47:暁の襲撃 ~老兵は仁王に~
今後のことを考えていたら全く眠っていないことに気づいたトマだったが、
面倒なのでこのまま起きていようと煙管に火を点けた。
「ふぅ~…」
ふと東部フランカリマで購入した置時計に目をやれば、時計は
夜の6時(深夜2時)を差していた。
「もうそんな時間か」
トマがベッドを見れば、そこにはトマ自身は一回も横になっていないが
存在しないはずのトマの匂いを堪能するように眠るライラとセア。
ちなみに長椅子にはセシールが「あぁ…主様…そこはご不浄の…」と
何やら不穏な寝言を言いながら眠っている。
「また部屋代が無駄に…」
顔の周りに紫煙を燻らせながら、トマは小さくため息をつく。やはりこの面子は
いつもの「Geh schlafen!(眠れ!)」してやるべきだったかと思ったが、
却って宜しくない気がしたので自重したのが仇となったと後悔した。
「…日中に比べると随分と静…」
一応やっていた感知に妙なモノを知覚したトマは、
ライラたちを叩き起こす事にした。
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ノウィ=サートの西方地区は火の海に包まれていた。
「ウィ、ベネ、グロスグート、ハラショー!」
そう叫んだのは喜色満面の紫髪ド派手メタリック眼鏡面頬男カルオックである。
「では、ワシは何時も通りに行かせてもらうぞ、社長」
「はいはい。どうぞご自由にして下さいねぇ」
ダグザ老は間違いなく何かが仕込まれていると思われる
巨大な機械仕掛けのバトルアックスを片手に、ビジネススーツだが
不釣合いにもほどがある重装備な仮面・覆面ビジネスパーソン達を伴って
火の海に包まれる街中へ進んでいった。
「カルオックお兄ちゃぁん。マシジガンテ・フベゲルミル部隊はどうするのぉ?」
「適当に遊ばせて…は半分冗談ですが、ダグザの後詰をお願いしますねぇ」
「はぁ~い」
カルオックの指示に嬉しそうに新型と思われる
一見すると宙に浮いた巨大な寸胴鍋に見えるマシジガンテの軍団を
各々の方向へ動かしていく。
「社長~? 私は~?」
「スィールさんも適当にお薬撒いてきて良いですよ。遠慮は要りません、
思う存分新薬実験しちゃってくださいねぇ」
「おっけ~! 実験開始しちゃいま~す!」
やはりスィールも嬉しそうに色んな所から取り出した小瓶を手に
スキップしながら火の海となっている街中へ消えていった。
「エーレウォーン…それと、アゼル君」
「はい」
「如何しますか?」
カルオックのそばにはエーレウォーンしかいなかったが、
何処からともなくもう一人の声がする。恐らくそれがアゼルと呼ばれた者だろう。
「お二人は彼らを探してください。あ、仕掛けちゃダメですよ? 特に彼はねぇ」
「承知しました」
「御意」
一つの気配が消え、エーレウォーンは普通なら頭がおかしい行動だが
火の中に消えていく。
「さぁて、お手並み拝見ですよぉ」
カルオックは近くで燃えている家の火で葉巻に火を点ける。
全体的に喜色だが、眼鏡が周りの火炎の反射具合でギラギラしているので
彼の目は笑っているのかは定かではない。
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トマたちの居るところはまだ火の手は上がっていないが、
どうしようもない喧騒に満ちていた。
「一体何事でしょうか…?」
今までが今までなので、都市の一角が赤く染まっているのを確認しても
まぁ動じている感じが見受けられないライラたち。
「僕の感知に変な連中が引っかかったからな。ちょうどその方向があの様だ」
「何という…連盟国ではよくあることなのでしょうか?」
「よくあったら都市なんて築けないと思う(〇_〇)」
「お館様…!?」
「姉ちゃん。いい加減に慣れようぜ」
「いや、バーガンティ君。その理屈はおかしい」
「とりあえず…? 避難する…?」
「リョート、バーガンティ。お前達は森山座団を纏めて先に離れろ」
「おう!」
「座長らはどうするのだ?」
「厳密に言えば僕だけはちょっと野暮用…と行きたいんだが」
そうはいかないとライラとセアにセシールさえもが引っ付いてくる。
「深淵の底までご一緒ですよ、トマ・マリーク」
「主様あるところに居らずして何が使徒でしょうか」
「大君の傍が一番安全(〇_〇)」
「あたいは正直バーガンティ達と一緒に行動したいんだ…ですが」
「こんな時こそ…? 灰エルフは役立つよ…?」
肩を竦めるトマを見て苦笑いするリョートとバーガンティ。
