表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神泉の聖女  作者: サトム
1/25

プロローグ

憑依、テンプレがございます。閲覧にはご注意下さい。

 目の前には土下座した美青年。キラキラと輝くような銀髪と透き通るような白いうなじが見える。ドレープの効いた白いシルクのシャツと細いウエストに巻かれた金のベルト、白いズボンと膝下までのブーツという出で立ちの彼は絵本から抜け出た王子様のようだ。マントもなく、カボチャパンツでもないのが残念だが……との間抜けな感想も付け足すが。


「あの~」


 王子様に土下座される覚えはない。確か自分は子供達に朝食を食べさせ、彼らが学校に行くのを見送ってから後片付けをしていたはずだ。手に持ったスポンジからポタリと雫が垂れ、赤いエプロンを身につけたままの自分を見下ろす。

 落ち着け。私の名前は鈴木千早。歳は36。仕事は忙しいけれどラブラブな旦那と小学生の息子2人を持つ専業主婦。趣味は読書と映画鑑賞。ジャンルはなんでもいける。

 よし。何か精神的なトラブルではないようだ。

 そこまで考えて改めて目の前の人物と周囲を見回す。相変わらず土下座を続ける美青年。周囲はよく言う真っ白な空間。それは最近読み始めたネット小説の冒頭のようだ。


「助けて下さい!」


 気が付いてからずっと土下座をしていた美青年が少々ウザく……じゃなくて可哀想になってきたので、泡だらけのスポンジを手に持ったまま彼の前にしゃがんだ。


「取りあえず顔を上げて、貴方は誰で、ここはどこで、どうして私がここにいるのか説明してくれる?助けられるかどうかはそれから決めるから」


 雰囲気だけで美青年と判断していたけれど、顔を上げれば私の認識は間違っていなかったとスポンジを拳を握る。映画スターや俳優など太刀打ちできないほど造作の整った彼は、その綺麗な黒曜の目にたっぷり憂いを含んで見上げてきた。


「失礼しました。私はこの世界を見守っている創世者です。え~と、貴女の世界の言葉だと…神とかでしょうか?」


 疑問系で言われても困るが言いたいことは判ったので肯いておくと、美青年は膝を付いた姿勢のままフワリと微笑んだ。


「この世界では唯一無二の存在ですので名前はありません。ここは貴女の世界と私の世界の狭間で、貴女に話を聞いてもらうために一時的に作り上げた場所です」


 自分の質問に丁寧に答えていく創世者の青年。微笑んだ顔の破壊力も完璧ですね!と観賞用に思考を切り替え、無駄な衝撃を受けないように気を付けながら黙って話を聞く。


「そして貴女を呼んだ理由ですが…私の世界はいくつかの大きな力が組合わさって存在しています。ところが力の一つを司る人間が消えてしまったのです。かの人が失われたことで力が暴走し、世界が崩壊してしまうかもしれなのです」


 そう言いながら自分の世界の住人を憂いたのか、青年は濡れたように見える長い銀の睫毛を伏せて瞳を曇らせた。その中性的な魅力に小さく舌打ちする。私の好みは容姿はどうであれ『男らしい男性』なのだ。なよなよ系は好きじゃない。


「それで?」


 どこかの世界の唯一無二の存在にとんでもない評価を下しながら相づちを打ち話を促す。


「あの力を制御するための肉体は辛うじて保存してありますが、魂は形を無くすほどに疲弊しきっていて、今すぐ肉体に戻すことは出来ません。そこで創世者ネットワークで同じ形の魂を見付けてもらったのです。それが貴女でした」


 彼の言葉にいろいろと突っ込みたいことはあるが、今は話を聞こう。それが大人の態度ってもんだ。自分自身を説得しつつ泡立つスポンジを握りながら見慣れてきた美青年の説明を自分なりに理解しようと務める。


「肉体に入れる魂の形は決まっています。というか、魂の形に合わせて肉体は作られます。ジグソーパズルのピースのように、似た形だからと無理に入れれば本人と周囲の人間に歪みが生まれ、能力は暴走し世界は破滅する……だからこそ、聖女と同じ魂の形を持つ貴女に助けてもらいたいんです!」


 簡単に説明を終えた美青年が口を閉じてから、千早は軽く痺れた足を叩きながら立ち上がりつつ「無理です」と告げた。


「理由を聞いても?」


 一気に顔色を無くした創世者に、スポンジの泡が消えてしまったことにため息を吐きながらいくつか浮かんだ理由を挙げていく。


「まず、異世界などに行っている暇はありません。私、専業主婦で夫はなかなか帰ってきませんが、だからこそ家を守り息子達を育てなければなりません。二つ目に私は就職していた時期もありますが、ほとんど家庭にいたので役に立つような知識も経験もないでしょう」


 今パッと思いつくのはこの程度だが、死んだわけでもないのに異世界に行きたいと思う無鉄砲な時期はとっくに過ぎていると自覚している。平凡上等!を掲げる日本人なのだ、私は。ちなみに変化を嫌うO型でもある。


「ああ。それなら問題ありませんよ」


 私が挙げた理由を聞いて正座を解き立ち上がった美青年は、見上げるほどに身長が高かった。ウチの旦那もコレくらいあればなぁと思いつつ、眩しい笑顔を見上げる。


「時間は貴方の世界で3時間ほどです。こちらの世界で2年になります。その間にかの人の身体に入って力が暴走するのを止めて欲しいのです。魂さえ入れば暴走することはありませんし、身分……というか生活は王国が保証しています。魔物はいますが、戦争はなく、自ら飛び込まない限りは戦いに巻き込まれると言うことはないでしょう。今までもありませんでしたし」


