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神泉の聖女  作者: サトム
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白騎士と黒騎士

 甘い物好きの青年騎士。

 これがヴァルター・フォン・ディルグレイスという男だと思っていた。祭司長とのやり取りで彼が黒騎士団と呼ばれる所の第3隊隊長であることも知ったが、この国でどの程度の地位なのか判らぬままである。

 小屋でカイユのパイを食べたいという彼の為に、今は祭司長の部屋を出て移動途中なのだが、途中すれ違う司祭や騎士達はヴァルターの姿を見かけると廊下の端に寄り、心なしか怖々と頭を下げていた。

 優しそうな人なのに……と頭の中は疑問符で一杯だが、廊下で立ち話というわけにもいかず、仕方なく隣を歩く青年を見上げる。日の光を浴びた髪は黒というより紫。紫が濃すぎて黒に見えていたという事らしい。さすが異世界。体毛としては有り得ない色素が平気で存在するなと興味を引かれて見つめていると、小屋のある中庭の入り口に着いた。

 護衛騎士2人がいつものように無言で出迎える。

 その視線が痛くて早足で通りすぎようとした時。隣で歩いていた『彼』が突如変化した。

 穏やかな空気は一瞬にして張りつめ、冷気すら漂わせる圧倒的な気配に総毛立つ。そして片手を上げて挨拶するような自然さで腰に下げられた剣を抜くと、同じように動くことが出来ないでいた護衛騎士の1人に、優雅とも見える太刀筋で剣先を突きつけた。


「これが白騎士団の仕事振りか?だとしたら俺のいない間に随分腑抜けになったものだ」


 声は変わらない。それなのに絶対的な強者を感じさせる力強さと、肉食獣が発するような殺気が加わったその声にゾクリと鳥肌が立った。同一人物なのだろうか?と疑いを持つには充分な変化に、ルーフェリアは硬直した身体を無理矢理動かしてヴァルターを見上げる。


「っ!」


 深い光を宿したアメジストの目に視線が吸い寄せられ、そこに灯る仄暗い感情に目が離せない。

 人を殺したことのある人間の目だと直感した。

 しかも1人、2人といった少数ではないだろう。戦争のない国からきた者には想像もつかない数の人間を殺したに違いない。


「ヴァルター様。パイが冷めてしまいますよ?」


 正直、この場の空気だけで足が震えるのだが、薄氷の上に立っているような緊迫感をなんとか紛らわせようと思わず問いかけると。


「……」


 ヴァルターと剣を突きつけられていた護衛騎士二人が同時にこちらに向いた。


「それに彼らは職務怠慢という訳ではないと思います。ああいう態度なのは私がそばにいる時だけです。今まで散々迷惑を掛けてきましたから」


 それ以外の時はきっとしっかり護衛をしてくれているのだ。だからルーフェリアが襲われたことは一度もない。


「お前の言いたいことは判る。だが、たとえ護衛対象が馬鹿でもアホでも、貴族や王族ならばそれなりの態度を取るのが騎士だ。今のこいつらの態度は、ただ平民を馬鹿にしているに過ぎない」


 散ってしまった緊張感に肩の力を抜いたヴァルターは、剣を鞘へとしまいながら判りやすいように説明してくれた。何やらとんでもない本音も紛れていたが、それを聞いてやはり……と納得する。

 ルーフェリアの態度も悪かったが、命令に違反するような態度を常々取り続けるのは別の理由があると思っていたからだ。


「この国には王都や街の治安維持を主な活動とする白騎士団と、盗賊の討伐や他国との戦争を行う黒騎士団がある。白は貴族の子息で、黒は平民で構成されているのだ」


「つまり私の護衛をして下さっている騎士様方は白騎士団に属されていて、その出自は貴族のご子息なのですね? だから平民でもある聖女を見下していたと」


 あまりに深く納得してしまい何度も肯いている姿を、騎士三人が何とも言えない表情で見下ろしてくる。


「あれ? ですがヴァルター様は黒騎士でしたよね? それでご出身は男爵家だったのでは?」


 口に出した疑問に護衛騎士達が息を飲む。雰囲気で聞いてはいけないことを質問してしまったかと気付いたが遅かったようだ。


「俺の事を知りたいか?」


 騎士服の上着のボタンを2、3外しながらニヤリと笑うアメジストに、微かに残っていた危険な気配が付きまとい、壮絶な色気が醸し出される。だが自覚なしに垂れ流される色気を無視しながら、手に持った籠を目の前に持ち上げて笑い返した。


「パイを半分差し上げますから、差し支えがなければお聞きしたいです」


 これからお世話になる人物をよく知りたいと思うのは悪いことではないだろうと交換条件を持ち出せば、ヴァルターはそれまでの獣のような雰囲気を四散させて、朗らかで楽しそうな笑みを浮かべた。


