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終わるセカイの過ごし方 ~終末にはすてきなシネマを~  作者: 蒼蟲夕也
第二話『怪獣に関するレポート』
9/32

その2

「――撮影?」


 ジョカンが目を丸くする。

 窓を見ると、外はペンキで塗りつぶしたみたいな暗黒が広がっていた。


「嘘だろ……」

「これから予定でも?」

「いや。それはないけど」


 たくさんゲームをして、ぐっすり眠る。それ以外に今日の予定はない。

 だが、今から暗闇へ向かって飛び出していく気持ちでもなかった。

 なんとか否定的な意見を口にしようとしたが、


「俺、まだ風呂にも入ってないぞ」


 大したことは思いつかない。


「ごめん、我慢して」


 カントクはしょぼんとして、言った。


「撮り忘れがあったのよ」

「撮り忘れ?」

「一昨日の撮影でね」


 カントクが言うと、ジョカンはうなずいた。


「ああ……あの日か」


 たしか、街の風景素材を撮影した日である。

 カントクは、わりと時間に余裕を持って撮影に挑むタイプであったが、その日ばかりは運がなかった。突如降り出した雨の影響で、進行がかなり遅れたのだ。


「一番大切なシーンを忘れてたの」

「なに?」

「夕焼けに染まる街のシーン」

「よりによって、ラストか」


 替えの効かないカットであることは明らかだった。


「日程を確認したんだけど、撮れそうなのは今日くらいしかなさそう」


 いま、ジョカンたちが撮っている映画の締め切りとなる日は、今からおよそ三週間後の学園祭、――通称、“春祭”と呼ばれる行事である。

 現状、撮り終えている画は八割弱。

 残りの二割の撮影は今週中に行う予定で、これは役者の予定の兼ね合いもあるため、スケジュールを動かすことはできない。

 その上、この映画はいくつかのCG合成処理を外部に委託している。遅くとも来週にはPCによる編集作業に入らなければならないのだ。


「ごめん、あたしのミスだわ」


 カントクは、むしろこちらが意外に思えるほど、素直に自分の非を認めた。

 とてもではないが、授業中、堂々たる態度でぐーすか眠りこけている少女と同一人物とは思えない。


「そう言うな。こういうのは連帯責任だ」


 仏心を出して、そう言ってやる。

 確かに、この映画の全体像を把握しているのは彼女だけだ。撮り忘れがあった場合、ジョカンとホンでは気がつきにくい。だが、全く気づけない訳でもない。


「そう言ってくれると助かるわ」


 その頃には、ジョカンも深夜の強行軍に賛同する気分になっていた。


「しかし、どうやって撮る? 必要なのは“夕焼けに染まる街”だろ?」


 今から出かけたとして、撮れる画ではないような気がするが。

 すると、カントクは少しだけいつもの元気を取り戻して、言った。


「一つ案があるわ。――少しカメラを調整して、朝焼けを撮影するの」

「朝焼け?」

「うまく撮れば、朝焼けを夕焼けに見せることができると思う。映画のマジックね」


 言って、にひひと笑う。

 この日、彼女がしおらしい態度を取っていたのは、その瞬間が最後であったことに気付くのは、ほんの少しだけ後のことであった。


 ▼


 二人が玄関口にある靴箱に着いたあたりだろうか。


「――待ちや、“映画部”」


 早足に歩く二人を呼び止める声。

 振り向くと、モデル体型の美人がこちらを睨み付けていた。


「……あらあら、あらら。ご機嫌麗しゅう、生徒会長」


 丁寧な言葉使いとは裏腹に、カントクの表情は苦虫を噛みつぶしたようだ。

 ジョカンも、生徒会長の顔は知っている。だが、面と向かって話したのはこれが始めてだった。

 漆で塗ったように艶のある黒髪と、男子に引けをとらない長身。切れ長の目と、なんとなく仕事できそうなオーラ。

 普段の服装からしてだらしがないカントクと並ぶと、二人はまるで対照的に見える。


「キミら、どこ行くつもり?」


 生徒会長の発音は、絵に描いたような“中央”弁だ。小さい頃は、“中央府”の第二種保護区域で、ゴキブリと一緒に育てられたという。


「どこって。……外に決まってるじゃない」

「あかん。就寝時間やろ」

「部活動よ」


 短い問答で、カントクは自身の正当性を主張した。

 “映画部”には、規則に囚われることなく、自由に外出できる権利があるはずだ。必要な画を撮影するためには、時として昼夜を問わずカメラを回す必要があるためである。

 生徒会長は腕組みをして、自分の胸ほども身長のない少女を見下ろした。


「部活にかこつけて、不純な遊びでもしとるんちゃうの」

「フジュン?」


 カントクがぽかんと口を開けて、首を傾げる。


「具体的には?」

「皆まで言わすなや。不純異性交遊的なやっちゃ」

「イセイ? コウユウ?」


 なおも首を傾げ続けるカントクに、


「セックスや、セックス! 隠れてセックスしとらんか勘繰っとるん!」


 真夜中の校舎に、「セックス」という言葉がこだました。たまたま通りがかった”年少組”男子数名が、びっくりした表情でこちらを見ている。


「セックスって、誰と誰が?」

「俺とカントクが、だろ……」


 さすがにいたたまれなくなって、ジョカンが口をはさんだ。


「なっ。難癖にもほどがあるわっ!」


 カントクが苦々しく顔をしかめる。


「ふん。何にせよ、カップルでの外出は認められへん」

「ホン、……じゃなくてマキナが、表で車を回しているわ。少なくとも、カップルではないけれど」

「フム……さよか。ならええけども」


 どうやら納得はしてくれそうだ。


「でもな。一度難癖つけたからには、こっちも何か手を打たなアカン。他に示しがつかへんからの」


 生徒の自主性を重んずる”学園”において、生徒会長の権限は大きい。

 それはまるで、一昔前の学園マンガのようだという。


「どうしろって言うのよ」

「ケチつけたんはウチや。あんたらの部活、付添ったる。ちょうどキミんとこは、年一でやる視察もまだやったしな。それで、どや?」

「……別にいいけど」


 カントクは、無表情で首肯する。


「でも、自分の身は、自分で守りなさいよ」

「アホウ。文化系のキミらと一緒にすな。キミらこそ、ウチの足、引っ張らんよぉにな」

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