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▲第一章▼△ぶぎゅるぅ▽


 ――ニーナとの鬼ごっこは、その日の夜にまで続いていた。


「ぜぇっ……ぜぇっ……いい加減に……体力的も限界近いぞこりゃぁ……」

 手帳を奪われてニーナを探し回って数時間。

 辺りは街灯が小さな火を灯す音を立てて淡い光を点々と放っている。高低差もさることながら、この都市自体がかなりの広さを誇る。

 周辺の都市群の中でも随一だ。その都市内で一人探すのも大変なのに縦横無尽に動かれてしまっては、いくら体力には自信があるネムと言えども困難を極める。

「くそがぁ……。手がかりでもあればいいんだけどなーっ!!」


 ――ステムパンク内、標高八〇メートル地点。

 高架の一つである繋料理街『リックストリート』

 その中間にある、塔と塔を繋ぐ鉄橋の欄干に背をもたれて、大きく深呼吸をするネム。

 余談だが、各塔を繋ぐ高架は至る所にありそこを通じて隣の塔へと行く。

 都市内を移動する人々の中には移動手段として、車以外にも蒸気機関車を使う人もいるのだが割高なために利用数は少ない。


 鉄橋の上で休むネムの前では、会社帰りの時間とも重なって料理店の店員が複数人、各々の店への呼び込みをしていた。

「ふあ~ぁ。眠てぇし、腹も減ったな……」

 天を仰ぎながらそんな独り言を漏らす。

 そこへ何やら、困惑する男性の声と、その他に妙に聞き覚えのある声がする。

「お姉さん? 商売道具にお手を触れないようにお願いしますよ……」

「え~、だめのぉ? じゃあ、お兄さんにさわっちゃおっと~」

「駄目だよエチ。次のお店はアタシの行きつけなんだから。先そっち行ってからにしようよ」

「あらぁ、じゃぁ、そうねぇ、この子頂いてから行ってもいい?」

「その子、仕事中でしょ。絡むのやめてあげ……あ、でもよく見たらいい顔してんじゃん。ピエロみたいな恰好してる割に中身はイケメンなんだ。ねえエチ、アタシがもらっていい?」

 その男性を見て二人が品定めをし始めた。

「え? あの? ちょっとお姉さんたち?」

「まぁ、お姉さんですって嬉しい。ワタシもこの子欲しいから半分こね? それでいいでしょ~?」

「まぁ、それで妥協してあげよう!」

「ちょっと、あ、待って! 仕事があるんです! あ、ちょっと!」

 二人で小脇に顔の良い男性を抱えて、店の裏手へと連れ込もうとする。

「なぁ、お前ら……」

 頭を抱えたネムが二人に寄って行く。

「ん? あ、ネムっち。何してんの? こんなとこで」

 男性の帽子を取りながらガキが言う。

「あ、ネムちゃんだ~。ネムちゃんは寝起き? ご飯食べに来たのぉ?」

 男性のベルトを外しながらエチが言う。

「……とりあえず、その手を止めろ。その人困ってるだろ」

 今にも泣きそうな顔をしている金髪の男の子がネムに目で助けを求めてくる。

「えー、ネムっち一緒にシないの?」

「あぁ、しないしない。今それどころじゃなくてな……」

 ネムの言う『それどころ』だったら一緒になって致していたのだろうかとエチは思った。

「おら、早く行けよ。こいつらとんだ肉食獣だから骨も残らず食われちまうぞ」

 ネムがシッシとその男の子を追い払う。

「は、はい! そこの手袋のお兄さん! ありがとうございます! 助かりましたぁぁぁ!」

 解放された男の子は、ベルトのないズボンを抑えて転びそうになりながら、ガキが放り出した帽子だけを抱えて一目散に逃げて行った。

「……あぁ!? 誰がお兄さんだ! ぶっ殺すぞてめぇ!!」

 逃げていく後ろから罵声を浴びせるネム。

 胸が無いと言われるならまだしも、男に間違われることは彼女にとって一番のコンプレックスなのだ。

「あぁ……いい男の子だったのに……」

 残念そうな顔でガキが指をくわえる。

「……で、ネムちゃんはどうしたのぉ? ご飯でもお仕事でもないのにここに来るなんて珍しいわねぇ?」

 手にしたベルトを悪びれる素振りもせずに自分のふとももに巻きつけてエチが言う。

「あぁ、それがよ、さっき……つってもうだいぶ前か。ニーナがな……」

「またユリユリしてんの?」

 ため息交じりにネムがそう言うと、ガキが片手の人差し指で輪っかを作って、もう一方の手の指二本をズボズボとその穴に通す。

「……そんなとこ」

 皆まで説明するのが面倒でそう肯定する。

「はぁ~、めんどくさいね。で、何されたのさ」

 ズボズボと指を動かすのを止めずにガキが聞く。

「あ、そだネムちゃん~ワタシお金なくなっちゃって、今日のお給料頂戴~?」

 そんな話の空気を読まずにエチがネムへと金の催促をする。

 勿論、その給与を得るための契約書諸々が一緒に挟まった手帳がこの場に無い。

 そのことをネムが申し訳なさそうに呟く。

「……手帳持ってかれた」

「えぇ!?」

 目を丸くしてガキが大きく口を開けた。

「……あら」

「いやいやいや、ネムっち待ってよ。アタシ今日のご飯代ツケてきたんだよ!? 今から男釣れなかったら自腹なんだよ!? イヤだよそんなもったいないこと! せっかくお駄賃もらったら新しい靴買おうと思ってたのに!」

