Ⅰ:別世界で異形の敵軍勢を全滅させて戻ってきたら色々大変である
新章スタートということでナンバリングを変えました。章分けもします。
正確に測ったわけではないが、およそ2年ほどトマと副人格達は
赤い空と青い月の下の紫色の世界で夥しい数のバケモノを殺戮し続けていた。
眠ってないだけできちんと食事(基本バケモノの肉)をしていたので
トマはそれなりに肉体を普通に成長させていた。それなりとは言っても
人間種の見た目を表面上維持する程度のそれなりである。
しかし実はトマは少しばかり人間種にの肉体に対して思い違いをしていたため、
トマの身長は六尺三寸(約191cm)という人間種では十分に巨体な
高さとなり、体重も二十三貫(約86kg)近くに増加しており、
この世界の人間種の中では結構な巨漢の部類である。
最初は筋肉もそれ相応に増大させようかと考えていたようだが、
あまり膨れ上がるのは的が大きくなるのを好としなかったのか、
少し絞っているので、見た感じとしては少しひょろ長い印象となった。
そんな大きさに成長していたトマは伸び放題な髭面を
軽く掻きながら胡坐をかいて目の前の魔方陣を見つめ、
煌々と輝きながら動き続ける魔方陣に手をやって何か作業をしていた。
「何してるの。主人格」
「糞眼鏡の送還魔術の逆アセンブル探知だ」
『そういやぁ最近はあんま動いてなかったもんな』
「敵機の数は減少の一途。しかし今だ全滅とは言えない」
「空中の敵機は確実に全滅へと近づきにけり」
そういえば髪も大分伸ばし放題だったなと思うトマ。
よく見ればD=8と同じくらいに髪が伸び放題だ。
「主人格。僕の個性と被っている」
「一切の問題を感じない。認識信号は明らかに別個」
「B=011、デーアハトなりの冗談にけり」
『フハッ…! 今更過ぎるボケじゃねえか…!』
笑いながら飛びついてきたバケモノを砂に還すA=8。
実際副人格達はバケモノ達を虫のように殺しながら今みたいな会話をしている。
「……よし、大体の座標は如何にか掴んだ。後は…」
トマは自らに覆い被さらんとしていた軟体生物型のバケモノを
完膚なきまでに木っ端微塵に吹き飛ばす。
「…ふぅ。流石に飽きてきたな」
「戦闘開始より21900時間を超過」
「うん…久しぶりに長く動いてたね」
「前世界の流行時間との差異を危惧したり」
『お? まだ二年ちょいしか経ってねえじゃん?
何が問題なんだよW=13?』
トマはアーツヴァイがヴェドライツェーンに対して発した言に、
やはりアーツヴァイは最も古い時代の儂が基になっているだけあって
時間の感覚が他の副人格以上に緩いのじゃなぁ…と小さく溜息をついた。
「さて…何で締めるか……あぁ、向こうでは危険すぎて試せなかった
"彗星群召喚"をやってみるか」
トマは周りの敵の掃討を副人格たちに任せ、
足元に巨大な魔方陣を展開して詠唱を始める。
「Das Ende der unendlichen Weiten des Universums, Kometen fliegen.
Tragen sowohl Leben und Tod, Menschwerdung Gottes oder des Teufels.
Nun führe ich Ihnen, die Reinigung, die Wiedergabe.
Unten auf dieser Erde, Mebuke genannt das Leben den Tod.
