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二人の王子

作者: ばいばるす

 「殿下、引き立てて参りました」

 謁見の間の扉が重々しく鳴り響き、衛兵に引きずられるように、部屋の中央に引き立てられたのは、テゼランの記憶が正しければ、まだ齢十五にも満たない少年の筈だった。

 兜を最初から身につけていなかったのか、あるいは混戦の最中に失ったのか、または捕まった時に脱がされたのか、露になった銀灰色の頭髪が真っ先にテゼランの目を捉えた。夜の闇に瞬く星の光のような色合いだ。松明の光に揺らめいて、淡くあえかな光彩を散らしている。

 その銀灰色のきらめきが縁取る顔は、白い。人種のせいもあるのだろうが、そのいかにも柔らかそうな、白く、きめ細かな肌は、やはり王宮で大切に慈しまれ育てられたリーシェンの跡取り王子ゆえだろう。

 その繊細な顔立ちといい、吟遊詩人の好みそうな夢のような色合いの容姿といい、温室育ちの御曹司というテゼランの先入観をいちいち裏打ちするような脆弱な美貌であった。

 (だが――――――)

 それだけではない、とテゼランは一人ごちる。

 まだ幼さを残す、輪郭の柔らかい頬には、しかし真新しい血痕が点々とこびりついている。返り血であった。

 リーシェン王家の証である双頭の竜の紋章を胸に抱いた甲冑も、本来の輝きは返り血と砂埃に見る影もなく、ひしゃげ、へこみ、刀傷に歪んでいた。

 テゼランは目の前の少年が最後まで頑強に抵抗した西地区の激戦地にいた事を思い出す。この少年が、彼等を率いていたとは言わないまでも、大きな心の拠り所になっていた事に疑いの余地はない。

 両手を後ろ手に回され、両脇から衛兵に腕と肩を押さえつけられて尚、昂然と顔を上げ、玉座を睨み上げる、髪と同色の銀灰色の双眸。

 静かな、しかし苛烈な瞳は、死を覚悟した者の目か、産まれながらの王者の格か。己の死を見つめ、揺らがず、敗残者として勝者の前にひれ伏して尚、一分の惨めさも感じさせない。

(これが、リーシェン王家、最後の生き残り、か)

 奇妙な感慨と共に、テゼランは心密かに嗤う。

 自分の方が七歳ばかり年嵩とはいえ、同じように年若い王子が二人、亡国の玉座の間で向かい合っている。一人は、滅びゆく国の最後の正当な王位継承者、もう一人は、それを侵略した国の王族、王都制圧戦の指揮を取った西方面軍司令官として。

 同じ王子だというのに、この格差は一体どうしたことだろう。

 「どんな気分だ?」テゼランは階下の王子に問う。「自国の玉座の間に、捕囚の身として、引きずり出されると言うのは?」

 揶揄も露なその問いに、少年は憤慨も動揺も見せなかった。銀灰色の瞳は小揺るぎもしない。 何も答えず、動じず、ただテゼランを映し続ける。

 まったく、何という違いだろう?テゼランは、再び思う。

 一方は王者足るべくして産まれ、育ち、かつ、その祖国が他国の軍靴に踏みにじられるのを目の当たりにする悲劇の王子。

 かたや、妾腹の身にも関わらず後継者争いの泥中に自ら足を踏み入れ、この機会に乗じてその後継者候補としての価値を示さなければならない、王国の名代、名前ばかりの西方方面群司令官。

 「……今や」

 そういって、テゼランは傍らの玉座の手摺を撫でる。

 「この玉座に座るべき人間は、君ただ一人となってしまった」

 そういうと年若い王子の面に初めて、少年らしい動揺が生じた。

 「父上は……」

 問いを発しかけたことを後悔するように、王子は口をつぐんだ。

 「自害なされた。我等の手にかかる前に、と。リーシェンの最期を飾るに相応しい立派な最期であられた。君の従兄弟殿、妾腹の兄上方、叔父上、皆もう亡き人だ」

 「……」

 王子は、視線を伏せ、込みあげてくるものをこらえるように目を閉じた。

 覚悟はしていただろうに、肉親の死を知って動揺する様は、やはり十五歳というべきか。それとも、こういった人の情こそが下につく者を引きつける得難い資質なのだろうか。

 それにしても奇異な事だ、と冷めた心持ちでテゼランは思う。自分なら、と。

 いま現在、父であり王である本国のゼノン二世に死なれるのはテゼランにとっては望ましくない事態だが、自分は果たして政治情勢の急変という点以外で、父王の死を悲しむ事が出来るだろうか?ましてや、それが潜在的競合相手である係累の死ともなれば、欣喜雀躍しこそすれ、感傷に浸るなど有り得ない。

