006
僕とセレスティアは、ギルドへ戻ってきた。
ギルドに報告すると、依頼の達成は驚きを持って迎えられた。臆病な宝石リスを駆逐せず、無傷で、しかもたった一日で捕獲できたのは、僕たちが初めてだったらしい。
「すごいわ! 誰も傷つけずに依頼を達成した冒険者は初めてだよ!」
エナが興奮した様子で報酬の銀貨を差し出す。僕は礼を言って受け取ったが、その金額は、コロンと宝石リスたちを養うには心もとない。
「お金ならまた後で領主様からもらえるよ。まあ、渡せばの話だけど……」
エナはそう言って、達成証を僕に渡した。
「これさえあれば、領主様に会いに行けるわ。保護した子を渡すかどうかは麦くんが決めたらいいと思うよ」
そう言ってエナは僕に紫色の風呂敷に包まれた何かを渡した。
「申し訳ないとは思うけど、これも受け取ってくれない?きっと麦くんの役に立つと思うから」
エナは何か寂しそうな目をしながら、そう言った。僕は断ることもできず、風呂敷を受け取った。
「それじゃあ、気をつけてね」
エナに見送られて、僕はギルドを出た。
ギルドを出ると、ずっとそこで待っていたのか、セレスティアが声をかけてきた。
「その報酬だけでは、この先難しいでしょう。あなたには、やるべきことがある。もっと大きな場所で、魔獣たちを保護し、研究し、多くの魔獣をあなたが救うの。人と魔獣が共存する社会。それを作る事。それが、あなたの『もふもふテイマー』の真価よ」
セレスティアは真っ直ぐに僕を見つめた。
「あなたには戦う力がない。それはわかったわ。だからこそ、私が力を貸す。私はギルド中でも腕が立つ方だと自負しているわ。あなたの活動を、私が全力で支援し、護衛する。その代わり、あなたがつくる魔獣と人の社会を近くで……ただそこで見届けさせて欲しいの」
セレスティアの言葉からは、本当にそれが実現してほしいと心から願っているということが伝わってくる。
そこには、もしかしたらコロンや宝石リスを見て芽生えた、「可愛いものを守りたい」という強い思いが込められているのかもしれない。それかもう戦いたくないという願いかもしれない。
ただ、セレスティアが僕に、魔獣と人の共存する社会を作ってほしい、ということだけは確実に願っているのだとわかる。
「セレスティアさん……ありがとうございます! 是非、お願いします!」
僕は深く頭を下げた。
断るはずもなかった。この世界にはきっとたくさんのもふもふの魔獣がいる。そんな魔獣たちは宝石リスのように、当たり前のように人に殺されている。
そんなことを少しでも減らして、魔獣と人が共存できるようにする。それは僕のこの世界での目標だった。
そんな目標の、理想の、名付けて「もふもふ王国」建設に向けて、最強の護衛のセレスティアを仲間にしたということになる。
それは目標へ大きく一歩踏み出したということだった。
◇ ◇ ◇
僕たちがまず取り組んだのは、新居探しだ。
今僕がいる宿では、これから増えるもふもふどころか、宝石リスたちも入りきらない。一刻を争う優先事項だった。
「ただの宿屋では、コロンたちだけでなく、宝石リスも預かれない。この街で、ある程度広く、人目につかない場所が必要です」
セレスティアは顎に手を当てた。
「うーん……私の知る限りではこの街にそんなところはないわ。そういえば、この町の不動産なら変な物件をたくさん持っていたはずよ。行ってみる価値はあるかもしれないわ」
僕とセレスティアは色々話し合った結果、行ってみることにした。
僕とセレスティアはしばらく歩き、街の外れ、最東端にある今にも倒壊しそうな小屋にやってきた。
セレスティアはなんの躊躇いもなく、ノックもせずに扉を開けた。
「お邪魔するわよ」
「あぁ?なんのようだ?ここは不動産だぞ?冷やかしなら帰れ」
「はぁ……家を買いに来たのよ」
男はセレスティアの言葉を聞いて、勢いよく立ち上がった。
目をまん丸に見開き、口はあんぐりと開いている。手に持っていた新聞は地面に落ち、机の上のコップは倒れ、中に入っていたコーヒーは床に溢れていた。
「し、失礼しましたぁ!それで今日はどんなご用件で?」
「とりあえずコーヒーどうにかしなさいよ」
「ほぅ、コーヒーのような味わい深いご物件をお探しで。それでしたら……」
「コーヒーを拭けって言ってるのよ!!」
セレスティアが声を荒げて言うと、男は「いやぁ、すんません」と言いながら、雑巾で床に溢れているコーヒーを拭いた。
さっきまで態度が悪かった人とは思えない、態度の変わりようだ。
まさか二重人格とか?そうとしか考えられないレベルだけど。
そう思っていると、男は床を拭き終わり、雑巾を部屋の奥に思い切りぶん投げた。
同一人物だな、これは。
「お待たせしました。それでどんな物件をお探しで?」
「はぁ、いつも通りでいいわよ。それキモイから」
「キモイってなんだよ。礼儀正しい、って言い方だろ?」