「まぁ、お館様の傍に居たほうが姉ちゃんの為になりそうだし、それでいいか」
「良くないよ馬鹿! 何納得してんだい!!」
「痛゛ぁ!?」
結構強めにソピアにブン殴られるバーガンティ。
「相手はいきなり街の一角を火の海にできてしまうような連中だ。それらしき
連中と見えることがあっても全力で撤退しろ。集合場所は…
いや、こっちで探し当てるから全力で隠れてろ」
「了解した。座長も無理はしないでくれ」
「じゃあお館様。姉ちゃんを宜しく! …あー…まだ痛ぇや…」
リョートとバーガンティは集まった座団の全員を引き連れて火の手が上がる
方向とは逆方向に駆け出していった。
「…出来ればお前達もリョート達の後を追ってくれた方が楽なんだが」
「トマ様の為ならこの命は何時でもお返しします! だから!」
「ん。ライラは大君以外では私しか止められない」
「何を生意k…うわ」
セアの一言に激昂しそうになるも、彼女がヒュンヒュンと触手を振り回すので
見なかったことにしてトマにギッチリしがみ付いたライラ。
「セシール…」
「主様から離れるのは嫌です」
「いや、セシール…別に今生の別れってわけでもないんだから
そこはs…「何か仰いましたか(<〇> <〇>)」…うひぇィッ!?」
上手いこと言いくるめて弟の後を追えるかと試みるもセシールの
静謐なる恐怖のガン飛ばしに「あ、あたいは何も言ッテナイデスヨ」と
目を泳がして無かった事にしたソピア。
「はぁ…全員。得物はしっかり構えてろ」
「はい、トマ・マリーク」
「決して足手まといにはなりませんから…!」
「ん。大君の邪魔をする奴等は私がみんな圧し折る」
「…うぅ…バーガンティ達と一緒に避難したい…」
「準備…? もう出来てるよ…?」
ライラはナイフを初めとした凶器暗器各種、セシールはトマ謹製の棘鉄球棍棒。
セアは無手だが、ドロリと滴りそうな毒々しい粘液を纏わせた触手、
ソピアはトマのディスジルベリオンのレプリカ、ルクスは
矢鱈と邪悪さを感じる意匠の合成妖精弓を改めて構え直す。
「火の中から何かが飛び出してくるかも知れんから慎重に行くぞ」
トマ達は火の手が上がる西方へと前進を開始した。
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ダグザは逃げ惑う者は放置(された者たちは伴っている
重装備の仮面ビジネスパーソン達に殺されている)して、武器を手に
向かって来る者だけをバトルアックスで肉片ないし肉塊に変えていく。
「やはり現場じゃ、社員は現場で戦うのが基本じゃという社長の言い分は
やはり言いえて妙じゃわい…!」
一人、また一人と憲兵や義侠の冒険者達を葬っては突き進んでいくダグザ。
「あぁ…しかし物足りんなぁ…」
ダグザはここまでに魔法や矢の攻撃を受けているのだが、それを意に返さない。
何故ならそれによる傷は数秒で綺麗に塞がるのだ。
「ダグザ支部長。あまり傷を受けすぎますと回復術式が以上動作を起こしますよ」
「ファハハハ…! そこまでの相手が出てくると良いのう…?」
「……」
いつものことなのか、それ以上は何も言わずに見掛けた者達を殲滅せんと
行動し始めた一人のアブラカダブラ社員を尻目に、ダグザは自身に
何らかの強化魔術を施す。
「……連盟国の向こうは…魔人どもの居城…どうせならこのまま行きたいのう…
あの吸血鬼の小僧の首…今度こそ剥製にしてやりたいわなぁ…」
昔のことを懐かしんでいるのか、ダグザはパイプに火を点けてゆっくりと
歩を進めて掛かってくる者たちを屠っていく。
「ふむ…今度はちと風変わりな奴等が来たようじゃの…?」
足を止めたダグザたちの前には、トマ達がいた。
「…あえて遠見はしなかったが、やはり貴様らか」
「ファハハ…! これは大当たりを引いたようじゃ!」
数歩前に出て対峙するトマとダグザを余所にビジネスパーソンたちは重火器等の
この世界にはまだまだ場違いな武器各種を構えるが、ダグザは彼らを手で制する。
「止せ止せ、無粋じゃ」
「しかし支部ちょ」
それっきりダグザに話しかけた近くの社員の一人は何も言わず崩れ落ちる。
何故なら社員の首は綺麗に切断されていた。
「無粋じゃと言うとるじゃろ」
「なっ…!? いえ、失礼いたしました支部長…」
仲間の一人が上司に簡単に殺されたが、一瞬で態度を部下のそれに戻して
武器を少し下ろす社員達。
「貴重な戦力を無駄にするほど余裕なのか」
「ファハハ…! 我等が社長はしょっちゅうやっとることじゃしな?
