自身は自分が爆弾魔にストーキングされているとは考えなかった。

 三人が合流した時点で監視役はユナ一人でよくなり、片方の爆弾魔の仕事は終了する。

 トイレでエチと合流した時点から周囲を確認しなかったことが仇となってしまった。

「改めて四人が合流して、オレたち三人が上に登ったら次に狙われるのは……」

「余った一人よねぇ」

 立ち上がり、客車からさらに先頭の車両、運転席へと駆けだすネム。

「これは賭けだが、ゲームというくらいだからきっと合ってる。大方、先頭の車両で仕掛けた爆弾と、人質に取ったペニーとでラストバトルのつもりじゃねぇか? いきなりベリーハードモードにしやがって。ガキがいないのが悔やまれるぞこりゃぁ……」

 あくまで賭けであって根拠はないが、運転席へと駆けていく二人。


         ▲▼         ▲▼         ▲▼         


 蒸気機関車『H‐六九』先頭車両。運転席。

 ――この汽車は蒸気機関だ。つまり、石炭で動く。

 本来ならば運転手が速度のコントロールを受け持ち、手元のハンドルで石炭をボイラーへとべていく。

 それによって走行しているはずなのだ。


「こりゃぁ止まる物も止まれねぇわな」

 そう言ってネムが運転席の入り口前で屈んだ。

 彼女の目の前にはこの蒸気機関車で操縦桿を握っているべきである運転手が目隠しをして縛られた状態で床に転がっていた。

 もがく運転手を尻目に、ネムが向き直る。

「……で、お前がラスボスってことでいいのか?」

 そこには運転席に背を向けるように佇み、テミスの喉元へナイフを当てて静かに息を潜めた車掌の姿があった。

「おかしいと思ったぜ。あれだけ走り回っているのに誰一人として怪しい人物は見なかった。なのにどうやって爆弾を仕掛けて回ったかが気がかりだったんだ。まさか車掌さんが爆弾魔だとは思わねぇよ」

 恐怖に動くことも叫ぶこともできないテミスが、口をパクパクと動かすだけで魚みたいなことになっていた。

 深く被った車掌の帽子で顔は見えないが、その人物は「くふふ」と笑みを浮かべた。

「――大変な名推理でございます。よくぞここまで来て頂けました」

 爆弾魔の片割れは、テミスを拘束する手で器用に帽子を脱いだ。

「私、今回このゲームを提案させて頂きました、マッドボマー・ユナの片割れの『マッドボマー』と申します。以後お見知りおきを」

 取った帽子を床へと捨てて、マッドボマーと名乗った人物。

 その人物は車内ですでに一度見たことがあった。

「え、あ……あぁ!? お前、トイレでエチに搾りつくされて死んだはずじゃ!?」

「あらぁ、アナタが爆弾魔だったのねぇ。ワタシの後をつけてくるからてっきり気があるのかと思って頂いちゃったのだけれど……」

 そう、爆弾魔マッドボマー。彼は災難にも既に一度エチにカラカラになるまで搾りつくされ、トイレで精気なく横たわっていた人物だったのだ。

「あまりその話をしないで頂けませんか。私としたことが不覚にもそこの彼女に捕まってしまうとはね。あの場はやり過ごす為に多少演技を致しましたが、それが功を制してよかったです」

「演技なんて嘘よぉ。あんなによがり狂って熱い物ぶちまけたくせにぃ。あ、わかったわ。それで男性用トイレに爆弾が置いてあったのね。ワタシてっきりディル……」

「お黙りください。このマッドボマー最大の汚点ですから」

「だとしてもよくもまぁ、あのエチに搾られてピンピンしてるもんだ。下手な淫魔より立ち悪いのによぉ。んじゃぁまぁ、既にお前のことも捕まえてたってことで今回のゲームはクリアってことにしてくれよ。さ、その臆病な子犬みたいに震えてるウチの可愛いペニーを返してくれ」

「動かないで頂けませんか?」

 下手な動きは許すまいと、マッドボマーははナイフの刃をテミスの首筋に立てネムへ制止を仰いだ。

「チッ。なんだよ、せっかくエチの拷問に耐えたことを讃えてやったのに」

 わざとらしい悔しそうな顔をしながらネムが足を止めた。

「ネムちゃん……油断させるにしても詰めが甘いと思うのだけどぉ……」

 エチに言われたくはない。

「おーけーじゃぁ、動くのはやめよう。それでペニーが殺されちゃ元も子もない。ただ俺たちには時間が無いんだ。ゲームもいいんだが、いい加減にオレたちは腹が減って仕方がないんだよ。昼飯を食う予定がこれじゃ晩飯になっちまうぜ。どうやったらこのゲームが終わるかだけ教えてくれよ」