「ただキモイだけよ」
男が「はぁ?」と言いながら、豪快に椅子に座った。
「あのー……二人ってどう言う関係なんです?」
「子供の頃の腐れ縁よ。まさかあのクソガキが変人になるとは思わなかったけど」
「俺は変人じゃねえ。変態だ」
「尚更最悪じゃない」とセレスティアは言い、顔をしかめながら舌を出した。
いつものツンとした彼女に比べると、明らかに素の部分が出ている。それだけ仲がいいということなんだろう。
「それでどんなの探してるんだ?」
「この子の住む家を探しているのよ。できるだけ広いところがいいわね。それこそ50人住めるくらいの」
「なんだ、この子はお前の彼氏か?それとも貴族様かなんかか?」
男は舐め回すように僕のことを見ている。
おそらく僕が信頼に値する人かどうか見定めているのだろう。
「どっちでも無いわよ。この子はあたしの後輩」
「ふーん……お前が後輩気にかけるとか珍しいな」
「黙って探してくれる?」
「あぁ、はい」
男はテーブルの上に、この街で取り扱ってるらしい家の一覧を広げた。
変人と言われているだけあって、古びた家から、ドッキリが仕掛けられている部屋、たまに水が噴き出す部屋……いろんな種類の部屋が100近く並んでいる。
「それで、君はどんな物件をご要望なんだい?」
「私さっき広いところがいいって言わなかったかしら?」
「それはお前の意見だろ?俺はこの子の意見を聞いてんだ。お前は黙ってろ」
セレスティアは大きな舌打ちをして、小屋から出て行った。
僕の住みたい家か。
もふもふがいてくれればそれでいいけど……みんなが走って遊べて、お昼寝できる広い庭があればいいかな。あとは、みんなでわいわい入れる広いお風呂とかも……それなら、寝室も一つにしてみんなで……。
考え出したらキリがない。
僕は考えるのをやめ、今出た案の中から欲しいものを選んだ。
「広い庭と広いお家ができればいいです。たくさんの動物と暮らしても大丈夫な……そのくらい広いお家がいいです」
「広いお家か……それだとこの辺だな」
不動産の男は、僕に三枚の物件情報が書かれた紙を見せた。
一枚に一つの物件の情報が細かく書かれている。広さ、住んでいた人、備え付けのもの、立地、家賃、周囲の人柄……。普通は調べないような情報まである。
「俺のおすすめはこれだな。この中で飛び抜けて家賃が安い」
男が指差した紙を見ると、確かに家賃がありえないほど安く、そこそこの広さがある。ただ、この家賃は逆に何があるのか疑ってしまうぐらいの安さだ。
僕はなぜこの値段なのか尋ねた。
「この物件はな、床がすぐに腐って抜けるんだ。しかも修理してもしても抜ける。だから安くなるんだよ。まあ、その分危険っていうわけだ」
怖すぎる。そんな安心して暮らせないところはごめんだ。もふもふのみんなが怖い思いをしてしまう。
そうなると、値段が似ているこれもダメそうだな。そうなると、残ったのは……。
僕は消去法で選ばれた家の情報を見た。
値段は少し高いものの、家は他に比べて圧倒的に広く、広い庭とお風呂も付いている。僕の理想の家だった。
「これってどんな物件なんですか?」
「はぁ……やっぱしそれに行き着くか……。その物件は領主が目をつけているやつでな、俺が持っているせいで手出しできていないらしいが、このままいけば領主が買い取るだろうな。だからそのせいで値段は高騰するし、領主に恨みを持っている奴が火を放ったり……。散々なことされてるんだよ」
きっとこの家を買えば、たくさんの厄介ごとに巻き込まれるんだろう。それでも僕にはこの家が価値があるように思えてならなかった。
「領主が介入してくると思うぞ?それでもいいのか?」
「はい。僕はこの家を買います」
「そうかそうか……」
男はため息をつき、首を縦に振った。
「いやぁー!助かるわぁー!」
「えっ?」
男は突然満面の笑みで僕の肩をバンバン叩いてきた。
僕には何が起きているのか全くわからず、困惑することしかできなかった。
「この物件、ずっと領主に目つけられてて困ってたんだよー。助かったわー!」
「あんたね……もう少し言い方考えたらどうなの?」
「ん?いつの間に戻ってきたんだよ、お前。まあ、安心しろ。俺、こいつのこと気に入ったから、家のことは面倒見てやるよ」
「これからよろしくな!」と男は笑顔で言った。
男は「友情価格」ということで、家を僕に払えるぐらいに安くして、僕に明け渡してくれた。
「本当にいいんですか?こんなに安くて」
「いいって。手放したかったんだから、お金払ってもらえるだけありがたい」
男はお金を奥の棚にしまい、荷物をまとめ始めた。
「そういえば俺もそこに住んでいい?」
「え?」
「だから、俺もそこに住んでいい?って言ってんの。管理のためにいちいち行くのめんどくさいし」
え?
ええええっっっっっっっっっっっ!?!?!?




