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神泉の聖女  作者: サトム
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小さな家と小さな目標

「もう一度おっしゃってもらってもよろしいですか?」


 今回の聖女の事故で報告があるからと呼び出された副祭司長と守護騎士は、病床だというのに血色のいい祭司長の言葉を聞き違えたかと首を捻る。いつものように人の良い笑みを浮かべた老人は、上位者に対して失礼なその質問にもう一度快く答えた。


「ルーフェリアだが、頭を打ったらしい。自分を以前読んだ本の主人公だと思っておる」


「そんな馬鹿な!いつもの馬鹿馬鹿しい芝居に決まっています」


 即座に否定する副祭司長と沈黙を守る守護騎士。祭司長は心当たりのある様子の守護騎士の視線に小さく肯く。


「まぁ問題はルーフェリアの性格が変わったことではない。これまでの記憶もあるし、周囲の人間を忘れたわけでもないからの。聖女であることも理解しておるからほとんど変わらないのだが」


「では何が問題に?」


 苛つきを隠せない副祭司長の声に祭司長は軽く笑って答えた。


「勉強をしたいと言ってきた」


「今更何を勉強しようと言うんです?」


「常識とマナーだそうだ」


 大きなため息が同時に二つ、盛大に部屋に吐かれる。今まで散々口うるさく言ってきても全く興味を示さなかったのに、ここに来て手のひらを返されるとますます腹が立ったようだ。


「そこでヴァルター・フォン・ディルグレイスを臨時の教師にしようと思うのだが」


「……確かディルグレイス家の三男で黒騎士団第三隊隊長でしたか。この間ロトビュー国との国境戦に派遣されていて帰ってきたばかりだったはず」


 長い髪を揺らしながら知識を引き出した副祭司長の言葉に、守護騎士は興味無さそうに聞いてきた。


「なぜ騎士隊長を教師役に選んだのですか?」


「ルーフェリアの欲しがった知識を持つ人物だからだの」


 疑問符を浮かべる2人にこれ以上知らせることはない。いくら口で説明したとしても、彼女の変化は自分の目で見なければ信じることが出来ないだろうから、と祭司長は楽しげに見上げた。


「多少おかしな事をするだろうが、今まで通りに頼んだぞ。なるべく聖女の好きにさせてやってくれ」


 それだけ告げて若い2人を追い出してから創世神に感謝を捧げる。今度の事で彼ら自身も成長してくれれば、自分は引退して悠々自適な日々を送ることも可能になるだろうと至極自分勝手な理由を考えながら。








 祭司長が早速手を回して下さったのか、それとももともとルーフェリアの突飛な行動になれているのだろうか。

 無表情で優秀な侍女達は着替えも風呂も1人でやると言ったワガママを聞いてくれた。『ルーフェリア』は自分でしたことはなかったが、侍女のすることをよく見ていたから判らないということはなかったし。

 部屋に運び込まれた夕食はフルコースと思われるほど豪勢で、それが一般的なのか、特別扱いなのかも判らぬまま舌鼓を打つ。味はフランス料理に近く美味しかった。

 何もせずに食事の出る生活って素敵~と心の中で叫びつつも、このままでは駄目になるとも思ってしまう。義務を果たしているからこその貴族生活という権利だ。働いていないルーフェリアには必要のないものだろう。

 ネグリジェのような薄い夜着に着替えて着ていた服をクローゼットに掛けると、一言も口を開かない侍女がさりげなく下着を回収して部屋を出た。


「下着を他人に洗濯させるなんて……ここでの生活は無理っぽい」


 フリルのついた大きなベッドに倒れ込みながら部屋を見回す。幾重にも掛かったレースの天蓋、高そうな家具の数々と身体は一つなのにクローゼットに詰め込まれた沢山の衣類。誰もが羨むような生活ではあるものの、どこか歪みを感じる不自然さに、本日何度目か判らない大きなため息を吐く。

 ルーフェリアは何も知らない。素晴らしい記憶力と身体能力を持ち合わせているのに、それらを生かすための知識も経験も足りない。

 そこまで考えて、ふっと家族を思い出す。

 体感時間でまだ半日ほど。いつもなら息子達は帰ってきて、夕食を食べ、宿題を急かしている時間だ。静まりかえった室内に物足りなさを感じて寂しさを憶える。


「2年も会えないなんて無理だったかなぁ」


 やはりこのままの生活は続けられない。衣食住を全て神殿と侍女に任せ、自分は本を読んだり人と話すだけの生活では、この寂しさを埋めることはできないだろう。

 何か良い方法はないかとルーフェリアの記憶を穿り返していると、本神殿に入った初日の出来事を思い出した。確か彼女は神殿の中庭に小さな一軒家を貰っていた。先代の聖女が暮らしていたというそこは、神殿で贅沢な暮らしをしていたルーフェリアを激怒させたが、ごく普通の一般的な暮らしが出来るようになっていたはずだ。

 一般人だったという先代聖女の為に作られた家ならば、全て自分で生活していけるはず。少なくとも安全面でも確保され、ルーフェリアが戻ってきたとしても無駄にはならないだろう。

 マナーの無さから公の夜会に呼ばれることもなく、取り巻きの自宅にすら招かれることがなかったルーフェリアの豪華な衣類を売れば、いくらかは現金が出来るはず。それらを使って家を整備すれば迷惑は掛からないだろうし。

 夕食に出た食材も知らないものがあったし、何よりこの世界には生活密着型の魔法が存在しているらしいのだ。探せばいくらでも心の穴を埋める楽しみが見付かるかもしれない。








 ベッドに入ってそんなことを考えていたせいか、埃だらけの部屋を懸命に掃除している夢を見た。綺麗に片付いたそこに、ルーフェリアが現れてゴミをまき散らしていく。私は文句を言いながらも再び片付け始め、また彼女がゴミを捨てていく。