 悪態吐いてネムがマッドボマーへと問う。

「そうですね。あくまでもこれは『ゲーム』ですので、私を捕まえて爆弾を止めれば勝ちということで構いませんよ。負けた暁には潔く身を引きましょう」

「そうか。律儀なことで。なぁエチ、つまりどういうことかお前の足りない頭で分かるか?」

「馬鹿にしないで~? ペニーちゃんを取り戻すならば力づくってことよねぇ?」

「はい、正解。だがこっちは何にも手出しできないんだよなぁ……」

 力づくで取り戻すと解を得て、二人は「またか」といった表情でため息をついた。

 力づくでとは言っても相手との距離を近づけようにも、人質の首筋に零距離でナイフを立てられていては動くこともできない。その上、残された爆弾の位置もわからないままとなってしまっている。

「どうしたものかと頭を捻ってもこれ以上の策は思い浮かばなかった――ですよねぇ? お二人方?」

 マッドボマーが察したようにネムとエチへと言う。

「そうだな」

「そうねぇ……」

「どうしようもないのであれば、負けを認めていただけませんか? そうすれば命まで取りはしませんよ。大人しく手を付いて『負けました』と言うだけでいいのです」

「あー、そうだな。エチ、諦めようオレたち二人ではあいつに従うしかない」

「床に四つん這いになってー。頭を下げてー。お尻は低めにー。これでいいかしら?」

「誰も四つん這いになれとは言ってませんが。まぁ、いいでしょう。それでは。敗戦宣言をどうぞ?」

「敗戦宣言? 何を言ってるんだ? お前も頭を下げないと危ないぞ?」

「はぁ?」

 床に伏せたネムがニッと歯を見せた瞬間だった。


 ――ガシャーン!!


「何事です!?」

「おーまたせぇ! ガキちゃんの登場だぞーっ!」

 運転席に備え付けられた人一人がギリギリ通れるかどうかの窓ガラス。

 その小さな外界との通用口を大胆にも割って飛び込んでくる一人の少女。

 その少女の鮮やかな飛び込みでマッドボマーが狼狽える一瞬があれば、床に這い蹲った二人には充分だった。

 マッドボマーへネムとエチが一歩で間合いを詰める。ナイフの手を逆関節方向へと捻り上げ、窓から侵入したガキがテミスを拘束する腕の肘を思いっきり蹴り上げた。

 肘の神経の集中した箇所を殴られ、ファニーボーンという電撃のような痛みが指先へ突き抜ける。

「あ、ぐぅ!」

 拘束が緩んだ腕からテミスを引き抜いたエチと入れ替わりに、ガキが後ろ手でマッドボマーを拘束し、ネムがその懐へ潜りこんだ。

「『二人では』策はなかった。だが、野生の勘ってやつかな。このアホは食べ物の臭いがこびりついててよぉ。特にさっきまた一人食っちまったからか窓の外から吹っ飛んでくるのが一発でわかったぜ」

「そんな馬鹿なことが!!」

「あるんだなそれが。さ、仕置きの時間だ。このゲームの勝者はオレ達で決定だな。お前のしたことは到底許されたことじゃぁないが、命までは取りはしねぇよ。手を付いて『負けました』と一言いうだけでいい。そうでなけれしっかりと歯を食いしばっておくんだな」

「いやはやこれは予想外。敗戦宣言をしようにも私の腕はしっかりと後ろの猫耳娘さんが抑えてるではありませんか。殴るならどうかお手柔ら……」

「――そうか。残念だな」

 固く握った手袋をはめていない握り拳。

 その拳は容赦なくマッドボマーの顎を抉る。

 骨の軋む音と拳の擦り合う音とが衝撃を奏でる。

 ガキに腕を捕られ身動きの取れないその体は、逃げる場も無く衝撃を全て受けて運転席へと強打した。


「……おー、いてぇ。そうそう人なんて殴るもんじゃねぇよっ」

 解いた拳へ息を吹きかけ、ネムが手をぶらぶらとさせる。

「すごいわ~。ナイスタイミングねぇ。ガキちゃん~」

「えへへ~もっと褒めていいよぉ? 危ない雰囲気だったから咄嗟に蹴っちゃったけどこれ誰? 車掌さん?」

「マッドボマーの片割れだよ。いや、こいつがマッドボマーって言うべきか。っていうか、ガキ。お前ユナはどうした?」

「マッドボマー・ユナって二人組だったんだね。そうそう、あの子はねぇ、連続で十何回か絶頂させたら気を失っちゃって。叩いても目を覚まさないから縛ったまま放置してきちゃった。満足イクまでヤってきたからもういいかなって」

