第1話 前編 【邂逅ーであい】
とりあえず、あらすじの部分まで話を進めました。
(うっ…)
何か、不快感を感じて意識を取り戻す。
粕田正真は、静かな闇の中にいた。
(なんだ…どうなったんだ…?)
自分の姿すら見えない闇の中、正真は状況を確認するため、その場から動こうとするがー
(…うん?……無い…無い!身体が…感覚が…!こ、声も出ない!?)
動かしている筈なのに、その感覚が無い。開けている筈なのに、何も見えない。呼吸は出来ているのに、声が出ない。
(なんだよ…なんなんだよこれは!どうなってるんだ俺は!?)
まるで、醒めない夢の中にいるような気分だった。だが意識がはっきりしているぶん、正真は一気に恐怖を覚えた。
(ま、まさか…俺、死んだのか?…死んだから、魂だけの状態になってるとか…)
ーーーいいえ、違います。…貴方様は、死んでなどいません。
突如として、暗闇からエコーがかかった女性の声が聞こえてきた。
(だ、誰だ!?…俺の思ってることがわかるのか!?死んでないって、どういうことなんだ!?ここはどこなんだ!教えてくれ!)
闇の中、唯一聞こえた人の声。さらに自分の意思を読んだかのような反応に、すがるように声を出そうとする正真。
ーーーわかりました。説明しますので、どうか落ち着いてください。
(あ、あぁ…えと、すみません…でした。...ハー...フゥ...もう、大丈夫です。落ち着きました。)
優しく諭してくれる女性の声に、正真は一先ず落ち着きを取り戻す。どうやら、意思の疎通も可能なようだ。
ーーーよろしいですか?…まず、今の貴方様は、魂だけの状態となっているのです。しかし、だからといって死んでいるわけではありません。魂と肉体を、一時的に分離しているのです。
(ぶ、分離…?なんでそんな事を…?)
ーーーはい。貴方様の本来の状態、つまり、一般的な人間の状態では、ここを抜けることが出来ないのです。ですので、肉体はこことは別の空間に保存しています。
(…ここはなんなんです?貴女は一体…)
ーーーここは、無数の異なる世界同士を繋ぐ狭間のような場所。私は、ここの管理をしているモノです。…そして、信じられないかもしれませんが、貴方様は、今まさに異世界へと召喚されている最中なのです。
(…はい?)
異世界召喚。または異世界転移。主に漫画やアニメ等で多く聞く言葉であり、自分達が元々居た世界から、全く異なる世界へ故意的、または事故的に召喚、転移する事である。それが今、現在進行形で自分の身に起こっているのだという。
(…ええぇ...嘘ぉ…)
ーーー嘘ではありません。貴方様が召喚されようとしている異世界は、大気中に"オド" と呼ばれる魔力が存在し、魔物や精霊、人以外にも、多くの種族が存在する世界。そんな所に、普通の人間がいきなり召喚されるとどうなると思いますか?
(…多分、何も出来ずに死ぬ…んじゃないですかね)
ーーーはい、その通りです。普通の人間の身体では、魔物はおろか、その異世界の人間にも、太刀打ち出来ないかもしれないのです。
長十年も部屋に引きこもっていた人が、いきなり外に働きに出されても、何も出来ない状態になるようなだろうか。
(あ…もしかして、魂と肉体を分離したのって)
ーーーはい。肉体を分離させたのは、向かう異世界に適応したものに作り替えるためです。魂は、その後に肉体に戻します。
(…てことは、俺の体は今、改造されてる最中、なのか…ま、まさか、バッタ人間とかになってない、よな?)
自分の身体が、今までと違うものになるという事実に、正真は動揺を隠せないでいた。
ーーーご安心ください。外見的な変化は全くありません。ただ、先ほど言った大気に満ちている"オド"に適応させるために、体内で"マナ"を生成出来るようにしているところです。
("マナ"?…てなんですか?オドとは違うんですか?)
ーーー"マナ"とは、その世界の全ての生物が、体の中で生成する、生命の力のことです。そして"オド"とは、その世界の大気中に満ちている、大地や自然の力のことです。
(生命の力…ですか。てことは、その"マナ"を使い切ると、死んでしまうんですね?)
ーーーいいえ。使い切ったとしても、死ぬことはありません。身体機能は低下しますが、安静にさえしていれば、自然と回復するようになっています。それに、仮に"マナ"を全て使い切ろうとしても、一定以上消費されると、身体が無意識に"マナ"の供給を止めるのです。
身体にセーフティロック機能が付いているようなものだろうか。
(成る程…大体わかりました。…ちなみに、"マナ"の生成量の多さは、生まれつきで決まるんですか?)
ーーーはい、基本的にはそうなります。
(その…俺の生成量って…どのくらい、とかわかります?)