「……お金ないの……そうなの……」

 顔に影を落としてエチがブツブツと呟く。

「わりぃ。油断した。で、お前らにさ……」

 言い終わる前にエチがグッと拳を握る。

「許せないわ! ワタシのお金を盗るなんて! ガキちゃん、ネムちゃん。行くわよ!」

 先ほどまでのおっとりした表情から豹変して険しい顔で怒りを露わにするエチ。

「えー、めんどくさいけど……しょうがないね。お金ない方が色々と面倒だもん」

 渋々とパーカーのフードを被り直すと、ガキが地に手を付く。

「持つべきものは仲間だなっ。よっしゃ、じゃあ今日の時間外労働いっちょ決めちまうか!」

「ネムっちのせいなんだからね? 今回はちゃんと悔い改めてね? あぁめんどくさい」

 嫌味のようにガキが言う。

 無言でスカートの裾を括りながらエチが「ふんす」と鼻息を漏らす。


「プッシードールズ(Pussy Dolls)! 出動!」


 シュババッと欄干を乗り越え、店の裏手から高架下に飛び降り三人は屋根を伝って走り出した。

 昼間の個人のダッシュとはまた違ったスリーマンセルでの動き。

 さながらニンジャのように壁を伝う。

 打ち合わせをしたかのようなその動きが出来るのも、この三人ならではだ。


「……それで、何か手がかりとかは無いの?」

 疑問符を浮かべながらガキが前方へ手を伸ばし、エチとネムがその手を掴んで勢いをつけて斜め上へと放り投げる。空中でフリップ(宙返り)しながら二階へと登り、たまたま屋根の上に転がっていた梯子を下の階へと蹴り落として階段を作る。

「それがなんにもねぇんだ。オレもそれで行き詰っちまって」

 三人が屋根に揃うと、エチが梯子を抱え上げ、前方にある倒れたドラム缶へと立てかけて即席シーソーを作り上げた。シーソーの片側にネムが乗り、奥側のせり上がった側にエチとガキが同時に飛び乗った。

「そうねぇ。ワタシだったら一番楽で、それでいて近場に逃げ込むかなぁ。いつまでも走り回っているなんて馬鹿のすることじゃない?」

 てこの原理で跳ね上げられたネムが、壁から張り出した鉄パイプを掴み、ムッとした表情を見せる。

「それは何か? オレが馬鹿って言いたいのかよ」

 片手でパイプを掴み、ツールバックからロープを取り出してパイプに結び付ける。そのロープに掴まったガキとエチが振り子のように距離の離れた屋根へと飛び移る。

「え? もしかしてネムちゃん、ずっと走って探してたの? まさかそんなことしてないわよねぇ?」

 ロープを片しながらネムがギクリと目を泳がす。

「は、はぁ!? そ、そんなわけないだろ! 手当たり次第にアイツ等の居そうなところを探したに決まってんだろ!?」

 鉄パイプからさらに上の屋根伝いにいるネムが叫ぶ。

「アタシがふと思ったのは『ウテルスパンク』なんだけど……。ネムっちはもう行ってるよね……? あの二人もよく利用してるじゃん? って言うのも、さっき話してたニーナたちが親密な仲だっていうことの続きだけど」

