虎男の災難
紅葉は18RTされたら大人の魅力にあふれた絶滅危惧種の獣人が仕える話を書きます。 #獣人小説書くったー
診断メーカーのお題を元に書きました。
「助けて頂き、ありがとうございました!」
お辞儀をした拍子に、ぴょこんと丸みのある猫っぽい金茶の毛に覆われた耳が揺れた。
「いや、礼には及ばない。しかし、お前のような子どもが一人、どうしてこんなところにいるんだ。親とはぐれたのか?」
「ボク、大きくなったらおじさんみたいに強くなります!」
少年は質問に答えることなく、まるでヒーローを見付けたようにキラキラした目で見上げてきた。
俺はそんなカッコイイものではない。たまたまこの少年が人攫いに攫われそうになっているところに偶然通りかかっただけだ。
それは傍目からして人攫いだと分かった。キンキラの髪の少年は身なりも良く、貴族の子どもだと分かる。食うや食わずの傭兵生活に終止符を打つため、王城のあるこのレガードの都市へ職を求めにやってきた俺は、なりゆきで人攫いの奴らをぶちのめし、この少年を助けた。1人は逃がしちまったが、あと2人は失神させたまま警備兵へと引き渡してやった。
この少年の親が恩を感じて身許保証人になってくれりゃ城勤めも夢じゃない。うまくいって門番でも雇ってもらえりゃ食いっぱぐれることは無ぇなんて打算が一瞬頭を掠めた。気付けば百の戦場で生き抜いてきた身体が勝手に動いていたが、事を終えて冷静になってみりゃ、そんな美味い話は非現実的だと分かる。
「もう親とはぐれんじゃないぞ」
親のところへ戻れ、遠回しにそう言い置いて去ろうとした。
「せめて名前を教えてください」
マントの端を握って引き留める仕草は、いいオンナにこそして貰いたいな。
フッと溜息にも似た乾いた笑いが鼻から抜けた。
「名乗る程の大層な名前は持ち合わせちゃいねーよ」
そう言い捨てて、少年から二歩、三歩離れた。
追ってくる気配はない。諦めて親の所に戻ったかと安心したが、突如、背後で喧騒が起きた。
どうやら食い逃げみたいだな。ケチな野郎も居たもんだぜ。どんなツラか拝んでやるかと振り返りゃ、猫の子みたいに首を掴まれて箒を持ったおばさんに責められているのは、あの少年だった。
「おいおい! なにしてやがんだ!」
俺も大概、お人よしだよな。
仲裁に入ってみりゃ、このガキンチョは、店表に積んであるリンゴを手にすると銭も払わずにがぶりと齧りつき、そのまま立ち去ろうとしたらしい。
「あんたこの子の親かい! 子どもに泥棒させてどういうつもりだい! ちゃんと銭を払わなきゃ、警備兵を呼ぶよ!!」
ちょっと待てよ、俺はコイツの親じゃない! そう言ったが、怒髪天を突いてるおばさんは聞く耳を持ちやしない。見物の輪も出来つつあるし、ガキンチョはウルウルした瞳で訴えてくる。仕方がないのでガオン銅貨を八百屋のおばさんの掌に乗せてやり、ガキンチョを回収した。
こうなったらコイツを親の所に連れていき、リンゴ代をコイツの親から返して貰うしかない。リンゴひとつの代金だとバカにしちゃいけない。1ガオンに嗤うものは1ガオンに泣くっていうだろ。
助けてやったガキンチョはくるくるした瞳で見上げて「二度も助けて頂き感謝します。ボクに仕えることを赦します」と言いやがった。
俺は何言ってやがんだと、ガキンチョの黒く濡れた鼻をピンと弾いてやった。
「晩メシを食ったら部屋で寝ていろ。それとも母ちゃんの添い寝がなきゃ、寝れねぇか」
上唇についたビールの泡を長い舌で舐め取る。
ガキンチョは、豆と肉を煮込んだスープとパンを食べている。さすが貴族の息子って奴は、食べ方もお綺麗なもんだ。郷の同じくらいのガキとは格が違うらしい。
ビールのお代りを給仕しに来た白い毛皮にブチがイカス姉ちゃんが、秋波を送ってきた。
料金を含めたチップを渡すと、女は殊更シナを作って見せつけるように豊満な胸の谷間にそれを押し込み、他のテーブルへとビールを注ぎに去る。
旅人向けに商売しているこの料理屋の2階は、宿屋になっており、そういう商売もやっている。そこそこの規模の宿場町にはよくある光景だ。しかし、なんだ。そういう事情はこのガキンチョにはまだ早い。
腹一杯になってウトウトしかけているガキンチョを抱き上げると、今夜の宿である3等室のベッドへと転がした。
ふと思い立って毛布を掛けてやり、額にキスをする。
ああ、俺がガキンチョの頃に母親がよくしてくれたもんさ。
そうして寛いでいると、先程の給仕の女がドアをノックした。
「あら、やだ」
女は夜目に黄色く光る瞳で部屋の中にガキンチョがいるのに気付くと、顔を顰めた。
「まさか乳をやってくれって言うんじゃないでしょうね……」
「そんなわけないだろ。アイツはそんな歳じゃない」
「子どもの寝るベッドの横でなんて嫌~よ」
ならせめて女の部屋に案内して貰おうと思っが、女の気が削がれてしまったらしい。掌の中に返金のつもりか貨幣を強引に握らせ女は去った。
手の平の少なすぎる銀貨に溜息が零れた。
ちくしょう、手数料取り過ぎだろ。
女に振られては仕方がないので、ガキンチョの転がるベッドの脇へと身を横たえる。
ちっこい身体に腕を回すと、ガキンチョの身体は温かかった。子どもってのは体温が高いらしい。自分と同じ猫科の匂いがするが、俺のような虎縞はないようだ。
こいつは一体何の獣人だ?
