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神泉の聖女  作者: サトム
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獣人と騎士班長

 大まかに説明された騎士棟の説明はこうだ。

 東西に分かれ、連絡通路で繋がれた計4棟の建物は白騎士団と黒騎士団に分かれる。それぞれの棟に執務室、食堂、休憩室、訓練室、武器庫、屋外訓練場、騎馬を預かる厩舎があり、専門職(料理人など)を除けば全て所属の騎士達が運営していた。

 自分の世界の軍隊と同じなのだと認識する。侍女を入れないのは、戦場で余計な人員を増やさないための訓練の一環なのだろう。服も1人で満足に着ることが出来ないような騎士では困るからだ。

 もちろん例外もあって、白騎士団には掃除や洗濯をする下働きがいる。中には実家から自室を整えさせるために執事を連れてくる者もいるというが、あちらには用事がないので特に問題はないはずだ。

 建物の作りとしては学校のように単純だ。王城などは侵入者を防ぐために迷路のような構造になっているらしいが、ここなら迷うことはないだろう。良く言えば機能的。悪く言えば面白みのない作りになっているのだ。


「ちなみに酒場は騎士棟から王城へ繋がる連絡通路の途中にある。頻繁に騎士の出入りがあるところだから滅多なことでは危険がないし、声を出せば誰かが気付くはずだ」


 ヴァルターの執務室には机が二つと応接セット、本棚と上半身を覆うブレストプレートが掛けられたマネキン人形のような人型が置かれていた。書類を分けながら淡々と説明していくアステルが、室内にあるドアへと視線を向ける。


「あっちが給湯室と仮眠室だ。給湯室にはテーブルとイスもあり、用事がなければそこにいてもらうことになる」


 話を聞くに本気でお茶汲み要員であるようだ。今までのルーフェリアの失態や失敗を噂に聞いていれば当たり前の対応ではあるのだが、物足りなさは感じてしまう。けれどここに慣れてくれば出来ることは増えていくだろう。それまで我慢だと自分に言い聞かせて肯いた。


「それと第三隊の連中でお前を襲うような馬鹿な事をするヤツはいないと思うが、今残っている第一、第四、第八隊の中には手の着けられない者もいる。不用意な発言と行動に気を付けろ」


 これまた曖昧な注意に素直に肯くしかない。従兄弟殿の機嫌を損ねればこのまま神殿に戻される事態もあるような気がするからだ。ルーフェリアがヴァルターの足を引っ張る危険な存在だと判断すれば、アステルはヴァルターの意志に反してでも自分を彼から引き離すだろう。


「ヴァルター様とアステル様以外を信用いたしません。誓います」


 いざとなれば振り切って逃げればいい。こんな身体が小さくか弱そうな女性が怪力であると想像する男性は少ないだろうし。


「ああ。あともう一人。酒場のマスターは信用していい。聖女であることも知っているし、元騎士団長だ。頼りになる」


 言いながら書類にサインをしていたヴァルターが立ち上がった。


「いきなり言っても理解しにくいだろう。行くぞ」


 そう言って書類をアステルに渡すと腰に剣を下げて執務室のドアを開ける。心得たように頭を下げて見送るアステル。

 文句を言いつつも手助けをしてくれる偽の従兄弟にお礼をしようと心に決めて、ルーフェリアは生まれて初めて神殿以外へと足を踏み出した。

 石で出来た廊下に絨毯などは敷かれていない。土足であるく騎士達を見て、訓練などで汚れたまま歩くのだろうからこの方が掃除しやすいのだと納得する。窓も小さめで薄暗い感じもするが、雰囲気的にドイツの城を思い出した。季節の厳しさだけでなく、守備のしやすさも考慮に入れられた作りなのかもしれない。