役立たずは即座に切り捨て、補充すれば済むことじゃと聞かされ慣れとるわい」
「ふん…」
ダグザの言にはトマも似たような事をしてきた前世があるので何も言わない。
「人の上に立つ者の言葉ではないですね…」
「ん。やり過ぎ」
「…酷すぎるよ…」
「一理あるとは思いますが」
「ライラ…? それ、ちょっとおかしくない…?」
背後の姦しいやりとりは気にせずトマはダグザに確認を取ることにした。
「手が早いな」
「他者の記憶を覗けるのはそこまで特別でもあるまい?」
「そうだな…貴様らアブラカダブラは聊かこの地に不釣合いすぎる」
「ファハハ…社長に拾われる前のワシも同じことは思ったぞ?」
「…今更聞くまでもないが、貴様らの狙いは何だ?」
「知れたこと、それこそこの地に不釣合いな貴様らを得よと
我等がアブラカダブラ社長からの命令じゃ…特に貴様じゃよ、
トマ・ハルマローシュ全央帝国第三位帝護伯爵庶長子殿? お前さんは
体の一部だけでも持ち帰れとのことじゃ」
「だろうな…」
ダグザの言葉に、トマ以外の全員が表情を固くして武器を構える。
「やめろ…余計なことをするな」
「ですがトマ・マリーク…!」
トマは指を鳴らす。するとダグザの取り巻きたちが暗い靄に包まれ
絶叫する暇もなく消え去った。
「ファハハハハハハ! 魔術防御の体をこうも無意味にするとは!
社長よ…! この死に損ないに好機を感謝するぞ!」
仲間達が一瞬で消されたにも関わらず、ダグザは不適に笑って言葉を発する。
「ライラ…お前達、少しだけ離れr」
言い終える前にトマの首にダグザのバトルアックスが叩き込まれるが、
致命傷どころか微動だにしないトマ。
「クカカ…! げに恐ろしき防御よ!」
目を細めてダグザを睨むトマ。ダグザは笑い方を変えて距離を取った。
「トマ「主」様ッ!?」
「え、ちょ? え?!」
「…びっくりした」
「トマさん…? 平気なの…?」
いきなりすぎて対応しきれないライラ達を無視してトマはダグザを前に
煙管を吹かしている。
「心配するな…こんなものエニの突撃に比べれば可愛いものだ」
「あれより凄まじいことをしちゃうエニって誰ですかお館さま!?」
「ソピア、エニというのは大君の妹エンリルエリシュのこと」
「うえぇえ?!」
「トマ様…驚かせないで下さい」
「万が一の事態など見たくありませんよ主様…!」
「あの…? みんな、突っ込むとこ違うくない…?」
「…いいから、さっさと離れろ」
間違いなく必殺の一撃を決めたはずだが、このような結果には
流石にダグザも笑顔が引きつった。
「クカカカカ…! 今日は本当に人生最高の日じゃな!」
「…お前のような奴は毎度毎度見ていて疲れるよ」
ライラ達が十分に離れたのを確認したトマは、ダグザをしっかり見据える。
「やれやれ…社長には何も持ち帰れそうに無い…じゃが、もうどうでも良いわ」
「その目は嫌いじゃないが、ここで見たくは無かったな」
「クカカ…! ワシはお前さんが大好きじゃよ!」
「気色悪いことを言うな」
トマは煙管を懐に仕舞いこんでディスジルベリオンを構えてやる。
「思えば今日この日をどれ程待ちわびたかのう…?」
「見たところ人間としては長生きしているようだが、死にたがりなのか」
「クカカ…! そうよ! ワシは死に場所が欲しゅうて
あのイカれ社長の若造についたのじゃからな」
「…酔狂な奴だ」
ダグザは全身にあらゆる力を集中させる。それによって彼の周りは
引き寄せられた火炎やら何やらが渦巻いていく。
「小僧! ワシはダグザ! ダグザ・ファーウェル! 二つ名は鬼兵!
その身と心に刻んでくれい! 愚かな死に損ないの名を!」
ダグザは踏み込んだかと思えば姿を消す。
ライラたちはその姿を目に出来なかったが、
「今日だけ刻んでやる」
トマはしっかりとダグザの胸風元蓮華を捉え、拳で打ち抜く。
姿を見せたダグザはトマの手前で止まっていた。
当然ダグザは胸部をトマの腕に貫かれている。
「「「「「!?」」」」」
「あり、がたい……クカカ…やっと…やっと死ねる…!」
トマは腕を引き抜くが、ダグザは吐血するのも構わず立ったまま死んでいた。
流石にライラ達も言葉が出なかった。
「時と場所が違えば、もう少しだけ貴様の死に遊びに付き合ってやったよ…」
トマは血まみれの腕を浄化魔術で綺麗にしてライラ達を顎で促す。
彼らが去った後、ダグザの遺体は燃え移った炎にゆっくりと包まれていった。
48:に続く




