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神泉の聖女  作者: サトム
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真意ともう一つの職場

 ルーフェリアの答えを聞いてシルヴァは腕を組んだ。


「ふむ。では世界を学び終えたら一緒になろう」


 意外としつこい申し出に少々苛つくが、にっこり微笑んだまま耐える。断るのが面倒になってきたので、ここは優秀な騎士隊長に丸投げしたと言ってもいい。


「……今回はしつこいですね」


 濃紫の髪を揺らしながら意外そうに呟くヴァルター。だが慌てた様子を見せないことから、今まで思いつかなかった仮説を考え付いた。もしかしたら聖女を警戒していたのはヴァルター達なのかもしれないと。

 騎士団長という地位のある、見目も整った男性の誘いに乗ってしまうのではないかという危惧だ。過去の聖女の噂を鑑みればホイホイ乗ってもおかしくはないし、人によっては聖女でなくともすぐさま肯くだろう。


「聖女の噂は聞いている。だが所詮噂は噂だな。彼女のどこが悪女なんだか……こんな穏やかな気配を纏った女性に向けて良い言葉じゃないだろう」


「いえ、全て事実です」


 切れ長の目に誠実な意志を浮かべ、真摯に言葉を紡ぐシルヴァは目眩がするほど格好いい。他の女性が見れば黄色い歓声を上げそうなほどに落ち着いた雰囲気を醸し出す彼に、けれど遠慮なく事実を告げると。


「あ、や、今は違いますよ? 常識を身に付けようと鋭意勉強中です」


 せっかく噂に惑わされずに見てもらえたというのに自身でそれを否定したルーフェリアを、男性三人が残念そうな視線で見下ろしてきて、慌てて言葉を付け加えるも遅かったようだ。


「残念聖女め……」


 隣で呟くアステルの嘆きに、別な意味で聖女の評判を落としてしまったと、再び胸の内でルーフェリアにむかって謝罪する。慰めるように頭を撫でてくるヴァルターの心遣いが嬉しくて、そのまま落ち込みそうになる思考をなんとか立て直した。


「彼女はまだ外の世界を知りません。全てはそこからです。いいですね?」


 最後の『いいですね?』に力を込めたヴァルターの言葉に、誘うことを止めたシルヴァが歳に似合わず渋々と肯く。


「何かあればヴァルを頼れ。コイツが頼りにならないなら私を頼ってもいい。この男が面倒なら私の付き人でもいいからな」


 徐々に下がっていく自分の評価に何の反応も示さず、これで話は終わりだと魔導結界を解いたヴァルターはルーフェリアの持っていた書類に目を落とした。


「それを置いてきたらちょっと早いが酒場に行くぞ」


「はい」


 この騒動が収まってホッと胸を撫で下ろしつつ頭を下げて部屋をあとにする。それにしてもなんて面倒な騎士団長なのだろう。地位もあり、容姿も整っているのにあの言動では付き合う方が疲れそうだ。

 今日一日で濃い人間とばかり顔を会わせたせいか無性に神殿が恋しい気がした。没個性のような祭司たちがどれだけ害のない存在だったのか、外に出て初めて実感する事実である。

 それに結局騎士団長の申し出が本気なのか、こちらを試したものなのかも判らず、人生経験の差かと思わず窓の外を眺めてしまうくらいには癖の強い人間が多い。今まで過ごしてきた37年の人生など、彼等の20年に相当するかどうかといったところだろう。


「ヴァルター様を癒しに感じるとは思わなかった」


 剣を抜くと別人のように気配を変えるが普段は物静かで優しく笑う騎士隊長を思い出し、祭司長の人選は間違っていなかったです!と心の中で評価を与えたルーフェリアは自分の仕事を全うするべく廊下を歩いていった。








 し……視線が痛いです。連絡通路に入って、改めて自分の立ち位置を知ったルーフェリアです。書類を渡し終えて執務室に戻ると、最後の案内だとヴァルターと共に酒場へとむかった……のはいいのですが。

 老若男女、擦れ違う様々な人々から意味深な視線を向けられ、騎士棟にはない空気に心の中で冷や汗を流す。ヒソヒソと囁かれる言葉に『聖女』という単語はないから、身分がばれたわけではないらしいのだが、それでも普通の主婦としては気にならない訳はなく。

 前を行くヴァルターは気付いているのかいないのかすら判らぬまま、相変わらず薄い表情で廊下を歩いていた。美形は鈍感であるという法則を踏襲しているのかもしれない。

 それにしても本当に彼は美形だ。柔らかく揺れる濃紫の髪も、アメジストの切れ長の目も、スッキリとした鼻梁も、微かに笑みを浮かべた薄い唇も、詰め襟から覗く喉仏も、大きくて熱くて硬い手も、全てが完成された逞しさを作り上げ、その上にじみ出る雰囲気は上品な穏やかさと凶暴な野獣の気配を併せ持つ。戦いを経験した者とはこういう空気を身に纏うのだろう。町中で乱暴そうな空気をまき散らすチンピラなど、ただ粗野なだけなのだと実感した。