「つまりまだ屋根の上に素っ裸で転がってるってことか。悪人とはいえ憐れだな」

 一段落ついて談笑し合う三人に、正気に戻ったテミスがおずおずと口を開いた。

「爆弾……まだ残ってるはずだけど……」

「あ!?」

 一斉に車内を見回す一同の中、数秒して、小さく声を漏らしてテミスが跳ねあがった。

「あそこ!! コール(石炭)の受け皿の中に!!」

 石炭を焼べるために燃料庫から送られてくる受け皿を見てみると、もうあと数秒で爆弾がボイラーへと放り込まれるところだった。

「さぁせるかぁあああ! うぉぉぉぉ!」

 テミスを除いた三人が全く同じタイミングで爆弾へと飛びかかり、その三人に前方へと蹴飛ばされてテミスが宙を舞う。

 吹き飛ばされたテミスが間一髪、そして偶然にも爆弾を抱えて床に転がる。それに続くようにネム、ガキ、エチがテミスへと目掛けて転がって衝突した。

「おい! ちゃんと取ったか!?」

「せ、セーフ……だよぉ……」

 三人に押し潰されながら、テミスが弱々しく爆弾を掲げた。

 そんな中、エチが嬉しそうな声を出して。

「あらぁ、これはぁ……?」

「あ、ちょ! いやぁん、ペニーどこ触ってるのっ!」

「あ、てめっ! どさくさに紛れて!!」

 エチの胸にテミスの顔が。ネムの顔がテミスの股間に。ガキのズボンの中にテミスの腕が。それはもう、別の意味で凄惨な状況となっていた。

 ネムがピキピキと怒りマークを生みながら肩を震わせる。

「おい。こりゃぁ、わざとか? ペニー?」

 爆弾の恐怖から解放され、今度こそ一息つけると思いたかったテミス。

 しかし、この後の事態を想像してまた恐怖に怯え涙目になっていく。

「ふ、不可抗力だぁぁぁああああああ!」

 今陥ったこの状況という点だけに絞れば、爆弾が爆破してしまう方が良かったのではないかとテミスの頭を過るのだった……。


         ▲▼         ▲▼         ▲▼         


 テミスは一旦落ち着いたこの場から元の座席へと戻した。

 爆弾事件も含めてかなり体力を消耗したようで今はぐっすりと眠っている。

「さてと、こいつらに今回の『挑戦状』とやらの目的を聞かなきゃな」

 腕を車内の欄干から吊るされ、解体前の養豚の如く無防備な状態で拘束されたマッドボマー・ユナ。ユナの衣服は淫らに裂け、陰部がギリギリ隠れる程度にか残っていない。

「ビッチ娘さんたちにしてやられるとは。ユナ、貴方も抜かりましたね」

「兄さんこそ。計画通り全ての爆弾を爆破してくれるんじゃなかったんですか」

 互いに不貞腐れた面持ちで悪態をつく。

「なるほど、兄弟だったのねぇ。それはそれでおいしそう……」

「アタシはそっちのお兄さんの方も頂いていいのかな?」

「まぁ待て。それはコイツ等の目的が分かってからにしようぜ」

 そわそわと腰を振る二人。その腰つきにユナだけが恐々と体を委縮させた。

「目的なんてありませんよ。ただ私たちは……」

「『爆弾を爆破したかった』だろ? 結局こいつらも自分の欲望に忠実ってこった。人を殺したいわけでも無けりゃ、ゲームしたかったわけでもない」

 マッドボマーが言おうとしたことを食い気味で先取りしたネム。

「えぇ。そうです。良くお分かりで『爆弾を造って爆破したい』そんな第三者から見れば酔狂で、それでいて単純な理由です」

「爆弾を爆破って、散々やれたじゃん。お蔭でこんな苦労してゲームするハメになったしさ。ホントはアタシたちを殺す気だったんでしょー?」

「猫耳娘さん、何か勘違いしておりますよ。私たちは決して人殺し何てしたくないんですから」

「?」

「あくまで私たちは『ゲーム』を行っていただけ。その証拠に誰一人として犠牲者、怪我人は出しておりませんよ」

 そう、いくつも爆弾が仕掛けられ、ホームや車両が吹き飛んだにも関わらず誰一人として死傷者が出ていない。