(広大な宇宙の果てを、飛び交う彗星よ。生と死を両方運ぶ、神か悪魔の権化よ。
今、我は汝らを導く、浄化を、再生を。この大地に降り、死を呼び命を芽吹け)
来たれ! 彗星雲の凱旋…!」
上空にこの辺り一帯…いや、もしかしたら全土を覆い尽くすかもしれないほどの
巨大な魔方陣が浮かび上がり、魔方陣のそこかしこから…
大量の隕石が降り注いで大地を爆破の華で埋め尽くしていった…。
『あーあ…もう終わりかよ…つまんねぇなぁ…』
「ふぁぁぁ…やっと眠れる…」
「地上の敵機、続々と撃破を確認」
「上空の敵機も視界上の全滅を確認しけり」
天から降り注ぐ夥しい数の赤熱した隕石群には流石のバケモノたちも驚き、
逃げようとするが、落ちた隕石が大爆発を起こして彼らを確実に消し飛ばす。
隕石の中には氷の塊もあったためか、大量の水蒸気が昇っていき、
赤い上空が見る間に曇天となり。地上に至っては溶岩地獄になりつつあった。
「主人格。惑星内外核より異常振動高熱反応を検知」
「では、儂らも帰るとしよう、この世界の終わりを見つつ…な」
副人格はトマの内に戻り、トマは逆探知にて調べた前世界の座標へ
空間転移を開始するべく超空間転移の術式を起動する。
「………さて、上手くいってくれれば幸いだが…?」
やがて未だ降り続ける隕石群によって一つの惑星が
爆発四散したか否かのタイミングで、トマはその地より転移にて姿を消した。
> > >
<帝国統一歴 1705年 荒涼秋始の月 第7日>
帝国学院はある一つの茶会が一党独裁が如しで席巻していた。
「道を空けろぉ! 北討義勇会筆頭、ハルマローシュ伯爵令嬢
エンリルエリシュ様御一行の御通りだッ!」
その声に廊下を行き交う生徒達の雑踏が左右に綺麗に素早く割れる。
「…わぅ…」
「……ふん…」
「………」
「……………………うわぁ…」
「………やはり、慣れぬな…」
最高学年の五期生の腕章を着けている男子学院生を先頭に、
心なしかやつれたような気がするスノリフレキを伴った雰囲気こそ母テァミトに
似通うものがあるが、浮かべる表情は氷結した無表情だが、そこそこに髪を伸ばし
年相応に成長したエンリルエリシュは割れた雑踏を一瞥して鼻息を一つ、
その後ろを若干不服そうだが無言で追従するのは三年前とは
比べ物にならないレベルで色々と成長しまくったイェルムンナ、
一声零して申し訳なさそうにしているのは父ハルマローシュ伯に雰囲気が似始め、
母リォリンに似たせいか中性的な顔はあまり変わらないが
その手の女性には垂涎な見た目をした細身の美丈夫なエアメルドゥク、
慣れないと呟いたのはお洒落なのか整えた顎鬚を生やし、
体格も父セム公爵に似始めてきたハノーク…の順にかなりの大所帯となった
『北討義勇会』茶会の者達が我が物顔で廊下の真ん中を突き進んでいく。
「あら、エンリルエリシュさん。今日も相変わらずなのですね」
今の彼らを呼び止められる者は数少ない。エンリルエリシュを呼び止めたのは
その数少ない者の一人であるさらに美しく成長したユェリィ帝女殿下。
前より肌の露出がさり気無く増えた格好をしているのは何かしらの嗜みだろうか。
「…何なのですか」
「ちょ、エニ…!?」
憮然としたまま応えるのでエアメルドゥクの心労は絶えない。
「…大分前からですが、最近は随分と先生方を悩ませているそうですね?」
「てーじょ殿下に関係ないことです」
「…聊か学院生の立場を超えた行いが過ぎるから申しているのですが?」
「それが何だというのですか? 殿下に対してエニが直に何かしたですか?」
「………」
「………」
「ちょ、ちょ、ホントにやめてくれエニ…!」
表面は笑顔だが、じわりと魔力の圧を飛ばしているユェリィ。
エアメルドゥクらは顔色が悪くなるが、エンリルエリシュは平然としていた。
「……日頃からそのような態度だからトマ様は貴方を…」
ユェリィのその言葉に血相を変えて飛び掛らんとしたエンリルエリシュだが、
それはもう必死にもほどがあるエアメルドゥクらとスノリフレキが全力で
宥めまくりつつ押さえる。ユェリィには護衛が居たが、彼女は彼らを制した。