 やがて、王子は顔を上げ、最初と同じ王者の瞳でテゼランを見た。

 「殺せ。覚悟なら出来ている」

 この目だ、とテゼランは思う。真っすぐで、死の淵にあって、命乞いなど念頭になく、誇り高く死ぬ事ばかりに執心する、この目。

 「殺せ」

 と王子は重ねた。

 言われるまでもない、とテゼランは思う。しかし、彼の口から紡がれたのは彼自身予期せぬ言葉だった。

 「無責任だな」

 「何?」

 「この滅びゆく国で、王族ばかりが死に急ぐ。他国の侵略の下で、これから長き苦難の時を耐え忍ばなければならぬリーシャンの民など一顧だにせず、ただ王族の挟持を守れればそれで良しとする、その態度が、無責任だと言ったのだよ」

 なぜ、自分はこんな事を言っているのだろう?どうせ、この王子もすぐ父王の後を追う。いまさら、こんな事を話して、相手を挑発するなど、大人気がないにも程がある。

 「それを、貴方が言うのか?」

 案の定、王子は鋭い視線を返す。あどけない面立ちが、冷えた怒りに引きつった。

 「とても、この王都を落とした冷徹無比の司令官殿の言葉とは思えない。それとも、徹底的に反乱分子をあぶり出すためにこそ、最後の抵抗を望むというのか」

 「勘違いしないでくれ。私は、あくまでも名目だけの司令官だ。言ってみれば、お飾りだ。指揮は、本国から付いて来た、より経験を積んだ者がとっている……それに、私に言わせれば彼のやり口は冷徹無比というよりは、残虐無比の言葉の方が似つかわしいと思うが」

 王子のみならず、彼を捕縛している兵士も、これには、少なからず戸惑ったようだった。身分と役職の上では、テゼランの方が上だが、テゼランがいましがた言及した人間は、その実質的権限においては、テゼランのそれを大きく上回る。これは、末端の兵士でも、知っている事実である。

 「……流された血に、自分が一切かかわり合いがないとでも言うのか」

 「無駄な流血には、だ」テゼランは補足した。「私に指揮権があったなら、あと三月は早く王都を落とせていた。その分、流される血も減っただろう」

 「口だけなら、何とでも言える」

 王都に辿り着くまでの副官のやり方は、テゼランに言わせれば醜悪極まりないものだった。

抵抗の素振りを少しでも見せた街には、それ以後もいっさい降伏を許さず、市民を皆殺しにして街を焼き、要人はもちろんのこと、少しでも反抗的と思われたものは片端から残虐な方法で処刑して見せしめとした。

 せっかく得た内通者さえ用が済んだ後は、己が国を裏切ったという咎で切り捨てるという、潔癖なのか厚顔無恥なのか分からないやり方で邁進した。

 結果、王国軍に慈悲はなしとの噂は燎原のおきびのごとく広まり、降伏も内通も望めない中、王国軍は血を持ってその道を切り開かざるを得なくなった。

 これはもはや美学に合う合わない以前の問題であり、貴重な人員と時間を無駄にした点では、万死に値する愚行であった。

 その当人と来たら、遅れに遅れたリーシャンの王都陥落の何を喜ばしく思ったのか、己の功績と勘違いしている節がある。きっと今頃は、己の「手柄」ばかりを詳細に記した本国宛の報告書をしたためているに違いない。

 リーシャンのような小国は、落ちて当然だったのだ。問題は、どれだけの犠牲と時間の元に、それが為せるかであった。それが、大幅に遅れてしまったのは、手柄どころか、手痛い失点である。

 そう、リーシャンを一枚岩にしたのは、恐怖こそが最高の統治手段であるという先人の言葉を曲解した、あの男のせいといっても過言ではない。

 生理的嫌悪すらもよおす、殺しても飽き足らない男であるが、テゼランとしては、しかるべき時が来るまで、その思いを胸中におさめておくよりない。

 王からの信任を持ってテゼランの補佐官に任命された彼を王の承諾なしに罷免できないからだ。軍の手綱を彼に握られたまま、しばらくは従順な王子の振りを続ける他はない。

 いっそ、この混戦の最中で流れ矢でも当たって死んでくれたら、と願っているのが現状である。

 「だから、君を生かしておくか置かないか、そんな事を決める権利も私にはないのだよ」

 実のところ、テゼランは、この王子に会うまでは、彼のような立場にあるものを生かしておいて王国側の傀儡にしたてあげるのも悪くはないのではと考えていた。

 王族みずから、リーシャンの民に範を垂れてもらおう、と思っていた。それによって、国内の反乱分子が拠り所を無くし、その売国行為は、民衆の王家に対する信頼を地に落すだろう。

 いずれにせよ、どう転んでも王国側にとっては悪くはならない。十五歳という年齢も、洗脳して意のままに操るには丁度いいと思っていた。

 しかし、この少年では、生かしておく危険性の方が高いだろう。反乱軍の旗頭には最適な血統と地位と容姿に加えて、何よりも人を引きつける一種の求心力がこの少年にはある。そう、カリスマとでも呼ぶのか。

