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錬金術師の弟子(仮)  作者: ごに.
1/2

〇〇 Prologue

初めての投稿になります。

よろしくお願いします。


 ぱちりと目を開けた。

 ズキッと強い痛みを覚えて、思わず目を強く閉じる。ズキズキと脈打つように痛みを持ち、まぶたの裏に星が泳いだ。光に慣れていなかったのかと理解する。

 痛みが落ち着くと、今度はゆっくりと目を開けた。

 視界の先には、木製の天井が見えた。見たことがないなと、起き抜けの冴えない頭で思う。

 それにしても、妙に頭が重い。ぼんやりともしている。起きたばかりだというには些か酷いような気がした。いつのまにか歪めていた顔をそのままに、自分の状態を確認した。

 どうやら私は寝ている状態のようだ。ズンと沈む頭は柔軟性のある枕に沈下され、横たわる体はやや重みのある布団が掛けられている。

 いつの間に寝たのだろう。記憶にない。

 やや起き始めた頭で、疑問に思う。

 見知らぬ場所で、ご丁寧に清潔そうな布団まで掛けてぐっすり眠れるものなのか。仮にこの場所が自宅だとしても、見覚えのないことなどありえるのか。いやそれよりも。

 最も重大な疑問に行きつき、愕然とした。


「私は……誰?」


 私は、自分に関する記憶の一切がなかった。

 思い出そうとしても、その先から全く分からなくなる。真っ暗な場所に一人取り残されたような、言いようのない孤独と不安と、恐怖と焦燥。自然と呼吸が荒くなる。自分の呼吸音が、厭に生々しく耳に入り込んでくる。

 打ち消すように、何か自分を知るものはないかと駆られ、天井の模様を追うように頭を動かした。

 私が寝ているベッドのすぐ横には椅子があった。落ち着いた赤いクッションが置いてあって、座り心地が良さそう。先ほどまで誰かが座っていたのだろう、側にある小さな丸テーブルに湯気の立つティーカップが置いてある。

 少し離れたところにはタンスがあった。それぞれの持ち手は燻んだ金製で、アンティークな印象を受ける。やや深い茶色のタンスによく合っていた。

 向かい合うように、反対の壁側には本棚が置いてあった。ここからでは表紙の文字がよく見えないが、少なくとも、理解出来なかった。

 よく言えば、文字が、分からない。判別が出来ないのだ。文字が文字として理解出来ず、その意味も分からない。模様のようにも思うそれは、遠いから分からないのかとも思ったが、それは違うと言い切れた。()()は、日本語でも英語でも、ましてや中国語でも韓国語でもない。おそらく、どの国の文字にも該当しないだろう。

 そこまで思うと、汗が途端に噴き出した。額から流れ落ちる感覚がするから、きっと布団も枕もびっしょりだろう。

 私は頭の中で浮かんだ言葉を反芻する。

 いやきっと、それは間違いだ。間違いなはずだ。そんなことはあり得ない。あり得るはずがない。

 ここは、私のいた世界ではない。記憶がなくても、それだけははっきりと分かった。

 私は────。


 ガタン、と音がした。

 私はハッと音がした方を見る。タンスの向こう、扉の方を見つめる。

 誰かが入ってこようとしている。この部屋に。私がいる、この部屋に。

 いけない!

 私は体を勢いよく上げ、布団を掻き上げた。重いはずだった頭は、一瞬の痛みが襲ったがそれだけだった。なんとしても逃げなければと掻き立てられていたのだろう、私の体は驚くほど俊敏に動いた。

 逃げる場所はないかと周囲を見回す。淡い黄色のカーテンが目に入った。隙間から光が漏れている。眩しいと思ったのはこれか。

 私は迷った。窓から飛び降りるか、それとも迎え撃つか。フラついたこの体では、どのみちまともに動けない。この状態で対峙してもどうせやられてしまう。ならば。

 私はカーテンを乱雑に開けのける。そこには案の定窓で、窓枠には捻締り錠があった。

 キィキィと音を立てて鍵を開けようとするも、焦ってなかなか上手く回らない。

 そういえば、と私は思い出した。それは本当にふと舞い落ちた感覚。記憶喪失では、思い出そうとすれば頭痛が伴うものだと思っていたが、そうではないらしい。それとも、それに至るような深いところにあるものではないのだろう。