「本当に3時間で帰れるんですか?」


 息子達は半日いないので多少のズレは平気だが、行ってから帰れないという事態は絶対避けたいと確認すると、美青年は全ての者が警戒を解くような柔らかな笑みを浮かべて肯いた。


「貴女の世界の管理者とレンタル契約も交わしていますし、これでも一応創世者なので嘘は吐きませんよ。その2年の間に失われた魂の力を回復させ、復帰させるつもりなのですから」


 はい、コレが契約書と言って渡されたのはうねった文字が書かれた古い何かの皮。よく判らないが連名でなされたサインまである。

 人って貸し借り出来るんだ~、だから異世界トリップが可能なのか~と胡乱な目でそれを見てから大きくため息を吐いた。3時間くらいなら付き合ってもいい。それどころか命の危険も住所不定無職でもないし、楽しいアトラクションのようにも思える。目の前の困っている人(?)を助けられるし、彼の言い分が本当ならもっと大勢の異世界人も助けられるはずだ。

 それに……彼の真剣な眼差しを疑えるほど自分は非道な人間ではない。


「何かあれば助けて貰える?」


 諦めの境地に、それでも沸く不安を払拭するために質問すると、契約書をいそいそとしまっていた創世者が申し訳なさそうに項垂れた。


「私の世界は創世者の存在を傍に感じることが出来る代わりに、創世者自らの力を行使することが出来ないのです。ただ、貴女が入る身体は世界で十指に入る能力を有していますので、他の力に世界が滅ぼされない限りは貴女の命が脅かされることはありません。貴女の意志はそのままに、肉体の記憶も加味されますから言語や周囲の人間が判らないなんて事もないはずです」


 アフターケアはないがゲームの初めからレベルマックスで攻略できるということらしい。


「もし途中で死んだら?」


 最も重要な質問を最後にぶつけると、美青年は困ったように眉を下げながら苦みを含んだ笑みを浮かべた。


「私が助けを求めたのです。そんな事態になったら貴女の魂を必ず無事に元の世界に戻すと誓いましょう」


 本当にせっぱ詰まっているのだろう。ここまで聞いて断ったら後味が悪いことこの上ない気がする。魂の形が同じだけという理不尽な理由以外は、こちらに最大限譲歩したようにも見えたからだ。

 恐らくあと必要なのは私の度胸と覚悟だけ。

 こちらの時間で3時間とはいえ、体感で2年もの間、家族に会えない事に我慢できるだろうか。特に息子達とはお腹に宿ってから今まで、一日たりとも離れたことはなかったのだから。……息子達だけの実家への帰省を除けば。


「お願いします。私の属する世界を、力を受け継ぐかの人を守って下さいませんか」


 美形はどんなに嘆いても美形だなと頭の隅で考えながら、私は旦那に初めて告白された時と同じように心臓をバクバクさせて肯いたのだった。






 ようやく承諾を得た創世者の青年は余程嬉しかったのだろう。すっかり乾いてしまったスポンジごと手を取り幾度となく頭を下げてお礼を言っている。それだけ危機的状況にあったにも関わらず、強引に物事を進めなかった彼の印象が良くなったのは言うまでもない。


「あ、でもスポンジを戻して戸締まりはしたいな。3時間も家を空ける訳だし、電話と携帯を留守電にしてこなきゃ……そういえば洗濯物も回してたんだっけ」


 お化粧と着替えは必要ないだろう。話を聞く限りでは『力を司る人の肉体』に『魂』で入るようだし。


「他にしておく事はありませんか?」


 異世界に行く前にしておかなければならないことを指折り数えていたら、綺麗に微笑みながら青年が確認してくる。


「お皿も洗いかけだし、ゴミは出したけど掃除機かけてないや。普段はそこまでやってから出かけるから取りあえずそこまではやってしまい……た……あの?」


 ごそごそと動いていた青年を見て思わず声をかけると、王子様ルックの青年が背中でフリルのエプロンの紐を結びながら振り返った。


「お任せ下さい。今言われた家事は私が責任を持って引き受けますね」


 とっても清々しい笑顔だが似合わないことこの上ないし、可笑しさに腹を抱えて笑ったとしても誰も私を責めたりしないだろう。王子様ルックにフリルのエプロンって……美形って何を身に付けても美形じゃなかったんですね!

 笑う代わりに思わず目を逸らした私に青年はこれぞ神様!と言うような慈愛に満ちた微笑みを浮かべて手を振る。


「どうか、私の愛し子をよろしくお願いします」


 その様子を見ながらやはり青年は『美青年』だったと確認し、この短時間で慣れたために最後の方はただの『青年』という認識だったなぁと思いながら、千早の意識は闇に飲まれていく。

 そういえば。

 ここまで来てフッと思う。

 国にも保護された選ばれし力を持つ人物なのに、魂の消耗が酷くて肉体に戻れないってどういう事?それにどうして魂だけがどっか行っちゃうような事態になってる訳?と思うも時すでに遅し。

 なんだか少し詐欺っぽい匂いを感じながら、冷静でいたつもりでもかなり動揺していたのねと妙に納得して完全に意識を失った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