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神泉の聖女  作者: サトム
23/25

有翼人と伴侶

 滅多に遭遇しないはずの上級侍女からの嫌がらせは続いていたが、彼女たちの行動範囲を把握した後は接触自体を減らすことができた。アステルにも助言を貰い、行動範囲内に立ち入らなければならない時は彼女たちが仕事から離れられない時間帯を狙うことで被害も激減した。だが一人の時の接触を減らしたことにより彼女たちが目にするのはヴァルターの後ろに付く姿ばかりになり、更に怒りを買っているという情報がサレイユからもたらされる。


「どうする?」


 なぜか楽しそうに聞いてくる少し垂れ目の青年に、ルーフェリアはしばらく考えてから答えた。


「何もしないよ。王城に上がるときはヴァルター様かアステルが一緒だし、私がよく行くのは政務棟だから」


 それからにっこり笑って。


「それにヴァルター様に一番近い女性というのは変えようがないから、彼女たちに慣れてもらうしかないわ」


「言うようになったね。最初に水をかけられたときの震えが嘘のようだ」


 人好きのする笑みを浮かべたサレイユは濃緑の髪を揺らして軽く手を振った。


「教えてくれてありがとう!」


 彼の目的はルーフェリアの身の安全ではなく、付き人が自分達の隊長の負担にならないようにすることだ。だからルーフェリアに関係する情報を耳にすれば試すようにこちらに渡してくる。そして対策を聞き、助言をしていくのだ。

 間違っていたり、不備があればしっかり指摘してくるから、今日の対応方針は合格点だったということだろう。変な噂さえ立たなければ時と慣れが解決してくれると考えたのは当たりだったようだ。

 ホッとしながら持ち込んだタルトを抱えて騎士棟へと再び足を向けると、渡り廊下の途中の草むらが大きく揺れた。ついでに綺麗な金髪と小さな白い翼が飛び出るのを目撃して足が止まる。よくよく耳を澄ますと小さな泣き声も聞こえた。


「どうしたの?」


 廊下を外れて少し離れた場所で屈むとそっと声をかける。隠れているらしい小さな身体が大きく震え、淡い金髪と見たことのある綺麗な青い目が怯えを含んで振り返った。


「だぁれ?」


 当然の疑問にしゃがんだまま視線を合わせて微笑んだ。


「ルーフェリアといいます。ここで働いているの。君の名前は?」


「てしゅーなの」


「テシュー?」


 こちらが呼んだ名に首を横に振る少年。話をするためにこちらを向いた彼は全身を茂みから現してルーフェリアと同じようにしゃがみ込む。


「ちがうの。てしゅなの」


「テシュ?」


「てしゅ!」


「……もしかして、テス、かな?」


 ようやく正解に行き当たったらしい。正確な名を呼ばれて嬉しそうに満面の笑みを浮かべる彼になぜここに一人でいるのか質問する。


「お父さんやお母さんはどこ?」


 この質問には判らないのか黙秘なのか、答える素振りを見せないテス。


「誰に会いにきたの?」


「おじいちゃまなの」


 なるほど。答えたくない質問には黙秘するくらいの知恵はあるらしい。賢い子供だと感心していたルーフェリアだが、さすがに親が心配しているだろうと説得を試みる。


「私も一緒に探してあげるから、お父さんやお母さんのことを教えてくれる?」


 こちらの要求にしばらく考え込んだテスは、やはり心細かったのかコクンと小さく肯いた。


「とうしゃまとおじいちゃまのところにきたの。おじいちゃまのところに行きたい」


 と言われてもテスという少年の名前だけでは親を捜しようがない。どうやら親は城に務めていないようだし、王城は人が多すぎて聞き回ることもできない。だが、彼の容姿に見覚えのあったルーフェリアはそっと手を差しだした。


「それじゃあお父さんを探してくれそうな人のところに行きましょう」


 思い当たったのは同じ有翼人だ。まったく関係がないとしても何かしら判るはず。

 思い浮かべた班長カレの子供かもしれないと二人で手を繋いで歩き出すと、少年は小さな鼻をひくつかせた。


「あまいいいにおい」


 自分と反対側から漂ってくる微かな匂いに目を輝かせる彼に、籠を持ち上げながら小さく笑う。


「お茶のあるところで一緒に食べる?」


「うん!」


 そう言って誘うと、青い目を零れそうなくらい大きく見開いたテスが満面の笑みを浮かべて勢い良く肯いた。これは可愛い。幼児特有のフワフワの髪も背に付いた小さな羽根もプニプニの小さな手も、充分に庇護欲をかき立てる。仔セリルに勝るとも劣らない愛らしさだ。

