010
ゴミの山が爆発し、黒煙が舞い上がる。
間一髪のところで横へ飛び退いたが、爆風に煽られ、斜面を転がり落ちた。
「ゴホッ、ゴホッ!何が起きたっ……!?」
顔を上げると、先ほどまでいた場所は赤々と燃えていた。そこには、恐怖で身をすくませる四匹のチリトリスたちが、炎に囲まれて逃げ場を失っている。
「グルゥゥ……ッ!」
煙の向こう側から、巨大な影がゆっくりと姿を現した。
それは、全身が燃え盛る溶岩のような鱗で覆われた、巨大なトカゲの形をした魔獣だった。
「サラマンダー・エボルト……?なんでこんな焼却場に、あんな上位種がいるんだよ!」
後方で剣を抜いたルークが、驚愕の声を上げる。
ルークの表情は緊張して強張っている。それだけ強い魔獣ということなんだろう。
「っ……!」
立ちあがろうと手を地面につくと、体中に強い電撃が走った。
折れたのか……。
折れているとはいえ、立ち上がらずに転がっていては死ぬだけだ。どうにかして立ち上がらなくてはいけない。
「ムギ!チリトリスは諦めろ!このままだとお前も死ぬぞ!」
ルークの叫びは正しい。だけど、視線の先には、炎の檻の中で震え、小さな手で埃玉を抱きしめたまま「チリィ……」と力なく鳴くチリトリスがいる。このまま諦めるわけにはいかない。
「ルーク!僕は戦うよ!君は逃げてくれ!失うのは僕の命だけでいい!」
僕は立ち上がり、右手をサラマンダーに向けて突き出した。
すでに体は限界で、立っているのがやっとだ。
持ってきた短剣はもう使えない。僕が今使えるのは、自分のスキルだけだ。今できる最善を尽くすしかない。
「親愛の波動」
申し訳程度の親愛の波動が右手から放たれていく。意識を右手に集中させると、親愛の波動は強くなっていった。
なつかせるほどの効果はなかったものの、サラマンダー・エボルトは親愛の波動に反応して動きを止めた。
「ルーク、逃げて!」
「……くそっ、一人で逃げれるかよ!わかった!やってやるよ!」
「颯」
ルークが地面を蹴り、疾風のような速さでサラマンダー・エボルトの側面に回り込む。鋭い斬撃が放たれ、魔獣の硬い鱗に直撃し、火花が散った。大きなダメージには至らなかったものの、おかげで魔獣の意識はルークへと逸れた。
今しかない!
僕は炎の中に勢いよく飛び込んだ。燃えたことでだんだんと崩れていくゴミの山を少しずつ登り、チリトリスたちの元へ辿り着いた。
「大丈夫、今助けるからっ!こっちに飛び込んできて!」
両腕を広げると、一番大きなチリトリスが、仲間を促すように僕の胸元へ飛び込んできた。続いて残りの三匹も、僕の胸元に飛び込み必死に服にしがみついた。もふもふとした毛並みが腕に当たるが、今はその心地よさを感じる余裕はない。
「ルーク、保護した!逃げるよ!」
「っ……!?あいつ喉元が光ってるぞ!」
炎の中から飛び出し、ルークの視線の先を見ると、サラマンダー・エボルトが口を大きく広げて喉を赤く光らせている。
だんだんと喉を大きく広げていくうちに、喉の奥が見えた。そこには、太陽のように眩しく光る大きな炎の球があった。
確実に先ほどよりも高密度の、必殺の一撃。
まともに食らえば絶対に死ぬ。とはいえ、逃げても間に合わない。右手から放たれ続けている親愛の波動も頼りにならない。八方塞がりだった。
「ルーク!どうにかできる?」
「俺には無理だ!とにかく離れるしかない!」
僕はこの絶体絶命の状況を抜け出すために、頭の脳細胞をフル回転させた。どうにか、どうにかしてこの状況を脱するしかない。
その時、僕の頭に一つの成功確率が0.1%ほどしかない、無茶な方法が浮かんだ。
「これしかない……!」
僕は覚悟を決めて、サラマンダー・エボルトの近くに向けて走り出した。
「癒しの肉球、全力放出!!」
本来は傷を癒やすためのスキルを、あえて「放出」だけに特化させて放った。癒やしの力は物理的な質量を持たない。しかし、高濃度の魔力密度は一時的に「空気の壁」を作る。肉球の形で。
さらに、僕のスキル発動に合わせて、ルークが叫んだ。
「ドライスロット!」
まるで天が落ちてくるかのように、僕の作り出した肉球の空気の壁に向かって、上空の冷たい空気が流れ込んでくる。その風は肉球を支えるように、渦となってその場にとどまった。
「グオォォォォ!」
サラマンダー・エボルトは勢いよく、炎を吐きだした。炎は一直線に肉球の元へ向かっていく。
ドゴォォォォォオン!!
「グガァッ!?」
冷たい空気と炎が触れたことで視界を真っ白な霧が覆い、サラマンダーの狙いが逸れた。放たれた火炎放射は、空気の壁を通り抜け、巨大なゴミの山を一瞬で炭に変えた。
「今だ!走れぇ!」
ルークが霧の外へと勢いよく走り出した。僕もそれに全力で着いていく。その勢いのまま、焼却場の頑丈なコンクリート製の隔壁の裏へと滑り込んだ。
直後、背後で、サラマンダーの怒り狂った咆哮が響く。
「はぁはぁ……死ぬかと思った……」
「無茶苦茶だよ、ムギ……。まあ、その無茶のおかげで、誰も欠けてないな」
ルークが視線を落とすと、僕の腕の中から、ひょこっと四つの小さな頭が覗いた。
チリトリスたちは、まだ震えてはいるものの、僕の顔を見て「チリっ……」と、感謝を伝えるように小さく鳴いた。
「……とりあえず、外に逃げるぞ。ここはもう、俺たちの手に負える場所じゃない。チリトリス退治じゃなくて、上級魔獣の討伐だからな」
僕は腕の中の温もりを強く抱きしめ、頷いた。
もしかしたら管理人のあの疲れ切った顔の理由は、単なるチリトリスへの疲れではなく、この奥底に潜む「何か」への本能的な恐怖だったのかもしれない。
「帰ったら、この子たちをセレスティアに紹介しないとね」
「ああ。あいつが何をいうか今からすでに恐ろしいぜ」
ルークの軽口に少しだけ緊張が解け、二人は燃え盛る焼却場を後にした。