 階段の手すりに足をかけて一度下の階に下った後、壁の雨樋を木登りの要領でひょいひょいと登るガキ。

「ん、えっと、そ、そこはまだ行ってねぇな! あ、あははは!」

 キョドキョドと目を泳がせながらネムがガキを上へと引っ張り上げる。

「じゃあ、決定ねぇ。いつものホテルでぇ」

「あいっ」

「おう!」

 短く返事をすると、今度は前方へ走っていく動きから上方向への動きへと転じる。

 ガキは助走をつけて壁を這うように蹴り上げて上って行く。

 ネムは壁にぶら下がり、逆サイドの壁へと飛び移るのを繰り返して高度を稼ぐ。

 エチだけが途中で姿を消して、ガキとネムが共に行動することとなった。


「二〇〇メートルって遠くない?」

 途中の屋根の上でガキが座り込んでネムを待つ。

 すでに体力ギリギリだったネムは、壁を登る速度も遅く、ガキがあくびをして待ちぼうけする形となってしまった。

「ぜっはぁ……も、もぅ……疲れた……」

 一六〇メートル付近で階段の踊り場に倒れこんでネムが大の字に寝転がる。

「あらら。そういえばネムっち、ご飯も食べてないんじゃないの?」

「ご飯どころか三大欲求全開じゃこらぁ……はッ……はッ……」

「何かあげたいのは山々なんだけど、アタシなんにも持ってないよ?」

 そう言ったガキのズボンに付属したポケットが沢山ついたベルトには、確実に何か入っている。それくらいパンパンに張っているのだから。

「冗談キツイぜ。お前それポケットに何入れてんだよ」

 倒れ込んだままネムが疑念を向ける。

「あ、これ? 全部ゴムとおもちゃだよ」

 パチンとベルトからポケットを取り外して中身をぶちまけると、食べ物はおろか仕事に不要な物ばかり転がり出てくる。

「さっきエチと何戦かシてたからね。タダでもらえるもの拝借してきちゃった」

「腹の足しにもなんないな……」

 大きく息を吸って一呼吸置くと、気持ちを切り替えたのか首をバネにしてネムが跳ね起きる。

「しゃーない、もうあと四〇メートルってとこか?」

「そだね。あそこに見えてるやつ」

 そう言ってクイクイと上を指差すガキ。その指差した先には目的地である『ウテルスパンク』の看板が微かに見えていた。

「店に着けばどうにかなるだろ。よっしゃ、行こうか」

 そう言って、だるそうに肩を下したままネムが虚ろに上を見上げる。

 ――とその時、向かいの屋根から今まで姿を消していたエチが飛び降りてきた。

「おまたせぇ」

 肩にはビニールの袋を提げている。

「あ、エチ。何してたの?」

「ん~、ネムちゃんがずっと走りっぱなしだっていうからたぶんお腹減ってるんじゃないかと思って食べ物を調達してきたの~」

 ガサリと袋を開いて中身を覗かせると、包装紙で包まれた菓子パンがいくつか入っている。

「うぉーありがてぇ! ……ん? でも、エチお前、金は?」

 お金が無くてネムに催促する程だったのにどこでこのパンを手にしたというのか。

「ちょっと一人で食べてきちゃった」

 お金の話をしているのに、食べたと言うエチ。窃盗か強盗でもしたのかと思えば、ガキとネムは呆れた顔で、

「あぁ、そうですか」

 と、納得した。


         ▲▼         ▲▼         ▲▼         


 標高二〇〇メートル地点。

 ホテル『ウテルスパンク』前。

 汗だくになりながら一行はなんとか目的地へと達した。

「あー、クソ疲れた。ここにあいつ等がいなかったら俺は今週の仕事を全部放棄する自信があるぞ」

「そんなに言うほどお仕事ないくせに」

「そうよ、ネムちゃんはまだ少ない方でしょ」

「あぁ? お前らの仕事と一緒にすんな。『仕事』つったって食ってばっかりだろうが」

「あたしたちの大事な収入源だから」

「はいはい、そうですか」


 ――月明かりがネオンで光る怪しい看板をより妖しく照らし、仕事帰りや男女問わずにお持ち帰りの客が時たまその店に吸い込まれていった。

「エチ、お前ここの店主とどこまでイった?」

「そうねぇ、ご飯までかしらぁ」