ーーー申し訳ありません。そればかりは、召喚されてからご自分で確かめていただくしかないのです。
(あ、はい。まぁ…そうですよね)
ここまで説明を聞いてみて、少し期待していた正真だったが、そうそう美味しい話はないらしい。
ーーー他にも、その異世界ならではの法則などもあるのですが…どうやら、完了したようです。
(完了?)
ーーーはい。貴方様の肉体の適応化が完了致しました。あとは、魂と肉体を結合させ、召喚元へと転送するだけとなっております。
(えっ!ちょ、ちょっと待って!その!…お、俺の他には?他にも誰かいませんでしたか?)
ーーーはい。貴方様の世界から2名いらっしゃいました。その方達は魂、肉体、共に異常は見られなかったので、既に向こうへと転送されております。
(2名、てことは多分、角井さんとクソ兄貴か。クソ兄貴はともかくとして…そうか…角井さん、生きてるんだな…良かった…!)
一先ず、杏の生死を確認できてホっとした正真。あのまま自分ではく杏が死んだ、などということになったらと思うと、どうしようもない気持ちになる。
(あの、向こうに召喚されたら、ここへはもう…)
ーーーそうですね。ここへ来ることは、無いに等しいでしょう。
(そ、そうですか…なんだか…ちょっと…)
寂しいですね。とは言えなかった。たかだか数分話をしただけなのに、いきなり寂しいと言ったら、気持ち悪るい奴と思われる。そう思ったからだ。
ーーーフフ。貴方様が、初めてですよ。
(えっ?な、何がです?)
今まで、優しく喋ってはいたが、暗闇なのでなにも見えず、感情がわからなかったのに、いきなり笑いかけられ、思わずドキッとする正真。
ーーー魂だけ分離された方は、通常は異世界に転送されるまで、意識は戻らない筈なのです。なのに、貴方様は目覚められた。これは今までに無い出来事なのです。
(…そうなんですか?そのー…か、管理人さん…?は今まで人と話したことはなかったんですか?)
ーーーはい。私は今まで、ここの管理を、それこそ永遠に等しい程に、ただ黙々と行ってきました。異世界へと旅立たれる方々に、不都合の無いように。
(…その、寂しくは、ないんですか?…)
この人は、こんな所で、自分では想像もつかない程の永い時間、空間と転送者の管理を淡々とこなしてきたのだ。ただひたすらに、ただ1人で。それが、正真にはとても寂しく、心細く感じられた。
ーーー!…フフフ。貴方様は、とてもお優しい方なのですね。得体の知れぬ私などに、そのようなお言葉をかけてくださるなんて。
(そんな…俺はただ…)
ーーーそうですね。寂しくない、といえば嘘です。
ですが、もう寂しくはありませんよ。
「…え?」
正真の目の前が、夜星で一杯になった。
見えなかった筈の景色、動かなかった体、出せなかった声。恐らく、魂と肉体の結合が完了したのだろう。そしてー
「ーーー今日。貴方様と、お話することが出来ましたから。 ですから、もう寂しくありませんよ。」
正真の後ろに、輝く長い金の髪、純白のローブ、そして背中から大きな翼を生やした、美しい女性が優しく微笑みながら立っていた。
「えと、管理人さん…なんですか?」
「ーーーはい。もうすぐ、転送しなければならないので、最後は貴方様に、面と向かって挨拶が言いたかったのです。」
そう言う彼女の顔は、一瞬悲し気になる。
「…そう、ですか。…あの!ありがとうございました!パニック起こして喚いてた俺に、親切に語りかけてくれて…!とても助かりました!」
「ーーー私も、貴方様と話ができて、とても楽しかったですよ。ありがとうございました。」
お互いに感謝を述べ、彼女が正真に手をかざす。すると、正真の体が、ゆっくりと光に包まれ始めた。
「これは…!」
「ーーー今、魂と肉体に異常がないか、最終確認をしています。異常がなければ、光が全体を覆い、自動的に転送を開始致します。」
(てことはもうすぐお別れ…か…)
彼女とも、あと少しで本当に別れることになる。何か、何かしなければという思いが、正真の胸を駆け巡る。
「…何か…何かないか…!待てよ…確か胸ポケットに…あ、あった。あの!どうぞ!」
そう言って正真が取り出したのは、杏が高校合格祝いで、家族旅行に行き、お土産として正真に渡した、縁結びのお守りだった。
「ーーー?これはなんでしょうか?」
彼女はキョトン、としていた。どうやら、色々知っていることはあっても、全てを知っているわけではないようだ。
「これは、縁結びのお守りです。持っていれば、縁のある人に出会える…?らしいです。ご利益があるかどうかわからないんですけど、これで少しでも、話が出来る誰かと縁を結べれば、と」