「…お兄様は…お兄様は必ず帰ると言ったのです…たとえ帝女殿下でも…
さっきの言葉は聞き捨てならないのです…ッ!」
「…そうですね。流石にトマ様を引き合いに出すのは無粋でした…ご無礼を」
「……ふん」
「マジでやめてよエニ! 普通に洒落にならないから!」
「ふんッ!」
「ごほぁ!?」
帝女殿下が軽く頭を下げたのに対して
鼻息一つで応えたエンリルエリシュに勘弁してくれと詰め寄ろうとした
エアメルドゥクだったが、八つ当たりで軽く腹パンされて蹲る。
「……次の講義があるので失礼しますです。星竜宮月璃殿下」
「…ええ、くれぐれも先生方を困らせないようお願いしますよ」
「…ふん」
ユェリィの言葉に相変わらず鼻息一つで応えるエンリルエリシュだが、
何も言わないユェリィ。
何気に蹲ったままのエアメルドゥクが置いてかれた
(ハノークら数人は心配そうにはしていた)ので彼の元に歩み寄るユェリィ。
護衛たちが何か喧しかったがユェリィは八つ当たりなのか魔力圧で黙らせる。
「エアメルドゥク様。大丈夫ですか?」
「か、重ね重ねご迷惑を申し訳ありません殿下…」
「良いのです。私とエアメルドゥク様の仲ではありませんか」
「仲などと…そのような…」
「もう私と貴方は姉弟なのですから当然のことですよ…だからこそ…
今のエンリルエリシュさんを咎めねばならないのです」
トマが帝国を去って戻らぬ間に、エアメルドゥクたちの関係も色々と変化した。
エアメルドゥクは昨年末に"竜剣術"の才を創輝帝に認められ、学院卒業後という
条件をエアメルドゥク本人が定めたが彼は名実共に創輝帝の
義息という立場を確定させた。ハノークやイェルムンナは
最高学年である五期生となり、来年度の夏の終わりに帝国の
第八皇盾師団入団を内定させ、後は学院を
平穏無事に卒業するのみとなった。
「最近はミーシュ様の言葉さえ聞かなくなりましたね…」
「いや、元々から聞いてはいないんです…ただ、無視する頻度が増えただけで…
ミーシュさんは…その…兄上の件でまぁ…僕としても…その…」
「…そうですか」
今までどうにかエンリルエリシュが大問題を起こさなかったのには
ミーシュらの存在もあった。何しろミーシュの立場や彼女とトマの関係性は
下手を打てないモノだと言う事はエンリルエリシュもわかってはいたのだ。
だが、年を負うごとにエンリルエリシュはその力に見合った技能をつけ始め、
それが彼女の中の自負を強大にしていったのが手伝い始め、段々と
彼女の言葉に完全な無視を決め込むようになっていったのだ。
「まさかエルマヴィさんが最後の砦になるなんて想像できませんでしたよ…」
「そうですね…今やあの御仁の商会の立場も帝国で相当大ですし…」
縁があってトマについてきた元・オストルチ大王国民のエルマヴィの存在が
まさかエンリルエリシュの暴走に対する最後の防波堤となるなど
誰も想像できなかっただろう。会ったころから不思議と馬が会うエルマヴィと
エンリルエリシュの仲の良さは今も続いていた。もしかすると
トマ同様に年の功であるエルマヴィの雰囲気が彼女の琴線を
穏やかにしているのかもしれないが、それが正しいかは誰にもわからない。
「ありがとうございましたユェリィ殿下…それではボクもそろそろ行きますね」
「……お気をつけて」
「重ね重ね感謝いたします殿下。ですが、これでもボクはエニの実兄ですから…」
少し苦笑したエアメルドゥクはユェリィに敬礼して
エンリルエリシュ達の後を追う。
その背中を黙って見つめるだけのユェリィ。
> > >
南側に帝国南方公領と西方公領の境目にある大空大連山が望める平原の某所に
数人くらいが入れそうな魔方陣が出現し、そこからトマが現れる。
「………随分と座標がズレてしまったが…時間の方は大丈夫だろうか…?」
辺りを見るも、そもそもが大自然のど真ん中であるうえに近くに
人の集落もないし今のトマの感知能力では紅玉翼竜たちの棲家も伺えないので
あれからどれほどの年月のズレないし経過があったのかは不明だ。
「…よもや遥かなる未来や過去などと言う事は……無いとは言い切れんな…」
可能性は否定できないので、トマは空を飛んだりせずに軽く走りつつ