 可愛らしさに心の中で身もだえつつ、表面上は何事もなかったかのようにヴァルターの執務室に向かう。訓練場か班長室にいると思われるカレを探すよりは、ヴァルターの執務室に一度預けた方が手っ取り早いと考えたのだ。特に訓練場は武器や魔導が飛び交ったりしているから、うっかり怪我をさせても責任が取れない。自分の知る最も安全な場所で保護しておこうと思ったのは当たり前の心理だった。


「失礼します」


 ノック後の入室許可を聞いてドアを開けると来客がいた。タイミングもよく班長カレもいて、室内に一歩踏み入れたルーフェリアの後ろでテスがあからさまにビクリと震える。


「テス?」


「テス!!」


 呼びかけは二つ。太股にしがみつくようにしていたテスを見て客人とカレがそれぞれ反応する。客人も有翼人だった。カレに良く似た金髪とアクアマリンのような淡い青い目をもつ青年が駆け寄ってくるとテスの頭に手を置いた。


「どこに行っていたんだ。心配したんだぞ?」


 そう呼びかける青年は20歳前後だろう。テスの兄だろうか。だが彼は父親と城にいる祖父に会いに来たと言っていた。聞いていた事実と合わなくて混乱し、黙ったまま突っ立っているとヴァルターが傍に寄ってくる。


「どこで見付けた」


 まるでもののような言い方だが、疑惑の最中にいるルーフェリアにそこまで突っ込む余裕はなく、問われるままに渡り通路の茂みの中だと答える。


「ごめんなしゃい、とうしゃま」


 小さな頭をペコリと下げながらなぜかルーフェリアの太股にしがみついたままのテスに、父と呼ばれた20歳くらいに見える青年が困ったように微笑んだ。


「テス。いつまでも女性の足にしがみついているものではないよ」


「すまないな、ルーフェリア。普段はもっと聞き分けの良い子なんだが」


 テスの父親とカレに同時に謝られ、構わないと首を振りながらしゃがんで少年の顔を覗き込んだ。


「お父様に会えて良かったね」


 心細い思いをしただろうと頭を撫でると、テスは大きな青い瞳を潤ませながら見上げてくる。何がそんなに悲しいのかと心配していると、いきなり彼の幼い口調で爆弾発言が飛び出した。


「ボク、ルーフェリアをはんりょにしたい」


 ピキリと固まる空気。聞き間違いだろうか、テスは『伴侶』と言ったのだろうか。いや、こんな子供が知る言葉ではない。何か異世界独自の言い回しなのかもしれないと父親を見上げれば、青年は困ったように頭を掻いていた。


「君、幾つ?」


 ここでその質問が来ることに驚いたが、ふざけている様子はない。


「18……です」


 答えると青年は小さく頭を振ってテスの身体を自分に向かせた。


「テス。残念だけど彼女はお前の伴侶にはなれない。お前が15になる前に彼女の適齢期が過ぎてしまうからね」


 父親に諭され俯くテス。気落ちと同時に羽根まで項垂れられれば、その場限りでもいいと言ってあげたくなる。


「……あい」


 落ち込んだ声に何かを言ってあげようとして……背後から口を塞がれた。サラリと落ちる金髪と共にカレが口元に指を当てながら前に回り込む。恐らく異世界でも共通のボディーランゲージに了解したと小さく肯いて父と子の成り行きを見守った。


「お前はこれから様々なことを学ばなければならない。全てを修得した上で15になったら晴れて伴侶を選ぶことができるんだ。これは私でもお祖父様でも一緒なんだよ」


 若い男性が子供に伝えるには難しそうな口調で説明を続けたが、テスも理解したようで渋々肯いた。

 一体何があったのか、ついて行けていないのは自分だけなのだと判っている。だからこそ余計なことは言わずに指示されたとおりに黙っていたのだが、そう言えばお客様がいるのにお茶も出していないと綺麗な横顔を晒すカレに小さく呟いた。