「そんなのたまたまでしょ。実際ネムっちは一回死にかけたよ?」

「でも? 死んでいないでしょう? 流石に列車を吹き飛ばしたのは予想外でしたが、何のためにユナを常に付き纏わせたと思っているのですか」

「いっひゃっひゃ! 俺は最初からお前らを爆弾の被害から助けるために付いてたというのに!」

「??」

「わからないでしょうね! でもそのわからないことが全ての鍵なんですよ!」

「んもぅ、もったいぶらずに教えてよぉ。さもないとこの場でしゃぶりつくすわよぉ」

「いひゃ……それは流石に勘弁……」

 にじり寄る唇がユナの股間の前で舌なめずりして鼻息を荒くする。

「さて、ダブルアップチャンスというやつです。私たちの本当の目的、お解りになりましたでしょうか?」

「いっひゃっひゃ、ま、爆弾を爆破したいっていうのは本当だし、十分楽しませてもらったからヒントを上げましょうかね! ヒントは『奪還』!!」

「……奪還?」

「残り時間は隣都市の駅に着くまで。ですよ」

 ギザギザの歯を覗かせて、マッドボマー・ユナはしたり顔で問題を出す。

「まどろっこしいわねぇ。やっぱりこの場で頂いちゃいましょ。五ピーよ五ピー」

 隣都市までは残りわずか。車窓から降車駅付近を見れば、そこには今回の事件をいち早く届けようと報道陣が蟻のように群がっていた。

「エチ待て、よせ!」

 察しが良いネムはエチに制止をかけたが、一歩遅かった。

 ユナに対し、衣服にダメージの無いマッドボマー。

 エチの肩に足を掛け、靴の踵を釣られた欄干へと振り上げた。

 ――キン

 と、軽い音がしたかと思うと同時に、運転席は爆風で濛々と煙った。

「やられた! あいつ等、まだ爆弾を仕込んでやがった!」

「いっひゃっひゃ! 『車内』に仕掛けたゲームは終わりましたが、自衛用の爆弾が無いとは言ってませんでしたからね!」

「ビッチな御三方。とても楽しい時間をご提供頂きありがとうございました。。『挑戦状』の件に関してはそちらの勝利です。おめでとうございます。この報酬はまた次お会いした時にでも。ただ、私共の『目的』は果たせませんでした。これに関してはまぁ、致し方なし。失敗と報告します。それでは良い休日を」

 煙の中そう言い残して、二人は姿を眩ませた。


 隣都市の駅手前で食らった目くらましに急ブレーキをかけた列車は、前後に大きく揺れる。それに合わせて車内にいくつもの悲鳴が響く。

 ボロボロになった蒸気機関車『H‐六九』が到着すると同時、救急隊と報道陣が雪崩のように押し寄せた。

 マッドボマーとユナに逃げられた今、これ以上現場に居て余計なことに巻き込まれてもアホらしい。それに車両丸々一つを吹き飛ばした後ろめたさもあり、三人の意見の一致で駅に着くと同時にテミスを抱え、人込みの影を上手く縫ってそそくさと退散した。


 最終的に事件が解決したかと言われれば、マッドボマー・ユナを取り逃したことにより彼らの本当の目的という重要な情報だけが闇に消えていき、結果として解決したとは言い難いものになってしまった。

 そして世間では都市伝説の様に爆弾事件の概要のみが独り歩きする状態となった――。


         ▲▼         ▲▼         ▲▼         


 事件の興奮も冷めぬうち、、やっとの思いで彼女たちは目的地へ着いた。

 それは夜が更けて建物の灯りで街が照らされる頃だった。

 ステムパンクの隣都市『プシーキャッツ』

 ステムパンクが工業都市だとすると、こちらは繁華街と言える。都市中が華やかな明かりに包まれて賑わいを見せ、観光地として栄えている。

 人口数もステムパンクと比べ格段に多く、その理由として都市そのものがステムパンクよりも広い土地を有していることが挙げられる。この都市は『塔』と呼ぶよりも『モール』と呼んだ方がイメージしやすい。一つの階層が海面と平行に遠くまで続く。そのため、人々は海面からの高さよりも何層目かで場所を伝え合う。