辺りの様子を感知で探りながら、まっすぐ帝都へ進んでいった。
> > >
トマが帝都に到着したのは日没になったころだ。
「……さて、普通に入ったものか否か…」
というのもトマの格好は以前の帝国貴族の服装ではない。
服の色合いや設えが子供向けといえば子供向けなので、仮にサイズを合わせても
それは明らかな不審者っぷりを醸し出すだけだったので、今は
西フランカリマの冒険者風の格好である。見た目が人間種なので
下手をすると普通に不法入国で捕まりかねない=しゃらくさいわぁ! な展開に
なってしまう事をちゃんと危惧できたので、帝都の検問所の数メートル前で
少し立ち往生してしまうトマ。
「…ん?」
しばらくああでもないこうでもないと脳筋を回転させていたトマだが、
感知に懐かしい魔力反応を感じたのでその方向を見ると、
やたらと豪奢な馬車の列が検問所へとやってきた。
「おっ…こいつはいいや、止まr……ぬわ?!」
「馬鹿! あの印章は永世商会だぞ!」
「ふへぇ! 危ない危ない!」
見た目から難癖つけて通行料をせしめようと目論んだ帝国の門番の一人が
馬車のシンボルマークを見て他の者達と同様に慌てている。
「ターチャーハオ! 今日もお勤めご苦労さんで♪」
「た、ターチャーハオ…ブューククラクマエル=マヴィカプラン商会長様…!」
「ハハハ…! 悪かったな、臨時収入をダメにしちゃって~」
「そ、そのようなことは…!」
馬車から出てきた…伸ばした顎鬚以外まるで見た目に変化のないエルマヴィが
ニコニコしながら門番と挨拶を交わす。
「ほら、通行料おまけ付き」
ニコニコしながらエルマヴィは門番に聊か大きくジャラジャラうるさい皮袋を
軽く放り投げる。誰が得するのかはわわわ! と言いつつ取り零しそうになるも
皮袋をガッチリと受け止める門番。
「おはぁ!? こ、こんなに!?」
金に汚くある程度は正直(トマ主観な)門番は皮袋の中身を見て仰天する。
「お? んじゃ俺の隊商の入場はそれでおkってことで良いな?」
「え? あ、いや…えーと…」
ニコニコしているがエルマヴィの雰囲気は段々と冷えていく。
「そ、そうですね! どうぞどうぞ!」
逡巡したが、エルマヴィの冷たいニコニコ顔に気圧された門番は
引きつった笑顔で永世商会の馬車を次々に通していく。
「…単純計算でも正規通行料の三倍くらい出してるからな。しかも今日の荷物は
皇帝陛下に献上する物品も多々ある。ほれ、証明書だ」
かつてのトマ並みに不気味な張り付いたニコニコ顔で皇帝の印も入った
やたらと長い巻物を門番に確認させるエルマヴィ。
証明書を読み進めるたびに門番の顔から血の気が引いていく。
「大丈夫大丈夫! 只要努力,就能看到曙光☆」
「ひぃぃ!?」
ゾッとするニコニコ顔で青くなった門番の肩をパシパシ叩いて励ます(?)
トマの記憶では普通に憲兵に捕まっていた印象が強いエルマヴィの成長振りに
少しトマは驚いてしまった。
「ってことでそろそろ俺も…ん?」
「あ」
じっと見つめすぎてトマはエルマヴィと目が合った。
思わず視線を逸らしてしまうトマ。カサカサカサと帝国でも御馴染みな
台所の黒いアレみたいな速さでトマの前に近づいてきたエルマヴィ。
「………トマ氏?」
「ぬを…!」
あの時から大分見た目が変わっているはずなのに、エルマヴィは一発で
トマがトマであることを見抜いたかのように応える。
「え、ちょ…マジ…あ! マジだ! マジでトマ氏じゃんよー?!
あんたこの三年何処で何してんだよマジでさー?! あんたが居なくなってから
こちとら火消しみたいな事を何遍やらされたかってんだよもー!!」
「を…をぅ…良く僕だって分かったな…」
「おいおいトマ氏ー? 俺もエルフなんだぜ? そりゃー髪も髭もモッサモサで
まるで西方の冒険者かってくらい野暮ったい格好してても、あんたの魔力は
特徴的過ぎて調べたら一発でわかっちゃうってー!」
「そ…うだな。一応隠してはいたんだが…」
「いや隠すなって、ちょっとばかしあんたの魔力を出せば
エニちゃんがすっ飛んでくるだろー? それでもう万事解決じゃんよー?