「お茶を淹れてこようか?」


「いや、すぐに帰る。見送ってやってくれ」


 いつもと違う穏やかな表情に慈愛を浮かべ、カレはテスを愛おしそうに眺める。父親に抱かれたテスはグシグシと泣いていて、青年は苦笑を浮かべてヴァルターに挨拶するとカレと共に退室した。


「状況が判っているか?」


 呆然と見送っていると隣りに立っていたヴァルターがいつもの調子で問いかけてくる。一体何かあったのかまったく判らなかったルーフェリアは首を横に振った。


「あの子はカレの孫だ」


「…………え? もう一度」


「テスはカレの孫だ」


「カレっていくつなの?」


「35ですね」


 質問の答えはアステルからだ。


「カレの最初の子供がレテ。そしてレテの最初の子供がテスだ。有翼人の男性は15になると年上の女性と結婚してすぐに子供が生まれるから、今年5歳になるテス、20歳になるレテ、35歳になるカレ、50になるエカと続いている」


 サラッと簡単に説明してくれたが早熟にも程があるだろうと頭を抱えそうになる。自分と似た年齢の男性はレテという名で、カレの息子ということらしい。


「ついでだ。少し有翼人の話もしてやろう」


「お茶を淹れて、タルトを切ってきます。ちょっと待っててください」


 言われたことは判っているし憶えてもいるが、理解が追いつかない頭を一度冷やすためにも簡易キッチンに立ってお茶を淹れる。お盆にティーセットと切り分けたケーキを置くとテーブルに運んで一息付いた。


「四百年前、大蝕進行という時期があった。魔物達が津波のように街を襲い、人族は存亡の危機に瀕したらしい。魔族と妖精族、人族が一致団結して撃退したんだが、その時、特に数を減らしたのが有翼人達だった」


 今や文献でしか知り得ない事実なのだろうが、語るヴァルターの口調は感謝が込められているような気がした。


「魔物は地上を走るモノだけではない。空を飛ぶモノも多かったのだが、それに対処できたのが有翼人と一部の魔族だけだったのだ。そうして従軍していた有翼人が大勢帰らなかった」


 魔物がどんなモノか判らなかったが、きっと地上のように援護があった訳ではなかったのだろう。それでも自分達の住処を守るために彼等は戦った。彼等でなければ対処できない敵だったから。


「残されたのは幼い子供達と女性達ばかり。有翼人は一生に一人しか伴侶として選べないため、大勢の女性達が生き残った未婚の男性を取り合ったそうだ」


「羨ましい事です……と茶化せませんがね」


 紅茶を飲みながら口を挟むアステル。


「そんな過去の経緯で成人したての男性を年上の女性が手ほどきするという暗黙の了解が有翼人の中で出来上がったらしい。男性は15になると一人の女性を選び、すぐに子供を作る。普通人と違って身体が成熟した女性が子供を産むから死産や流産も少ないし、しっかり育てることができるらしい。またいつ魔物の大群が襲ってきても男達は子孫を残して戦いに行ける状況にあるから、有翼人の成人男性は優秀な傭兵も多いんだ」


 なるほど。それでテスが成人する10年後では、私との結婚は無理だろうと言ったのだ。考えてみれば父親のレテと2歳しか違わないのだ。なかなかハードな恋愛事情だと遠くを見る。


「だがいきなりお前を伴侶に選ぶとは思わなかったな。上質な外見は子供にも通じるようだし」


 口の悪いアステルを睨みつつも、一生の相手に選んでくれたテスを思い出して小さく笑った。まだ母親を恋しがる年頃だというのに、年上の女性に憧れを持つとは早熟にも程がある。さすが異世界だと感心するが、子供でいられる期間のあまりの短さに少し心配になった。人口が少ない頃は早くに子を持つのは仕方がなかったのだろうが、大人になるのが早ければいいという訳でもない。


「子供の時間が奪われるなんて、この世界は厳しいんですね」


 元いた世界でも子供が時間を奪われている地域は数多くあった。大人と一緒に訳の分からないまま、または自分の意志の持てないまま戦争に駆り出されている国もある。生きるということはそれだけ過酷であり、今まで住んでいた環境がいかに恵まれたものであるかをルーフェリアは自覚した。

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