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008

 僕らは掃除というものを舐めていたらしい。

 掃除を始めてから早いもので、すでに3日。誰もサボらず頑張っているはずなのに、掃除が終わったのはまだ1階だけ。しかも水回りのキッチンと大浴場にはまだ手をつけていない。


 いや、正確には掃除しようとしたものの、大量のカビと苔、大浴場に溜めていたのが温泉だったのか、温泉の成分がいたるところにこびりついていたため、心が折れてしまったのだ。ただ一人セレスティアを除いては。


 セレスティアは温泉が出るとわかった瞬間、二階と三階の蜘蛛の巣を目にも止まらぬ速さで掃除して、今日から大浴場の掃除に入った。

 この世界にはカビ取りスプレーみたいなものがないらしく、カビはセレスティアが買ってきた重曹みたいな魔法の粉で排除している。さすが異世界。科学では説明できないものがあるみたいだ。


 僕とルークは相変わらず雑巾でひたすら拭き続けている。

 一階はなんとか綺麗に仕上げて、窓全開で埃も外に出して、生活できる綺麗さに戻すことができたが、二階と三階は僕たちの想像をはるかに超えていた。どこを見ても物が覆い隠されて見えなくなるぐらい、埃が分厚い絨毯のように積み重なっている。

 掃除機があれば一瞬なのだが、そんなものはないので、仕方がなく地道に拭いていくことにした。半日かかって終わったのは部屋の半分。

 部屋数の多いこの家の全てを掃除するには、気が遠くなるような時間がかかりそうだった。


「ねえ、そろそろ掃除やめたくない?」

「ああ、わかるぜ……。だがな、やめてみろ。あいつに何言われるかわかったもんじゃないぞ」

「そうだよね……」


 僕とルークは途方もない作業に疲れ果てて、やる気を失っていた。

 やめてしまおうとしたことは何回もあったが、セレスティアに何を言われるかわかったもんじゃない、という気持ちだけで僕らは頑張ることができていた。


「とりあえず一階は住めるようになったし、俺はいいと思うんだがな。あいつは多分そうは言わないぜ。変なとこで頑固なんだよな、あいつ」


 ルークはやれやれというように、首を横に振った。

 セレスティアにバレずに、どうにかして楽することはできないか。僕は必死に頭を回転させた。


 水で全部流す?いや、階下に染み込んだりしたらまずいし、そもそも流した水を処理するのがめんどくさい。じゃあ掃除機を開発する?いや、そんなことしてる方が時間がかかる。なにか、何かいい方法は……。


「あっ!ゴミを食べてくれる魔獣とかいないかなっ!?」

「いるにはいるが……多分捕まえるのは無理だぞ?」

「いや、やってみる価値はあると思うんだよ!」

「まあ、そこまで言うなら試してみるか?確かお掃除してくれると言われている魔獣は五種類くらいいたな」


 ルークはこの家にあった魔獣事典のとあるページを開いた。

 そのページの見出しには、大きく「研究結果発表 魔獣は掃除ができる!」と書かれている。本文を読んでみると、掃除に関係のありそうな魔獣を十五種類集め、スキルを用いて信頼関係を作った場合、掃除をしてくれるのか。掃除を綺麗にできているのか。という実験をした結果が書かれていた。


 最終的に実用性があるとされたのは、5種類の魔獣だった。

 どんなに小さい埃でも手でかき集めて、圧縮して埃玉を作り出す、チリトリス。スライムの亜種で体液が洗浄液の役目を果たし、体がスポンジの役目を果たすことで細かいところまで体を変形させて掃除できる、スポンジスライム。

 体のわたを伸ばして、高いところのような手の届かないところまで掃除できる、モップル。体内の炎とそれから発生させる蒸気を利用して、頑固なカビなどを排除できる、カマドール。ゴミを体内で分解し電気を放つ、ダストプラズマ。


 それぞれ個性的で別々の役割がある。

 僕たちが今まさに求めている子たちばかりだ。


「この子達、探そうよ。今じゃなくて、これからのこと考えてもさ」

「麦、ここを読んでくれ」


 ルークが指差した場所に目をやる。

 そこには「注意事項」と書かれており、赤と黄色で目立つ装飾が施されている。

 書いてある内容を読んでみると、


「この魔獣たちは例外なくそれぞれ絶滅危惧種にランクインしており、近日、冒険者による殲滅作戦も計画されている」


 と書かれていた。

 信じられないが、この世界では、絶滅しそうな魔獣だから倒すのをやめるとかそういうことはしないらしい。むしろ、危険な魔獣の種類を一つでも減らせるのだから好都合なんだろう。


 元々、日本にいた身としては、この子達は家に一匹、というレベルで欲しい。特にダストプラズマに関しては、ゴミ問題の解決につながる神様だ。

 もふもふとか関係なく……いや、関係はあるけど、この子達が絶滅してしまうのは耐え難い。どうにかしてこの子達を保護しなくては。


 僕の中では掃除のことなどすでに忘れて、この子達を救うという目的に変化していた。ルークはそうは思わないらしく、「絶滅するんだなー」と他人事のように言った。


「よし、ルーク!この子達を捕まえに行こう!」

「えーっ……俺は行かないぜ?だって場所は書いてあってもいるかわかんねえし……いくだけ時間の無駄だぜ?」

「場所がわかっているなら、いく価値はあるでしょ?一筋の望みに賭けなくてもいいの?」


 ルークは組んだ両手の指先を額に当てて、じっとただ一点を見つめている。僕の声が聞こえているのかわからないほど、微動だにせず、ただじっとしている。

 きっといくかどうか考えているのだろう。ルークにとっては、価値のない時間になるかもしれないから、もしかしたら彼はきてくれないかもしれない。

 そう思い始めた頃、ようやくルークは顔を上げた。


「行くか!確かにじっとしてても何か生まれるわけじゃねえしな。麦は魔獣を保護するのが目標なんだろ?俺も少しは手伝うぜ。もしかしたら俺も魔獣が好きになれるかもしれねえしな」

「よかった。ルークがいるなら心強いよ」


 ただ心配なのは戦闘面だ。

 僕はなんの役にも立たないし、ルークも戦えるとは思えない。かといって、セレスティアに声をかけるわけにも行かないし、コロンや宝石リスを戦わせたくない。もし戦闘になったら、ということを考えると、かなり危険だった。


「戦闘の事なら心配すんなよ。俺もセレスティアほどじゃねえけど、それなりには戦えるからよ」


 僕の思っていることを汲み取ったのか、ルークはそう言ってニカッと笑った。


「わかった。それなら行こう。善は急げって言うしね」

「おう。掃除《地獄》からの脱出だな!それじゃあ俺たちの初めての共闘と行くかー!」


 僕は戦えないけどね。

 と心の中でツッコミを入れて、大浴場から時折聞こえる大きな水音と叫び声にビクつきながら、僕とルークは魔獣を保護するために、家からこっそり出た。

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