殆どの獣人は親と子どもとほぼ同じ外見をしているが、時々子どもと大人では外見が違う場合がある。鳥人なんかは特にそういう傾向らしいが。
見た目通りの猫人にしては、尻尾が太いような気がした。
まあいい。明日にはさっさとコイツを親元に返して、厄介払いと決め込もう。そして、職業紹介所を訪ねるのだ。
――翌日。
「お前自分の家の場所とか、親の名前は言えるのか?」
そういえば肝心のことを聞いていなかったと思い訊ねると、ガキンチョはあっさり首を縦に振りやがった。
なんだ、最初っからこうしていれば良かったんだ。
ご機嫌で朝食を済ますと、宿を出た。
ガキンチョの案内で街を歩く。おいおい、どんどん中心街へ向かっているぞ。市場を抜けると、いきなり人の気配が希薄になった。この先はたっぷりと敷地を取った高級住宅街の第一級区画だ。それを抜けるとレオンパルド王の住まう城しかねぇ。
やっぱりお貴族様のお子様だったか、と付いて歩いているといきなり人影に囲まれた。
昨日取り零した人さらいの顔が紛れている。
肉食獣系の獣人が多いな。
顎の力、瞬発力ともに強い肉食獣系の獣人は、用心棒や肉体労働に向く。だから昨日の奴に雇われたとしても不思議じゃない。
だがな! 雇い主は選べよ!!
ぐるるると喉の奥から低いうなり声が漏れた。
こちとら伊達に百の戦場で生き抜いて来たんじゃねぇんだぞ!
さあ、腹ごなしだ!!
まとめてかかってこい!!
「イチチ……」
「おじさん、大丈夫?」
ガキンチョが心配そうに見上げてくる。
「ああ」
安心させるように笑ってみた。
だが郷じゃ、俺が笑うと怖いと恐れられたがな。
でもガキンチョは恐れる素振りは見せなかった。
戦場じゃ、遠くの安全な天幕の中に、護衛に囲まれている王の代わりに戦っていた。
誰かを庇い戦うことも皆無じゃないが、こんなガキンチョみたいななんにも出来ない奴を護りつつ戦うのは初めてなのを忘れていた。
コツを掴むまでに噛み傷や切り傷を貰っちまったが、まあ大丈夫だろう。
ほら遠くに警笛が聞こえる。
騒ぎを聞き付けた誰かが、警備隊に通報したんだろう。
片付けた人さらい共を引き渡すつもりで、どかりと伸した奴の背中に座っていたが、どうも様子がおかしい。
失神して転がってるのが見えるだろう?
「取り押さえろ!」
ちょっと待て!!
どういうつもりだ!!
いくら戦場の赤い虎と呼ばれた俺でも、多勢に無勢。それも黒い軍服は王直属の兵じゃねぇか!
なんでこんな下町の小競り合いに出てくるんだよ!
流石に大剣を振うのは躊躇してしまった。ここで反抗をしたら俺が悪者になっちまうだろう?
俺は何も悪いことはしていない。
「待ってくれ! 俺はこのガキンチョをだな! ひとさらいから助けただけなんだよ!!」
叫んでみたが、目が笑っていない優男に抵抗出来ないように捕縛された。
「取り調べ室で言い分は聞いてやるからな」
くそったれ。はなっから聞く垂れ耳は無ぇじゃねぇか!
その優男の軍人はロップイヤーの兎人だった。
カビ臭い取り調べ室は石造りの部屋で、高い位置に小さい窓がひとつだけあった。しかも鉄格子がご丁寧に嵌まっている。
「あんたがひとさらいの仲間じゃないって証明できる? 仲間割れしたんじゃないの?」
「だーかーら! 街のリンゴ売りのばーさんや宿屋や食堂のねーちゃんに聞いて見てくれよ」
兎野郎はうろんな目付きで見るだけで、下っぱに確認に行かせる指示も出しやしない。
その時、にわかにドアの外が騒がしくなった。
「その必要はない。そなたの身元は儂が保証しよう」
悠然とドアから入ってきたのは、金色のたてがみが立派なライオン。その風格からこの国の王、レオンパルド15世と分かった。
黒の軍服に金の鎖のついた輩が、王を護るように居並んだ。
「息子を助けてくれたことに感謝する」
あごが外れるほど驚き、粗末な木の椅子に座ったままだったことに気づいて、慌てて椅子から降り平頭した。
ちっくしょう、兎野郎はとっくに立ち上がって王の後ろに並んでいやがる。
はにかんだ笑みを見せながらガキンチョ、いやあのお子様が王の長いマントの後ろからちょろっと顔を出した。
「息子のプリンシバルだ」
「おじさん、おうちまで送ってくれてありがとう」
随分大きなおうちだね。
つまりなんだ!? 王子を拐かしたやつらの仲間だと思われてたってのか!
首の辺りに寒気を感じた。
「ねぇ、お父様。このおじさん、ボクにちょうだい」
くぉうら!! 人をモノみたいに言うんじゃない!
なんてもちろん言えず、成り行きを眺めた。
いや、俺、門番でいいんですよ、本当に。