お洋服を、買ってしまうのは依存症なのだろうか。
誰しも一度は、「新しい自分」になりたくて買い物籠に希望を詰めたことがあるのではないでしょうか。
強い日差しと蝉時雨が焦燥感を煽る夏の午後。増え続けるクローゼットの服と、満たされない心。本当の自分と理想の自分との間で揺れる彼女の姿を通して、誰もが抱くささやかな憧れと孤独を描いた物語です。
どうか彼女の夏の選択を、優しく見守っていただければ幸いです
「今年の夏は、特別な服を着れば特別な私になれる気がしたの」
セミの鳴き声が刺すように響く午後のカフェで、彼女は冷えたアイスコーヒーのグラスをいじりながら呟いた。
スマートフォンの画面には、オンラインショップの購入完了画面。今月に入ってから幾つ目のダンボールが届いただろう。クローゼットの扉はもう閉まりきらない。鮮やかな花柄のワンピース、涼しげなリネンのブラウス、一度も着ていない夏服たちが、暗闇の中で押し合いへし合いをしている。
「服が欲しいのは、依存症なのかな」
自嘲気味に笑う彼女の指先を、夏の強い日差しが白く照らし出す。新しい服を手に入れる瞬間の、あの胸が跳ねるような高揚感。けれど箱を開けて袖を通した瞬間に、魔法は解けてしまう。本当に欲しかったのは服ではなく、その服を着て輝いているはずの「あり得たかもしれない別の自分」だったのだ。
「ううん、依存症なんかじゃないよ」と私は言った。「ただ、夏が君に期待させすぎちゃうだけだ」
汗ばんだグラスの結露が、テーブルに小さな水たまりを作った。去っていく夏から逃げるように、彼女はまた画面をスクロールし始める。
ご愛読いただき、本当にありがとうございました。
「服を買う」という日常の小さな行動の裏にある、理想と現実の狭間で揺れる気持ちを描いた物語でした。クローゼットに詰まっていたのは、服ではなく「こうなりたい」と願う彼女の希望そのものだったのかもしれません。
物語を通じて、皆さんの心の中にある「新しい自分になりたい」という想いに、そっと寄り添うことができたなら幸いです。
彼女の選んだ明日が、少しでも晴れやかなものでありますように。




