市民の探偵(6)
事務所に戻ると妙な静けさだけが部屋内を支配していた。椅子に思いっきりもたれ掛け、ソフト帽を顔に乗せたままひたすら目を閉じる。耳に入ってくるのは鈴のカタカタキーボードを打ち続ける音にカチカチと鳴るマウスの音だけ。
「……お茶」
「自分で淹れてください」
頼みは速攻で断られ、更に沈黙はひたすら続く。そのやり切れなさにまたため息が出てしまう。ただ、脳内に流れるのはあの荒れ果てた倉庫跡地。さらにはそこで大暴れしている画像で見た化物の姿が幾度となく想像されてしまう。
次に流れる映像はその化物に何度も事務所に足を運んでくれる顔知れた市民が襲われる状況。あの学生たちが化物と対峙している様子。鈴が化物に襲われ、自分の首を今にも狩らんとする化物の姿が脳内で流れ始めた時、遂に目を開けもたれ掛けていた体を上げた。
呼吸が荒く、首元に汗が出ている事を知り、手で拭うと床に落ちた帽子を壁に掛けた。
「どうかしたんですか?」
「あ……いや……大丈夫だ」
自分にも言い聞かせるように首を振りながらそう告げると椅子に座りなおした。目を空けて視界にはいつもの事務所が映るが、それでも脳内に流れる化物を振り払うように席を立ちあがった。
窓から外の景色を眺める。はっきり言って平和だった。和やかな時が外では流れている。だが、一部では化物があばれている。化物が現れたらここも平和ではなくなるだろう。
「鈴……例の化物について少しネットで調べてくれないか?」
窓から鈴の方に顔を向けると、遅れて鈴も見返してくる。しばらくまた沈黙が続いたが鈴はやがて笑みをこぼした。
「やっぱり気になるんですね。首、突っ込むんですか?」
「違う、違うが……」
「ふっ、分かってますよ。もうある程度は調べました。見てください」
助手、未来鈴はまるで真がそう告げるのを知っていたかのようにパソコンの方にて招きしてくる。そんな姿を見てどこか頼もしさを感じながら鈴の横からパソコン画面を覗く。
「今まで現れた化物は恐らく四種。警察の公情報では無くネット情報なので確信はありませんけど。で、画像がこれです。どれもはっきり写ったのは見つかりませんでしたけどね。まあ、こんな化物を見て冷静に近づいて撮ろうなんて思う人は、居ないでしょうし」
画面に並べられた四の画像。全体的に赤く尻尾、角羽根が生えたもの、同じく羽が生えているが赤いのとは違い黒い皮膚のもの。そして人型のライオンみたいなもの、ライオンやらヤギやらが合体したようなもの。どれも化物としか言いようがない容姿をしている。
「初めて出現したのは麻布田の銀行ですね。赤い奴が銀行を襲ったとネットでは騒がれています。それから、今度はその銀行に赤い奴の他にライオンの化物も出現。戦闘を起こしたらしいですよ。しかも赤い奴は炎を吐くとか。
そして今回、ここ理戸市の倉庫での事件ですが、これはあんまり情報が無いですね。ついさっき起こったばかりと言うのもありますが、誰もその戦闘シーンを見た人はいないらしいですね。警察が到着するのが遅れたみたいですし、人もあまり通らない場所なので。ただ、ギリギリ画像だけはとれたみたいですけど」
そんな説明を受けながら唸るばかり。こいつらは何者で何が目的なのだろうか。
「鈴、こいつらは敵対関係になるのか?」
「さあ、そんな事は分かりませんよ。ネットでは化物がただ暴れているって事だけで精一杯です。そんな事、分析するほど余裕なんてありません」
「まあ、そうだろうな。俺たちにとったらあいつらが敵対関係だろうと同種生命体だろうと知ったこっちゃない。ただ、恐怖の対象でしかないからな」
そう確信するともう無駄だと悟り、画面から目を話す。棚に行きコーヒーを注ぎ始めた。
「やっぱり、俺たちがどうこう対処できる物じゃない。警察だって立派な組織だ。何とかしてくれるだろうよ。俺は市民探偵だ。俺は平和になる日……、化物が全て捕獲される日を待ちながら、街の問題を解決すればいい」
「…………、そうですね」
鈴の今一つ力のない返事をかみしめながらコーヒーを啜ると、事務所のドアの前に一人の女性が立つのが目に見えた。
「どうやら、その街探偵の出番の様だな。依頼人かな?」
「中途半端に恰好つけないでくださいよ」
「分かってらぁ!」