「あ、なんだ、昼間の話からしてアタシてっきり……」

「だからぁ、ワタシも選り好みくらいはするってば~。堅物なのよ、あの人。もうちょっと引っかけ易かったらおっさんでも考えるけどねぇ……」

「アタシは断然可愛い系の子かな。泣きそうな顔が堪んないのなんのって」

 うへへ、とよだれを垂らして恍惚の表情を見せるガキ。

「どっか適当に空いてる部屋借りてシャワー浴びられねぇかな。もう汗で作業着がピッタピタに張り付いて気持ち悪いんだ」

「アタシもー。ベタベタして気持ち悪いー。でもお風呂はめんどくさいー」

「ガキちゃんはワタシが洗ってあげるから。ワタシも色々ベタベタで嫌なのよねぇ。あれほど髪はやめてって言ったのに。見てこれパッキパキに乾いちゃってるぅ」

 三人は店の中へと足を進めて、部屋番を選ぶ自販機を通り過ぎた。

 ここにいるのは受付なんてものを通さずとも彼女等のことをよく知る人物だ。

 その人物がいるであろう、精算所、兼、受付へと入るための事務所をノックした。

「おい、おっさん。生きてるか。ネムだ。開けてくれー」

 ノックを足で行いガンガンと荒々しい音を立てる。

 ガチリと扉のロックの解除音がしたかと思うと、ドアがゆっくりと開いた。

「おぉ。ビッチ娘たちじゃねぇか。どうした? またなんかヤりにきたのか?」

 グラサンにショートリーゼント。裸ワイシャツに、黒のエナメル質なジーパン。等身が扉の枠を越えるほどの長身。

 一昔前のロックを彷彿とさせる姿のデカイおっさんがそこにはいた。


「ヤりたい衝動は全開だが、今日はおっさんに聞きたいことがあって来たんだよ」

「おう。なんだ。テメェらのクセェ話ならいくらでも聞いてやろうじゃねぇか。おら、言えやビッチ共」

 三人を室内に通すと、各々に飲み物を注いで事務所内の黒色のソファーにおっさんが腰かけた。おっさんは冷蔵庫からコーヒーの缶を取り出して口元へと煽る。

 ネムは注がれた飲み物を喉へ流し込んで、苦い顔をしながら受付に面した高級そうな椅子にドカっと腰を下ろして頬杖をついた。

「率直に聞くけども、今日の客でニーナは来てねぇか?」

 ガキは勝手に冷蔵庫を開けて、中に入っていたサラミをガジガジとかじっている。

 エチは受付のマジックミラーで入口を見ており、出入りする客に点数をつけていた。

「ニーナ……ニーナ……あー、例のお嬢様か。どうだっけなぁ。俺ぁ金払わずに出ていく客だけしか見てねぇからなぁ……。もしかしたら勘定したかもしれねぇ」

 飲み終わったコーヒーの缶を並べておっさんが言う。

「あ、そう。つまりはわかんねぇってことか」

 おっさんの代わりに受付へ来た客の勘定をしてネムがため息をつく。

「クセェ話は聞くだけになったな。情報不足でワリィ。ネム」

 マジックミラーを見飽きたエチが、おっさんの横にすり寄るように座った。

「ねぇ、おじ様。どっか適当な部屋でシャワーを借りられない? ワタシたち、ちょっと汗をかきすぎちゃってベタベタで気持ち悪いの」

 首もとのレースを引っ張りながらパタパタと谷間へ風を送る。

 汗で濡れた巨乳が妖艶な雰囲気をを際立てる。

「シャワーぐらい使ってけ使ってけ。わざわざここまで登って来てるんだ。汗の一つくらい流していけやビッチ共」

 胸元に見向きもしないおっさんが、壁から一つ鍵を外してエチの谷間に挿しこんだ。

「あん、つめた……」

 身をよじってエチが嬌声を上げる。

「いきなり押しかけて迷惑かけちまうな。ありがとう」

 ネムがエチから鍵を引き抜くと、冷蔵庫の前に座り込むガキの首もとを掴んだ。

「あ、ちょっと待って! アタシまだ食べてる! 太くて大きい肉棒まだ食べてるの!」

 無断で食べ始めて三本目に突入したサラミをかじっているガキを引きずって、ネムとエチが事務所を後にする。

「やぁぁぁだぁぁぁお風呂やぁぁぁっだぁぁぁっ!!」

 おっさんは事務所の外でガキが叫ぶ声を聴いて、

「……うまいこと鉢合わせたらおもしれえな」

 と、新たに来た客の勘定をしながら一人呟いた。


「ねぇ、なんで! お風呂めんどくさいよ! アタシまだ入んなくていいと思うんだけど! サラミも食べてるし!」