………ってのはまぁ半分冗談だが、おかえりトマ氏。色々言いたいことはあるが、
とりあえず皆のところに帰ろうぜー?」
「あ、あぁ…」
何だか前よりも気安い感じに肩をパシパシされながら門番をニコニコ一睨みで
有無を言わせないエルマヴィに連れられて帝都内へ入っていくトマ。
…。
エルマヴィの商会の馬車に揺られつつ帝都の風景を見るが、あの時から
何も変わっていない印象を受けるトマ。ちなみにトマは髪を切り揃え、
髭も丁寧に剃ったので数え十九の18歳相応な顔立ちになっている。
服装もエルマヴィから頂戴した上等な帝国民の格好になっていた。
「この剃刀…東部フランカリマ製か…?」
「お、流石はトマ氏。諸国巡回ってのはマジだったのなー?」
「いったいどんなルートを使ったんだ…」
「そこは流石に企業秘密ってやつよ^-^ …なんてな、エルフ同士のツテは
帝国商人なんか目じゃないんだぜ?」
「人界進出二千年超の歴史は伊達じゃないか」
「そういうことだな♪ いやー、しっかし色々とデカくなったなトマ氏?
見た感じだけじゃ誰にも気づかれないんじゃね?」
エルマヴィのその言葉に色々と複雑そうなトマ。
「正直、面倒なことに巻き込まれなければ十年は帝国に戻らないでいたのだが…」
「ほーん? まぁトマ氏の面倒ごととか聞かないほうがいい気がするわ」
「そうしたいのは山々なのだが…」
件が件なのでトマはある程度掻い摘んでエルマヴィに今までのことを話す。
「…あぁ、あの我侭無限会社か…」
「やはりお前の方でもそうなのか」
「商売敵ってレベルですらねぇよ、あいつらは。ぶっちゃけ人類種の敵だわ」
エルマヴィの情報網でもアブラカダブラの悪評は酷いものだった。
知っている限りの連中の情報とほぼ相違ないレベルの内容にも驚かされるトマ。
「まだ帝国とか東側にはほとんど影も見せてないが、西側は大変だぜ」
「それはどういう…?」
トマが飛ばされた別世界で修羅場を展開していた間に、アブラカダブラは
元々から懇意だったアーリエタニア連合王国に全面的に協力し、
それもあってアーリエタニアは名実共に「大アーリエタニア帝国」こと
大鳴帝国を名乗って西側に大規模な侵攻作戦を始め、その結果…
ノルスヴェ共和国、ベルグ、ネイザ王国にエスパニスカ連邦共和国は
完全に陥落して今のところ大鳴帝国租界だが事実上併呑されてしまったそうだ。
「……どうやらあの糞眼鏡の傷は癒えたと見える…」
「ほーん? トマ氏あの糞野郎を知ってんの?」
「知っているどころか殺しあった仲だ」
「おほぉ!? 流石トマ氏! …でも、殺し損ねたんだな…マジで残念至極だわ」
「…あれは史上稀に見る不覚だった」
「…んー…でもあの糞野郎はそれこそ三年前から表には出てきてないんだよな…」
そんなわけでトマとエルマヴィはカルオックの動向を予想しあってみた。
「俺が思うにさー? あの糞野郎はまだ傷が癒えてないんじゃないかって思う」
「であれば良いのだが…」
「でもあの野郎は悪巧みが糞ヤベェのは商人なら誰もが知ってることだからさー?
何かは絶対に進めてると思うんだよ?」
「だろうな……ところで話を変えて悪いが、アーヴリクファは今…?」
「あぁ、それなー…?」
エルマヴィの話では、かつての諸外国の外地も今は全て大鳴帝国の外地であり、
その支配圏はアーヴリクファ北方全土に迫る勢いらしい。
「灰エルフ達やドヴェルグ達が心配だな…」
「ほーん? そういやあんたも結構な人数を保護したんだっけ?」
「まぁ、な…ライラ達はどうしている?」
「…むーん…それは、会えば分かるさ」
「………」
ちょっとエルマヴィの記憶を読もうかと思ったが、やめておくことにしたトマ。
そういうのは自分の目で確かめたほうが良い事もあると過去の経験が語るのだ。
> > >
とか思ってたがトマはエルマヴィが立ち上げた「永世商会」の事務所にいた。
「ないわーw トマ氏それはないわーwww」
「………ぐぬぬ」
この三年でライラ達がどうしていたのかをあまり知りたくは無かったトマ。
なので帝国には帰ったが、ハルマローシュ家には帰らずエルマヴィの家でもある
永世商会の事務所に厄介になることにした。
さっきからニヤニヤしているエルマヴィがすごくウザったい。
「……旨い茶だな」
「あったりまえだろー? 我が祖国の大王家御用達でもあるお茶っ葉だぜ?
