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神泉の聖女  作者: サトム
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閑話:アステル・グラドール

アステル視点の裏話。

 ヴァルターがルーフェリアを連れて酒場に行った後。

 書類を捌きながら訓練場から聞こえるざわめきに、今日は仕事が進まないかもしれないとアステルは考えた。班長達はいい。彼等はヴァルターの腹心で、戦場を共に生き抜いてきた同士でもあり、彼の忠実な手駒でもある。だからこそ自分達の隊長が何を望んでいるのか判っていた。

 面倒なのは他の隊の副隊長クラスだろう。

 黒騎士という武力に長けた一般人の集まりで、もちろん隊長達は個性に溢れていた。中には露骨にいがみ合う者達もいたし、ヴァルターを身分が貴族という理由で嫌っている者すらいる。

 だからこそ副隊長クラスは綿密に連絡を取り合うのだ。隊長は戦闘力で決められるが、副隊長は調整能力で決められていると言ってもいい。とにかく副隊長同士は仲が良い。いや、表面上だけでも仲が良かった。


「アス」


 ほら来た、と内心で舌打ちながら人当たりのいい笑顔を浮かべて何事かと首を傾げてみせれば、案の定、蜂蜜色の金髪を短く刈り込んだ第一隊の副隊長が現れた。


「第三隊長に新たな付き人が入ったと聞きいた」


「ええ。私の従兄弟なのですよ。田舎育ちですので、迷惑を掛けるかもしれません」


 アステルの答えに男性は机の前に陣取り更に追求してくる。


「凄い美人だと部下達が騒いでいたぞ」


「私は父に似たんです」


 自分の母親を褒めるわけにもいかず、仕方なしに自分を貶す方向で噂を肯定したアステルは第一隊副隊長を見上げた。


「何度か私の所に遊びに来ていてヴァルター様とも面識がありましたから、たまたま雇ってもらえました。後見人はディルグレイス家ですので、詳しいことはそちらに聞いて下さい」


 彼女を紹介しろなどと面倒な頼み事を自分にするなと牽制したアステルは、女好きで有名な第一隊の副隊長に釘を刺す。そちらの隊長、隊員共々手綱を取っておけとの忠告に、彼は朗らかに笑ってヒゲの生えた顎を撫でた。


「シルヴァ様には会わせないのか?」


「すでに会いました。求婚されていましたが、いつものように断られていましたよ」


 ここにきて面倒ですがお茶を淹れましょうか?と社交辞令で立ち上がろうとすると、片手で結構だと示される。ならば早く出て行けよという無言の圧力に男性は仕方なしにドアへと足を向けた。


「ああ。ついでに他の副隊長にも説明してもらえると助かります。ドアの向こうで聞き耳を立て、断片的な情報で誤解されてもこちらが迷惑なので」


 相変わらず人使いか荒いとぼやきながら、退室していく男性を見送る。ドアの向こうからも人の気配が消えたのを確認して再び書類に目を戻したアステルだが、ふと不可解な感情を感じて首を傾げた。

 そう言えばルーフェリアは一般的な若い女性にも関わらず、ヴァルターを特別視していない。自分も外面だけなら良いと言われていて、確かに王城の侍女や下位貴族の令嬢達にも人気があるにも関わらず、初対面で彼女はアステルの外見を気にした様子はなかった。更に外見だけをみれば最高のシルヴァの求婚すら迷惑そうにしていたのだ。甘いマスクと柔らかな微笑み、黒騎士団団長という高い身分で求婚する彼はこの城でも有名なのだが、その彼が珍しく本気で褒めた言葉をルーフェリアは真っ向から否定までしている。

 噂された聖女の言動からすれば有り得ないほどの無関心振りだ。何か企んでいるのではないかと勘ぐるのは用心のし過ぎと言えないだろう。

 確かにヴァルターから聞いた聖女の待遇は同情に値する。特にルーフェリアの境遇には様々な不運が重なっていた。だからこそ本当なら要人でもある彼女を働かせるなど問題外なのだろうが、今までの行いの悪さからもたらされた周囲の無関心は、逆にルーフェリアの自由を妨げる者を排除したと言ってもいい。


『生まれた理由を生まれた時から明確に背負っているなど、王族以上の不幸だ』


 最初に相談を持ちかけられた時はどんな悪女に捕まったのかとも思ったが、何ら浮かれた様子のない乳兄弟は更に言葉を続けた。


『王ですら退位すればそれで済む。一人の人間として生きていくことも出来る。それなのに聖女は死ぬまで聖女なんだ。魔力泉のために生かされ続けるという屈辱を受けながらな』


「アレがそんな深いところまで考えて生きていくような女か」


 いかにものほほんと過ごしていそうなルーフェリアを想像して、アステルはポツリと呟く。始めて小屋で会った時、嫌われるために毒を吐いたというのに笑って受け入れた少女は、企みとは真逆にアステルを『信頼できる者』と定めてしまった。ルーフェリアを擁護するヴァルターと彼女を嫌悪する自分という構図を作るための布石だったというのに。

 だからこそ仕方なくアステルも彼女を受け入れたのだ。血判で傷を負うのを怖がるルーフェリアのために意識を逸らせ、終われば回復魔導を使うことで暴言を謝罪した。彼女の敵に回る人間の監視は別な方法を取ればいいのだから。


「ま、戦場の忙しさに比べればマシだろう。班長達にも良い刺激になるようだし」


 任務ではない聖女の護衛は、別種の緊張感を彼等に与えるだろう。ついでにその働きを見て特別昇給の査定をしてしまいたいし。

 不抜けるよりはいいはずだと自画自賛したアステルは、再びペンを持って書類へと目を落とした。

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