 そして、そんな都市の一角に、一般人ならば一生縁の無いであろうレストランがあった。

 水面から七層目にあるそのレストランは各都市に噂が知れ渡るくらいには、高級レストランとして有名だ。

「ね……ネム? こんな立派な所に入るお金はあるの? それにこういうお店って正装じゃないと入れないんだよ? そんな焦げ跡の付いた作業着じゃ門前払いになる未来しか見えないんだけど……」

 心配そうにテミスがネムへと尋ねた。

 ガキとエチも普段通りの格好だ。いや、普段以上にすすけたみすぼらしい姿だと言っていい。こんな姿では入り口を跨ぐ前にすぐさま追い返されるだろう。

「うるせぇぞペニー。萎えた男性器みたいにうじうじすんな! こっちの都市にさえ来ることが出来れば後はどうとでもなるんだよ!」

 バシンとテミスを叩いてネムがズカズカとレストランへと向かって行く。

 案の定、入り口でドアマンをしていた黒服のサングラスたちに止められている。

「ほら、やっぱりね……」

 言わんこっちゃないとテミスが肩を落とした。

「おう、ペニー、はやく来いよ」

「へ?」

 ハッと顔を上げて先程まで揉める様な雰囲気だったのに、悠長にネムが手招きしていた。ネムの横ではガキとエチがニコニコとしており、その不思議さにテミスは虚を衝かれた。

 訳も分からずに店へと歩みを進めたテミス。すんなりと入れたそのレストラン。

 ただ、個室へ置かれたテーブルへと案内されたのはテミス一人だけで、白色のクロスがピンと張られた角テーブルを前にガッチガチに緊張していた。

 並べられたナイフとフォークの使い方も分からず、ひたすらに目を泳がせる。


 視線の安置として見つけた壁の絵画とにらめっこをして五分ほどが経過したときだった。

 静かにドアが開けられて、ギャルソンに手を取られた三者三様に着飾った見知らぬ女性三人が室内へと歩を進めて来る。

「エスコートありがとう」

 上品に物申した後に三人がテミスに寄って、ゆっくりと腰を下ろした。

「緊張してるの? ペニー?」

 優しく向けられた顔と、聞き覚えのある声。

「こんなお店来たことないでしょう。ワタシが手取り足取り教えてあげようかしらぁ?」

 確実に貞操を狙う本能と、艶めかしい手つき。

「だー、動きづれぇ。だからドレスコードのある店は嫌いなんだ」

 がさつに崩した座り方と、下品な言葉遣い。

 三人の容姿は確かに綺麗だ。だけど、すぐさま普段の姿が重なって見えた。

「……あ、えっと、綺麗だね、ガキ、エチ、……ネム」

 三人同時にテミスを一瞥すると同時、ニヤっと口元を緩ませて、普段通りに肩を組んできた。


 そこから先は語るに及ばないが、少しだけ。

 テミスの疑問は尽きなかったが、豪華な部屋で出された豪勢な食事に舌鼓を打った。

 ナイフとフォークの使い方なんてものは分からなかったが、それはガキやエチも同じで、食べたいように口に食事を放り込む。おいしいと賛辞を並べながら普段の見た目通りに、上品さの欠片もなく、幸せそうな顔を綻ばせていた。

「……うまいか?」

 唯一ナイフとフォークを上手に扱うネムが、テミスへと微笑む。

「こんなに美味しい物、初めて食べたよ!」

 感動するテミスの皿からガキがヒョイヒョイと料理を盗んでいった。

「そうか。それはよかった。こんなことしかお前にしてやれるようなことがないからな。まぁ、不味くてもオレはそれ以上の責任を取れねぇからな」

「ねぇ、ネム。君は一体……」

 言い掛けたテミスの唇へ指を当て、ネムが「しーっ」と人差し指を立てた。

「そんなことより、ペニー、外見てみろよ」

 そう言われて窓から外を覗くと、外は繁華街の灯りで素晴らしい夜景が広がっていた。

 背もたれに身体を預けたネムが、グラスを持ち上げてテーブルへ差し出した。

「何はともあれ、今日の仕事終了だな。みんなお疲れ様」

 ――いつも通りの行いのネムにテミスの疑問は少し薄れ、そして確信した。

「彼女たちは僕の『ヒーロー』なのだ」と。

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