っつーかトマ氏w マジないわーwww」
「…うぐぐ」
ウザいい笑顔のエルマヴィは旨そうに茶を啜っている。
「…正直、ライラ達が正気を保っているのかが不安でな…」
「あー…そりゃぁ戻ってきた当初は糞ヤバかったぜ…おっといけねぇ口が滑った」
「………」
エルマヴィのその一言に柄にも無く不安になってしまったトマ。
「…ふー…流石にこれ以上は大旦那なトマ氏に対して無礼だな、
おk、ライラちゃん達のこれまでの事は大体を話すぜ」
「…」
エルマヴィの話によれば、魂の抜けたようなライラが顔面包帯グルグルの謎の
輪服っぽい姿の刀剣まみれ男に担がれてエルマヴィの元へやって来た時は
色々と非常に驚いたが、死んだように殆ど反応しないライラや他の者達の
憔悴しきった風体とトマ不在という状況に只ならぬモノを感じ、ほとんど
何も言わずに彼女達を保護し、しばらく様子を見てからハルマローシュ伯に
伝えて彼に預けたそうだ。それからもちょくちょく商談を建前に彼女らの
様子を伺っていたそうだが…
「そう、か…彼女らは何とかやっているんだな」
「言っておくが辛うじてってレベルだぞ? ライラちゃんはもうあんたの部屋に
ほとんど篭りっ放しだし、セシールちゃんはセシールちゃんで帝国じゃあ
まだまだ邪教扱いの唯一神…の神子たるあんたを東方救世主に祀り上げて
この辺の人間種ほぼ全員を纏めちまって無駄に堅牢な要塞みたいな西方教会を
フツーに帝都内にブッ建ててハルマローシュ伯の胃に穴を空けそうになるわ、
そこに帝国じゃ珍しいにも程があるあんたが色々とやらかしただろう
ドヴェルグの武装集団も加わって真面目に笑い事じゃなくなりつつあるし、
んでもってエニちゃんなんかさぁ…」
ここから色々愚痴まみれになってくるエルマヴィだが、トマはもう
エルマヴィの話をほとんど聞いていない。ライラが自害してないと
知った段階でトマは気にするのをやめていたのだ。
「……てなわけであんたは皆と会わないとダメなわけよ、わかる?」
「…やはり、会わねばならんのか」
「いやいやトマ氏ー…? 拾ったんなら最後まで面倒見ろって義父さんから
言われてただろ?」
「うぐ…!」
そんな事まで知っているのか貴様…! と思いつつも体が動かないトマ。
「主人格。こんな所で何を油売ってんですかぃ?」
「のをうぁ!? いつぞやの包帯刀剣さん!?」
ふと見れば目の前には顔面包帯グルグルなS=5が立っていた。
エルマヴィが変な声を上げて驚くのはどうしようもない。
「言っておきやすが主人格。ライラっち達が憔悴してたのはアタシが死ぬほど
鍛えたせいですぜ?」
「…あぁ?」
ゼスフュンフのライラの呼び方も気になったが、それよりもエルマヴィから
聞いた話と食い違う話が気になってエルマヴィを見れば、彼は目をそらして
あからさまな口笛ピープーである。
即座にエルマヴィを張り付いた笑顔で胸倉掴んで持ち上げるトマ。
「げぇーッ!? ちょ、トマ氏タンマタンマ!! やめてまだ俺死にたくない!」
「面白い顔してやすねぃ主人格。アタシも真似しましょうかぃ?」
包帯を取ってそっくりな顔で同じ表情でエルマヴィを見るゼスフュンフ。
「ぬをぇぇええゑゑゑゑ!?」
「……一つ言っておくとな、ゼスフュンフは儂の分身だ」
「マジでゑゑゑゑゑ!?」
トマが目で合図すると、ゼスフュンフは「やぁっと戻れやすねぃ…力入れすぎて
もうちょっとで完全自我に目覚めちまうところでしたねぃ」と零して漆黒の
不定形の姿になってトマに同化した。
「……とはいえ、部屋に篭ったり教会やら茶会一党独裁というのは
流石に看過できぬな」
ゼスフュンフと同化して彼の記憶を同期したトマは全てを知ったらしく、
とりあえず表情を戻してエルマヴィを地面に落とす。
「うべし!?」
尻を強かに打ったらしく痛そうにしているエルマヴィを見やるトマ。
「…儂はあまり下らぬ冗談は好きじゃないと言っていただろうか?」
「…いや、その、マジですんませんした…なんかトマ氏がらしくないからつい…」
煙管に残り少ない煙草の葉を入れて火を点けるトマ。
紫煙をエルマヴィに吹き付けてやろうかと思ったが、無意味だと断じてやめた。