 無限ループにうなされて目覚めると朝だった。


「………眠ったはずなのに疲れた」


 絡まってしまった金糸の髪を丁寧に解きつつクローゼットの中にあったワンピースに着替えると、身支度を整えて用意された朝食を取る。昨日とは違う侍女さんにお礼を言ってから、昨夜にベッドの中で立てたプランを実行すべく部屋を出た。


「おはようございます」


「どちらへ?」


 挨拶もなしにドアの前に立つ騎士に忌々しそうに聞かれて、中庭の家を見に行くと告げると、苛立った彼はそれでも無言で付いてくる。背後からの刺すような視線に、外部からの刺客ではなく彼らに注意しなければならないのでは?と不安になりながら歩みを進めた。

 一度案内されただけだったが、ルーフェリアは家の場所を的確に憶えていて迷うことなくたどり着く。

 本当に神殿の中なのだろうかと思うほどの大きな木々に囲まれたその家は、ぽっかり空いた広場の真ん中に建てられていた。柔らかな日差しが降り注ぎ、野の花が周囲を囲う。家の脇に井戸があり、薪を積むための小屋もあるのだが今は空のようだ。当たり前か。ルーフェリアはここに住むことを拒んだのだから。

 壁は石を積み上げたものに白い土で塗り固められ、屋根もオレンジ色の薄いレンガのようなもので覆われていた。窓もあり、窓枠とドアは木で出来ていて、取っ手は青銅のような金属だった。


「可愛い家」


 ヨーロッパにあるようなこぢんまりとした外観に感動しながらドアに手をかけるも、もちろん鍵が掛かっていて入れない。


「え?鍵?」


 鍵穴が見付からないのに鍵がかかっている……そう言えば最初に連れてこられた時に、副祭司長が魔法の鍵だと言っていたのを思いだした。


「ええっと……なんて言ってたっけ……」


 その時の彼の言葉の音を忠実に再現する。


『ただいま』


 ガチャリと鍵の外れた音が辺りに響いた。木の重さに妙な安心感を憶えながら取っ手を引くと薄暗いダイニングキッチンが現れる。家具には埃よけに白い布が掛けられ、天井からはランプがつり下げられていた。


「お邪魔しま~す」


 恐る恐る足を踏み入れると、木の床が微かに軋む。目が慣れれば青いタイルで覆われた水場と金属で出来た暖炉兼オーブンのようなものも見えた。窓のカーテンを開けて外を確認してからダイニングテーブルの埃よけの布を取ると、木で作られた素朴だけれど使い心地の良さそうなテーブルとイス4脚が現れる。


「掃除をすれば今日からでも住めそう」


 確認していけば食器棚に食器と調理道具、古くなっているが掃除用具まで揃っていて、思わずエプロンを手に取った。

 ちなみに護衛の騎士は扉の前に陣取って睨みつけてくるだけだ。中に入ろうとしないのは護衛としての立場を弁えているのか、はたまた付き合うのが面倒なだけなのか。良く考えてみれば、ここにルーフェリアを狙う何者かが潜んでいたらどうするつもりなのだろう?自分が入る前に確認をしなくていいのだろうか?とも思ったが、突っ込むのも面倒だし、ここはこの国の王都で創造神の本神殿なのだ。警備は万全なのだろうと思うことにして探索を続ける。

 水場の傍のドアを開けると、トイレとバスルームだった。さすがにシャワーは無かったが小さな湯船があり、キッチンと同じタイルに覆われていた。


「わ~下水道完備だ。でも当たり前か。そうでもしないと、これだけの人間が密集して生活することなんて出来ないもんね」


 王城などは処理専門の人間がいるかもしれないが、残念ながらくみ取り式トイレを使用した経験はあっても、実際に取り扱ったことはなかったので一安心といったところか。

 もう一つのドアの先は寝室だった。部屋の割には大きめのセミダブルのベッドに衣装ダンス、本棚と必要最低限の生活必需品が揃った居心地の良い部屋になっていた。


「綺麗な刺繍」


「先代聖女の手作りだそうだ」


 ベッドに畳まれていたキルトを持ち上げると、背後から耳に心地良い声で最大限に不機嫌さを漂わせた言葉が聞こえた。驚いて振り返ると、今日は長い銀髪を一つに纏めてローブを羽織ったドゥーイの姿があり、彼の深紅の目が睥睨するように細められる。


「何をする気かは知らないが迷惑をかけるな」


 それだけ言うと返事も聞かずに背を向けて立ち去る副祭司長を見送っていたが、丁度いい機会だからと声を掛ける。


「ドゥーイ様!私、3日後からここに『戻ります』。もう怪我も治りましたし」


「勝手にしたらいい。私は何もする気はない」


「ありがとうございます。あと、街に出ても良いですか?」


 長身故に付いて行くのがやっとの彼の背を追いながら続ければ、顔も見ずに片手を振られ「それはフィルの仕事だ」と返された。

 家の外まで追いかけてようやく交わした会話はこれだけ。けれど今までのように完全に無視されている訳ではないのだから良しとしようと自分を励ましつつ首を傾げる。


「様子を見に……来てくれたんだよね?」


 キルトの作り手が先代聖女だと教え、嫌味を口にすると立ち去った青年の後ろ姿を見送りながら、責任感のある彼に好意を持つ。言葉はきついし視線も厳しいものがあるが、悪い人間じゃない。良好な関係を持てていたならルーフェリアの味方になってくれたはずだ。

 という訳で彼との関係改善を当座の目標に掲げることにした。

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