 かじりかけのサラミを大事そうに握りしめて、ガキが引きずられながら訴える。

「お前、今日何発喰ったんだよ」

「えっと。仕事終わって行きにエチと一人釣って、その後お店で三と……それから……」

「あー、もういい、いい。お前のことだからどうせ全部腹の中に溜めてんだろ」

「もち」

 Vサインをしながらガキがドヤ顔をする。

 エチが部屋番を見ながらガキへ言う。

「ガキちゃん今日は料理に色々ぶっかけまくってたからねぇ。上も下もいっぱいいっぱいな感じだと思う~」

 部屋番と鍵の番号を照らし合わせながら廊下を歩いていると、とある一室から激しい悲鳴が聞こえてきた。

「おぐぅ」とか「ひぎぃ」とか、ちょっと中の人が不安になるレベルだ。

「うるせぇな。外まで漏れてるじゃねぇか」

「迷惑ねぇ。ホテルだからって何してもいい訳じゃないのよ? あ、でもワタシたちの部屋この隣だわ~」

 チャラリとネムが鍵を指から提げてみると、タグの部屋番と煩い部屋の隣とで番号が一致する。

「ハードなプレイも考え物だね」

 最後のサラミを大事そうにしゃぶりながらガキが言う。

「まぁ、タダで借りてるんだし文句言えねぇか」

 不服な顔を隠せないまま、ネムは渡されたカギを差し込んで扉を開けた。


 ――室内はピンクの壁にピンクのベッド。ピンクの家具とピンクのカーテン。ピンク尽くしでコーディネートされたいかにもな『アレ』のホテルの雰囲気を漂わせていた。

「随分と上質な部屋に案内してくれるのねぇ。ワタシ一人のときはいっつも質素な部屋なのにぃ」

 エチがベッドに腰掛けながら言う。

「そりゃお前、しょっちゅう来るだろ。日に数回とかの時もなかったか?」

「あるわよぉ?」

 そりゃ毎回上等な部屋に通したくないのもわかるもんだ。

「ワタシ、ガキちゃんと一緒に先にお風呂入ってもいいかしらぁ?」

 ぷちぷちと背中のボタンを外し、今までエチの胸を支えていた衣服は床へと脱ぎ捨てられた。

「おう、ガキを洗うのが手間だろうけど頼んだ」

 首根っこを掴まれて身動きを封じられていたガキを解放すると、エチの方にポンと押す。

 クルクルと横向きに回りながらガキが、エチの手をすり抜けた。

「フシャー! やだ、やだ! 脱ぐのめんどくさい、お風呂めんどくさい! お水はもっとイヤ!! まだ汚くないもん! あんな液体に塗れる(まみれる)くらいなら体液に溺れた方がマシだよ!」

 そのままクルクルとカーテンを巻き込んでガキがすっぽりとカーテンの中に納まる。

「ガキちゃん、流石にワタシもベタベタなのは嫌だし、洗ってあげるから、ね? 一緒にお風呂入ろ~?」

 エチがカーテンを先ほど巻いた向きと逆向きにくるくる回してアホを引っ張り出した。

「んむむむむ、ネムっち助けてぇ……」

 弱々しく助けを求めるガキの服を容赦なくエチが剥いでいく。

「オレも汚いのは嫌だから諦めろ。んじゃオレはなんか飲み物買ってくるわ」

 ツールバッグから残り少ない手持ちの小銭を取り出すと、ネムが部屋を出て行こうとする。

「あ……ネムっち、ごめんっ、もうお仕事でわがまま言わないからっ。ご飯も食べる量を減らす! だから今回だけ! 今回だけ助けてぇぇ!」

 素っ裸になったガキがエチに腕を引かれて浴室へと引きずり込まれていく。

 無情にもネムはそんなガキに笑顔で手を振ると、ピンクまみれの部屋から姿を消した。

「あ……あ……あ……」

 泣きそうになったガキの短い嗚咽の後、お湯が彼女の頭に降り注ぐ。

「いにゃぁぁぁぁぁあああああん!!」

 天真爛漫な怖いもの知らずに見えるガキ。そんな彼女は『水に濡れること』が大嫌いだ。


 ピンクの部屋の廊下に出てすぐ手前にあった自販機へと小銭を投入しながら独り言を漏らすネム。

「オレはカフェオレでいいか。いや、別にオレとオ・レを掛けてる訳じゃなくて……って、一人で何言ってんだろ。あいつ等は何飲むんだ。ガキは甘いもんだろ。ミルク精液でいっか。精液じゃねぇよ。セーキだ。オレも相当溜まってんな。で、エチはー……」