 私は螺子を回すのをやめ、木枠ごと窓を掴む。螺子式の鍵を持つ窓は、窓をそのまま引っ張ってしまえば簡単に外れる。子供の頃、学校でそれをやって先生に叱られたっけ。

 ガタガタと窓を揺すって外そうとしていると、後ろから女性の声が聞こえた。

 しまった!

 窓に夢中になっていたせいで、入ってくる人に気がつかなかった。


「何をしているのタミア!」


 タミア? それは一体誰だ。私の名前は───。


「……痛っ!」


 咄嗟に頭を押さえた。激しい頭痛がする。ズキズキと、まるで頭の中を尖った刃物で何度も突き刺されているみたいだ。

 急に痛みに蠢く私を心配したのか、女性は「どうしたの!?」と叫んで近寄る。

 女性は私の肩を抱き、頭を撫でる。まるであやすように、愛でるように。

 動揺する思考をよそに、突き刺すような痛みは徐々に引いていった。


「大丈夫?」

「はい、もう大丈夫です。あの、ありがとうございました」


 すみませんと言い、女性の顔を見る。

 とても綺麗な顔をしていた。透き通るような白い肌、すっと通った鼻筋、空のような青い眼、柔らかな黒色の髪。そして、不思議そうに眉を寄せた表情。


「本当に大丈夫? 頭から落っこちてしまったのだから、こうなるのも無理はないわ。お医者様も、混乱して突飛な行動をとることもあるからっておっしゃっていたものね……」


 女性は、私の頭を撫でながら小さく溜息をつく。柔らかくて、暖かい優しい手だった。


「落ちたって、どういうことですか」


 私の問いに、女性はきょとんと呆気にとられたような顔をした。「覚えていないの?」と言う。

 覚えていないも何も、私はそもそもそんな状況に陥るようなことはしていない。と、私ははたと思い留まる。

 この記憶がない状態が、もし頭を打った衝撃によるものなのだとしたら。頭痛の原因も、私が誰なのかも、見たことがないと思う文字も、目の前の女性が誰なのかもみんな、一時的な記憶喪失なのかもしれない。そうだとしても、じゃあこの言いようのない不安は、一体なんだというのか。現実味のない感覚、空気の匂い。私の中にいる、もう一人の私が言う。()()は、私が元いた世界ではない。


 パンッと乾いた音がした。思わずそちらを向くと、女性が手を合わせていた。手を叩いたのか。

 女性はにこりと私に笑いかけると「ご飯にしましょう?」と首を傾げた。

 私は、女性のその笑顔に、妙に脱力した。悶々と考えていたことがどうでもよくなってしまうような、あまりにも綺麗な笑顔で、つい私もつられて笑ってしまった。

 女性は私の笑顔を見て、「食事の支度をしてくるわね」と席を外した。


 再び一人になった部屋で、私は窓の外を見る。

 今考えたところで、何も分かりはしない。分かることは、私は今この場所で生きているということ。生きてさえいれば、後のことなどどうとでもなる。

 透き通るように晴れ渡った青空と二つの月、遠くにそびえる白壁の西洋城とそれを囲む家々、そして眼前には覆い尽くさんばかりの濃く生い茂る緑の樹々。

 外の景色を見ても、何も思い出せはしなかった。そうだろうと思っていたから、先ほどのように動揺はしなかった。

 今は、何も分からなくていい。この世界が、私がいた世界でないなら、これから知っていこう。自分が一体何者なのか、なぜ記憶がないのか。自分がここにいる意味を、これから。

 ああ、ほら。いい匂いがしてきた。あの人が食事を作ってくれている。なんだかお腹空いてきた。まずは、腹ごしらえだ。


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