 実際に会ってしまった今となっては、生かしておく害の方が大きいとの結論に達した。ほうっておけば、サディスティックで見世物好きの補佐官が、王子の公開処刑を言い出すだろうから、殺すという方針の点では問題ないが、できるなら密かに処刑したほうが望ましい。これ以上、リーシャンの民を刺激するのは上手くないだろうから。

 しかし、殺せとわめいている少年を前に、素直に殺してやると言ってやる程、テゼランはお人好しではない。

 「それに、君の婚約者であるライーザ殿は辛くも追手の手を逃れたそうだ」

 わずかに、銀灰色の瞳が揺らぐのを見てとり、テゼランは満足する。

 「もっとも、行き先は把握しているし、追手の増援もすでに手配した。程なく、彼女もまた、この玉座の間に引きずり出されるだろう……安心するがいい。君と違って、彼女は使い手のある駒だ。処刑台に立たされることはない。もし、君がその時まで生きていれば、祝典の式に立つ私と彼女を見ることも出来るかもしれないよ」

 王子は、顔を歪めた。

 「祝典?」

 「婚姻の、だよ。むろん、私と彼女の」

 そんな顔をしないでくれたまえ、とテゼランは重ねる。

 「昔からの決まりじゃないか。征服者は被征服者と血を交わらせることによって、永続的な支配を可能にする。私とて、本意ではないのだがね」

 気乗りしないということなら、あながち嘘ではない。たかだか小王国、しかも滅びた国の有力貴族の小娘を第一の妃になど、したいわけがない。しかし、これも本国の方針であり、テゼランに異を唱える権利はない。

 「好むと好まざると、君の婚約者は生かされることになっている。己の国を滅ぼし、民を虐殺し、親類縁者を死に追いやった、敵の腕に組み伏せられ、無理矢理体を開かされ、やがては憎い男の種をその腹に宿す運命だ。男達が誇り高く戦って死んでいった結果、敗者方の女を待つ運命としては、まだましな部類だとは思わないか?」

 「貴様っ!」

 亡国の王子の取り乱しようは、テゼランの期待以上だった。

 拘束を振りほどこうともがき、兵士達に取り押さえられ、地面に引き倒された後も、玉座のテゼランに火のような視線で仰ぐ。激昂に我を失った、相手を視線一対で射殺そうとせんばかりの瞳。そこに、もはや死に赴くものの静謐さは見当たらなかった。

 己の図が当たったにも関わらず、正直、テゼランは興がそがれていくのを感じていた。

 しょせん、政略婚の相手ではないか?己の所有物を取られる悔しさは分かるが、この取り乱しようはそれだけではないように見える。

 己が選び、愛した女でもあるまい。それとも、そうして決まった相手に、偶然にも情を持つことが出来たとでもいうのか?

 何もかもが、不愉快で不公平に思われた。

 「もういい。兵士。王子を連れて行け」

 「待て!テゼランっ、話は終わっていない」

 テゼランは目をつむる。もうこれ以上、この王子の顔を見ていたくなかった。

 「王子。みずから望まれるまでもなく、あなたは、早晩、処刑されことになるでしょう。その日まで、牢獄の中でご自愛めされよ」

 「テゼランっ!僕は死なない!」

 「兵士、何をしている?連れて行け」

 「はっ」

 両脇を捉えられ、引き摺りだされていく王子は、それでも叫び続けるのをやめようとしなかった。

 「僕は死なないっ!たとえ、殺されようと、この体が朽ち果てようと、リーシャンの地に貴様達の血の混じった人々で溢れかえろうとっ! リーシャンの民の心は、生き続け、未来永劫、貴様達を受け入れないっ。流された血を、奪われた命を、忘れなどしない!僕は彼等の中で生きつづけ、いつの日か、貴様等の喉笛を食い千切るために、ここに帰ってくる!」

 私怨に塗れた呪いの言葉は、王子が玉座の間から引きずり出されていくまで続いた。

 「だから、見ていろ!そこからっ!その日が来るまで、せいぜい、そうして借物の玉座にふんぞり返って見ているがいい!その日を―――!」

 重々しく扉が閉まる音がして、テゼランは、閉じていた目を開いた。

 閉じた扉に向かって、彼は呟く。

 「ああ。待っていることとしよう。リーシャンの王子」

 昂然と顔を上げ、誇り高く死を望んだ王子はもういない。今しがた、扉から出ていったのは、自分と同じ顔をした、もう一人の修羅。

 己の望みどおりになったはずなのに、なぜか満足感はなく、喪失感ばかりが胸に残った。


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― 新着の感想 ―
[一言] テゼランには共感できます。 まるで自分とは違う、尊厳と隣人愛に満ち溢れた奴なんかを見ると、嘘だろ、と思ってしまいます。 しょせん人間なわけだから、そう違いは無いだろうと。 そして、自分と同じ…
[一言] 文章がうまいですね。読みやすく、ばいばるす様の才能を感じました。満点です。パチパチ(拍手!)
[一言] 短編とは思えないほど設定が確立していて、 すごく読み応えがありました! おもしろかったです。 続きがあったら是非読んでみたいと思いました。
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