 買うものに頭を悩ませていると、隣の部屋からものすごい唸り声が漏れてくる。

「……あぁぁ! ぐううううううううううううぁぁぁぁあぁあああ!」

 断末魔のような声が聞こえたかと思うと、急に――しん……と静まり返った。

「おいおい、殺人とか起きてねえよな……。オレが重要参考人になるとか嫌過ぎるぞ」

 音のしなくなった扉を眺めながらネムが自販機から缶を取り出す。

 静かになった部屋の扉がカチャリと鳴り軋む音とともにゆっくりと開いていく。

 殺人などと自分で言ってしまったがためにビクリと身体が跳ね、少々身構えてしまうネム。

「ニーナお嬢様、何を飲まれますか?」

 半開きの扉から、コートと下着姿のまま見覚えのある人物が部屋の中に話しかけていた。

「……ん!?」

 思わず二度見してネムが瞬きを繰り返す。

「あ」

 一言そう言って、コートの女は自販機へと寄って来る。

「どうも、お変わりなく元気そうで」

 無表情のまま会釈をして、何事もないかのように飲み物を買う。

「あ、あぁ……どうも……」

 つい釣られて会釈をするネム。

 短いやりとりを終えて、執事が飲み物を持って部屋に行くまでをネムは呆然と見ていた。

 ――パタンと、扉が閉まってそこで初めてハッと我に返る。

「うぉぉぉい!! いたぞぉぉぉぉ!!」

 驚愕して顎が外れんばかりにそう叫ぶと、自分たちの部屋へと飛び込む。


「エ……エチ……そんなの無理だよぉ……」

「頑張ってガキちゃん? ほら、こんなに大きく……」

「あん……すごぃ……」

 浴室から何やら淫らな声が聞こえるが、お構いなしにネムが扉を勢いよく開ける。

「おい! ニーナたちがいたぞ!!」

 取っ手を持った手を支点にしてバガンと音を立てて扉が外れた。

 それすらも構わず浴室を覗く。

「ほぉら、次はこんな……」

「エチすごい、なんでそんなに大きくシャボン玉が出来るの……?」

 泡に塗れてガキとエチが互いに手でシャボン玉を作り合っていた。

「あ、ネムっち見て見て。エチってすごいんだよ。こんなに大きなシャボン玉が……」

「こんなことも出来るのよぉ」

 と、胸の谷間に膜を張って「ふーっ」と吹くと小さなシャボン玉がポポポンと舞う。

「おー、すげぇ。オレも後でやってみよー」

 そのシャボンに感心してネムが自分の胸元を見る。

「ふ……」

 と悟った顔でネムが胸元をさわさわと撫でた。

「……ネムっち、まだ希望があるよ」

「胸の話をするんじゃねぇ! ……って、ちがぁぁぁぁう!!」

 暢気な雰囲気に流されそうになってしまったがそうではない。

「ニーナたちがいたんだよ! 早くとっ捕まえようぜ!!」

 何度も隣のニーナたちのいる部屋の壁を指差してネムが声を荒げる。

 一瞬の間をおいてエチとネムが顔を見合わせ、次の瞬間鬼の形相へと変わった。

「アタシの靴代ぃぃぃ!!」

「ワタシのお金ぇぇぇ!!」

 思いっきり部屋の扉を蹴り開けて、隣の部屋へと飛び込む二人。

 それも、体中泡だらけの素っ裸で。

 外れた扉を捨て置いて、ネムも慌てて後を追う。

「きゃああああああああああああああああああああ」

「いやああああああああああああああああああああ」

 室内ではガタガタドタドタと暴れ回る音がしており、後追いでネムが中へ走り込もうとした。と、同時に下着姿で飛び出してくるニーナと執事。

「ぶぎゅぅ」

 二人して体当たりでネムを押し倒し、その勢いのまま倒れたネムを踏んで廊下を走って逃げて行く。

「いってぇな! おい、ふざけん……」

「ぶぎゅるぅ」

 息つく暇もなく後続のエチとガキがネムを踏んでニーナたちの後を追う。立て続けに衝撃を負ったネムの意識はそこでブラックアウトしていった。

「エチ、今ネムっち踏まなかった?」

「わざとだけど、気のせいでしょ?」

 悪びれず、未だに泡を纏った以外は素っ裸で二人が廊下を走っていった。


 ――ここのホテルは内装が無駄に凝っており、中央にはロビーがあったり、吹き抜けで三階まである建物をど真ん中からぶち抜いていたりと、まるで「普通の」高級ホテルのようだ。

 そして、今一度語るべき点は、ネムの手帳を奪って逃げ続けたようにニーナたちもまた、ネムたちと同じようにステムパンク内を体一つで走り回って移動をしているということだ。二つのグループが追いかけっこをするとなれば、当然のように建物の中を上下に暴れ回ることになる。


「ニーナお嬢様。なぜ自分たちの居場所がバレたのです?」

 ロビーにまで繋がる廊下を一直線に走りながら執事が頭を捻った。

「ワタクシにわかる訳ないじゃないですの!」

 吹き抜けを飛び降りて、幅跳びのようにそのまま一つ下の階へと転がり込む。

「ただ、見つかってしまった今、自分が思うにですね。恐らく手帳を奪うといった作戦そのものが失敗だったのではないかと」

「貴方がネムから手帳を盗ってきたのでしょう!?」

 廊下を塞ぐように置かれた清掃用具を前宙で飛び越えてニーナが執事を一喝した。

「いずれはこうなるって分かっていました。が、ふと自分の心に問いかけた時、お嬢様の困り顔も拝見したくなった所存でございます」

「この、ドM アン ドSがぁ!」

 執事はニーナの振り下ろした手を避けて、廊下の曲がり角で側転をして急なターンをこなす。

 ただ、廊下のその先にガキが先回りして待ち構えているとも知らず。

「ここは通行止めでーすっ! さぁ、大人しく捕まってね!」

 そんなガキに構わずに走って来る二人。

「執事はともかく、ニーナだけは絶対に捕まえる! アタシの靴代なんだから!」

 ガキはニーナに的を絞って捕まえようと両腕を広げた。


 ――が、


「そんな遅い動きで自分たちを捕まえられると?」

「二兎追う者は一兎も得ずですわ。甚だ馬鹿げたお話ですから、肝に命じておきなさい」

「というわけで残念ですが、一対二じゃこっちのが有利ですから」

 刹那の出来事だった。

 ニーナがガキの目の前でフリップして急ブレーキをしたかと思うと、執事がガキの股下をすり抜けていく。それと同時にニーナが壁に手をついて、体を捻って壁で三角飛びをする。

 突然視界をニーナのフリップで塞がれたガキは、股下を抜ける執事の動きに反応することが出来ず、動きが止まる。視界の端で動いた二人を慌てて目で追うも、執事の足払いによって体勢を崩してしまった。