 ヴァルターから半歩遅れてついて歩いているため、襟足にかかる髪がなんとももどかしく感じる。男子たる者、髪は短くと考えて美形は関係ないのかもしれないとドゥーイを思い出し……などと周囲の視線に耐えきれず、つい目の前の青年を使って現実逃避をしていたルーフェリアだったが、それでも誰にも邪魔されることなく目的の場所へと到着した。

 ヴァルターが木製のドアを押し開けると午後でも薄暗い店内が出迎える。カウンターとイスの4つ置かれた木製のテーブルには火のついていないランプが置かれ、棚には多種な酒の瓶が並べられていた。客席は30ほど。王城で働く人間の数からしたら随分少ない気がするが、居酒屋チェーン店を想像していたので余計にギャップを感じたのかもしれない。


「ヴァルか」


 カウンターでグラスを拭いていた壮年の男性がこちらを見て立ち上がった。名を呼ばれたヴァルターはコツコツと足音を響かせて近付いていく。


「ギルベルト様。こちらがルーフェリアです」


 相変わらず簡素な紹介にも慣れてきて、ゆっくりと頭を下げると老人の一歩手前のような男性は右手を差し出してきた。穏やかな青い目に白髪の混じった金髪と、歳を重ねた顔や手の皺が見受けられるが、その立ち振る舞いは力強く優雅ですらある。


「私はギルベルト。ここでマスターをしている。給仕をしていた娘が怪我をしてね、復帰できるまで数ヶ月かかるらしいんだ。その間よろしく頼むよ」


 身分が上の人間に握手を求められ、どうしたらいいか判らずにオロオロと視線を迷わせるとギルベルトが笑った。


「私はもう騎士団を引退しているただの男だ。平民と何ら変わりはないんだよ。だから私のことは『マスター』と呼んでくれ」


 強引に手を取って握手をされながら告げられ、慌てて肯く。


「シルヴァには会わせたのか?」


「求婚されていました」


 挨拶を終えてヴァルターに質問するギルベルトは、青年の言葉に朗らかに笑った。


「だろうな。アレの好みの容姿だ。せいぜい頑張って守ってやるんだな」


 渋い顔で返事を返さない青年騎士を見て更に笑うギルベルト。彼の言葉を聞いてシルヴァの求婚が本気だったことが判り、ルーフェリアの中で彼は『付き合うのが面倒な人間』ナンバーワンに上がったのは言うまでもない。


「さて。仕事は簡単だ。ここに飲みに来た奴らに酒を運び、代金を受け取る。客が帰ったらテーブルを片付ける。どうだ? 出来るか?」


 子供に言い聞かせるような言葉にムッとしながら、けれど彼から見れば自分は子供のようなものなのだろうとなんとなく納得して営業スマイルを浮かべる。


「はい、頑張ります。よろしくお願いします」


「つまみは日替わりで三品。飲み物も含めて全て三百エルだ」


 ギルベルトの言葉にこの国の通貨を復習する。全てコインで最低通貨が一エル硬貨。続いて十エル、百エル、五百エル、千エルと柄の違う同じ大きさのコインが五種類だ。残りの一万エルと十万エルには特殊な魔法がかかっており、偽造不可となっているらしい。それ以上の通貨もあるが普通は流通していないそうだ。

 つまみとお酒二杯で千エルいかないのなら、かなり良心的な値段設定なのだろうか。いや、ここは元の世界で言えば国家公務員がうろうろしているところだ。黙っていても客がくると思えば、案外城下街の酒場より高いかもしれない。


「これがエプロンと代金を入れるポーチだ。釣りも入っているからな。それとツケだと言われたら俺に言え」


 それ以上の言葉はなかったのでその後どうなるのかに興味が沸くが、それ程時間もかからずに見ることが出来るだろう。


「働くのは午後八時から十時まで。他の細かい仕事はその場で教えていく……お前はもう帰っていいぞ、ヴァル。それともこの娘にずっと付きまとうつもりか?」


 仕事モードに入ったギルベルトに追い払われ、それまで黙って話を聞いていた青年騎士が一つ肯く。


「夕食を忘れるな。それとまだ認識証が出来ていないから王城へは立ち入らせないでくれ」


「手際が悪いな」


 カウンターに戻りかけたギルベルトの指摘に、腰に下げた剣の柄に手をかけながらヴァルターは振り向いた。


「神泉の聖女の認識証が存在したんですよ」


 苦々しい口調で大きくため息を吐く青年。言われて地方神殿から王城に招かれたときに似たようなことをしたことを思い出す。


「聖女としての認識証とルーフェリアの認識票が同一では困るので細工を施すのに遅くなりました」


「……法は犯していないだろうな? ここで戦場の流儀は通用せんぞ」


「問題ありません。アステルも確認済みです」


「ならいい。ご苦労だったな」


「では、あとで」


 アステルの名が出た途端、労いの言葉を掛けるギルベルト。ヴァルターに信用がないのか、アステルが影の支配者なのかと疑いつつ自分に向けられたアメジストの視線に肯く。


「ありがとうございました」


 頭を上げて歩み去る青年騎士を見送ると、エプロンを身につけて仕事をするべくカウンターへとむかった。

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