「そんな交換条件を出してきた人間は初めてだ。いいだろう。花茶とパイで話してやる」


 そう言って大きな手が籠を受け取る。


「あの?」


 持って貰うために掲げたのではないと首を傾げると、庭へと踏み出したヴァルターは眩しそうに辺りを見回した。


「ここは創世神の庭だ。身分は関係ない。それに女性が重い物を持っていたら手助けするのが男だろう?」


 今まで放っておいたくせに……と思うのは私の心がせまいからだろうか、それとも神殿の中では持てない理由があったのだろうか。後者だといいなぁと虚ろな眼差しで嬉しそうに小屋へと歩いていく背の高い後ろ姿を見送ってから、唖然と見送る護衛騎士を振り返った。


「ご一緒に召し上がりませんか?」


 断られるのを承知しながら誘うと、衝撃の抜け切れていない二人は「職務中ですので」といつもより丁寧な返事を返してくる。


「そうですか。お仕事ご苦労様です。これからもよろしくお願いします」


 そう言って小さくお辞儀をしてからヴァルターの後を追った。








 小屋に着き花茶の美味しい入れ方を教わりながらパイを切り分けると、一口食べたヴァルターは微かに目を見開く。


「この間食べた物より軽くなっていて、甘さも控えめ。時間を置いたせいか生地がしっとりしていて、これはこれで美味しいな」


 今まで他人に自分の作ったお菓子を食べさせたことがないので、変な緊張に汗ばんだ手を開いて乾かしながら、どこかの専門家のような評価に喜んで貰えて良かったと胸を撫で下ろした。


「さて、俺が黒騎士団に所属していた理由だったな」


 正装だったが故に先程外してテーブルに置いた白手袋を見ながら、黒髪の青年が長い足を組んで話し始める。


「普通、騎士になるのは十五歳になると同時だ。テストを受け、騎士学校に入る。それが白騎士になる為の道なのだが、俺が十五の時、母が病で死んだ。父、兄二人はすでに王宮に上がり働いていたから、残っていた十歳の妹の面倒を見るのは俺の役目になった」


 肯きながらも口を挟まず話を促す。


「十歳で母親を亡くした妹は俺と古参のメイド以外を寄せ付けなくなってしまったため、俺が妹の教育係を務めることになったんだ。二年ほどすると元の妹に戻ったが、俺の年齢で白騎士を目指すのは不可能になっていた」


「なぜですか?」


 理由が判らず問うと、お茶を一口飲んだヴァルターはアメジストの目で見返してきた。


「騎士学校は三年入らなければならない。そして二十歳までに拝命できなければ、例え有力貴族の子息であろうとも白騎士にはなれない」


 つまり十五から妹の面倒を見た二年間と騎士学校の三年を足せば、二十歳を超えてしまい白騎士になることが不可能だったのだ。


「だが俺は剣術以外取り柄がないから、黒騎士になることにした。黒騎士は年齢に煩くはないし、腕に覚えのある者が集まる場所だ。俺の性格にもあっていたしな」


 至って普通の事情だ。護衛騎士達が恐れるような空気を醸し出したのは気のせいだったのかもしれないと、おかわりのお茶を注ぎながら納得する。


「そのような理由だったのですね。もう妹様はお元気なのですか?」


 十歳と言えばうちの上の息子と同じ年齢だ。そんな子供が母親を亡くすなんて、どんなに辛かった事だろうと胸が痛む。


「ああ。あれから無事に社交界デビューもこなしたし、今は嫁ぎ先を決めようとしているんだが……父と兄たちのお眼鏡に適う男がなかなかいなくて苦労しているようだ」


 母親を亡くした四人兄弟の末っ子で唯一の女の子の結婚相手。これは揉めに揉めそうだと想像するのは容易かった。


「幸せになって欲しいと願うが故でしょうね。ヴァルター様も手放すのが惜しいのでは?」


 冗談半分で問いかけると、彼は何とも言えない表情でこちらを見つめてくる。そうしてしばらく考え、こめかみを揉みほぐすと大きくため息を吐いた。


「ここだけの話だが……妹は俺達兄弟の誰よりも母に似た。社交的で好奇心も強く、正義感にも溢れている。『社交界の薔薇姫』などという二つ名もあるし、一部の女性からは『御姉様』と呼ばれているんだ」


 淡々と語られる言葉に、深窓の令嬢という今までの私の中のイメージが音を立てて崩れていく。


「父達の前では大人しくしているから溺愛されているが、俺の見立てでは妹は自分の結婚相手を自分で決めるだろう。さっき『父と兄』のお眼鏡に適う男がいないと言ったが、訂正させて貰う。恐らく『妹』のお眼鏡に適う男がいないんだ」


 ここまで聞いて先程のため息の理由を理解した。それと同時に目の前の青年の苦労が偲ばれて苦笑いが漏れる。


「……良かったじゃないですか。お母様を亡くされた悲しみを乗り越えられて」


 自分でも酷い励まし方だと思いながらもそれ以上の言葉がとっさに思いつかず、視線を逸らしつつ慰めると、やはり微妙な励ましだと思ったのか残念そうにこちらをみる青年騎士がいた。

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