「ビッチな猫さん。ごきげんよう」

 そう耳打ちするようにニーナがガキの横を走り抜けていく。

「えぇ!? なにそれぇ!」

 まんまと出し抜かれたガキが立ち上がって悔しそうに後を追い始める。


「オーホッホ。まず一人! このまま逃げ切ってしまいましょう!」

 ニーナが高笑いをして廊下を走る。

 突き当りの階段を飛び降りるニーナと、そのサイドの手すりを滑るように駆ける執事。

「ニーナお嬢様」

「何ですの?」

「自分、大変な間違いを起こしてしまった気がします」

 階段から一階のロビーへと続く廊下へと移っていく。

「間違い?」

「はい。それで、もし、その件でお仕置きを頂けるならば喜んでお受け致しますね」

 既にお仕置きをされることを想像しているのか執事が頬を染める。

 走り抜けていく先にロビーが見え、そこを突っ切れば外に出られるのだが、そのロビーの中央にエチが待ち構えていた。

「観念してねぇ? この先には行かせないの」

 ここへ来る前にリックストリートで手に入れた男性店員のベルトをパシィンと鞭のように打ちつけながらエチが悪い笑顔を見せた。

「……ニーナお嬢様、ここは自分が」

 呆れたと言わんばかりにニーナが頷く。

 エチ目がけ走って行く執事。それを迎撃しようとエチがベルトを構えた。

「自ら突っ込んでくるなんてお馬鹿さぁん!」

 スパァン! と音を立ててベルトが鞭のように執事の脇腹を打つ。人体の部位でも脇腹に鞭を打ち付けられるのはその道の上級者でもかなりのダメージとなる。

 当然、策があるために突っ込んだのだろう。そう懸念したエチだったが……。

「んぎぃ! ありがとうございますぅぅ!」

 涎を垂らして恍惚の表情を見せながら顔がだらしなく弛緩する。

「なっ……!?」

 その表情を見て呆気にとられたエチの手が止まる。

「あの子、あれぐらい避けられますのに……」

 残念な子を見る目でニーナが走り抜ける。

「にぃがすかぁぁぁぁぁ!!」

 走り抜けるニーナの頭上、ロビーの吹き抜け部分から声がしたかと思うと、二階からクルクルと縦回転して、先ほど撒かれたガキが降って来る。

「ニーナお嬢様!」

 エチのベルトを腕に絡め取り、そのまま床に引きずり倒すと、ニーナを庇うようにしてガキの前へと走り出る。人一人を片腕で引きずっているのにも関わらず、ガキとの正面戦闘で怯むことなく手を組み合う形となった。

 互いの力は均衡して、その場でギリギリと力比べに転じる。

「本来、自分はお仕置きをする側なのですけどね? ビッチな猫さん?」

 執事が余裕に皮肉を垂れながらガキを先へ行かせまいと押さえつける。

「言ってくれるじゃないの。てっきり非力な執事だと思ったら、嘘吐いてたってわけね。エチ引きずってアタシと互角だなんて、アタシもアンタが男の子だったら、さぞいい声で泣かせていたと思うよ!」

 ガキも負けじと手に力を込める。

 エチは完全に戦意を削がれ、床に寝そべる形で二人の取っ組み合いを傍観していた。

「ありがとう。貴方の犠牲は無駄にはしませんわ」

 ニーナは入口から店の外へと出ようとスピードを上げる。

「あぁ! 逃げられる!」

 ガキが悲観の声を上げ、組み合った手を解こうともがくも一向に腕は離れない。

 もうニーナを止める術は無い。

「それでは、ビッチなお馬鹿さんたち、ごきげんよう~っ!」

 ニーナが嬉々として手を振って、店の外に一歩足を踏み出したときだった。

「ふんぬっ!!」

 ――ドゴォッ!