「ーーーよろしいのでしょうか?大切なものなのではないのですか?」
「あー…いや、どういうことか、2つ貰ったんで…こんなものしかありませんけど、1つ差し上げますよ!」
気休めにもならないかもしれない。だが正真は、例え2度と会えないとしても、自分と彼女が、こうして直に会って、話をしたという証を残したかったのだ。
「ーーー名前、を。」
「え?」
「ーーー貴方様の、お名前をお聞きしても、良いでしょうか。」
「…正真です。粕田 正真。」
「ーーー正真様。本当にありがとうございます。お守り、大切にします。これからどれだけの時が過ぎようとも、これがあれば、私は正真様を忘れる事はありませんね。ウフフフ♪」
彼女が、お守りを抱えて頭を下げる。そして、満面の笑顔で再度、正真に心からの感謝を述べた。
「…俺も、忘れる事はないと思いますよ。…こんな美人の人と会話するとか、生きててそうそうありませんからね。」
「ーーーウフフ。では、私からはこれをお渡しします」
そう言うと、女性は自分の右耳に付けている、透き通るような青い石が埋め込まれた、銀色のイヤーカフを外し、正真に差し出した。
「ーーーこれは、私がここへきて、まだ間もない頃に創った、あらゆる言語を翻訳し、会話を成立させる機能を付与した装飾品です。…時間があれば、もう少し良いものが創れるのですが、残念ながら、今お渡し出来そうなものは、こんなものしかありません。」
「いやいやいや!充分!充分ですから!ありがたく頂きます!」
「ーーーそうですか?ではどうぞ、正真様。」
思わぬアイテムの贈呈に驚愕する正真。それはそうだろう。あらゆる言語を翻訳し会話を成立させるなど、少なくとも正真がいた世界では、まず手に入らない代物であるからだ。正真は念のため、貰ったものを胸ポケットにしまう。異世界へ行って、いきなりこんな凄い物を持っていたら、誰に何を言われるかわからないからだ。
「ーーー正真様。」
彼女が、正真を真っ直ぐ見据え、先程とは違い真剣に語りかけてきた。
「ーーーこれから向かう異世界には、今まで正真様が経験したものより、さらなる困難が待ち受けているかもしれません。」
「…はい。」
「ーーーもしかしたら、何度も何度も、誰かに裏切られたり、酷いことを言われたり、されたりするかもしれません。」
それは、元いた世界で既に経験していた。周りの人間に、嫌と言っても止めてくれない程に。正真の中で、長年溜まっていた、どす黒い感情がちらつく。
「ーーーそれでも、自分を失わないでください。そして諦めず、何度も何度も、その困難に立ち向かえば、いつかは乗り越えられる筈です。そうすれば、正真様を見る人の目も、必ず変わります。それでも、どうしても辛くなった時は。ここでの出来事を、私を思い出してください。私は…私だけは、正真様の味方です。約束します。」
最後の約束の部分。彼女は、正真に近づき、頬に手を当てて話してくれた。まるで子供をあやす母親のように。
いつのまにか、正真の目からは、涙が溢れていた。
今まで生きてきて、そんな事を言ってくれた人はいなかった。両親も、同級生も、あの杏でさえ、庇いはしても、味方とは言わなかった。だが彼女は、彼女だけは、自分の味方だと言ってくれた。ただ言ってくれただけなのに、こんなにも胸が熱く、涙が溢れてくる。それほど、正真は嬉しかった。
「…っ…はい!…はい…っ!」
「ーーーフフ、泣かないでください。正真様。」
彼女は正真の頬から手を離し、また対面する。
「っ…、す、すいません…始めて、味方になってくれる人が出来たので、嬉しくて…」
正真はゴシゴシと目をこすり、涙を拭き、深呼吸する。不思議な感覚だった。長い間周りに、自分の人生に絶望していた陰鬱な気分が、今ではすっかり無くなっている。これも、彼女のおかげなのだろう。正真の覚悟は決まった。
光が、一気に輝きを増す。どうやら、最終確認が完了し、自動転送が始まったらしい。
「ーーー良い顔です。これから頑張ってくださいね、正真様。」
「…はい。ありがとうございます。…俺、絶対管理人さんのこと忘れません!何が…あって…も…お、俺は…!」
(絶対に、忘れません!)
段々意識が遠退いていく。そして、一瞬激しい光が辺りを照らし、正真は異世界へ旅立っていった。
「ーーー願わくば正真様に、神々の祝福があらんことを。」
そして彼女ーーー無限の世界を繋ぐ者は、今まで通り誰も居なくなった空間で、独り呟いた。
異世界の話は次からとなります。投稿がいつになるかわかりませんが、進めていきたいと思います。