 そして――――確かに感じる多数の人の気配。


「うわ……」


 階段を下り、屋外訓練場に出たルーフェリアは思わず感嘆の声を上げてしまった。

 目に入った光景はまさに異世界。元の世界では有り得なかったカラフルな色の髪を持つ人、身体に猫耳や犬耳、尻尾や翼を持つ人、服を着て二足歩行する獣の姿の人までいる。もちろん見た目だけで年齢を推察するなど無理だ。見分けがついたのはほとんど男性だということくらいだろう。上半身に革鎧を身につけて金属の剣で打ち合う者、鍛練を終えたのか傷と逞しい体躯を日にさらして汗を拭う者など、ここにいる全員が黒騎士と呼ばれる人達なのだ。

 よほど驚いた顔をしていたのか、ヴァルターは小さく笑いながら大きな手で頭をポンポンと軽く叩いた。


「この世界には三つの種族がいると説明したな? 珍しくここには人族、魔族、妖精族と全ての種族が揃っている」


 その説明を聞いて改めて見回すも……


「すみません。区別が付きません」


 私には約三割の人が人族以外に見えてしまう。確か魔族は人族に比べて少数で、妖精族は希少種ではなかっただろうか。


「私は今まで自分と同じ姿の人族しか見たことなくて……それにこんなに大勢の人を目にするのは初めて」


 ずっと神殿に閉じこめられていたルーフェリアの記憶にはなかった、初めて見る姿の人にテンションが上がってしまう。


「騎士団にハーフを含めて魔族は二人。妖精族は一人だけだ。それ以外は全て人族なんだが……獣人を見るのも初めてか」


 呆れたように大きくため息を吐くヴァルターを訓練していた騎士達が気付き出し、そのうち一人がこちらに歩いてきた。


「隊長。おはようございます」


 掠れた低い声で一番に挨拶をしてきたのは直立する白銀の狼。鋭い爪を持つ五本指と頭髪のように頭から首、背中にかけて長い毛を持つ大柄の男性だった。


「ああ、おはよう。ウルム、今班長クラスは揃っているか?」


「ヴェルドとサレイユがまだ来ていません。呼び出しますか?」


 ウルムと呼ばれた狼のような人は落ち着いた蒼い目でこちらを見る。実は顔が狼そのもので迫力があり少し怖かったのだが、視線を向けられて慌ててにっこりと微笑み返した。アステルの助言の賜物である。


「いや、そこまでする必要はない。カレ、ユーザも来てくれ」


 名を呼ばれて周囲の人垣から出てきたのは純白の羽と金糸の髪を持つ天使の様な青年と、灰色のヒョウなどに付いている丸い耳と猫科の尻尾を持ったタバコをくわえた男性だ。


「紹介しておく。しばらくの間、俺の付き人をするルーフェリアだ」


「よろしくお願いします」


 紹介に頭を下げると周囲がどよめいた。何か失敗をしてしまったのか、聖女だとばれてしまったのかと慌ててヴァルターを見ても、彼はいつもの涼しげな表情のままである。


「よろしく」


「こちらこそ」


「ああ」


 三人がそれぞれの反応を返すとヴァルターのアメジストの目がこちらを向いた。


「第三隊の班長達だ。俺の傍にいる以上、彼等と顔を合わせる機会が多くなるだろう。狼の獣人がウルム。羽根を持つのがカレ。タバコをくわえているのがユーザだ。あとの二人いるが適当に覚えておけ」


「適当は酷くないっすか~、隊長」


 のんきな声が後ろから聞こえ、振り向くと濃緑の髪とエメラルドの目を持つ青年がヒラヒラと手を振っていた。


「……アレがサレイユ。残りの一人は肌が浅黒いヴェルドだ」


 青年の言葉を無視して紹介を続けるヴァルター。反応から日常茶飯事といった感じである。


「よろしくね~、ルーちゃん」


「よろしくお願いします」


 いきなり愛称呼びで驚くが、ここは素直に頭を下げておく。


「君、アステル副隊長の従姉妹なんだって?」


 高すぎず低すぎない、サレイユと紹介された男性の声は周囲の人間にも届いたらしい。ざわつく周囲からアステルの名が出て、最初に紹介された時に満ちた微妙な空気が緩和される。


