011
焼却場から命からがら逃げ出し、家まで戻ってきた時、そこには仁王立ちで待つ、セレスティアがいた。
「おかえりなさい、ムギ。……そしてルーク」
その声は氷点下まで凍りついているかのように冷ややかだった。
かなり怒っているな、これは。
「ひっ……!」
「あ、あの、セレスティアさん……これには深いわけが……」
ルークが情けない声を上げ、僕は冷や汗を流しながら後退りする。
「掃除の途中でいなくなったと思えば、ボロボロになって戻ってくるなんて。火山にでも行っていたのかしら?服まで燃えてボロボロじゃない。私の指示を無視して勝手な行動をした罰、覚悟できているかしら?」
彼女が静かに腰の剣に手をかけたその時、僕の胸元から「チリッ!」と元気な鳴き声が響いた。
四匹のチリトリスたちが、僕の服の中から這い出し、セレスティアの足元へと駆け寄っていく。
「あら……?これはチリトリス?人になつくなんて珍しいわね。まさか、この子たちのために命を懸けたというの?」
「う、うん。そうなんだ、どうしても助けに行きたくて」
「そうだぜ?べ、別に掃除をさぼりたくていったわけじゃないからな?」
セレスティアはルークに冷ややかな目を向けて、言い放った。
「わかったわ。ムギは悪くないのね。すべて悪いのはルークということがよーくわかったわ」
「ちょっ……」
ルークがセレスティアに文句を言おうとすると、セレスティアは「何?文句でもあるのかしら?」と恐ろしい形相で言った。
こんな表情で詰められたら従うしかないよね。ルークの言っていた意味が完全に理解できた。
ルークが文句を言えるはずもなく、背中を丸めてしゅんとしながらセレスティアに連れていかれた。
ごめん。ルーク。
僕が本当は悪かったが、ルークに罪をかぶってもらうことにした。
今度ルークに何かおごってあげなきゃな。
◇ ◇ ◇
「いい?日が暮れるまでにここを完璧に綺麗にしなさい。できなかったら……わかってるわね?」
「は、はい……」
二階の一番汚い書斎に連れてこられたルークはおとなしくセレスティアの指示に従っていた。とはいえ、この部屋を一日で掃除できるわけがない。
セレスティアが部屋からいなくなり、ルークが絶望に打ちひしがれた、その時だった。
「チリチリッ!」
一番大きなチリトリスが号令をかけると、四匹が猛烈な勢いで動き出した。
床に落ちているごみを持ってきた埃玉を転がしてモップのように磨き上げていく。二匹は、短い手足とモフモフの体を器用に使って高いところに登り、自分の埃玉を小さく分けて部屋のいたるところに放り投げていく。
すると、その埃玉が周りのごみを集めてだんだんと大きくなっていく。
「な、なんだあいつら!? めちゃくちゃ速いぞ!」
集め終わったチリトリスたちは、ゴミを自分たちの持っていた「埃玉」にさらに練り込み、宝石のようにキラキラと輝く不思議な球体へと変えていった。
わずか数分。あんなに惨状だった書斎は、セレスティアが掃除するよりも遥かに短い時間で綺麗に、完璧な美しさを取り戻していた。
チリトリスたちは満足げに胸を張り、ルークの前に並んで「チリッ!」と挨拶した。
「お前らー!優秀すぎてお兄ちゃん惚れてしまいそうだぞー」
ルークはいつの間にかチリトリスに愛情が芽生えたらしく、チリトリスたちを両手で撫でまわしている。チリトリスたちもまんざらではないようで、笑顔で「チリっ」と鳴いている。
様子を見に来たセレスティアは一瞬呆然としていたが、やがてふっと口角を上げた。その手は、いつの間にか一番近くにいたチリトリスの頭を、優しく、慈しむように撫でていた。
「……仕方ないわね。この子たちの有能さに免じて、今日のところは許してあげるわ」
「お前、何様なんだ?この子たちは俺のだぞ」
「へぇ?なかなかいうじゃない?この子達禁止でほかの部屋も掃除させてあげようかしら?」
ルークはセレスティアの言葉を聞いて、青ざめた。
そして、閃光のごとく速さで地面にひれ伏した。
「すいませんでした!勘弁してください!」
「あら、じゃあこの子たちは私のものということでいいわね?」
セレスティアは悪魔のように微笑みながら、ルークに尋ねた。
ルークは、今にも崩れそうな笑顔をやめ、真顔でセレスティアに言った。
「いや、この子たちはムギのだぞ?それは違うだろ」
「確かにそうね。その通りだわ」
「うんうん」とルークとセレスティアは頷きあった。
知らないところで僕はチリトリスの飼い主になったのだった。