「はぶっ!!」

 瞬きをする間もなくニーナが勢いよく地面に叩きつけられた。

 その光景を見ていた三人の目が点になって、何が起きたのかを理解できていない。

 頭から湯気を出して倒れるニーナに向かって叩き付けた人物が仁王立ちで吐き捨てる。

「無銭退室はお断りだ。ボケが」

 事務所で一部始終を見ていたこのホテルのオーナー。通称おっさん。

 どれだけ店内で暴れても構わないが、お金を払わずに出ていくヤツは男女関係なくこうなるのだと、マジマジと教えてくれた。

「こえぇー……」

 他人事でガキが呆気に取られた声を出した後、拳から煙を撒きながらホテル『ウテルスパンク』のオーナーはサングラスを中指で上げて、事務所へとニーナを引きずって行った。


         ▲▼         ▲▼         ▲▼         


 ベルトを使って後ろで手縛り付けてニーナたちを囲むガキ、エチ、おっさんの三人。

 依然としておっさん以外はろくに服も着ずにその場に立つ。

 一応は事務所にあったバスタオルを肩にかけたのだが、流石にロビーで全裸なのは公的良俗に反するだろうということで事務所まで場所を移した。

 ――公的良俗なんてものが彼女らに通用するのかは置いといて。


「ちょっと! これ、キツイじゃないですの! 解きなさいよ!」

 身をよじってベルトをはずそうとするニーナ。

「自分はもう少しきつく縛っても大丈夫です。むしろもっと強くして頂けませんか……?」

 ニーナの身悶えする様と自らの動きを拘束されたことに対して執事が蕩けた顔を見せる。

「解く訳ないでしょっ。アンタたちのせいでアタシたちがどれだけ苦労したと思ってるの!」

 ぷんぷんとガキが頭から怒りマークを飛ばす。

「ビッチ娘共がビッチお嬢様を追うとはねぇ。いつもとは逆になっちまってるな」

 おっさんが面白そうに笑う。

「おじ様、笑いごとじゃないのよぉ?」

 エチが腕組みをして不満を漏らした。

 服を着ていないせいで腕に押されて胸が弾けてしまいそうだ。

「そうですわ! ワタクシたちはこのビッチたちにちょっと痛い目を見てもらおうと思っただけですのに!」

「うるさいよ! アンタたちのせいでアタシたちがどれだけ苦労したと思ってるの!」

 先ほどと同じセリフを吐いてガキがニーナの頭をぐりぐりと強く抑える。

「イタタタっ!」

 まぁまぁ、とおっさんがガキの手を止めながら言う。

「……で、ビッチ娘共、こいつらに何かされたんじゃねぇのか?」

「そうだった! もうっ! アタシたちのお金返してよね!」

「お金というか手帳なのだけれどぉ……」

 ずいっとニーナへと顔を寄せるガキとエチ。

「……手帳? なぁビッチ娘共よ」

「なによ」

「こいつら、ほぼ素っ裸だぞ? どこに手帳を持ってるって言うんだ」

 じろっとニーナたちを見下ろして、ガキが「あっ」と小さく声を漏らす。

 細い紐のパンツや、膨らみかけの胸を覆うブラジャーからは手帳らしき形が見えない。

「もしかしたら、もっと収納できるような場所に突っ込んでるかもぉ」

 エチが自分の下腹部を指差して言う。

「それだったらアタシはドン引きだ……。そんなとこから出てきた手帳は触りたくないよ」

 うげぇ、と嫌そうな顔でガキ。

「入る訳ないでしょお馬鹿!」

「自分がさっき手帳を持って来るのを忘れたのに気づいた時はもう遅かったですね」

 そう執事が言った時だった。

 事務所の扉がキィと音を立てて開いたかと思うと、全員分の荷物を持ってネムが中へ入って来る。

「あ、ネムっち」

「お前ら何してるんだよ。服も着ねぇで走り回りやがって」

 ドサドサと荷物を床にぶちまけてネムがソファーに腰を下ろす。

 何かを察したおっさんがいそいそとニーナたちの拘束を解いて、受付の椅子へと避難する。恐々と肩を竦ませて見て見ぬふりへと転じた。

「手帳はそいつらの荷物と一緒に放置してあるし、お前らは一体何と戦ってたんだ」

 大きくため息をついたネム。

 全員服を着て各々が椅子やソファーへと、静かに腰掛ける。

「まぁ、なんだ。お目当ての物は取り返したみたいだし、一件落着じゃねぇのか? なぁ? ビッチ共?」

 おっさんが全員の顔を見回してなんのフォローにもなっていない助言を入れて頷く。

 全員が黙ったままなのは、気まずいからとか言う訳ではない。

「……まぁ、一件落着だな。ただ――」

 そう口を開いたネムに、おっさんを除いた皆が一同にビクッと肩を跳ねさせる。

「……ただ、なぁ? こうなっちまったらどうしたらいいのか俺には分かりかねるなぁ?」

「あのね? ネムっち、あの時は急いでたからね?」

「そうですわ。ワタクシたちも反省しておりますの。ね?」

「ニーナお嬢様。ここは頭を下げて謝ったほうがよいかと。このように床に額を擦りつけて。このようにです」

「ネムちゃん? 寝不足が祟っているのよきっと。一度帰って寝ましょう?」

 全員がネムを刺激しないように出来る限りの低姿勢で話す。


 ――しかし、


「嫌だね。全員そこに並べ。オレが喝を入れてやるから」

 彼女から溢れだす黒いオーラは止まる事を知らない。

「あ……ちょっと、まっ……」

「問答無用。後悔する前に、神以上に俺に懺悔しな」


 ――その後ホテル内には大きな悲鳴が四人分響いた。

 部屋の中で暴れた際に手帳は水浸しになって、踏まれて、破れてボロボロになってしまった。つまり、大事な書類も何もかもが文字通り水の泡となってしまったという訳だ。


 さてまぁ、今後のことはさておき、こうして今日一日のプッシードールズの仕事は紆余曲折の末に無事に終わりを告げたのだった。


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