「はい。アステル様のお母様の妹の娘です」


「似てないね」


「よく言われます」


 軽い態度で軽い表情のまま探りを入れてくる青年を、微笑みをはにかみに変えて誤魔化した。だが内心は冷や汗が水溜まりを作りそうなほどだ。その上、助けようとする気配のないヴァルターの態度にも腑に落ちず、だからこそ笑みは絶やさない。


「似てなくて良かったな。あんなドスケベ変態にちょっとでも似ていたら悲劇以外の何者でもない」


 男性にしては柔らかく紡がれた言葉は、背に羽根を持つカレのもの。言い回しが大袈裟だが、容姿に似合っていて妙に違和感がない。そして彼の言葉に周囲で肯く者が多数いた。

 内心思うところはあるが不用意なコメントを差し控えて、一歩引いた位置で黙って微笑んでいたルーフェリアに満足したのか、それまで成り行きを見守っていたヴァルターが動き出す。


「田舎から出てきたばかりで不慣れだから、何かあれば助けてやってくれ」


「了解しました」


 班長の中でも地位が高いのかウルムが了解の意を示し、全員が一斉に敬礼した。


「失礼します」


 規律の取れた敬礼に驚きながらも小さく頭を下げて、ルーフェリアはヴァルターを追ってその場を後にした。








「隊長が女性連れで驚いた……」


「それどころが付き人をさせるのもだ」


「だがアステル副隊長の従姉妹なのならなんとなく納得だな」


「王都に慣れるまでアステルの傍に置いてやるのに、隊長の付き人は都合もいいし」


 周囲から洩れ聞こえる騎士達の話に丸いヒョウ耳を傾けていたユーザは、しなやかな尻尾を揺らしながらサレイユに近付く。


「あの女が副隊長の従姉妹という情報はどこから手に入れた」


 逞しい身体に見合う低い声に、二人を見送っていた緑の青年が笑いながら振り向いた。


「とある筋の貴族から~。ユーザは気になる? ルーちゃんの事」


 探りを入れてくる明るい翡翠にユーザが茶金の目で一瞥すると、ウルムが二人の話に加わった。


「副隊長が許可しているのなら俺達が口を出す事じゃないんだろう。だが……」


 ただの付き人をわざわざ班長クラスの人間に紹介すると言うことは何かあるのだろうと三人は視線で確認する。今まで短期間なら付き人を付けたことがあったヴァルターだが、その時は副隊長であるアステルがその事実を報告するだけだった。

 時折、ヴァルターは部下を信頼してこのような事をする。大概はスパイの警戒と、各自が自分の判断で行動することを黙認する時だ。


「戦場から遠ざかり、暇になったと思っていたんだがそうでもなかったらしい」


 ユーザの鋭い八重歯がニヤリと笑う唇から垣間見える。


「臨時昇給の査定だったら嫌だな~」


 訓練のために緑の髪を結い上げながら、サレイユは苦笑いを零した。


「隊長はそんなことはしないだろう。だがドスケベ変態なら平気でやりかねん」


 いつの間にか話に入ってきたカレの言葉にウルムは小さく吹き出した。


「まぁなんにせよ、自由にしていいんだろう。彼女は隊長の『菓子の姫』だし」


「やはりそうか」


 そう言って微かに感じていた感覚に肯くユーザ。獣人二人が気付いた事実に残りの二人も納得の表情を浮かべる。ヴァルターが『菓子の姫』のところに足繁く通っているのは第三隊では有名な話だからだ。

 嗅覚でそれを探り当てたウルムが蒼い目を細め、良く晴れた空を見上げる。


「さ~て。立ち話した時間分、濃い訓練内容で補うぞ~! 訓練途中だった者はかかってこい!」


 遅れて訓練に出てきたサレイユが大声で指示を出すと、訓練場のあちこちでブーイングや嫌がる声が上がった。それを聞いたユーザが笑いながらブレストプレートを身に付け、刃を潰した剣を手に取り追随する。


「私はもう上がるよ。ウルムはどうする?」


「楽しそうだな。俺も参加してくる」


 タオルで汗を拭っていたカレに問われ、白銀の狼は目を輝かせて打ち合いの始まった訓練場へ足を向けた。

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