「……確かにらしくないな…悪かったなエルマヴィ」
「いや、まぁ…えーと…たははは…」
言葉にならなかったのか苦笑するエルマヴィを見て、フッと笑うトマ。
「…では、行くとするか」
「え、何で俺を掴むのトマ氏?」
「矢避けだ」
「待って待って大旦那ぁ!?」
「大丈夫だ、問題ない。只要努力、就能看到曙光」
「ウワアアアアアアアアッ!?」
抵抗空しく首根っこを掴まえたエルマヴィを連れてトマは懐かしきかな、
ハルマローシュ家へと向かうのであった。
> > >
エルマヴィを矢避けにしようとしただけあって、トマは全力で魔力隠蔽を施して
ハルマローシュ家の様子を伺おうと近くの物陰から顔を覗かせると…
―あぁあぁぁあああッ!? ぶっ! げっ! ゴホァ!?」
門の向こうから帝国近衛兵が吹っ飛んできて2、3回跳ねて地面に転がった。
つい一回顔を引っ込めてしまったトマ。
「オイオイ流石にこいつぁ見過ごせねーぞ!?」
「…ふん。別に殺してはないのですから宜しいのではないのですか美銀星殿下?」
「テメェ…誰に向かってんな口聞いてんだオイ…?」
「お、お姉さま…お待ちくださいな!?」
「んにゃにゃ! こがん場所で戦うんは流石に不味かとよ姫様!?」
「うわぁ…」
聞いているだけでも大変不味い事になっていたようで、トマは思わず零す。
「声からするに何かヤバいってレベルじゃなくねトマ氏?!」
エルマヴィの言葉よりも早く…だがそっと感知能力で声のする方を見てみると、
ハルマローシュ家の玄関前で物々しい雰囲気の帝国近衛兵らを従えた
メィユィンシンら(カーリーナもいるようだ)と対峙するエンリルエリシュと
顔面蒼白なエアメルドゥクに、股間を押さえてピクピク蹲っている
義父ハルマローシュ伯。そんなまさかの義父の姿にトマは絶句してしまう。
ちなみにライラ達もエンリルエリシュの傍にいるが、
狼狽するセシールらは兎も角ライラも何だかエンリルエリシュに乗り気なのは
至極大変にいただけない。
「こ、これはまずい…!」
しかし物陰から物陰へと移動しつつ門の柱の影から様子を伺うのみなトマ。
ちなみに門番達はあの状況なのでどうにかせねばと近くに行ったものの、
どうにかできるわけもなくオロオロしているのみである。無理も無い。
「ど、どうすれば宜しいのでしょうか…?」
「マジでどうしたらいいのかはオイラにゃわからん」
「………せめて、ここにトマ殿が居たら…」
(…うぐ)
そもそもトマが傍に居ればエンリルエリシュがここまでのレベルには
至らなかっただろう。人化術のため見た目は殆ど変化が無いパハドゥキベティが
漏らした一言にグサリと来て固まってしまうトマ。
「あはは…帝国ぅ? 魔人の天辺んん? お兄様の居ない帝国に
何の価値があるのです…? そんな帝国なんてもう、どうでもいいのです…
あはははは…! ほぉら…あんまりにも考えすぎて向こうにお兄様に良く似た
ちょっと燻し銀が見え隠れする至高の美丈夫の御顔が………………………………
………………………………………………………………………………………………
………………………………………………………………………………………………
……………………………………………………………………………………ほぇ?」
「あ(やっべ!? 顔を引っ込めてなかった!!?)…!? …う…をぉ…!?」
慌てて引っ込もうとしたトマだったが、かつてのカルオックなんて屁としか
思えないような得体の知れない気配を感じ取って固まってしまった。
「お……に……い……さ……ま……?」
あの氷結無表情は何処へ消したのかというレベルで内に果てしない
喜色を秘めているとわかる今にも喜びに咲き乱れる手前の呆けた面をしながら、
エンリルエリシュはふらふらとトマの元へ歩いてくる。
気のせい…いや気のせいではなくエンリルエリシュの歩いた場所が
見るものによっては息を呑むレベルで美しい魔力の華を咲き乱れさせる。
「「「「「「!?」」」」」」
エンリルエリシュの行動とその視線の先を見て驚愕するのはライラ達も同じだ。
「や、やぁ…(どうすれば良いのだ!! おい前の儂!? おい?!
なんかもうどうしようもなさそうだからとりあえず挨拶してみたけどッ!?)」
トマは必死で前世の精神の大部分を占めるもう一人の己を呼ぶが、無反応だ。
代わりにゼスフュンフが「主人格。覚悟を決めておくんなましぃ」と一言。
トマは頭の中が真っ白になった。
「あぁ…! あぁぁぁぁあああああああああ!!」
「主様…! 本当に主様なのですか…!?」
「本当に…本当にお戻りになられたのですね…旦那様!」
「にへ…? にっへっへ…! にっへっへっへっへっへっへ!」
「トマ様…?! え、本当にトマ様…!? しゅ、しゅご…しゅごく
カッコよくなってりゅ…!!」
「ちょ、ユェリィ姫様? 大丈夫がか?! んにゃ、アレが本当つ
トマ様じゃったら本当つ姫様ん言うこつは紛うことなき真実じゃっどん…?!」
「も、戻ってきた…本当にお館様が…!」
「はぁ…? 確かに魔力反応は間違いないっぽいけど…?」
「凄い隠蔽…でも、わらひは分かる…あれは大君…誰が何と言おうと大君」
それぞれ色々と成長していた(ルクスはエルフなので殆ど変化なし)ので
一瞬誰が誰だか分からなかったが、それぞれの外見的特徴と魔力の質で
全員を判別はしたトマだが、それ以上は思考が動いてくれない。
「おおおおおおおおおにいいいいいいいいさああああああまああああああああ!」
「ふへ…?(動け! 動け儂! うぅぅごぉぉぉおぉぉけぇぇぇえええええ!)」
トマの胸に音速を超えて飛び込んでくる嬉し泣きのエンリルエリシュ。
普通なら死ぬどころじゃない威力だが、そこはトマなので問題は無いが…
「我愛你真誠! 大哥哥皇帝!」
「うわぁ!? ちょ、まt」
血が繋がってなくともこの状況では色々大変な熱烈接吻を
エンリルエリシュから受けてしまうトマ。
「むぐおおおおおおおおおお!?!?!?」
「「「「「「「ぎょわあああああああああああああッ!?」」」」」」」
色んな叫喚がハルマローシュ家に響き渡る。
「っく…な、何が起こったのだ…!」
ようやく蹴り上げられた男の双玉が降りてきたようで、ハルマローシュ伯は
その叫喚の中心点を見る。
「ちょ、止め、待てエニむがああああああああああ!?」
「あにうええええええええゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑ!?」
「知ってるのですよ知ってるのですよ知ってるのですよ!
エニとお兄様には血の繋がりが無いことくらい! だから接吻で
易々と済ませたりするものですか!!」
「………ふむ。どうやら私は死の世界に来てしまったのかな?」
「やっと、エニが昔に戻ってくれましたね。貴方? 事後ですけど実は…」
「…テァミト…? え? あれ? じゃああの光景は…ハハハこれは夢だな!」
折角テァミトがハルマローシュ伯に色々話そうとしたが、ハルマローシュ伯は
自分で自分を打ん殴ってもう一回気絶した。
そしてトマの真なる大討滅修羅場はここからが本番だが、
あまりにも凄まじいのでその後トマはその一部の記憶を厳重に封印した。
Ⅱ:に続く




